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読書ノート 『キリンの首』を読む          ダーウィンはどこで間違ったか

(2013.01.08)

  原著は、C.ダーウィン没後100年の1982年発行。日本語訳は1983年(平凡社)

 今西錦司氏が注目した著作であり、副題は「ダーウィンはどこで間違ったか」(原著のタイトルにも、同様に、Where Darwin Went Wrong と書かれている) 。著者はFrancis Hitching 。科学ジャーナリスト。

 Imgp2471 科学ジャーナリストとは思えないほど、示唆に富んだ鋭い問題意識と考察が、進化論の全体像を見失うことなく論理明解に紹介されている。加えて科学ジャーナリストらしい達意の文章である。

 個々の問題意識やテーマについては30以上の別枠「パネル」で詳しく論じるなど、どこでダーウィンが間違ったかという全体の流れを見失うことなく、論点の何が問題なのかという各論的な問題意識を、事実を示して明確に読者に伝えようとしている。

 著者は相当実力のあるジャーナリストであろう。

 読み終わって、ダーウィン博物館とも言われている大英自然史博物館(ロンドン)や、そのライバル、ラマルクが館長をつとめていたこともあるパリ国立自然史博物館(パリ)を訪れてみたいという気持ちにさせられた。

 というのは、読後は、いまや、進化論/進化学というのは、神学論争や学問論争ということだけでなく、研究費獲得の思惑までもがからんだ、いわゆる

 サイエンスウォーズ(科学戦争)

の様相を呈し始めている、ということを強く感じた。

 ● 新『主体性の進化論』

 この意味で、そしてこの意味を踏まえて、ヒトゲノム配列全解読後の2000年以降の

 新『キリンの首』 / 新『主体性の進化論』

の著作をものにすることは意義があろう(2009年=ダーウィン生誕200年、『種の起源』出版150年)。

 キリスト教義に惑わされない、あるいは縛られないという日本の風土を生かして、日本の科学ジャーナリストが取り組む仕事ではないか。ロンドンやパリなどのヨーロッパ圏、あるいは「インテリジェントデザイナー論」=新創造論が社会的に大きな影響力を今ももたらしているアメリカでは、このような著作は困難だろう。

 つまり、ゲノム配列解読後も、果たしてダーウィン進化論はその〝融通無碍〟を発揮し時の試練に耐えられるかどうかという問題意識である(居間のネイチャーゲノム図および倉庫のネイチャー雑誌2冊)。

 この『キリンの首』の著者ですら、自分のプロフィールを自著に掲載することができなかった、あるいは躊躇した。このことは、1980年代においてもなお、進化論は

 宗教的にも危険な「サイエンスウォーズ」

であるということを象徴的に示していると思う。宇宙の始まりに挑戦しているS.ホーキング博士の、神は必要なかったという最近の著作『グランドデザイン』(2010)。これが、欧米のキリスト教圏内で大きな反響と非学問的な批判ないし批難を巻き起こした。これと似た構図が、日本では考えられないことだが、進化論にも、より強烈な形で今もって根強く存在しているのである。

 ● 多様性を生み出す原動力とは

 『種の起源』にもとづくダーウィン進化論や、その後の集団遺伝学=ネオ・ダーウィニズムは、要するに 

 集団としての生物の種は、唯一の原因である自然淘汰( natural selection )によって種内に含まれる遺伝的形質の割合が少しずつ変化し、ついには新たな種へと分化し、次々と進化し、多様性を生み出していくということ

を手を変え、品を変えて、実証性のレベルではなく仮説的に主張する。

 この場合の自然淘汰というのは、

 種内の個体間には、微小で、(ランダムな)遺伝的変異の差異から生まれる形質の違いがあり、そのうち環境に適応した形質を持つ個体のみが時々刻々と自然によって選択され、種内の次の世代に受け継がれて広まっていくこと

をさす。

 この話には、二つの暗黙の仮定がある。

 ひとつは、自然は飛躍せず、あくまで微小な変異が長い年月の間に少しずつ蓄積していくことで刻々と進化が起こるという仮定である。地質学(当時のライエル『地質学原理』)の天変地異同様、遺伝子変異の激変などということは前提にしない。

