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世阿弥の『風姿花伝』を読み解く

(2014.02.03)  よく人の口にはのぼるのだが、そもそもその言葉はどういう意味だったかまではなかなか考えない。

 「おっとり刀」というのは、のんびりとやってくるという意味ではない。刀を腰に差すのも忘れて大急ぎで駆けつけてくることを表す言葉なのである。「流れに棹をさす」というのも、時流を邪魔することと誤解している人もいるようだが、その反対で、物事がますます好調に運ばれる様子を表す。

 そこまで意味が真反対にならないけれども、それでは

 初心忘るべからず

というのは、どうか。能の大成者、世阿弥の演劇論『風姿花伝』に出てくる。が、そもそもどういう意味かと問われれば、たいていの人は、物事を始めるにあたって一心に誓った清新な気持ちを最後まで忘れるなとこたえるのではないか。ブログ子も、つい最近までそう思っていた。しかしそれは初志貫徹であり、世阿弥のいう初心ではない。

 ● 初心には3つある 

 先日の「100分 de 名著」(Eテレで1月放送、講師 = 土屋恵一郎・明大教授)によると

 初心とは、最初にぶつかる芸事の壁のこと。

 修業上の壁であり、しかも、その初心には3つある。

 青年のころにぶつかる比較的に易しい「是非の初心」

 中年のころにぶつかる「時時の初心」

 老年にぶつかる最も困難な壁「老後(おいてのち)の初心」

である。

 世代ごとにあるこれらの壁を乗り越えて、自分を常に更新し、マンネリに陥らないようにするのが能修業の極意だというのだ。

 マンネリに陥らないようにするには、演出の心得として

 新しさ、つまり花が必要

というわけだ。

 ● 「秘すれば花」の意味

 その新しさの演出も、みんなに注目されるためには

 「秘すれば花」

と心得よというのだ。

 この場合の意味も、現代言われているような意味、すなわち

 慎み深さ、あるいは奥ゆかしさを大事にして演出しろ

というのではない。世阿弥が言いたかったもともとの意味は、

 注目され、立会い(試合)で勝つための必殺技、サプライズ戦略

の必要性を説いたものである。新商品開発の極意ともいえる。

 このように風姿花伝は競争に勝つための、つまり生き残りのための必勝本なのだ。

 ただ、世阿弥は、

 心得よ

とは指南しているものの、ではどうすればいいのかという個々の具体的な解決策までは、この著作では答えてくれていない。

 つまり、それは、その場、その場で各自創意工夫せよ

ということだろう。

 こうなると『風姿花伝』というのは、演劇論、芸術論というよりも、もっと広く人材教育論とか、経営戦略論といった性格のものであることがわかる。

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