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2014年1月

これは恐怖の避難になる 浜岡原発震災

(2014.01.31)  天気のよい昨年4月上旬、浜松市から直線距離にして40キロほど東にある浜岡原発まで仲間たちと車で取材に出かけた。途中、ゆっくりと昼食までとったりしたのだが、原発のほんの近くにある御前崎市役所まで、せいぜい3時間だった。国道や県道、地方道を利用したのだが、ほとんど車とすれ違うこともなかった。

 原発にアクセスする道路の実情を見極めるため、わざわざ遠回りをして出かけたのだが、海岸沿いの国道150号を利用すれば、この半分ぐらいの時間で十分に原発まで行けたであろう。

 ● 毎時0.5ミリシーベルトで圏外避難

 さて、それでは、南海トラフ巨大地震が発生、浜岡原発を襲ったとしたら、こうした事情はどうなるのであろうか。

 Imgp2790_1 つまり、原子炉緊急停止(スクラム)の失敗、したがって原子炉内での核暴走、あるいは冷却水の消失など深刻な事態になった場合、原発周辺に漏れ出した放射能を避けるための住民の避難には、どの程度の時間がかかるのだろう。この取材以来、このことが気になっていた。

 最新の規制基準(昨年7月施行)では、原発から5キロ圏内(御前崎市役所もこの圏内)では、冷却水の消失段階でただちに30キロ圏外に避難開始。その外側の30キロ圏内では、毎時0.5ミリシーベルト以上になったら屋内退避をあきらめ、住民全員が圏外に避難することになっている。その数はざっと100万人、つまり、静岡県の人口の4分の1近い。

 当然だが、道路は地震でズタズタだろう。利用できる車もバスも大混乱だろう。

 ● 2日で避難は不可能

 先日の中日新聞(1月19日付朝刊1面)を見てびっくりした。民間のシンクタンク「環境経済研究所」(東京都)の調査結果の記事である( 写真 )。

 記事によると、渋滞はあるにしても、地方道も含めすべての道路が利用できる場合のシミュレーションでも

 2日で避難するのは不可能

という結果になった。比較的に堅牢にできている国道(1、150、473号)だけしか利用できない場合、なんと、全住民が30キロ圏の外、つまり浜松市や静岡市などに避難を完了するのには、

 100時間以上

かかる。実際の原発震災では、この頼みの国道も無傷であるとは考えにくい。海岸沿いを走る150号など、ほとんど全線がズタズタであろう。

 とすれば、パニックは抑えられたとしても、無傷で残った国道は、道路状況や渋滞状況がつかめないことも手伝って、大混乱となるであろうと考えるのが常識である。

 仮に、国道のみが利用可能の場合の5割増し、200時間(8日間)の避難時間がかかるとする。すると、その間の避難住民の被ばく線量は単純計算で、

 累積100ミリシーベルト

にも達する。一時的な累積数字とはいえ、これははっきりとガンなどの健康被害がでると、医学的に予想される水準の線量である。

 このことは

 浜岡原発震災が恐怖の避難になる

ことを数字で示している。お年寄りや病人など災害弱者のことを考えれば、避難にはもっと時間がかかることを覚悟しなければなるまい。

 さらには、8日間の避難中には1日くらいは高濃度の放射能を含んだ雨に打たれる覚悟も強いられる。

 また、避難はできたとしても、受け入れる側の浜松市や静岡市も、震災直後でもあり、大量避難の対応では少なからず混乱するであろう。いまから、東北大震災の経験を十分生かす訓練が必要だが、ほとんどが手付かず状態だ。

 ● 2年後の2016年、地元の正念場

 浜岡原発では、今年、来年(2015)は原発設備の安全対策の確立や規制庁のその審査の関係で、物理的に再稼動は無理のようだ。

  しかし、2016年に入ると、4号機、3号機などの審査結果を受け、再稼働の地元事前了解など政治的な動きが活発化することが予想される。また、原発敷地外にある段丘地形での中部電力自身による自主的な活断層調査の結果も再稼動に大きな影響を及ぼす可能性がある。その結果のまとまるのは今春との見方もある。

 原発敷地内に貯蔵されている使用済み核燃料の安全保管も喫緊の大問題。この問題も含めて、中電を相手取った運転差し止め控訴審(東京高裁)の審理も大詰めを迎えている。

 廃炉が望ましいが、それまでの一時的なつなぎとしての再稼働であっても、原発震災では危険な避難になることを考慮すると、よほど慎重でなければなるまい( 注記 )。

 「即原発ゼロ」は正論であることはもちろん、今も停電が起きていないことを考えると現実的な選択でもあると思う。

 ● 映画「みえない雲」の悪夢

 チェルノブイリ事故直後に公開された架空の原発事故再現映画にドイツの「みえない雲」がある。

 避難に伴う大混乱を描いているが、その上震災まで加わった悪夢を静岡県で再現するようなことがあってはなるまい。

 ● 注記

 仮に、2016年中に再稼動させた場合、営業開始から28年たった3号機、22年たった4号機を5年ぶりに稼働させることになる。プラントのハード面からも、運転要員の人材面、錬度面からも、安全性の確保は容易ではないだろう。

 5年間のブランクは安全性の確保面から、重大なリスクを伴うことを忘れてはならない。再稼動すれば、少なくとも最も危険な初期トラブルは避けられないだろう。

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何のために「大学の自治」はあるか

(2014.01.31)  医局人事をめぐる医学部から始まった東大紛争、とくにその最終局面となった安田講堂での全共闘側と大学が要請した機動隊との攻防(1969年1月)の舞台裏に迫った

 クローズアップ現代 東大紛争45年目の真実

が面白かった(1月30日夜放送)。

 どういう経緯で大学首脳たちが機動隊導入に踏みきる決断をしたのか。新たに見つかった当時の大学側の会議記録をもとにドキュメントしていた。その結果、1970年代、大学と政府との間の力関係に、具体的には大学自治のあり方に、どのような変化がもたらされたのかということも伝えていた。

 同時期、地方の国立大学生として暮らしたブログ子としては、過去の記憶がよみがえってくる映像が次々と紹介されていた。

 ● 国家と対峙する覚悟こそ

 当時の問題意識としては、

 大学の自治は何のためにあるのか

ということだったと思う。教授陣の論文書きという自己実現のためではないはずだ。また、学生たちをいい職業につけさせるための専門教育機関ではないはずだ。それだけなら、高校や中学校同様であり、何も仰々しい学問の自治など必要はない。いわんや、教授陣がすき放題にふるまうためにものではない。

 当時で言えば、高度経済成長のひずみの是正や権力の暴走と闘おうとしない大学とは何ぞやという全学的な、あるいは社会的な問題意識のなかで東大紛争は拡大していった。

 東大も含めて大学紛争が全国に広がった時期が、日本の高度経済成長の後半時期と重なっているのは偶然ではない。紛争はおこるべくして起こった。

 ● 国公立大の独立法人化のなかで

 大学の役割には、国家枢要な人材を生み出すだけではなく、むしろ国家と対峙する覚悟も要る。当時の東大首脳陣には、そうした覚悟が希薄だった。大学の自治とは何か、大学で学ぶとはどういうことか。説得力のある説明が学生たちにできなかった。

 新たに見つかった会議録は、そのことを露呈していた。

 国直営の国立大学から、1990年代国主導で独立法人化した現代の大学。

 時の政府権力と闘うことを忘れた「大学の自治」とは何なのだ

という当時の問いかけは、大学の自治が現代の今まだあるのかどうかという、むしろより深刻な形でわたしたちに迫っている。

 そんな感想と自戒をいだいた番組だったことを正直に書いておきたい。

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論争「努力すれば夢はかなうか」     

(2014.01.31)  「アエラ」2月3日号をみていたら、スポーツライターの為末大氏の

 努力しても夢はかなわない

という挑発的なテーマについて、そんなことはないなどの反論が続出、ツイッター上で論争になっているらしい( 写真= 「アエラ」2月3日号 )。

 Imgp2795_1 スポーツの世界に限れば、この為末氏の主張は断然正しい。なにしろ、たとえば高校野球の甲子園大会で夢がかなうのは、地方大会も含めて出場約3000校のうち1校にすぎないのだから、為末氏は正論であり、また現実なのだ。

 この意味で、テレビ・新聞・雑誌でのスポーツ評論では勝者論ばかりが華やかだが、夢はかなわないのに、それでもなお人はなぜスポーツをするのかという問題を考える上では、敗者論が本質的である。

 為末氏の(スポーツの世界では)「努力しても夢はかなわない」というのが、正しいかどうか、ソチ五輪の女子フィギュア、浅田真央選手の結果がどうなるかで、まもなく証明されるだろう( 補遺 )

 ● 好きなことに情熱を

 努力論争に対するブログ子の主張の結論は次の通りである。

 いくら努力しても決してかなわない夢がある。その一方で、なんの努力もしていないのに簡単にかなう、うらやむような夢もある。

 努力だけで夢がかなうほど、スポーツを含めて人生は単純ではない。だから、努力はその人を裏切ると心得ているのが賢明である。

 だから、

 せめて好きなことに情熱と努力をそそぎたい。

 そうすれば、たとえ、夢がかなわなくとも、その間自分が輝やいていたことを思い出しさえすれば失望することはない。また、その努力が仮に、次の仕事に生かされることがなくても、好きなことに情熱を注ぐことのできた人生があったというそれ自体の意義に気づき、自分を納得させることもできる。

 結果がどうなろうと、浅田選手の場合にも、この結論は当てはまると思う。

  ● 補遺 夢以上の感動 2014年2月21日付記

 ソチ五輪女子フィギュアの浅田真央選手については、規定にあたるSPの出来が非常に悪く、フリー演技では完璧ではあったものの、「銀」だったバンクーバー以来の夢、五輪金メダルはかなわず、6位入賞に終わった(写真下= 試合前日の2月19日付毎日新聞夕刊)。

 Imgp2996 もう一つ、女子モーグルでも、メダル獲得という20年近い夢を持ち続けた上村愛子選手も

 4位

と、ソチでもその夢はかなわなかった。

 1998年(7位。長野、18歳)、2002年(6位。ソルトレークシティー、22歳)、2006年(5位。トリノ。26歳)、2010年(4位。バンクーバー、30歳)。そして34歳の今年はまたも4位。