 もうひとつは、個体が一生のうちに身につけた獲得形質は遺伝しないという当時経験的な事実として知られていた仮定である。個体レベルではあくまで親から受け継いだ遺伝的な変異が、自然淘汰をへて種内にどういう影響を与えるかが、種の多様性を考える上での問題の中心という前提がある。ここから、キリンの首に代表される問題、つまり定向進化はありえないとしてはなから否定される。

 以上の仮定は、いずれもわかりやすく問題の本質を浮き彫りにするものとして、前に進むための第一近似として導入したものであったのだろうが、いつのまにか、いずれ改められるべき仮定ではなく、あたかも動かすべからざる公理として、その後、正統派を縛り付けてしまった。ここに問題がある。

 ただ、その近似的な仮定の下においても、注意すべきは、にもかかわらず、ダーウィン自身は主著で

 種の起源についても、

 種は、生物学的にみて、いかにして分化するかという点についても、

実は、まったくといってもいいほどほとんど、そして合理的には説明していないのは問題だろう。

 遺伝の実体とその法則(メンデルの法則)や、遺伝的変異の実体がランダムな(点)突然変異であることが当時知られていなかった。だからこれは、ダーウィンにとっては無理もないことかもしれない。

 しかし、その死後、50年以上にわたって遺伝子レベルのみを重視するあまり、進化一般を支配している「高次レベル」の問題と分子レベル突然変異を軽視してきたネオ・ダーウィニズムではこのことは免責されないだろう。生物の進化の実体を、要素還元論的な遺伝子決定論からのみ論じ、進化の実体を歪曲しすぎ、数学的ではあるが実りの少ない学問に堕落させてしまったという印象が強い。

 これに対して、ブログ子の主張は、

 生物の進化は、ダーウィン自身やネオ・ダーウィニズムが想定するよりももっと、あるいははるかに創造的であり、種内の各個体も危機に際して臨機応変とも言うべき自発性や柔軟性を備え、活動するダイナミックな存在ではないか

と考えている。

 言い換えれば、生物は自然淘汰などというような環境に一方的に隷属する存在などではない。環境に対し自発的に、積極的に働きかける相互作用のある動的な存在であると思う。これが種としての進化の実体であり、進化による種の多様性を生み出す原動力であると考えたい。

 具体的に言えば、生き残るのに必要なら、自らのDNAのデータ構造も、個体自らにそなわった組み換えの仕組みを利用し、しかも安全性を保ちながら書き換えてしまうということもあると思う。環境の言いなりになり、むざむざ座して死を待つなどということに甘んじない。

 ● ネオ・ダーウィニズムの二つの疑問

 というのは、ダーウィン進化論とネオ・ダーウィニズムに対する重大な疑問が二つあるからだ。

 ひとつは、ダーウィンが言うように、進化の斉一仮定が正しいなら、

 「世代ごとに生じる小規模な「改良」または「前進」も、種それ自体の進化と同様保存されているに違いない。

 ところが、実際はそうではない。むしろ現実はその逆なのである。「無数の移行的な生物が存在していたはずであり、ものすごい数が地殻中に(化石として)埋もれているはずなのに、それらはなぜ見つからないのか」とダーウィン自身も嘆いている。」(19ページ)

というパラドックスである。

 重要な進化的移行のなかで起きた劇的な解剖学的な変化を示すはずの肝心の化石がなぜ見つからず、いまもって常に欠落しているのかについて。つまり、種は〝突然〟出現し、〝突如〟消失するという、化石の例外のない一般的な傾向は何を意味するのかという問題である。

 ダーウィンの答えは、化石の記録が「極めて不完全」だからというものだった。しかし、それから150年たった現在でも、移行的な生物の化石は非常にまれか皆無なのだ。このことは、種の分化は、きわめて短時間に起きたことを強く示唆している。

「それどころから、はっきり魚だと判別できる魚のグループが、どこからともなく化石の記録のなかに飛び込んでくるのだ。不思議なことに突如として、完成された形態のものが、もっともダーウィン流ではない仕方で登場してくるのである。そしてそれ以前には、その祖先が埋めてしかるべき溝が、不合理にも広がっている。」(20-21ページ)

