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論文の査読者も事実より信念で判断する

Imgp2809_120140131 (2014.02.03)  先日のこのブログで、

 人間は眼前の事実より信念で行動する

と書いた。

 実は、研究者の投稿科学論文を、第三者の立場から審査する査読者(レフリーと呼ばれるその分野の優秀な専門家)にも、やはり当てはまることを最近知った。つまり、論文の審査も事実よりもレフリー自身の信念で判断する。

 最近の事例というのは、

 マウスの体細胞を酸性の溶液に浸して刺激を与えるなどの簡単な操作だけで、なんとiPS細胞(人工多能性肝細胞)のようにさまざまな細胞に変化できる新たな、いわば万能細胞をつくることができることに理化学研究所の若い女性研究員が成功した

というニュースである。

 写真上(「Nature」1月30日付)がその論文サマリー(要約)部分である。

 2013年3月10日に投稿されたのだが、掲載決定が決ったのは2013年12月20日と投稿から受理まで9カ月もかかっている。通常はせいぜい2カ月だから、これは異常に長い期間である。下手をすると受理拒否になっても不思議ではない状況だろう。

 Imgp2794_1 ところが、なんと、毎日新聞1月30日付「クローズアップ」によると、

 2009年ごろから、複数の一流科学誌に論文を投稿したが、誰も思いつかない意外な成果に、「信じられない」と却下され続けた。今回掲載された英科学誌「ネイチャー」も2012年4月に投稿したが、却下。論文を審査したレフェリー(査読者)から

 「あなたは細胞生物学の歴史を愚弄している」

とまで酷評されたという(写真下=1月30日付毎日新聞「クローズアップ」)。ということは、この論文は5年間も掲載拒否にあっていたことになる。

 ● 細胞にも主体性がある

 なぜ常識外れだったのだろう。

 それで思い出すのは、このブログでも読書ノートとして紹介した

 『細胞の意思』(団まりな、NHKブックス、2008)

という本である。細胞は、危機に瀕したとき「思い、悩み、決断する」という大胆な発想で、自らの状況を判断し的確に行動する細胞たちの姿を生き生きと描いた生物発生学者による解説書。その中身を一言で言えば

 細胞こそ自発性の源である

ということだろう。ストレスによる死をまぬがれるために体細胞は、より小さな肝細胞に戻ったといえまいか。

 団さんの言い方を借りれば、自発的に

 階層を一つ下げた

といえよう。

 今回の発見を聞いて、ブログ子は、常識を一度は疑ってみることの重要性を再認識した。そして、もう一つ、誤解を恐れずに言えば、人間同様に

 細胞にも主体性がある

ということだった。

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