 この経過を見る限り、彼女の競技人生はある意味過酷ですらある。努力しても夢はかなわないことを見事に証明してみせているともいえるからだ。

 いずれの事例も、スポーツの世界では、

 努力しても夢はかなわない

を圧倒的な事例で象徴した出来事だった。 

  だが、夢はかなわなかったが、浅田選手のフリー演技でもわかるが、「金」メダルという夢以上の感動を見るものに与えたことを忘れてはなるまい。

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科学者も、事実より信念で行動する

Imgp2761_12014.01.29)  昨年12月からこの1月にかけて、進化論というか生物学の一般書を何冊かまとめて読み、このブログでも抜き書きをするなど読書ノートとしてまとめてみた。生物はこの地上でどのように進化してきたか、最新の成果をじっくり味わった。

 そんななかで、あまり一般には知られていないが、

 『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト』(ニール・シュービン、早川書房、2008)

というのが、面白かった( 写真上 )。サブタイトルの

 最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅

というのにつられて、読んだのだが、読み甲斐のある科学書であった。

 ● 腕立て伏せのできる魚の発見

 これまでの、そして今でもダーウィン進化論、あるいはそれを洗練させたネオ・ダーウィニズム進化論の致命的ともいえる

 なぜ進化途中の中間化石が発見されないか

という問題について、古生物学者で解剖学者である著者が

 理論の予想通りのところと、予想通りの時期に、その中間化石(海生から陸生動物に変わる境の魚)

を見つけたというのだ。

 腕立て伏せができそうな前足に関節のあるその詳しい復元図まで、表紙に描かれている。

 これにより、種は太古の昔から変化しないという神の創造論は完全に否定されることになった。しかし、種は変化するとしても、問題はどの進化論が正しいのかという点は、依然として不明というスリリングな展開だった。

 遺伝的な変異が少しずつ蓄積して進化するとする定説というか正統派進化論でもいいし、種は突然に進化し、その後はほとんど進化停滞の状態にあるとする断続(区切り)平衡説でもいい。大進化は小進化では説明できないというわけだ。はたまたブログ子が支持する定向的な、生物主体的な今西進化論でもいい。

 これらの生物学本を読んで気づいたのは、生物の進化は生物界だけでなく、

 地球進化と生物のそれとの共進化

という視点であった。生物の進化が地球の進化を促し、その進化がふたたび生物の進化に影響をときには大きな影響を与えるという、いわば

 非線形の進化のダイナミックさ

を知った。具体的には、写真下の二冊

 『ワンダフル・ライフ』(S.J.グールド、早川書房、2000年。注記)

 サブタイトルは、バージェス頁岩と生物進化の物語。

 もう一冊は

 『スノーボールアース』(P.ホフマン、早川書房、2004年)

で、副題は、生命大進化をもたらした「全地球凍結」。腰巻帯には

 その氷が融けたとき爆発的な(生物)進化のドラマは始まった

とある。約6億年前のいわゆる「カンブリア爆発」のことを指している。

 詳しくは本書を読んでみるのが一番だが、結論を言うと、

 Imgp2770_1 全球凍結が始まるきっかけは、地球表面を漂っている大陸が赤道付近に集まっているとき。その凍結が終わるのは、分厚い氷を通して地下から吹き上げてくる火山噴火の二酸化炭素が増加したときというわけだ。

 そうだとすると、地球史では何回も全地球凍結が起こってもおかしくない。

 ダイナミックで壮大なドラマであり、ブログ子が高校で習った知識、常識をはるかにこえた科学挑戦ものがたりに仕上がっていた。

 しかも、その全球凍結が生命を大量絶滅に瀬戸際に追いやるが、氷が融けた時に生き残った生物は、爆発的にその数や種類をこれまで以上に増やしていくというのだからすごい。

 これまでとはまったく異なる

 地球生命観

がそこにある。

 ● 「ワンダフル・ライフ」と全地球凍結説

 この二冊を読んで、つくづく感じたことは

 科学者も眼前の事実より、まず、信念で行動する

という事実である。人間はときには合理的に行動するとはかぎらない。信念のもとになっている常識を疑うのは科学の世界でも大変にむずかしいことがわかる。

 ましてや、断片的な事実を帰納的に再構成し、定説に反する

 無礼な仮説

を公に問うのは、もっと勇気がいる。定説とは、ここでは進化論の、あるいは地質学の斉一説のこと。定説に疑義を申し立てれば、学者としての生命が絶たれることも覚悟しなければならない。

 そして、その仮説を演繹的に検証し、予測するなど確証するまでには10年以上もの時間がかかる。この間の孤独なそして、苦しい戦いに堪えなければならないのだ。このことをこの二冊の本は奇しくもブログ子に教えてくれた。

 ● 新パラダイムへの試行錯誤

 科学論あるいは科学史には、科学研究における思考の基本的な枠組みであるパラダイムの転換という考え方がある。

 これらの本を読むと、そうした転換の実際は、ずいぶんと複雑である。決して一直線に転換が行なわれるのではない。試行錯誤のなか、行きつ戻りつの連続の中から次第に真実が見えてくる。

 知の水平線を押し広げるとはかくも苦しい戦いなのだ。

 ● 注記

 「ワンダフル・ライフ」という書名は、直訳すれば

 驚くべき生物

という意味。これは、具体的には、カナダ・ロッキー山中(カルガリー市に近い)の今から約5億年前の地層(古生代カンブリア紀)から出てきたバージェス頁岩のなかから発見された化石動物群のことをさす。

 余談だが、

 米クリスマス映画「素晴らしき哉、人生」(F.キャプラ監督)

の元題「It’s Wonderful Life」から選ばれたらしい。素晴らしき哉、生命という意味も込められているのだろう。

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余の辞書にもたった一つ不可能があった

(2014.01.29)  先日、大河ドラマの主役をつとめる岡田准一さんが案内者だというので、BS放送の「追跡者、ザ・プロファイラー」というのを見ていたら、

 ボナパルト・ナポレオン

について、紹介されていた。フランスの片田舎、コルシカ島出身のフランス語もうまく話せなかった青年の皇帝に上り詰めるまでの話かと思っていた。

 「余の辞書に不可能という文字はない」

というほんとかどうかわからない与太話などをながながと話し合うのだろうと思った。

 ところが、そうではなく、

 彼の晩年を狂わせたものは何だったのか

という点に焦点を当てていたのが面白かった。革命者として栄光を手に入れることのできた成功物語ではなく、上り詰めた頂点での挫折。その原因を探ろうという番組だった。

 フランス革命の果実をナポレオン民法典にまとめあげるなど、ヨーロッパ近代の創始者といわれるナポレオン。だが、その召し使いだったコンスタンツという人物の「回想録」によると、

 近くで見ても、驚くほどの英雄

だったらしい。わがままで仕事の虫。時間と仕事に追われていたワーカーホリック。風呂嫌いなフランス人には珍しく一日三回も入浴を楽しむときもあるほどの風呂好き。筆まめで手紙好き。戦場から妻へ書き送った2000通の恋文。などなど面白いエピソードがその映像とともに番組で紹介されていた。

 ● 自分にないもの求める弱さ

 そんなナポレオンが40代をすぎた晩年、なぜ挫折に次ぐ挫折を味わうことになるのか。

 結論を先に言うと、

 自分にないものを求めたこと

から始まったという。具体的には、落ちぶれ始めていたとはいえ旧体制のなかの旧体制であるハプスブルク家という名家を、そこの若い娘と再婚することにより、政治的に強力な後ろ盾として利用しようと図ったこと。

 これが、政治家、ナポレオンの晩年というか、人生最大の判断ミスとなる。旧体制の一掃を旗印にかかげた信念に、最後まで徹し切れなかった。そこからさまざまな内部分裂や亀裂を生み、広がり、転落が始まった。

 わが辞書にもたった一つ「不可能」という文字があったことを思い知ったことであろう。信念を最後まで貫き通すなんてことはとうていできないという不可能である。

 それは、強い信念と仕事の虫だったナポレオンといえども、

 どこかに自分にはないものを求めようとする人間らしい弱さ

を持っていたからだろう。

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テレビの消える日は来るか 都知事選から

(2014.01.27)  毎日新聞1月26日付1面の都知事選をめぐる「主要4候補ツイッター分析」や2面の「ネット力分析」を拝見して、ブログ子は、 

 やはりそうか

と納得した(写真上)。

 Imgp2768_1 (ツイッターによる)知名度上昇に限界も

 (テレビなどの)「メディア露出」影響

というからだ。

 この立命館大との共同研究では、

 「ネット上の知名度も、(テレビや新聞などの)メディアでで取り上げられる回数などネット以外での知名度に大きく影響されることがわかった」

というのだ。新聞・テレビで話題にならなければ、ツイッターなどのネット上でも話題にはなりにくいというのである( 注記 )。

 これは新聞・テレビの強力なアジェンダセッティング(何が今争点かという課題設定)機能によるものであろう。

 世論というのは、この争点の明確化のもとに形成されるものなのである。

 ● テレビ・新聞の強力な課題設定機能

 今から10年くらい前までの数年間、ブログ子は

 新聞論やマスメディア論

を金沢学院大学で講義していたことがある。そのとき参考書として学生たちに紹介したのが左下の写真。米ジャーナリスト、W・リップマンの『世論』(1922。岩波文庫=1987)は古典的な名著である。大衆心理はいかにして形成されるかということについて、第一次大戦の従軍という現場の経験から報告、分析している。

 一方、岡田直之『世論の政治社会学』(東京大学出版会、2001)は、現場から少し引いたメディア研究者の目線で見た格好の世論分析の好著。世論とは何かについて歴史分析を踏まえて講じている。

 Imgp2767_1 これらを踏まえたその時の授業の結論は、

 テレビの消える日は来ない

というものだった。マスメディアにはこのアジェンダセッティング機能があるからだ。テレビはパソコンに取って代わることもないと断言しておいた。

 テレビは地上デジタル時代を本格的にスタートさせ、放送と通信の融合も進み始めている。そんな情勢からか、アメリカのメディア研究者、G・ギルダー氏をはじめ、日本のメディア研究者の多くもテレビは時代遅れであり、パソコンの一部としてテレビ機能が残るだけだろうと予測する声も根強い。