 もうひとつの疑問、あるいはパラドックスは、

 化石から明らかになっている、たとえばカンブリア爆発のような種どころか、もっと上のレベル(科)で生物種がそれこそ爆発的に短期間で大進化する事実を、ダーウィン的な微小の遺伝的変異の斉一的な小進化で説明できるかという問題。きわめて困難ではないか(ダーウィン生誕200年の1980年代に開かれたシカゴ自然史博物館「大進化」シンポジウム総括、同書第9章ダーウィンの遺産327ページ)

というものである。

 ● ダーウィンのどこが偉大か

 「ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス大学で古生物学を教えているスティーブン・M・スタンリーが1975年にアメリカ科学アカデミーに書き送った、次のような意見に同意しないわけにはいかない。

 進化は、最終的には遺伝学と分子生物学によって理解できる、という還元主義者の見解は明らかに間違っている。進化一般を支配している高次のレベルの過程を解き明かすためには、確立してしまっている種の集団遺伝学的研究に対してよりも、種分化の研究にこそ目を向けなければならない。

 メンデル遺伝学にあけくれてきた四分の三世紀の間、(遺伝子決定論にとらわれて)科学者の視野に入っていなかったのが、この「高次の過程」である。遺伝的変化の数学的研究によって進化の一端をうかがい知ることはできても、(環境と生物個体の相互作用が切り捨てられてしまっているので)その(進化の)全体像をとらえることはできないのである。数学者、物理学者、化学者、それに広い視野を持つ生物学者などが、生命そのものの背後には複雑にして驚くべき過程がひかえていること、そしてそれ(驚くべき過程)はゆっくりではあるが(、今)次第にその秘密のベールをぬぎつつあることを(スタンリーは)認めている。この過程こそが究極的に進化が依存しているものなのである。」(211ページ)

  ブログ子が思うに、この見解には、ダーウィン自身、大いに納得し、賛成するだろう。

 なぜなら、生物種の進化を神の存在を仮定することなく合理的に説明する、いわば第一近似として、自然淘汰を導入したに過ぎないからだ。これに最後まで拘泥するとは、そもそもの『種の起源』には書かれていない。ほかの可能性もきちんと指摘している。ダーウィンの科学者としての偉大さは、ここにあると、ブログ子は指摘しておきたい。

● ネオ・ダーウィニズムは科学理論か

 ブログ子には、

 果たしてネオターウィニズムは科学理論か、

という根本的な疑問がぬぐいきれない。なんでも融通無碍に一応定性的には説明できるのに、こういうことは絶対に起こらないはずだという禁止条件がないからだ。検証可能な反証が提示できない理論は、信じるものは救われる宗教書ではあっても、科学理論ではない。

 もうひとつ、科学理論であるためには、できれば定量的に予測ができなければならないが、それがないことだ。これは自然淘汰の融通無碍の裏返しであり、何でも説明可能だが、何も予見できない。検証可能ではない理論は科学理論ではない。

 さらに言えば、このブログの冒頭に挙げたネオ・ダーウィニズムの二つの暗黙の仮定、つまり、微小変異の蓄積性と、変化の時間的な斉一性が正しいかどうかという検証が十分に納得される形で実証されていないことである。

 数学の幾何定理のように、仮定から定理を導くように、設定した仮定が結果を決めているという同語反復から脱却していなければ、幾何数学書ではあっても、あるいは論理数学ではあっても、進化とは何かに答える実証的な科学理論とは言いがたい。極論すれば、科学書としては机上の空論である。

 誤解を恐れずに言えば、

 自然淘汰の進化論というのは、資本主義に向かって驀進する1850年代のイギリスという時代背景に引きづられた実証性に乏しい〝科学書〟

ではなかったのか。

 問題なのは、そんな進化論が、ヒトゲノム配列全解読を果たした21世紀の今も科学界が引きずって、抜け出せないでいる、あるいは安住しているという事実である。

 ダーウィンがこの現状を知ったら、さぞや落胆することだろう。

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