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銭湯は地域との接点を忘れていないか

Imgp2244 (2013.12.07)  ブログ子は、かつて金沢市に暮らしていたが、1990年代に、いわゆる街の銭湯の入浴料金の上限値を決める石川県公衆浴場入浴料金審議会委員をしばらくつとめていた( 注記 )。

 上限値を高くして、たとえば、1000円ぐらいにして、もっと自由に、そしてもっと競争意欲が働くようにしたらどうか、と何度も働きかけたりした。その気になればすぐにでもできる提案だったが、行政の壁に阻まれてなかなかうまくいかなかった。そんなこともあって、ブログ子は銭湯好きなほうであると自負している。

 ● 戦後まもなくできた物価統制令が今も

 戦後まもなくできた物価統制令(物統令)で、元来自由であるはずの経済活動を、行政が公衆衛生という名の下に保護するとともに、縛りつける業種は、今では唯一、銭湯だけである。このことを知っている人は少ないだろう。

 1970年代、京都で学生時代を過ごしたので、叡電に乗って東雲湯(しののめゆ、左京区田中里ノ前町)に通いつづけた思い出がある。感想を一言で言えば、関西の銭湯は、どこも客を呼び込むサービス精神の旺盛な自由空間、裸天国のようだった。

 そんな南こうせつ「神田川」世代なのだが、銭湯の高い天井を見上げながら、ゆっくり湯舟につかると、自宅の風呂では味わえないさわやかな気分になる。

 ● 浜松市で「銭湯トーク」

 先日、浜松市中心部で街づくりの一環として

 「銭湯トーク」(たけし文化センターINFOROUNGE)

というワークショップが開かれるというので、出かけてみた。行きつけの銭湯の番台のチラシでこの会合のことを知ったからだ。

 現在、静岡県内には銭湯が11軒か12軒あるが、うち浜松市にはもう2軒しかない( 注記 )。

 そして出かけてみて、びっくりした。若い女性を中心に30人以上も集っていた。お年寄りなんか、ブログ子ぐらいなのだ( 写真上= 中央の丸テーブルのメガネをかけているのが講師の湊さん )。

 浜松に、こんなに若い銭湯好きがいるとは知らなかった。

 銭湯= 高齢者専用

という先入観が吹き飛んだ。暮らしのための銭湯とは別に、文化的な、あるいは街づくりとしての銭湯に魅力を見出そうとしている証拠だろう。

 講師は、これまた若い湊(みなと)三次郎さんという京都外国語大の学生で、外大の京都銭湯部というサークルの会長(浜松市出身)。自ら訪ね歩いた静岡県内にある銭湯を中心に全国のユニークな銭湯をスライドで具体的に紹介してくれた。街づくりの関係では、建築士で暮らしの編集人の梶田裕美子さんという若いコーディネーターも参加していた。

 Imgp2235 もう一つ、驚いたのは、テーマが銭湯で、若者たちがその応援団になろうという集いなのに、そして銭湯経営者は常日ごろ、若者の銭湯離れを嘆いているのに、会場には肝心の関係者が一人もいなかったこと。番台にはチラシくらいはおかしてやるが、それ以上の面倒はご免だといわんばかりなのだ( 写真中)。

 このときとばかり、初回入浴無料券を配り、一度お試しあれと、呼び込む営業努力がほしいところだった。無料にしたとて、何の余計な経費など一切かからない。これが装置産業としての風呂屋のいいところ。

 これでは、

 銭湯は、地域との接点を忘れていないか

と、銭湯好きのブログ子ならずとも、いいたくなる。

 静岡県の銭湯は、1950年代には公衆浴場組合加盟が350軒以上あった。1960年代でも200軒以上。それが、オイルショック後の1980年代には100軒を大きく下回った。それがいまや12軒ほどになってしまった。

 もはや、人情と忍耐で踏ん張るのも限界

だといわれている。行政の保護があだとなり、戦後一貫して営業努力という競争をしてこなかった。さりとて、地域に接点もないというのが浜松の現状だろう。これは痛い。

 ● 同じ状況でも、がんばっている上映館

 同じ装置産業である映画分野では、大手、つまりシネマコンプレックス(シネコン)に押されている点は同じでも、地域との接点づくりに汗をかくなど独立系映画館ががんばっている。