 ブログ子は、むしろ逆で、テレビ機能の中にパソコン、つまり通信機能を取り込む方向でテレビは進化していくであろうと、今でも確信している。

 注記

 この記事の最後にある分析に当たった立命館大研究者のコメントの見出し

 別の側面の世論

というのはわかりにくい。これは、新聞社が行なう比較的に投票行動に反映される世論調査とは別の、つまりややあいまいな〝世論〟という意味だろう。投票行動とは別のという意味でもあろう。だから、こんな見出しではなく、もっとはっきり

 投票行動とは別

とか、「世論調査とは別」ともっとわかりやすくものにすべきであったと思う。つまり、すばやいやりとりができる良い面もあるが、つぶやきというツイッターは流行を反映しているだけということになろう。

 ( 下の写真(=浜松市内のキオスクで)は、「週刊現代」2014年2月8日号。独自アンケートで、舛添圧勝、細川は惨敗。これでいいのか、と争点を明確化するとともに、読者に行動を促している )

 Imgp2764_1 

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デジタル時計の黒い時刻表示のなぞ

Image1960_2  (2014.01.27)  ブログ子の枕元には、もう10年以上も写真のようなデジタル時計(電波時計)が置いてあり、とても重宝している。

 しかし、そんなに重宝しているのに、一度たりともその黒い時刻表示の原理がどうなっているのか、ついぞ考えてみたことはなかった。

 いろいろな色で発光する半導体(発光ダイオード)、つまり街にあふれているLEDを使っているのだろうと漠然と思っていた。しかし、これはおかしい。発光ダイオードは自ら光る。しかし、この時計の表示は、オンとオフをくり返してはいるものの、自ら発光はしない。表示は白いバックに対して、黒なのだ。

 だから、自らは光らない液晶かなにかを使っているのだろうと思って、深く考えることなく、この歳まできてしまった。

 ● 光の偏光で遊ぶ

 しかし、最近、この液晶の表示装置には、光が持っている偏光現象を利用していることに気づいた。

 Imgp2758_1 つまり、電場の一定の向きの光だけを通す「オン」と、その方向の光を完全にカットする「オフ」を組み合わせることで表示しているということに気づいた。偏光板をオン状態、オフ状態にするための電源として直流の乾電池を使っているのだ。

 このことに気づくきっかけは、シニアボランティアをしている浜松科学館(浜松市)での

 ふしぎな科学講座(小学生対象)

 光のひみつ 偏光版を使って、遊ぼう、探ろう

だった(写真右=浜松科学館実験室、1月26日)。

 ボランティアとして参加したのだが、偏光シート板を二枚重ねる。そして、一方を回転すると、完全にシートの向こう側が見えたかと思うと、少しずつ暗くなり、ついには完全に重ねたシートが黒い下敷きのようになり、真っ暗で、何にも見えなくなる。さらに、回転すると、次第に向こう側が見えてくる。

 これが光の偏光現象である。光が波である、つまり波動性をもっていることの証拠である。

 実験では、この二枚の偏光シート板の間に、もう一枚セロテープを自由に貼り付けたプラスチックラミネート板をはさんだら、どうなるかという、不思議発見の演出があった。

 実は、ブログ子も、予測できなかった。

 ● 偏光した光の分光現象

 それの結果が写真中である。

 Imgp2759_1 一定方向にそろった自然光がラミネート板に入っては来るのだが、セロテープのせいで波長の違い、つまり自然光のなかの色の違いにより、屈折度が異なるため、出口のところにあるもう一つの偏光版を回転すると、いろいろな波長の光を捉えることができる。

 その結果、先の写真の右側のようにカラフルな映像になる。

 Imgp2755_1 これは、つまり、偏光した光の分光現象

である(セロテープがプリズムにあたる。この原理の図示は、写真下に)。

 ● 光には粒子性も

 光は波であるということを遊びながら学ぼうという科学講座だったが、実は、光にはさらに不思議な性質、

 Imgp2763_1_2 光の粒子性

というのもある。これは大学の基礎実験レベル。残念ながら、ブログ子の学生時代では、このことを実験で見事に再現する学習はなかった。

 ただ、最近では、

 光子の裁判

というとても奇妙な実験から、光が間違いなく粒子性をもっていることを示す見事な実験がいろいろとある。

 理論的にも、最下段の写真(=浜松市内の谷島屋書店)のように、『数理科学』(2014年1月号)が

 波と粒子

という大特集を組んでいる。数学的には難解だが、粒子性を目で見える形で実験して見せてくれるというのには、驚いた。

 もっと驚いたのは、そこから、「弱値」という概念を使うと、新しい量子論が登場するかもしれないとさまざまな研究者が語っていたことである。

 ボランティア活動というのは、やればやるほど奥が深い。そのことを悟った一日だった。

 Image1956_4

  

 

 

 

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木曽町版「見上げてごらん夜の星を」

(2014.01.25) NHKが各県ごとに地域発ドラマをつくっているというのは知っていた。先日、本当に偶然だが、

 「木曽オリオン」(和久井映見さん主演)

というのを、BSプレミアムでみた。訪れたこともあり、ブログ子にとっても懐かしい東大木曽観測所が舞台。主婦役の和久井さんが、ふとしたことが縁で、御嶽山の山中に隠れるように立てられている木曽観測所のまかないおばさんとして短期間勤務するというコメディタッチのストーリー。

 そこには、普段気にも留めていなかった小さな幸せがあることに気づく。たとえば、そこで大の大人が夜を徹して捜し求めている超新星の観測など、今の生活には何の役にも立たない。のだが、好奇心のある人間だけが味わうことのできる感動があった。

 物語自身はそれだけなのだが、木曽の美しい星空を見上げるたびに、少しずつ同じ感動をまかないのおばさんも持つようになる。主婦の仕事には何の役にも立たないことと知りながら。何にもない町と思っていたのに、そこには、小さな幸せがあった。

 実は、ブログ子も研究者の卵時代、というから1970年代に岡山県鴨方町の北にある当時日本最大の大きさを誇った

 岡山天体物理観測所(竹林寺山、国立天文台)

に年数回、研究のため毎年のように通っていた。このテレビドラマを見て、つくづく、もう一度、あの時代に戻れたらどんなに幸せだろうと思ったりもした。

 しかし、これは何も天文学や星の世界だけではない。

 忙しい日常生活にあっても、見逃しがちな

 小さな幸せ

は、その気になればいくらでも見つけることができる。ただ、見落としているだけだろう。

 そんなことに気づかせてくれた和久井さんの演技だった。

 ( 写真下=赤外線で見た夜の天の川 撮影者、出典ともに不明。 )

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「百考は一行に如かず」の有言実行

(2014.01.25)  以前のこのブログで、小泉純一郎元首相が日本記者クラブにおいて「即原発ゼロ」をぶち上げたことは、紹介した。その講演後、百聞は一見に如かずをもじって

 百考は一行に如かず、つまり、いろいろ理屈をつけて考えるよりも、一度実際に行なってみるのが一番確かであり、説得力もある

と語って、その揮毫まで黒々としていた。

 即原発ゼロの論理も正論であり、ケチのつけようがない。大義名分はあるからだろう、

 小泉氏は、自分と同じ即原発ゼロをとなえ都知事選に打って出ようとした細川護煕氏を全面支援する行動に出た。先日から、一緒に選挙カーに乗り、支持を訴えて回っていた。

 この姿を見て、

 どんなに大義名分のある「即原発ゼロ」であっても、それを言うだけではダメ。行動が肝心。引退したとはいえ、政治家として言ったことを体を動かして、実行してみせた。その気迫のすごさに圧倒された。

 ごちゃごちゃ言わずに、実行。

 ましてや大義名分がある。政治家は言葉の力とその実行力でその真価が試される。

 選挙結果に注目したい。しかし、どうなるにせよ、ブログ子も、小泉元首相の選挙カー壇上での応援姿を見て、

 言うだけのジャーナリスト

であってはならないと誓った。

 憂国の士、いまだ去らず。

 久々に、そんな言葉がピッタリの政治家に出会ったような気がする。

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神は宇宙のどこに? 思考の境界線

(2014.01.24)  高名な宇宙物理学者の池内了氏が

 集英社の月刊読書情報誌『青春と読書』

にこの1年間連載していた

 宇宙論と神

がこの2月号で最終回となった( 写真 )。大学院生時代と少しも変わらない、いかにもまじめな池内さんらしい謙虚さでつづられており、ブログ子は毎回、楽しみに拝見していた。

 Imgp2724_1_2 初回(2013年1月号)のサブタイトルは

 宇宙における神の存在

だったが、最終回は

 神は何処に? - わけがわからないものの導入

だった。

 ● 池内「居場所探しは永遠に続く」

 池内さんの結論を、手短に言えば、わけのわからないものが次々と出てきて、結局

 「宇宙における神の居場所探しは永遠に続く」

というもの。神の居場所はなくならないのではないか、というわけだ。

 この結論は、池内さんと同世代の、かの宇宙物理学者、S.ホーキング博士の最近の結論、

 この宇宙を創るには神の居場所は必要なかった。いわゆるM理論などの物理学で十分

と結論付けたのとは、大きく異なっている。

 ● ホーキング博士は〝王手〟

 ホーキング博士は、その著書『THE GRAND DESIGN』(2010)の最後において、人類の宇宙論研究3000年の歴史において、ようやく人間が神に〝王手〟をかけたという意味のことを書いて、結論としている。この理論を得たことで、少なくとも将棋で言えば〝詰めろ〟がかかったらしい。

 この件については、NHK総合、NHKBS放送などでもこの一年、何回も放送されていたから、よく理解できないながらも、なんとなく納得した読者も多いのではないか。

 こうした結論の違いを生んだのには、宇宙論、宇宙物理学の話ではあっても、仏教圏の池内、キリスト教圏のホーキングというように、神に対する文化的な背景の違いも影響しているであろう。時間と空間を超越した存在という点では同じでも、人間との距離感が、われかれで異なる。

