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2013年12月

没後5年、筑紫哲也とは何者だったのか

(2013.12.31)  先日夕方、BS-TBSを見ていたら、ドキュメンタリー番組

 Imgp2503 明日への伝言

というのを放送していた。

 ● 残された膨大な「残日録」

 肺がんで5年前の秋、亡くなった筑紫哲也さんが残した

 病床日誌「残日録」をたどる旅

というので、興味を持って拝見した( 写真上=2013年12月30日放送の同番組テレビ画面より )。

 見終わって、18年半も毎日のように「筑紫哲也のニュース23」のアンカーマンをつとめたのに、そして番組の終わりには毎回必ず90秒もの

 多事争論

をしゃべったのに、あらためて

 筑紫哲也とは何者だったのか

と思いをめぐらせたのだが、なかなかピタリとした結論が出なかった。

 徹底したリベラリスト

というのが、登場していた盟友、立花隆の結論だった。自由主義者という意味だが、どうもどこか違うと思う。

 浜松市に暮らすブログ子の最初の印象は、ほめ言葉なのだが、

 つかみどころのないウナギのようなジャーナリスト

というものだった。番組をスタートさせる前は長く朝日新聞社の政治部に所属していたし、朝日ジャーナルにもかかわっていたからだ。

 ● 見ることに徹したプロの観察者

 しかし、どうもイメージがピッタリしない。そして気づいた。

 自由と孤独を愛する、つかみどころのないニュースの編集者(エディター)

なのだと気づいた。

 筑紫さんの座右の銘は、自ら創った

 手考足思

である。手で考える。そして足で現場に行き、思う(しかし、主張はしない)。そんな意味である。これからもわかるが、編集者だと言われたなら、筑紫さん自身も、なるほどそうだと納得してくれるだろう。

 どんな意見にも耳を傾ける。そして、どんなことにも興味を持つが、さりとて深追いはしない。淡白なのだ。一言で言えば

 融通無碍な編集者

といったらいいかもしれない。

 筑紫哲也さんについては、亡くなってから1年たった時期にまとめられた

 『筑紫哲也 永遠の好奇心』(週刊朝日MOOK、2009年11月。写真下)

というのがある。このなかに、同郷で古い友人のミュージシャン、井上陽水さんの証言

 Imgp2498_1 亡くなってから〝空気〟のすごさを知った

というのがある。ここに

 演者にならず見ることに徹したプロの観察者

という見立てがある。これがもっとも、ブログ子の腑にコトンと落ちる。

 筑紫さんといえば、テレビコラム「多事争論」があるが、不思議と当時、記憶に残らなかった。その理由は、中身が主張ではなく、ものの見方を示していた、あるいは視点を提示していたからだろう。何かを叫んではいなかった。

 このことは18年間一貫していたように思う。自分が自ら証言するというよりも、時代の証言者を発掘、発見し、番組で語らせるという編集者だったのではないか。敵にも味方にも証言する機会を与える。そして、事件の当事者にもスタジオで語らせる。これが、筑紫流のジャーナリズム精神だったのではないか。

 ● 「多事争論」はものの見方を提示

 このことは、多事争論の総括ともいうべき筑紫さん最後の

 WEB多事争論でも貫かれていた。今回の番組でもこの撮影シーンが最後に流されていたし、またMOOKの最後にもしゃべった内容が

 WEB多事争論 遺言 この国のガン

というタイトルで収録されている(2008年8月1日付)。ポイントは、当時の状況についていろいろと話した後で、要するにこの国はガンにかかっているという内容。そして最後に

 「ですからこの国の問題だって、問題ははっきりしている。ある意味では単純である。だから、やれることは簡単かって言うとそうではありません。しかし問題がここにあるんだということは、まずはっきりしないと、何事も始まらない。その上でそれに向かって戦うのか、もうそれに負けるのか、そこが私たちに迫られている選択しだろうと思います。」

となっている。

 だから何だというような具体的なことは主張していない。この国のガンを取り除くにはどう闘うべきなのかということは何も訴えてはいない。ただ、ものの見方を伝えているだけなのだ。だから、「郵政民営化」、「即原発ゼロ」というような具体的な訴えに比べて、印象にずいぶんと残りにくい。

 また番組での最後の多事争論(2008年3月28日)= 変わらぬもの、というのもまた何かを主張したものではなかった。多様な意見や立場を広く番組に登場させていく決意に変わりがないことを強調していただけだった。

 ものの見方の機軸、座標を指し示してくれてはいるものの、そこに具体性がないため、筑紫像について、一般にはウナギのようにつかみにくいものになってしまっている。

 これでは、筑紫さんの嫌いな時の権力者にとっては痛くも痒くもなかっただろう。

 ブログ子は、筑紫さんが亡くなった時、正直に言えば

 「テレビ界の深代惇郎」、死す

と思った。深代と言うのは、朝日新聞のリベラル論説委員であり、名コラムニスト。しかし、これは大きな間違い。筑紫さんは、あくまでも編集委員ではあっても、自ら主張する論説委員ではなかった。タイプでもないのだろう。

