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忘れまい焼津の水爆被ばく 冷戦のなかで

Imgp3081_2 (2014.03.01)  今から60年前、焼津港を出たマグロ漁船が南太平洋ビギニ環礁でアメリカの初めての水素爆弾の実験に巻き込まれた。被ばくは3月1日だった。いわゆる

 第五福竜丸被ばく事件(1954年3月)

である。米ソが競って、原爆開発からより強力な水素核融合爆弾の開発にしのぎを削っていた、その真っ只中で起きた事件である。

 そんなこともあり、ブログ氏は乗組員だった大石又七さんの手記

51yl6itjgkl__sl500_aa300_  『死の灰を背負って』(新潮社。写真中)

を読んだ。ちょうど、この3月1日午前、NHK総合テレビも、この手記に沿った

 「又七の海」

というのを放送していた( 写真上 )。初回放送は手記の出版された翌年、1992年。今回はそのアーカイブ版であった。

 映像を見ながら、心を痛めたのは、被ばくした第五福竜丸が、船の名前まで変えながら、まるで邪魔者のように社会から遠ざけられ、行き場のない漂流を続けていたことである。

 その一部の写真も放送されていた( 写真下= 東京湾江東区。番組画面より )。それが、東京湾の夢の島でその歴史的な使命をはっきり認識して、展示されるようになったのは、この10年くらいのことなのだ。

 映像や手記を見ながら、この事実を重く受け止めなければならないと思ったことを正直に書いておきたい。

Imgp3092_1  静岡県、つまり、焼津市でも第五福竜丸の歴史的な重要性に気づいたのは、ついこの数年のことなのである。

 あらためて放射能汚染の風評被害の恐ろしさを痛感した一日だった。

 そして、これは決して、60年前の過去の出来事などではない。3・11後の福島でも、現在進行形で起きていることなのだ。

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