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ダーウィン進化論の動機は奴隷制反対 ?

Imgp2815_1 (2014.02.05)  既存のダーウィン進化論の執筆動機は何だったか、という問題意識は科学史研究者でもそれほど明確ではなく、なんとなく

 生物好きの知的な好奇心

であったというのが大方の、そして暗黙の認識だろう。ブログ子もそうだった。科学者、ダーウィンだから、それは当然だと誰もが納得する。

 既存のダーウィン像については、たとえば、2008年夏、生誕200年を記念して日本の大阪市立自然史博物館などで開かれた

 ダーウィン展( 写真上はそのときの展示品などを紹介したパンフレット)

などがある。このパンフレットには、5年間にわたるビーグル号航海直後の28歳前後のとき思いついた進化論の系統樹のメモも公開されている( 補遺 )。この展覧会は、アメリカ自然史博物館が企画した世界巡回展の一つ。

 Imgp2817_1_2 浩瀚な著作としては、

 『ダーウィン 世界を変えたナチュラリストの生涯』(工作舎、1999)

  この上下2巻の著者は、ダーウィンと同じイギリス人のA・デズモンドとJ・ムーア。ほぼこの伝記がダーウィン像を世界的に確立させたといっていいかもしれない。

 ところが、この著者二人は、この10年後、まったく新しいダーウィン像を提示していた。つまり、

 『ダーウィンが信じた道』(NHK出版、2009)

である。信じた道とは、ダーウィンの生きた19世紀の当時、根強い支持のあった奴隷制に断固反対したことであり、

 ダーウィンの奴隷制を憎むこの気持ちが進化論執筆の本当の動機

だったというのである。

 Imgp2816_1 原題は直訳すれば「ダーウィンの神聖な動機」。すべての生物の起源は一つという先の進化系統樹は神聖な動機の意味をわかりやすく図にしたものであるというのだ。ダーウィンの主著『種の起源』(最下段の写真)にただ一枚掲載されている図であることを考えると、執筆動機を考える上では、その重要性を見逃すことはできない。

 こう考えてくると、『種の起源』が、実証性や予測性を備えているべき科学理論として説得力に欠けるのも、また、さまざまな事実、事例をまとめあげた帰納的な仮説としても説得力に欠けているのも、理解できる。

 ● 進化論に隠されたメッセージ

 本のタイトルに種の起源とつけているのに、種の起源については何も論じてはいない。ただ、種は変化するとの前提の下に、小さな遺伝的に無秩序な変異が積み重なっていくうちに、その中から時々刻々環境に適応したものだけが選抜され生き残り、子孫を残しながら種全体が変化するとしているだけである。

 このように、『種の起源』は急いでまとめたにしても、よほど奇妙な科学本なのだ。その原因は、先の著者も言うように

 進化論には何か隠されたメッセージ

があるのかもしれない。

 有体に言えば、メッセージを直截に表現することをさけ、種の起源というあいまいなタイトルの科学理論の形にしたというわけだ。種の起源というタイトルなのに中身では何もそのことに触れていないのは、そのせいなのだろう。

 もっと言えば、ここでも、科学理論として眼前の事実に徹するよりも、自分の奴隷制反対という信念のほうに重きをおいた。当時のマルサスの社会学的な人口論に影響を受けたとされたり、地質学のライエルのとなえた斉一説に大きな影響を受けたとされているダーウィン。船に乗り込む前はそうでもなかったかもしれないが、5年間の航海後は結果的に奴隷制反対の科学的な根拠を求めることになったビーグル号航海だった。

 つまり、5年間の航海で、20代のダーウィンの興味は

 知的好奇心から社会的関心事

に変化した(1838年、ダーウィン29歳のとき、イギリス本土をはじめ大英帝国内では売買も含めて奴隷制廃止となった。イギリスではダーウィンが生まれる前の1807年には売買禁止法は成立していたが、ようやく1838年、ダーウィン29歳のときにイギリス本土をはじめ大英帝国では売買も含めて奴隷制廃止となった。しかし、1850年代以降も根強く社会に実質として、あるいは形を変えた差別制度として残っていた。

 ● 進化論は奴隷制廃止に貢献か

 進化論の着想は航海直後の28歳で得た(その着想は秘密ノートBの系統樹)。その着想を根拠に、社会に次第に広がり始めていた奴隷制反対には科学的な理由があるという隠れたメッセージを込め50歳(1859年)のとき科学書『自然選択または、生存競争における優越種の保存による種の起源』として出版した。

 知的好奇心からではなく、19世紀半ばの当時の社会の関心事だった奴隷制反対を後押しするために『種の起源』という進化論が書かれた。それも奴隷制支持が根強く残っていたイギリスで書かれた。

 こういう仮説は、その因果関係の実証がなかなか難しいが、成り立ち得る仮説と思う。

 進化論は、黒人を人間と同じ種と認めない奴隷制の廃止に大きく貢献したという仮説。

 1807年、イギリス議会で奴隷売買禁止法が成立して207年。進化論と奴隷制の関係、果たした役割について社会科学だけでなく、科学の歴史からも検証する必要がありはしないか。

 ● 補遺 ダーウィンの秘密ノートにある進化論系統樹

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( 最下段の写真= 「世界を変えた書物」展で展示された『種の起源』初版本。名古屋市科学館。2013年9月 )

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