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平成版「若者の旗」 日々更新という生き方

(2014.01.17)  日本経済が高度成長期を迎えていた1970年、というから大阪万博のときに公開された

 「若者の旗」(森川時久監督、1970年)

という映画を以前、このブログで紹介した。競争に明け暮れる毎日でいいのかという問いかけがあった。何のために生きるのかというテーマもあった。

  Imgp2642_1_3  その伝でいえば、これは

 低成長期の平成版「若者の旗」

といえまいか。

 先日、近所の協働センター(かつての公民館)で開かれた成人式を拝見して、つくづくそう思った(写真上= 浜松市中区佐鳴台協働センター、1月12日)。取材した若者のなかには

 もう介護福祉士の資格を取得した

という元気な人もいた。優勝旗を目指すような競争的な職場ではなく、互いに助け合って生きていく職場や仕事を目指したいとおもったからだろう。社長になると高らかに宣言した若者もいた。世界に羽ばたきたいという気持ちの表れだろう。そうかと思うと、お金を貯めて、世界旅行もしてみたいという女性も元気な和服姿で参加していた。どこにも暗さなどない。

 かれらを見ていると、

 先ほどの映画のテーマ曲ではないが、 

 空にまた陽が昇るとき 

 若者はまた歩き始める

との歌詞そのもののように感じた。現状にとどまることなく、常に前を向いて前進する姿が成人式の若者たちいずれにもあったように思う。

 ● 三つの「初心忘するべからず」

 室町時代の能役者だった世阿弥には

 『風姿花伝』

という演劇論がある。有名なのは

 初心忘るべからず

という言葉だろう。しかし、正確には

 三つの初心忘るべからず

である。

 ここにいう初心とは、普通理解している意味とは違い、

 最初にぶち当たる壁

のこと。だから初志とは違う。

 三つの初心とは、すなわち

 青年の「是非の初心」であり、中年の「時時の初心」であり、そして老年に訪れる最後の「老後の初心」

である。

 是非の初心とは、未熟ながら、ある事の実現や自らの実行を希望する気持ち、つまり是非をいだいたとき、最初にたちはだかる(比較的にレベルの低い)壁という意味だ。中年になるとその芸事の壁のレベルは上がる。さらに老年になればもっと高くなる。

 この三つの壁を乗越えて自己を常に更新し、マンネリにおちいらないようにするには、そこに新しさが必要。その新しさも

 秘すれば花

であってこそ、初めて注目される。

 というのが世阿弥の風姿花伝の言いたかったことだろう。この境地に世阿弥が立つことができたのには、同じ能楽師だった父の影響が大きかったであろう。なぜなら、父はそれまでの卑猥な猿楽(当時は鬼楽といった)を一新、優雅な、そして花のある能楽という芸術にまで高めたからだ。父の行動をそばで逐一、つぶさにみていた世阿弥だったからこそ、こんな演劇論がかけたのだ。だから、これは理論書ではなく、実践論なのだ。

 ● シニアにも「老後の初心」

 こんな話を成人式のブログに書くのも、若者にだけ初心があるわけではないことを言いたかったからだ。

 若者同様、中年にも時時の初心がある。そしてシニア世代のブログ子にも、日々新たに更新しなければならない

 老後の初心

という壁があるということを言いたかったからだ。

 世阿弥が、父、観阿弥から学んだ芸事の勘所とは、若者であっても、シニアであっても、現状に満足せず、マンネリを排する

 日々更新

ということだったろう。

 演劇論に限らず、生きるとは、結局そういうことなのだろう。この日は、大いに若者に教えられた。

 ( 写真下 = さなるこ新聞(2014年1月13日付)「参加新成人の声」から )

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