 たとえば、浜松市内には、独立系上映館は1軒しかない。市内中心部有楽街の

 シネマイーラ

だが、今月で衣替えして丸5年がたち、会員サービスとして、

 5周年パーティ

を開催するまでになった。12月14日開催なのだが、館主(社長)は、動く広告塔のようにあちこちのイベントにかかわり、知名度を高める努力をしている。最近では、

 浜松の顔の一つ

にまでなりつつある。わずか5年で、いわば

 顔の見える映画館

になりつつあるのだ。このことがファンを増やす、会員を増やす原動力になっているのは、うれしい。

 ● 番台の経営者から、番台から外に出かける銭湯へ

 銭湯も、同じ装置産業として、また、同じ状況におかれている業種として、映画業にみならうべきところがあるのではないか。あれこれ不平や不満はあろうが、行政のバックアップのない映画業にできているのに、バックアップのある銭湯にできないはずはない。

 映画業同様、銭湯には、いわゆる

 日銭商売

の強みがある。今からでも決して遅くはない。もっとこのメリットを生かしてほしい。

 番台に座るだけの銭湯から、経営者が外に出かける銭湯

になってほしいと思う。

 以上まとめると、要するに、最初に述べた関西の銭湯をもっとみならってほしいということ。

 長年続けてきた「同一県内、同一入浴料」に寄りかからず、もはや手遅れといわずに、個性のある、競争をいとわない銭湯を目指してほしい。戦後一貫して、銭湯には競争がなかった。これが今日の窮状を招いた元凶であることを忘れてはなるまい。

 Imgp2247_2 もっとはっきり言えば、

 利用者の目線で商売をしているか

ということだろう( 写真下 )。そういう策はいろいろとある。下の「注記2」を見てほしい。

 こうした自助努力なしには、再生はもちろん、浜松の場合、衰退を食い止めることももはや困難、あるいは無理ではないか。

 銭湯を愛するがゆえの苦言である。

 あえて正直にこのことを書いておきたい。

 さて、気分一新、このあと銭湯にでも出かけるとするか-。

( 写真下=  銭湯を特集した学生向けフリーペーパー「FASTNER .」2013年秋号。このなかに、講師をつとめた湊さんの「激渋銭湯を訪ねて」も掲載されている。写真はいずれもダブルクリックすると拡大 )

 ● 注記

 この上限値は今では名ばかりで、銭湯側は事実上、この上限値をそのまま実際の入浴料としている。こうして「同一県内、同一入浴料」という〝制度〟が定着している。言葉は悪いが、これを要するに、普通なら独禁法違反なのに、行政を旗振り役にして、あるいは行政のお墨付きを得て、価格カルテルをしているとも言える。その場合の行政にとって、入浴料金審議会というのは、カルテルの片棒を担がせる〝隠れ蓑〟なのだ。

  ● 注記2 利用者目線の事例

 浜松市を含めた静岡県西部全体でも3軒。これに対し、湊さんによると、京都市には現在銭湯が約140軒(京都府全体では約160件)。こうなると、静岡県、とりわけ浜松を含めた県西部はいまや銭湯の〝過疎地〟といっていいかもしれない。

 これに対し、銭湯活動家の湊さんによると、全国的に注目を集めているのは、清心温泉(岡山市)という名の銭湯。サッカー場が近いという特性を生かして、開催日には必ず営業するというシステム。この日に行けば、いろいろな人と会えるという利用者目線の商売が売りで、好評とか。銭湯をホットなサッカー若者談義の場にするユニークな試みであり、とりわけ地域特性を生かしているのがいい。

 さらには地域のニュースをブログに取り上げ、地域との接点を大事にしている様子がうかがえる。また利用者の入りにくさを和らげるためもあり、のれんをくぐる手前の入り口に椅子を並べテラス風にしつらえ焼き鳥も販売もする。誘客も兼ねているというのがミソらしい。

 ● 補遺 銭湯奥の細道

 全国の銭湯の現状や情報については、

 東京のある銭湯研究家が運営する

 銭湯 奥の細道=

  http://1010meguri.blog.fc2.com/

が参考になる。これによると、島根県では最後の1軒も最近廃業したらしく、県内ではもう1軒もないという。

 最後に、

 「銭湯検定」

というのもある。利用者ももっと銭湯の良さ、面白さを知ってほしいというわけだろう。

     ( 下は、今、大人気のゴールデンボンバー)

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