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読書ノート 中立説の木村資生を読む

Imgp2261_1_2  (2013.12.12)

  ● 『生物進化を考える』の抜き書き

 

 ● 『分子進化の中立説』の抜き書き

 「本書は、分子レベルでの進化的変化、すなわち遺伝物質それ自身の変化を引き起こす主な要因は(生存に有利な)正のダーウィン淘汰ではなく、淘汰に中立またはほとんど中立な突然変異遺伝子の偶然的固定であるということを科学界に確信させるために書かれたものである。」(序文)

 「私がここで分子進化の中立説と呼ぶ主題は、分子レベルでの進化と変異におけるその当時の新しい発見を説明しようとして1968年に提唱されて以来、多くの論争を引き起こした。過去半世紀以上にわたり進化生物学では、生物は有益な突然変異を蓄積しながら次第に環境に適応していくとするダーウン流の見解が支配的であり、進化学者はこの原理が分子レベルにまで拡張できるものと当然期待していたので、このような論争が起きたのは驚くにあたらない。中立説は、(表現型レベルの)形態と機能の進化がダーウィン淘汰によって導かれるとする今まで大切にされてきた見方に対立するものではない。しかし、それ(中立説)は分子レベルでは突然変異圧と偶然的不動がずっと大きな役割を果たしていると強く主張して進化過程の別の側面を明らかにしようというものである。」(序文)

  1950年代までの集団遺伝学では、

 自然淘汰のダーウィニズム+遺伝法則のメンデリズムを組み合わせた

 生物進化の総合説

が支配的だった。この総合説は自然淘汰による適応進化を重視し、突然変異や遺伝的浮動の効果は進化にとって副次的に取り扱われたのでネオダーウィニズムとも呼ばれた。著作としては『遺伝学と種の起源』(T.ドブジャンスキー、1937年)。『動物の種と進化』(E.メイヤー)がよく知られている。

 ゲノムの構造やその知見が次第に明らかになりつつあった1960年代後半になると、ゲノム上の突然変異のパターンだけで進化を論ずるようになり、

 生物進化の新総合説

が、集団遺伝学にとって代わった分子進化学では支配的になった。しかし、まだ、ダーウィンの正の自然淘汰の効果が分子レベルでも従来どおり、期待されるとみられていた。このことが、当時得られた突然変異の分子データの新しい知見をみる研究者の眼を曇らせた。つまり、正の淘汰ではその観察データをうまく説明できないことに気づかなかった。そのデータとは、進化速度の要因が正の淘汰だとすると、突然変異の塩基置換の荷重(正淘汰の固定の見返りで排除される子孫遺伝子の割合)が極端に重過ぎるという事実である。言い換えると、正淘汰理論から予測される置換速度は、実際の観察置換速度に比べて、少なくとも二桁も速く、一度に生む子ども数の少ない哺乳類などでは、これではとても耐えられないということになる。

 この矛盾の解決に、ゲノムレベルでは、それまでの理論が仮定した正淘汰はほとんで受けていない、つまり中立の突然変異がほとんどであるとして切り込んだのが、1968年の中立説。これなら、つまり突然変異の置換が淘汰上中立なら、見返りの排除の論理としての荷重もなくなり、理論と観察データの間の矛盾も解決できる。

 こうして1970年代には、分子レベルのゲノム進化では、ダーウィンのいうような正の自然淘汰ではなく、有利でも不利でもない突然変異の偶然的な浮動であるとする

 分子進化の中立説

が数学的にも、また比較可能な観察データ上からも明確な形で登場、1970年代末までにはほぼ、新しいパラダイムとして世界的に確立することになる。進化論から、予測もできる科学理論としての分子進化学が登場してきたのである。

 『分子進化の中立説』(木村資生、1986。原著=1983)、『生物進化を考える』(木村資生、1988)がその代表である。

 正の淘汰一辺倒だった生物進化の考え方に対し、ゲノム分子レベルの観察データを矛盾なく説明する中心的な理論として今日に至っている。

 一方、生態学の立場から、こうした生物進化の要素還元論的な研究手法を批判し、全体論を展開した著作も、次々と出版された。

 『私の進化論』(今西錦司、1970)、『ダーウィン論』(今西錦司、1977)、『主体性の進化論』(今西錦司、1980)、『今西進化論批判試論』(柴谷篤弘、1981年)、『進化論も進化する』(今西錦司/柴谷篤弘、1984)がその代表だろう。

 当時、京都市に暮らしていたブログ子は、こうした本を読んで感銘を受け、今西錦司氏の自宅(鴨川に近い京都市左京区半木町)をたずねたことがある。1980年代半ばである。ずいぶん眼が悪くなっていたこともあり、長居はできなかったが、

 (生物をバラバラにして考察する)分子進化学や分子生物学からは新しい生物学は生まれないだろう

と予言めいたことを語っていたことを思い出す。亡くなる5、6年前だったように思う。

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