 ● 脳の構造が宇宙論を決める

 ブログ子の意見は、次に述べる理由によって、結論としては池内氏のものと同じである。その理由とは、要するに、

 宇宙論とはいっても、結局、それは人類を含めた生き物の脳が生みだした産物に過ぎない。アメーバーであろうがなんであろうが、脳の構造は、その生物の進化段階で決まる。とすれば、脳の構造から決まる思考様式には必ず進化的にこえることのできない一定の境界線が進化段階ごとに存在する

ということ。つまり「思考の境界線」という物理的な壁の存在である。

 学問の進歩とはこの境界線の限定された内側において、少しずつ壁に近づいていく道のりのことであろう。

 わかりやすく言えば、これは現在の人類の脳構造では、決して解けない数学の難問がいつか必ず出くわすことをも意味する。解けるためには、脳構造の進化的な変化が必要というわけだ。たとえば、素数に関する未解決のリーマン予想もそのひとつかもしれない(注記)。

 ここから、神の居場所探しとは、つまり具体的に何のことかというイメージが自然な形で浮かび上がってくるであろう。また、生物が進化する限り、思考の境界線をめぐっての神の居場所探しは、狭まるにしろ、広がるにしろ永遠に続くことになる。

 この結論は、池内氏と同じなのだが、違うのは、ブログ子の場合では、神の居場所が丸まった次元数のなかや、「わけがわからないもの」のなかへと、どんどん遠のいていくのではないという点だ。

 宇宙を考えている生物の思考の境界線が進化に連れてどんどん広がっていく、あるいは退化することで狭まっていくというように、考えている主体側の進化状態に依存して、神の居場所はダイナミックに変化するということだ。

 思考の境界線内で論ずることのできたのが、ニュートン力学の世界。これとは違って、宇宙における神の居場所探しという思考の境界線をめぐる宇宙論においては、宇宙という客体と、それを考える主体の脳構造とは、分離できない。互いに別々の話ではない。脳の構造が変化すると、それにつれ神の居場所を示す思考の境界線も変化する関係にある。

 言い換えれば、神の居場所探しをめぐる宇宙論から得られる内容は、その宇宙論を考えている生物の脳の構造と強くカップリングしている。

 これが、二人の高名な宇宙論学者とブログ子の基本的な考え方の違いである。

 ● 主体と客体分離できるか

 この違いをはっきりさせるために、宇宙を創った神は天才数学者かと思われるほどに、かくもこの宇宙は数学的に見事に記述される点を考えてみる。いわゆるM理論はその典型あるいは極致だろうが、見事なのは何故なのか、という問題。

 数学は人類の脳がたかだか数百万年であみだしたものにすぎない。宇宙の年齢からすればごく最近の、しかも一瞬の出来事なのに、どうしてそんな見事なことが可能なのか、不思議である。

 このパラドックスは、

 人間を含めて生物の脳は自然の一部である

と考えれば、解ける。自然界の間では一定の原因には一定の結果が伴うという因果律が存在すると考えさえすれば、自然の宇宙を、自然の一部である人間の脳が生みだした数学で論理的に正確に記述できるのは、ある意味当然である。少なくとも不思議ではなくなる。

 こうしたカップリングを考慮せず、神に対して〝王手〟をかけたとするホーキング博士。その結論は、40年にわたる研究の集大成として、そう思いたい気持ちはわからないでもない。が、失礼ながら、進化生物種としての人間の知には常にのりこえることのできない壁が常に存在することを見落とした誤りか、もしくは思いすごしであろう。神は、その壁の向こう側にいる。

 ● 知りえることには限界がある

 脳構造の限界から、その生物の進化段階に応じた真理の一部を手に入れることはできる。このことは池内氏の考察もホーキングのそれも例外ではない。

 しかし、人間を含めて生物がどんなに進化し続けても、誰もが望む宇宙のすべての真理を定式化できる、いわゆる真の大統一理論を手に入れることは、永遠にできないだろう。なぜなら、現在の体制から生物として生存できるよう体のつくりを変化させるには、無条件ではありえず、当然構造上の限界があるからだ。このことは脳の進化には一定の制約があることを意味する。

 すなわち、今のM理論によって、神には王手はかからない。そればかりか、遠い将来においても依然として思考の境界線という生物としての壁が、宇宙物理学者の前に立ちはだかっていることは間違いない。

 このように知り得ることには一定の限界があるというのは、現在の地球人だけでない。過去に存在した、あるいは未来に存在する高度文明を持つすべての宇宙人や生物に共通して言えることである。 

 これがブログ子の結論である。

 もうお分かりと思うが、最後に、このブログのタイトル「神は宇宙のどこに?」の答えは、

 脳構造が決める「思考の境界線」の向こう側におられる、ということになる。神は身近に、そしていつもわれわれとともにいるということになる。

 ただ、身近といっても、キリスト教圏ではより隔たって、仏教圏ではより近くにという違いがあるだけであろう。

 ● 注記 リーマン予想と不完全性定理の関係

 リーマン予想と、ゲーデルの不完全性定理とを混同してはならない。不完全性定理とは、現在の人類よりもはるかに進化した生物が、その驚くべき論理を駆使して、どんなに巧妙に公理を設定したとしても、真か偽かを判定できない命題が、必ず1つは存在するという定理。つまり、この定理は、進化の如何にかかわらず厳密に成り立つことを、現在の人類の脳構造で証明してみせたのがミソ。はっきり言えば、この不完全性定理は、思考の境界線の内側の問題として解決した。

 これに対し、未解決のリーマン予想は思考境界線をこえた外側の、つまり進化に伴う人類の脳構造の問題かもしれないということである。そうだとすると、人類の進化がもっと進まないと、たとえば、3つの大脳を持つ人類にまで進化しないと、一つ大脳の人間では予想は解けないかもしれないという、不確定性定理にはない基本的な違いが、リーマン予想にはある。

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少子高齢のなかの自治会の役割とは

(2014.01.20)  ブログ子自身が高齢者になったせいだろうか、あるいは集合住宅に暮らしているからだろうか、

 Imgp2684_1 少子高齢のなかでの自治会の役割とは何か

ということを時々、そして具体的に考えることがある。

 そんななか、先日、こじんまりとした会合で、近くのベテラン自治会長、高橋邦武氏を招いて、先進事例など、あるいは失敗、成功を含めた現状の問題点について意見を交換する機会があり、参加した( 写真上= 浜松市・佐鳴台協働センター )。高橋さん(写真下)は地区の自治会を束ねる連合会会長も長くつとめているだけあって、人望もあり経験も豊富で、話が具体的で面白かった。

 ● 近所同士のつながりを密にする

 今の自治会の求められる役割について、いろいろ議論は出たが、結論を先に言えば、

 行政や公民館では、なかなか人手が足りず、手に負えない小回りのきく居場所、つまり、となり近所の人同士のつながりづくり

ということに尽きる。

 わかりやすく言えば、見守りなどゆるやかなネットワークをつくり、安心して死んでいける近隣社会をどういうようにつくっていくのか

ということだろう。

 それには、自治会の運営は、強制ではなく、多少のことは大目にみる寛容性が大事であるらしい。規則やルールで強要するのは一見うまくいくように思いがちだが、自発性が損なわれ、かえって人間関係がぎすぎすしたものになり、運営がうまくいかないとう。

 いい意味のルーズさ、あいまいさだが、ただ、自治会会費などの会計管理だけはきちんとしないと、過去の多くの事例が如実に示しているように、自治会自体が腐敗する。これだけは、行政にとっても気がかりなところだろう。

 この点から言うと、なかなか現実は厳しいが、やりたい人よりやらせたい人が自治会のトップに着くのが理想だろう。

 そんななか、運営をうまくするには、運営はオープン主義に徹することが大事だ。何か秘密があるのではないか、というような状況では、根拠薄弱な不信感だけが増幅されたり、一人歩きしたりして、結局、運営がうまくいかない。

 高橋さんによると、新しい企画や行動については、まず、少人数、小グループから無理なく、楽しく始め、問題点を解決しながら、少しずつ広めていくのがコツらしい。有言実行、不言実行、率先垂範いずれもいいのだが、大多数を占める

 不言不実行の横着者

はどこでも、困り者らしい。

 ● 「選択縁」を大事に

 具体的に言うと、

 小グループでのお花見会/夏祭り・花火鑑賞会/ご近所夕涼み会・ご近所忘年会。公民館などでは、ウォーキング会、歴史探訪会などの例

がある。

 自治会などでできるもう少しあらたまった定期的な会合としては

 自主的なシネマカフェ開催とか、講師を招いての時事学習会、地域の特性に合ったボランティア活動

なども、近所の人と人のつながり、きずなを深めるのに役立つ。そして、それがイザというときの助け合い、支えあいに役立つだろう。

 こういう「縁」づくりのことを、血縁、地縁、社縁に対して、選択縁と社会学では呼ばれている。新しい考え方である。

 ● 「報連相」など倫理観もって活動を

 選択縁にしろ、地縁にしろ、これらの活動には、それぞれの住民の意識というか、倫理観がある程度成熟していないとうまくいかないようだ。きちんと議論する、決まったことは実行する。約束は守る。

 わかりやすく一言で言えば、会社同様、自治会も組織活動である以上、報告・連絡・相談、つまり

 Imgp2685_1_2 「報連相」を徹底する

という倫理観である。

 講師の高橋さんによると、こうした倫理観のある行政と地域の公民館の協力関係の先進事例としては、そして国内トップクラスの事例としては、市税の1%程度を自治会活動に支出しているという東京都三鷹市があるようだ。

 が、わが街、わが地区では、とてもそこまではいっていない。

 無理をせず、中心となるべき自治会のトップが、そこそこの倫理観をもって、先ほどいったような少人数、小グループ活動を積極的に支援する場や機会を多く提供する。そこから信頼感を獲得し、活動の幅を少しずつ広げていく。これが今の自治会の求められる姿であろう。

 ブログ子は、講師の示唆に富む話を聞いて、そんな印象を強く持った。

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平成版「若者の旗」 日々更新という生き方

(2014.01.17)  日本経済が高度成長期を迎えていた1970年、というから大阪万博のときに公開された

 「若者の旗」(森川時久監督、1970年)

という映画を以前、このブログで紹介した。競争に明け暮れる毎日でいいのかという問いかけがあった。何のために生きるのかというテーマもあった。

  Imgp2642_1_3  その伝でいえば、これは

 低成長期の平成版「若者の旗」

といえまいか。

 先日、近所の協働センター(かつての公民館)で開かれた成人式を拝見して、つくづくそう思った(写真上= 浜松市中区佐鳴台協働センター、1月12日)。取材した若者のなかには

 もう介護福祉士の資格を取得した

という元気な人もいた。優勝旗を目指すような競争的な職場ではなく、互いに助け合って生きていく職場や仕事を目指したいとおもったからだろう。社長になると高らかに宣言した若者もいた。世界に羽ばたきたいという気持ちの表れだろう。そうかと思うと、お金を貯めて、世界旅行もしてみたいという女性も元気な和服姿で参加していた。どこにも暗さなどない。

 かれらを見ていると、

 先ほどの映画のテーマ曲ではないが、 

 空にまた陽が昇るとき 

 若者はまた歩き始める

との歌詞そのもののように感じた。現状にとどまることなく、常に前を向いて前進する姿が成人式の若者たちいずれにもあったように思う。

 ● 三つの「初心忘するべからず」

 室町時代の能役者だった世阿弥には

 『風姿花伝』

という演劇論がある。有名なのは

 初心忘るべからず

という言葉だろう。しかし、正確には

 三つの初心忘るべからず

である。

 ここにいう初心とは、普通理解している意味とは違い、

 最初にぶち当たる壁

のこと。だから初志とは違う。

 三つの初心とは、すなわち

 青年の「是非の初心」であり、中年の「時時の初心」であり、そして老年に訪れる最後の「老後の初心」

である。

 是非の初心とは、未熟ながら、ある事の実現や自らの実行を希望する気持ち、つまり是非をいだいたとき、最初にたちはだかる(比較的にレベルの低い)壁という意味だ。中年になるとその芸事の壁のレベルは上がる。さらに老年になればもっと高くなる。

 この三つの壁を乗越えて自己を常に更新し、マンネリにおちいらないようにするには、そこに新しさが必要。その新しさも

 秘すれば花

であってこそ、初めて注目される。

 というのが世阿弥の風姿花伝の言いたかったことだろう。この境地に世阿弥が立つことができたのには、同じ能楽師だった父の影響が大きかったであろう。なぜなら、父はそれまでの卑猥な猿楽(当時は鬼楽といった)を一新、優雅な、そして花のある能楽という芸術にまで高めたからだ。父の行動をそばで逐一、つぶさにみていた世阿弥だったからこそ、こんな演劇論がかけたのだ。だから、これは理論書ではなく、実践論なのだ。

 ● シニアにも「老後の初心」

 こんな話を成人式のブログに書くのも、若者にだけ初心があるわけではないことを言いたかったからだ。

 若者同様、中年にも時時の初心がある。そしてシニア世代のブログ子にも、日々新たに更新しなければならない

 老後の初心

という壁があるということを言いたかったからだ。

 世阿弥が、父、観阿弥から学んだ芸事の勘所とは、若者であっても、シニアであっても、現状に満足せず、マンネリを排する

 日々更新

ということだったろう。

 演劇論に限らず、生きるとは、結局そういうことなのだろう。この日は、大いに若者に教えられた。

 ( 写真下 = さなるこ新聞(2014年1月13日付)「参加新成人の声」から )

 Imgp2640_2  

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新聞業界は軽減税率の軍門に下るのか

(2014.01.13)  新聞は、戦後ずっと再販売価格維持度の下で、取次ぎでも販売所でも駅売りでも発行元が決めた定価の維持を義務付ける「再販商品」として法的に保護されてきた。安売りはもちろん、夕方になると朝刊を半額セールにすることも独禁法が禁止している。読者が販売店を選ぶことのできない今の宅配制度と同様、もっともらしい理由をつけて業界は国に保護してもらっている。

 公正取引委員会も、こうした無体な例外規定に対し、新聞業界のあまりのわがままに苦りきってきた。

 が、今、戦後3度目の〝黒船〟が訪れようとしており、業界はてんやわんやなのだ。

 ● 受難の新聞業界 

 つまり、次の3つである。

 一度目は、速報に優れたネットニュースの普及(1990年代)。

 二度目は、地上デジタル放送の開始(2011年)

  三度目は、どの生活必需品を消費税の軽減税率対象に含めるか、今年年末の税制大綱までに政府は方針を決定する(2014年12月)

 速報に優れたネットニュースに押されて斜陽産業と言われてからでも10年。2011年から、テレビに毎日の番組表がついてくる地上デジタル放送が始まって、新聞業界ではますます凋落傾向が顕著になっている。テレビ・ラジオのいわゆる「ラテ」番組表めあてに定期購読していた家庭が新聞購読をやめ始めているのだ。

 生き残るためには新聞の役割は、多様で公正な評論の時代に入ったと叫ばれるようになった。しかしながら、主張する社説や自社コラムにしても、また社外からの寄稿論文にしても、中立、不偏不党というありもしない幻想に、あまりにとらわれて、いまもって縛られている。

 また報道も、この10年をみるかぎり、赤勝て白勝ての我関せずのよそよそしい見せかけの中立報道になってしまった。つまり、無難なように強いもの、権力側の論理がまかり通るようになってきた。見かけの公平性はあるが、悪平等に堕し、そこには問題解決の真の公正さが欠けているのがあいかわらず多い。

 新聞業界にいたこともあるブログ子だが、さすがにこれにはいやけがさし、定期購読をやめてしまった。だが、しかし、当然といえば当然なのだが、この4年、なんの不自由も感じていない。

 ● 新聞は果たして生活必需品か

 こうなってくると、新聞は、国民の知る権利の負託にこたえる文化特性を持っている。だから、ほかの商品にはない再販商品に指定されているのであり、当然、生活に欠かせない必需品である。したがって今回も軽減税率の対象に含めるべきだという新聞業界論理はもはや、当然のこととしてはなりたたないのではないか。

 Imgp2557_1 先日、「週刊現代」2014年1月4日11日合併号の

 「官々愕々」(古賀茂明=元経済産業省官僚)

で、

 軽減税率と「新聞」

について、論じていた。ブログ子と同趣旨であった。もはや新聞は国民の生活必需品ではない。古賀氏も強調して書いていたが、

 安倍政権が今年急ぐ、

 批判の強い集団的自衛権の解釈見直し、国民世論の支持の強い原発再稼動阻止、国民の大多数の反対を押し切って成立させた特定秘密保護法監視と廃止

などで特段の働きを果たすようなら、それは新聞が国民の生活必需品と言えることを証拠立てるものであり、軽減税率の対象の資格はあるだろう。

 その逆、つまり、解釈見直しの容認、再稼働の容認、監視と廃止の断念といった形で、

 軽減税率の軍門に下る

というなら、新聞は必需品ではないばかりか、不用品化するだろう。

 この10年のアメリカの激しい新聞社の身売り、倒産などの統廃合は、日本でも今後10年、国民の必需品か、それとも単なる商品かの基準で進行する。

 事実、東海地方でも原発再稼動をめぐる主張の違いから、読者の購読紙の変更が急速に進んでいることが、地元業界の深刻な話題となっている。

 このことは、国民の視点に立ったしっかりした評論や論説のない新聞は淘汰されていくということだ。いまや、共同通信社の論説資料を、何の考えもなしに行数調節だけして切り張り掲載しているような多くの地方紙は地元読者に見放され、早晩消えていくだろう。

 それだけではない。生活必需品かどうかでは、それに伴って宅配の土台ともなっている販売店が自由価格を導入すれば、これまでの秩序ある(つまり、競争なき)宅配制度といううるわしい制度も、音を立てて崩壊するだろう。系列化から、販売所自身が新聞社を選ぶ時代になる。

 つまり、

 2014年は、新聞業界の競争に対する体質改善の努力と、新聞人としての真価が同時に問われる最後のチャンス

といえる。

 その意味で消費増税問題には、新聞社にとって表には出せない隠されたテーマがある。

 そういう目で、この一年の業界の動きを注視していきたい。国政選挙はないが、政治と新聞をめぐる

 アクロバット的な駆け引きの1年

となるだろう。

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人間、万事塞翁が馬の年にしたい

(2014.01.12)  日本語として使われている漢字を集めた「新潮日本語漢字辞典」には、

 Imgp2611_2 馬が三つも積み重なった「驫」

という字が出ている。ヒョウと読むらしいが、意味は

 多くの馬が走る様子

をさすらしい。なんとも勢いのある力強い様子であり、今年がそんな年であることを願わずにはいられない。

 ブログ子の住む近所に浜松市博物館があるのだが、馬をテーマにした今年のお正月向け展示をしていたので、先日天気も良く風もないので散歩がてら出かけてみた。

 馬へん、あるいは馬のつくり、変体字あわせて、日本ではこれまでに約300文字近い漢字が使われてきたとあった。それだけ、馬は暮らしに根付いていたらしい(写真上 = 馬という字の甲骨文字、金文から楷書までの成り立ちの変遷 = 同テーマ展パネルから)。

 日本では、4、5世紀には馬が生活に入り込んでいたらしい。浜松近郊でも、たとえば、郷ヶ平3号墳(浜松市北区都田)には、りっぱな

 Imgp2608 馬と馬曳きの埴輪(飾り馬)

がほぼ完全な形で出土している( 写真右 = 古墳時代中期の5世紀 )。

 埴輪だけでなく、蜆塚1号墳(横穴式石室、中区蜆塚公園内)からは、馬に実際に取り付けられたであろう金メッキのような金銅製馬具飾り(古墳時代終末期=7世紀か) も展示されていた。

 浜松市周辺では有名な伊場遺跡(中区東伊場)からは、足をかける木製「鐙(あぶみ)」も出てきており、実際に古代人も馬に乗ったことがわかる( 古墳時代7世紀)。

 Imgp2610 この遺跡からは、ひもかけ穴のある今も色彩の鮮やかな絵馬が出土している( 写真左 = 奈良-平安時代 )

  このように暮らしの中の馬と言えば、合格祈願の絵馬を思い浮かべるが、それらとならんで全国的には生活のなかに浸透していたのは、今の郷土玩具(土人形)。庶民のささやかな願いのいったんを知ることのできる貴重な文化財だろう( 写真下 )

  ● くよくよせず、手綱もゆるめず

 最後に、一筆、午年にちなんで、鉛筆ではあるが

 「馬」

と書いて、一年間襖に貼り付けてみた(写真最下段)。

 人間、万事塞翁が馬

 つまり、幸運と思ったことも、それが実は不幸の始まりになるかもしれない。逆に不幸だと嘆いたことも、意外にも幸せの始まりだったりする。くよくよせず、また、

 人生、手綱をゆるめないで暮らそう

というつもりで、書いてみた。

  ( 写真は、いずれもダブルクリックで拡大できる )

 Imgp2609  Imgp2612

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読書ノート 『キリンの首』を読む          ダーウィンはどこで間違ったか

(2013.01.08)

  原著は、C.ダーウィン没後100年の1982年発行。日本語訳は1983年(平凡社)

 今西錦司氏が注目した著作であり、副題は「ダーウィンはどこで間違ったか」(原著のタイトルにも、同様に、Where Darwin Went Wrong と書かれている) 。著者はFrancis Hitching 。科学ジャーナリスト。

 Imgp2471 科学ジャーナリストとは思えないほど、示唆に富んだ鋭い問題意識と考察が、進化論の全体像を見失うことなく論理明解に紹介されている。加えて科学ジャーナリストらしい達意の文章である。

 個々の問題意識やテーマについては30以上の別枠「パネル」で詳しく論じるなど、どこでダーウィンが間違ったかという全体の流れを見失うことなく、論点の何が問題なのかという各論的な問題意識を、事実を示して明確に読者に伝えようとしている。

 著者は相当実力のあるジャーナリストであろう。

 読み終わって、ダーウィン博物館とも言われている大英自然史博物館(ロンドン)や、そのライバル、ラマルクが館長をつとめていたこともあるパリ国立自然史博物館(パリ)を訪れてみたいという気持ちにさせられた。

 というのは、読後は、いまや、進化論/進化学というのは、神学論争や学問論争ということだけでなく、研究費獲得の思惑までもがからんだ、いわゆる

 サイエンスウォーズ(科学戦争)

の様相を呈し始めている、ということを強く感じた。

 ● 新『主体性の進化論』

 この意味で、そしてこの意味を踏まえて、ヒトゲノム配列全解読後の2000年以降の

 新『キリンの首』 / 新『主体性の進化論』

の著作をものにすることは意義があろう(2009年=ダーウィン生誕200年、『種の起源』出版150年)。

 キリスト教義に惑わされない、あるいは縛られないという日本の風土を生かして、日本の科学ジャーナリストが取り組む仕事ではないか。ロンドンやパリなどのヨーロッパ圏、あるいは「インテリジェントデザイナー論」=新創造論が社会的に大きな影響力を今ももたらしているアメリカでは、このような著作は困難だろう。

 つまり、ゲノム配列解読後も、果たしてダーウィン進化論はその〝融通無碍〟を発揮し時の試練に耐えられるかどうかという問題意識である(居間のネイチャーゲノム図および倉庫のネイチャー雑誌2冊)。

 この『キリンの首』の著者ですら、自分のプロフィールを自著に掲載することができなかった、あるいは躊躇した。このことは、1980年代においてもなお、進化論は

 宗教的にも危険な「サイエンスウォーズ」

であるということを象徴的に示していると思う。宇宙の始まりに挑戦しているS.ホーキング博士の、神は必要なかったという最近の著作『グランドデザイン』(2010)。これが、欧米のキリスト教圏内で大きな反響と非学問的な批判ないし批難を巻き起こした。これと似た構図が、日本では考えられないことだが、進化論にも、より強烈な形で今もって根強く存在しているのである。

 ● 多様性を生み出す原動力とは

 『種の起源』にもとづくダーウィン進化論や、その後の集団遺伝学=ネオ・ダーウィニズムは、要するに 

 集団としての生物の種は、唯一の原因である自然淘汰( natural selection )によって種内に含まれる遺伝的形質の割合が少しずつ変化し、ついには新たな種へと分化し、次々と進化し、多様性を生み出していくということ

を手を変え、品を変えて、実証性のレベルではなく仮説的に主張する。

 この場合の自然淘汰というのは、

 種内の個体間には、微小で、(ランダムな)遺伝的変異の差異から生まれる形質の違いがあり、そのうち環境に適応した形質を持つ個体のみが時々刻々と自然によって選択され、種内の次の世代に受け継がれて広まっていくこと

をさす。

 この話には、二つの暗黙の仮定がある。

 ひとつは、自然は飛躍せず、あくまで微小な変異が長い年月の間に少しずつ蓄積していくことで刻々と進化が起こるという仮定である。地質学(当時のライエル『地質学原理』)の天変地異同様、遺伝子変異の激変などということは前提にしない。

 もうひとつは、個体が一生のうちに身につけた獲得形質は遺伝しないという当時経験的な事実として知られていた仮定である。個体レベルではあくまで親から受け継いだ遺伝的な変異が、自然淘汰をへて種内にどういう影響を与えるかが、種の多様性を考える上での問題の中心という前提がある。ここから、キリンの首に代表される問題、つまり定向進化はありえないとしてはなから否定される。

 以上の仮定は、いずれもわかりやすく問題の本質を浮き彫りにするものとして、前に進むための第一近似として導入したものであったのだろうが、いつのまにか、いずれ改められるべき仮定ではなく、あたかも動かすべからざる公理として、その後、正統派を縛り付けてしまった。ここに問題がある。

 ただ、その近似的な仮定の下においても、注意すべきは、にもかかわらず、ダーウィン自身は主著で

 種の起源についても、

 種は、生物学的にみて、いかにして分化するかという点についても、

実は、まったくといってもいいほどほとんど、そして合理的には説明していないのは問題だろう。

 遺伝の実体とその法則(メンデルの法則)や、遺伝的変異の実体がランダムな(点)突然変異であることが当時知られていなかった。だからこれは、ダーウィンにとっては無理もないことかもしれない。

 しかし、その死後、50年以上にわたって遺伝子レベルのみを重視するあまり、進化一般を支配している「高次レベル」の問題と分子レベル突然変異を軽視してきたネオ・ダーウィニズムではこのことは免責されないだろう。生物の進化の実体を、要素還元論的な遺伝子決定論からのみ論じ、進化の実体を歪曲しすぎ、数学的ではあるが実りの少ない学問に堕落させてしまったという印象が強い。

 これに対して、ブログ子の主張は、

 生物の進化は、ダーウィン自身やネオ・ダーウィニズムが想定するよりももっと、あるいははるかに創造的であり、種内の各個体も危機に際して臨機応変とも言うべき自発性や柔軟性を備え、活動するダイナミックな存在ではないか

と考えている。

 言い換えれば、生物は自然淘汰などというような環境に一方的に隷属する存在などではない。環境に対し自発的に、積極的に働きかける相互作用のある動的な存在であると思う。これが種としての進化の実体であり、進化による種の多様性を生み出す原動力であると考えたい。

 具体的に言えば、生き残るのに必要なら、自らのDNAのデータ構造も、個体自らにそなわった組み換えの仕組みを利用し、しかも安全性を保ちながら書き換えてしまうということもあると思う。環境の言いなりになり、むざむざ座して死を待つなどということに甘んじない。

 ● ネオ・ダーウィニズムの二つの疑問

 というのは、ダーウィン進化論とネオ・ダーウィニズムに対する重大な疑問が二つあるからだ。

 ひとつは、ダーウィンが言うように、進化の斉一仮定が正しいなら、

 「世代ごとに生じる小規模な「改良」または「前進」も、種それ自体の進化と同様保存されているに違いない。

 ところが、実際はそうではない。むしろ現実はその逆なのである。「無数の移行的な生物が存在していたはずであり、ものすごい数が地殻中に(化石として)埋もれているはずなのに、それらはなぜ見つからないのか」とダーウィン自身も嘆いている。」(19ページ)

というパラドックスである。

 重要な進化的移行のなかで起きた劇的な解剖学的な変化を示すはずの肝心の化石がなぜ見つからず、いまもって常に欠落しているのかについて。つまり、種は〝突然〟出現し、〝突如〟消失するという、化石の例外のない一般的な傾向は何を意味するのかという問題である。

 ダーウィンの答えは、化石の記録が「極めて不完全」だからというものだった。しかし、それから150年たった現在でも、移行的な生物の化石は非常にまれか皆無なのだ。このことは、種の分化は、きわめて短時間に起きたことを強く示唆している。

「それどころから、はっきり魚だと判別できる魚のグループが、どこからともなく化石の記録のなかに飛び込んでくるのだ。不思議なことに突如として、完成された形態のものが、もっともダーウィン流ではない仕方で登場してくるのである。そしてそれ以前には、その祖先が埋めてしかるべき溝が、不合理にも広がっている。」(20-21ページ)

 もうひとつの疑問、あるいはパラドックスは、

 化石から明らかになっている、たとえばカンブリア爆発のような種どころか、もっと上のレベル(科)で生物種がそれこそ爆発的に短期間で大進化する事実を、ダーウィン的な微小の遺伝的変異の斉一的な小進化で説明できるかという問題。きわめて困難ではないか(ダーウィン生誕200年の1980年代に開かれたシカゴ自然史博物館「大進化」シンポジウム総括、同書第9章ダーウィンの遺産327ページ)

というものである。

 ● ダーウィンのどこが偉大か

 「ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス大学で古生物学を教えているスティーブン・M・スタンリーが1975年にアメリカ科学アカデミーに書き送った、次のような意見に同意しないわけにはいかない。

 進化は、最終的には遺伝学と分子生物学によって理解できる、という還元主義者の見解は明らかに間違っている。進化一般を支配している高次のレベルの過程を解き明かすためには、確立してしまっている種の集団遺伝学的研究に対してよりも、種分化の研究にこそ目を向けなければならない。

 メンデル遺伝学にあけくれてきた四分の三世紀の間、(遺伝子決定論にとらわれて)科学者の視野に入っていなかったのが、この「高次の過程」である。遺伝的変化の数学的研究によって進化の一端をうかがい知ることはできても、(環境と生物個体の相互作用が切り捨てられてしまっているので)その(進化の)全体像をとらえることはできないのである。数学者、物理学者、化学者、それに広い視野を持つ生物学者などが、生命そのものの背後には複雑にして驚くべき過程がひかえていること、そしてそれ(驚くべき過程)はゆっくりではあるが(、今)次第にその秘密のベールをぬぎつつあることを(スタンリーは)認めている。この過程こそが究極的に進化が依存しているものなのである。」(211ページ)

  ブログ子が思うに、この見解には、ダーウィン自身、大いに納得し、賛成するだろう。

 なぜなら、生物種の進化を神の存在を仮定することなく合理的に説明する、いわば第一近似として、自然淘汰を導入したに過ぎないからだ。これに最後まで拘泥するとは、そもそもの『種の起源』には書かれていない。ほかの可能性もきちんと指摘している。ダーウィンの科学者としての偉大さは、ここにあると、ブログ子は指摘しておきたい。

● ネオ・ダーウィニズムは科学理論か

 ブログ子には、

 果たしてネオターウィニズムは科学理論か、

という根本的な疑問がぬぐいきれない。なんでも融通無碍に一応定性的には説明できるのに、こういうことは絶対に起こらないはずだという禁止条件がないからだ。検証可能な反証が提示できない理論は、信じるものは救われる宗教書ではあっても、科学理論ではない。

 もうひとつ、科学理論であるためには、できれば定量的に予測ができなければならないが、それがないことだ。これは自然淘汰の融通無碍の裏返しであり、何でも説明可能だが、何も予見できない。検証可能ではない理論は科学理論ではない。

 さらに言えば、このブログの冒頭に挙げたネオ・ダーウィニズムの二つの暗黙の仮定、つまり、微小変異の蓄積性と、変化の時間的な斉一性が正しいかどうかという検証が十分に納得される形で実証されていないことである。

 数学の幾何定理のように、仮定から定理を導くように、設定した仮定が結果を決めているという同語反復から脱却していなければ、幾何数学書ではあっても、あるいは論理数学ではあっても、進化とは何かに答える実証的な科学理論とは言いがたい。極論すれば、科学書としては机上の空論である。

 誤解を恐れずに言えば、

 自然淘汰の進化論というのは、資本主義に向かって驀進する1850年代のイギリスという時代背景に引きづられた実証性に乏しい〝科学書〟

ではなかったのか。

 問題なのは、そんな進化論が、ヒトゲノム配列全解読を果たした21世紀の今も科学界が引きずって、抜け出せないでいる、あるいは安住しているという事実である。

 ダーウィンがこの現状を知ったら、さぞや落胆することだろう。

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読書ノート 『構造主義生物学』を読む

(2014.01.07)

 ● 『構造主義生物学』(柴谷篤弘、東京大学出版会、1999年)の抜き書き

  Imgp2472 生物進化について(第5章)

  ダーウィン的進化 生物多様性の説明原理、

 または、キリスト教の教義とは別の合理的説明原理について。

 「この課題に向かってターウィンが(主著『種の起源』で)述べた考えは、二つの考えにもとづいている。ひとつは、「自然選抜」と私が和訳するnatural selection の論理であり、もうひとつは最初無方向に起こる変異の傾向がそのまま子孫に伝わる、という考えである。この考えは、じつはダーウィンの理論のうち、時代をはるかにさきがけた、生物の集団思考にもとづいたものであり、特に注目すべき点として、あとでもとりあげる予定である。(中略) そして、その二つの柱を考えあわせると、でたらめな方向に起こった遺伝的変異が、それぞれの環境における生活上の有利さをもたらす場合、それが子孫に伝達される割合が(種という)集団に(次第に)広まり、生物(種)の性質を変えてゆくことが推論される。(個体内の偶然の変化と、遺伝を通じた種内での必然の選択とが重なった)これが(神の存在を前提にしない)進化(の説明)である。(中略) ともあれ、適応的形質が設計者の意図なしに、自然につくりあげられる、とした点がダーウィンの独創として高く評価される。」(122-125ページ)

  注記。

 第一。

 種は変化する、という考えはダーウィンの独創ではない。主著の出た1850年代、ヨーロッパ知識人の一部では、地質学や化石などの研究から、このことはうすうす感じられていたことである。ただ、種は神が創造したものであり、変化しないというキリスト教の教義から、迫害を恐れて、公言がはばかられていたという事情があるだけである。

 第二。

 種が進化する要因は唯一、自然淘汰(自然選択、自然選抜)だけであるとも、ダーウィンは主張していない。他の要因、たとえば、獲得形質の遺伝の可能性にも慎重に言及し、はなからは否定していない。

 この点、後の極端に数学的な集団遺伝学のネオ・ダーウィニズムでは、淘汰圧は遺伝子に対するものであり、しかも自然淘汰一本槍。獲得形質の遺伝の断固否定、それと密接に関係する定向進化の断固否定を貫いているのとは、ネオ・ダーウィニズムとはいっても対照的である。

 ましてや、生物個体の主体性、種の主体性や自発性は論外とされている。ダーウィンも主体と客体を分離し、できるだけ科学的な考察を心掛けてはいる。が、生物の自発性を完全には否定していない。主著でも、淘汰が働かない〝楽園的な〟環境では、生物の自発性を認める進化の可能性を示唆する記述がある。

 第三。

 ダーウィンは、無方向的で微小な遺伝的変異が蓄積し、時間の経過とともに進化が少しずつ起こるとする漸進(斉一、あるいは小進化)主義者。また生物の進化の本質は遺伝的変位だけであるとする要素還元(後の遺伝子決定)論者。

 ここには、漸進主義が正しいとすると、なぜ化石にその進化途中の化石が、当然たくさん出土してもいいはずなのに、なぜ皆無なのかということが説明できないという深刻な問題が立ちはだかる。

 また、5億年以上前のカンブリア爆発など、化石からわかっている生物の劇的な変化、いわゆる大進化は小進化で説明できるかという難問がある。劇的な変化がきわめて短時間で起こったこと、なのに生物の体制変化が劇的であることなどから、とうてい、斉一説のダーウィン進化では説明できないだろう。

  ダーウィン進化論における個体水準の論理は不要かという点について。

 「このような問題については、(1960年代に) 「内部選抜(内部淘汰)」という表現で整理されていた。その内容はたとえ、突然変異によって個体に新しい変化が導入されて、それが個体内部ですでに獲得されている(生存にきわめて重要で欠かせない)生命維持機構や増殖機構と衝突するならば、その変化は、個体の死または衰弱につながり、決して子孫には広がらないだろう。つまり、古典的にいわれた「淘汰」なのである。」(129ページ)

  注記 

 今西進化論では、個体発生では、細胞間に自然淘汰などはない。つまり、胚から出発して、各細胞は変わるべくして一斉に、そして自発的に一糸乱れずに多様な細胞に分化する。

 これと同様、進化という系統発生も、個体間に自然淘汰などない。つまり、種が変化すると決ったら、各個体は変わるべくして一斉に、そして自発的に一糸乱れずに、つまり何時起こるとも知れないランダムな突然変異など待たずに、多様な種に進化する。

 この意味で、

 普通言われている「個体発生は系統発生をくり返す」(実は、このヘッケル説は正しくない)のではなく、むしろ、その逆であり、

 系統発生は個体発生をくり返す

というのが、生態学者、今西錦司氏の持論だった。

 注記

 生物の多様性はどこから来るのかという問題意識から挑んだ、進化におけるラマルクの用・不用説というのは、個体内における「獲得形質の遺伝」学説。この個体内の獲得形質の遺伝は、通常はさまざまな実験結果から強く否定されている。

 これに対して

 ダーウィンの自然淘汰説というのは、言い換えれば、種レベルの「獲得形質の遺伝」学説

といえる。種内の各個体に常に生じている無方向な微小な遺伝的変異のなかから、環境に適応した変位をもった個体だけが自然淘汰で選び抜かれた結果、その形質が種内に保存、固定されるというわけだ。

 素朴なラマルク説とは対極的であるが、ラマルク説のような親から子への直接の生殖遺伝の結果としてではなく、その後の自然環境による淘汰をかませることで、種レベルの問題としてとらえなおしたのは、ある意味で卓見であったといえよう。 

  次に、適応突然変異(方向性突然変異)の発見について。

 「最近になって、従来の集団水準における「獲得形質の遺伝」だけではすまさず、個体(細胞)水準における、獲得形質の遺伝と解釈せざるを得ない現象が存在することが明らかになった。(中略)

 従来の「正統的な」細菌細胞の研究では、勢いよく増殖する(対数増殖期にある)「健常」細胞だけを研究の対象にして、(その)あとは(ストレスで)死ぬばかりという弱い状態を問題にしていなかった。ここで頭を切りかえて、そのような弱りつつある(ストレスのかかった)菌で、何が起こるか、が調べられるようになったわけである。従来は成長の終わった寒天平板は捨ててしまっていたけれども、それをそのまま培養温度に保って放置する。すると一週間目ぐらいから、新しい集落(コロニー)が隆起して、平板のあちこちに、しだいに現れ始める。これはストレス状態にある菌細胞のうち、突然変異を起こして、新しい条件で増殖する(たとえば、これまで利用できなかった「栄養物質」を利用する)のに必要な酵素をつくるようになった個体の子孫が増殖し、目に見えるほどの大きさに達してできた塊である。(この細菌では獲得形質が子孫に直接遺伝したのである。) (中略) 

 まずわかったことは、このような「ストレス脱出」突然変異は、脱出に必要な遺伝子に限って起こり、(そのほかの)無関係な遺伝子には変異は起こらないらしいことと、それから、変異の頻度は、通常の対数増殖期での同様な突然変異の(非常に低い)頻度よりは、きわだって高く、特定の場合には頻度が百パーセント(突然変異がほとんどかならず起きるという意味 !)にさえ達することもあった。またそれは、通常の突然変異のようにDNAの複製のときに起こるのではなく、DNA合成に無関係に、経過時間の長さに比例して起こる。(この種の突然変異は、従来知られていなかった新しい現象であり、方向性突然変異とも言われたりもする。) 当然、議論は沸騰した。」(132ページ)

「適応突然変異には、染色体の組み換えが必須であることも明らかになった。そこで、細胞がストレス下に置かれたときに、細胞のなかにある、生化学的な(もっと広い見地でいえば「生理的な」)「遺伝子組み換え」の諸装置が発動される、という見通しがついた。(この諸装置は1970年代の人為的な遺伝子組み換え技術、つまり遺伝子操作に用いられるものと、結局は同じ実体を細胞(自身)が行なっている、ということが、ここに見えてきたのである。)

こうして、細胞がある窮地に立ったときに、かれらは手持ちの道具立てで、なんとかそれを切り抜けようとして、DNAのいろいろなもち駒を動員・再編成するらしい、という見当がついてきた。

 ここで問題は、細胞が、通常の方法とは別に、いわば生理学的に(ひとつの細胞の内部だけで、またすべてではなくても多くの細胞で並行して)、手持ちの道具を動員してDNAの組み換えなどをするときに、その結果を見越してうまくやるのか、それともでたらめに組み換えて、うまくあたったときにだけ生き延びるのか、の判定である。(中略) 観察されたのは、特定の欠陥を修復すれば生き延びられるはずの遺伝子に突然変異が集中するという事実であった。(中略) 細胞は、大なり小なり結果を見越して、うまく正解の組み換えをやってのける、と仮定したくなってくる。」(134ページ)

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男の幸福、女の幸せ 汲々自適のすすめ

(2014.01.03)  お酒さえあれば幸福と思っている単純なブログ子だが、それでも心を開放する、気持ちを明るくさせてくれる幸せな映画というのが、いくつかある。

 ● 「34丁目の奇跡」と「素晴らしき哉、人生」

 いずれも6、70年も前に公開された映画だが、

 一つは、おしゃまなかわいい少女が主人公の

 クリスマス用ラブコメデイ「34丁目の奇跡」(L.メイフィールド監督)

である。サンタはあたたかい家庭をこの「サンタさんなんていない」とうそぶく少女にプレゼントするというストーリー。ユーモアたっぷりの映画で、本当に心があたたまる。それでいて、女の幸せとは何かをものの見事に映像で描いて見せている。

 この映画見ると、子どもならずとも

 サンタさんはいる

と確信がもてるのがいい。こういうのを幸福感というのだろう。

 もう一本は、男の幸福とは何かということを描いて見せたこれまた米クリスマス映画

 「素晴らしき哉(かな)、人生」(F.キャプラ監督)

である。何でもないときには気づかないが、人生はお金の多寡では測れない。このことを、天使は主人公の中年男性に気づかせるストーリー。もう少し、わかりやすく言うと、自殺したいというような土壇場を救ってくれるのは、お金ではない。多くの友だちを持っているかどうかであるということを、しみじみとわからせてくれる。

 この映画の原作題名は『最高の贈り物』というのだそうだが、

 人生の最高の贈り物、それは友人である

ということが、よくわかる映画に仕上がっている。大人の、そして男が泣くことのできる幸福論であろう。

 ● 男は「孤高の人」、女は「愛されている確信」

 なかなかむずかしいが、ブログ子の考える男の幸福とは

 自由と孤独がある

ことである。裏を返せば、今の世の中、これが男にはないことの証左でもある。これは、超然たる

 孤高の人

を幸福の理想としていることを意味する。心の通じ合う人が周りにいないという意味の社会的な孤立ではないものの、どこか孤独を好む。

 Imgp2548_1 これに対し、女は孤独を好まない。つまり、女の幸せとは、『レ・ミゼラブル』のビクトル・ユーゴーも喝破したように

 自分が愛されているという確信が持てること

なのであろう。

 ここから言えることは、女の幸せには、必ず相手が要るのに対し、男の幸福には、相手が要らないということだ。

 この男と女の違いが、人生に幸福論とは無縁の悲喜劇を生んでいる。

 これが、ブログ子の幸福論の結論である。

 だから、ブログ子は、小さな湖のほとりの高台で、お金の少なさでは汲々(きゅうきゅう)、自由に使える時間の多さでは自適という「汲々自適」を、文字通りの

 佐鳴台方丈記

と称して実践している。悠々自適はボケる。

 ( 写真は、「ようこそ自殺用品専門店へ。ステキな〝人生〟をご提供します」という映画「スーサイド・ショップ」パンフ。パトリス・ルコント監督作品(フランス/ベルギー/カナダ合作、2012年)。ブラックユーモア、エスプリたっぷりの、もう一つの幸福論あるいは家族の愛の物語である )

 ● 補遺 『悪魔の辞典』の幸福論

 アンブローズ・ビアスの有名な『悪魔の辞典』には、

 幸福とは、他人の哀れな境遇を静観するうちにこみ上げてくる気持ちのよい感覚

とある。言いえて妙である。

 ● この幸福論が正しい証拠 2014年11月1日記

 男が一人夜の酒場をうろつく「酒場放浪記」はいかにも似合う。憧れる。そこに男の孤独感がただよっているからだ。これに対し、女が一人夜の酒場を訪れる「おんな酒場放浪記」はどこかおかしい。女は友達とワイワイお酒を飲むのが似合う。この事実は上記のブログ子の男と女の幸福論の正しさを証明している。

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文学における「二枚舌」の発見          ドストエフスキーの『罪と罰』

(2014.01.03)  NHK紅白歌合戦の〝裏番組〟として放送大学(BS)で、ロシア文学者の亀山郁夫さん(東京外大名誉教授)が

 ドストエフスキーと現代

という特別講義をしていたのが、面白かった( 写真= 12月31日夜放送の「放送大学」テレビ画面より )

 Imgp2521_1 19世紀後半のロシア、舞台はペテルブルグ。ロマノフ王朝の皇帝権力が絶大であったため、自由に文学活動ができない。そんな制約の中で、新しい文学表現として「二枚舌」の手法を駆使し、真意を込めたもう一枚の舌を小説の深層に隠し、生きながらえながら『罪と罰』という名作を世に出したというのだ。裏の意味は何か、小説が謎解きのパズルのようになっていて、小説に深みを加えているのだ。

 ● 人間精神の新しい表現法

 その真意とは、たとえば「一億倍の罪を起こすことになる」という主人公、ラスコーリニコフに投げつけられた言葉である。皇帝暗殺のことであり、ひいては21世紀の現代の「テロの時代」を予見する謎の言葉でもあるという。

 また、この主人公の名前にも、現状を破壊し、改革するものという意味が隠されているというのだから、驚く。登場人物の配置や行動、あるいは謎のような話し方にも表の意味とは異なる裏の意味がある。

 こうなると、当時の政治情勢から必要に迫られて生み出された二枚舌という文学手法ではあるものの、この手法は人間精神のあり方の表現方法として新しい可能性を開くものといえるだろう。

 真の文学は、貧困と戦争、そして抑圧のなかから生まれるというが、殺人を犯したこの主人公同様、自らもシベリア送りを経験しているドストエフスキーにとって、そして人間にとって、何が幸いになり、何が不幸を呼び込むことになるのか、よくわからないという好例だろう。

 ● 目的は手段を正当化するか

 恥ずかしながら、ブログ子も『罪と罰』は、高校生のとき読みかじった。

 しかし、それは、単に

 (社会正義の実現という)目的は(殺人という)手段を正当化するか

というのがテーマだと今まで、単純に思っていた。表の意味は確かにそうだろう。

 これに対する高校生のときの結論は、手段は選ばなければならない、手段は正当化されないというものだったと記憶する。どんな手段でも許されるのは、現実とは無縁の小説、仮想現実のなかだけだとも思い込んでいた。

 今でも、基本的人権の侵害に対する名誉毀損さえなければ、表現の自由があり、仮想現実の世界では、どんな手段でも正当化されると思っている。

 高校生のときには、この程度の理解であったように思う。今のように、目的のために手段を選ばなかった場合、つまり、殺人を犯した場合、

 社会のせいにせず、自らの傲慢さと罪に、どう向き合うべきか

などという高尚なことはとんと思いが至らなかった。しょせん、理系人間の浅はかさと恥じている。つまり、罪を犯した場合、

 再生はあるのか

というテーマである。この小説の真の、つまり表と裏に共通するテーマである。

 それにはまず「罪」の意識を持つことだとドストエフスキーは、娼婦、ソーニャの

 まず、大地にひざまずきなさい

という言葉を借りて、言いたかったのだろう。

 ● ロシアの復活も大地にひざまずくことから

 次に、そしてそこから、ドストエフスキーが真に問いかけたかったのは、

 再生へ、宗教に魂の救済を求めるべきか

ということだったと思う。ここにシベリア送りという「罰」が登場する。キリスト教においては、人間は罪深いものである。罰からのキリスト教的な救済という問題につながっていく。

 ドストエフスキーの人生も、政治犯としてシベリア送りがあり、そこでの宗教的な生活から復活、再生が始まっている。その復活が最初に結実したのが、この『罪と罰』なのも偶然ではない。

 ロシアには、聖母マリアという意味の「母なる大地」という言い方がある。ロシアの復活はその母なる大地から始まるというのがロシア人共通の確信である。主人公、ラスコーリニコフも、罪を意識し、大地にひざまずくことから再生への道を歩む。

 『罪と罰』でドストエフスキーが二枚目の舌で表現したかったのは、 主人公同様、ロシアの復活もまた、広大な母なる大地にひざまずくことから始まるということだったように思う。

 問題は、その場合、誰がひざまずくのかということ。小説では明確ではないが、二枚舌手法から言えば、当然、

 皇帝自らひざまずく

ということになる。おどろくべき巧妙な二重構造になっている。

 さらに、ドストエフスキー自身にとっても、この大作を書き上げることで、自らの魂の救済を宗教に求めたといえよう。この小説の心理描写が真に迫るものがあると言われる所以も、このせいに違いないということに気づいた。

 つまり、この小説は、ドストエフスキー自身に捧げた、いわば三重構造の「罪と罰」なのだ。 

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