 ● 3.11以後のジャーナリズムとは 

 だがしかし、こうしたある意味第三者に徹するという伝統的なジャーナリズム手法は、原発震災の

 3.11以後

にも通用するだろうか。見ることに徹したプロの観察者

であり続けることはできるか、という問いかけである。ブログ子はできないと思う。

 当事者として関与するジャーナリズム

が必要ではないか。

 その意味では、筑紫さんの死後3年目に起きた原発震災のジャーナリズムは新しいステージに立ったといえよう。

 筑紫さんの生きた時代は、対象から離れて、観察に徹することのできる

 他人事のジャーナリズムの時代

であり、記者にとってはある意味気楽な商売ように思う。

 そして番組を見終わって、ふと思った。

 もし仮に、筑紫さんが今生きていて、原発震災を取材して歩いるとしたら、どうな「多事争論」を語るだろうかと。

 ニコニコ笑いながら、果たしてつかみどころのないものの見方を語っているのだろうか。わが事のジャーナリズムが必要ではないか。

 ● 風に吹かれて世界の街角を1人旅

 それはともかく、今から10年くらい前、60代後半の筑紫さんに、ブログ子が暮らしていた金沢で会ったことがある。30分程度の雑談だったが、そのなかで、さびしそうにポツリ

 一年でもいい、ふらりと、見知らぬ世界の街角を一人旅してみたい。そこから見えてくるものを知って、死にたい

と、そんな趣旨だった。都会のビルのなかで毎日忙しくて、それができない人気キャスターのさびしそうな苦笑いの素顔を、ブログ子は今も印象深く覚えている。

 もう一度、世界を見てみたかったのだろう。いかにも自由と孤独を愛し続けた筑紫さんらしい。

 そんな60代後半に入り始めたブログ子も、風に吹かれて世界の街角をたずねる一人旅をしてみたいと思っている。できれば、来年2014年にも。

 「今日はこんなところです」。

  ● 補遺 読者からのコメント 2014.01.22

 この記事を書いて、3週間ほどたった最近、ある読者から鋭いコメントが届いた。

 それは、筑紫哲也は何者か、という問いに対するもので、

 筑紫さんと同時代を歩んで、「沖縄返還密約」情報入手で1970年代有罪確定となった毎日新聞政治部の西山太吉元記者とは一緒に酒は飲みたくない。これに対し、柔和な筑紫さんとなら、何度でも酒を酌み交わしたいという違いだろう

というのだ。言い得て妙だ。西山さんにはブログ子も何度か取材先でお会いしたが、ズバリ、そのとおりと認めたい。

 西山さんは沖縄密約にしろ、今回の特定秘密保護法にしろ、上品をかなぐり捨てペンを持つプロとして怒りをあらわにするタイプの新聞ジャーナリスト。対して、筑紫さんは何事も上手にこなすニュース編集者。目をぎらつかせたニュースハンターではない。「和をもって尊しとするテレビアンカーマン」なのだ。

 もう少し言い換えた例では、戦前の反骨のジャーナリスト、桐生悠々などのタイプではない。あくまで「多事争論」者であって、一点を見つめて権力と対峙するというのではなかった。

 だから、国家の犯罪に挑んだ西山さんや悠々の仕事はいつまでも強烈な印象として国民の記憶に残る。が、筑紫さんのそれは死んだらおしまい、だれも記憶などしていない。

 そんな違い。これがもっとも核心を突いた筑紫哲也論だろう。

 この核心を裏付けるように、筑紫さんの口癖は、

 「遊びをせんとや生まれけむ」(『梁塵秘抄』)

だった。徹底したリベラリズム、自由主義といっても、遊びのひとつなのだ。 

 なお、この読者からの指摘で知ったのだが、筑紫哲也さんには、失言や失敗談も自ら語っている自伝的な

 『ニュースキャスター』(集英社新書、2002)

があったことを付記しておきたい。客観報道の限界や主観報道の重要性を指摘している点に注目したい。

 逆に、筑紫批判の書としては

 『別冊宝島 56 筑紫哲也 「妄言」の研究』(宝島社、2004年)

がある。数々の〝偏向報道〟の作られ方についての証言もあり、この二冊をセットで読むと面白い。

 ● 注記

 講談社の読書人の雑誌『本』が、この2月号(2014年)から

 新連載『筑紫哲也NEWS23』とその時代(TBSキャスター、金平茂紀)

を始めている。どんなキャスター論になるのか、ちょっと楽しみだ。第一回分を読んだ限りでは、きちんとした論というものではない。脈略のない、楽屋裏話か四方山話程度のものだった。 

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再論 村上文学の魅力とは何か         - 解けない謎と異次元性

(2013.12.29) 以前、このブログ(2013年10月18日付)で、村上春樹氏について

 なぜ村上春樹さんはノーベル賞を(今年も)とれなかったか

というのを書いた。結論だけ言うと、

 「授与されなかったのは、失礼な話だが、文学そのものが、あるいは今ひとつ怪しげなのもだからかもしれない。少なくとも明確に著者の作品の意図が、先の論説委員を含めて読者に伝わっていない。こういえば、少し言いすぎであろうか。」

と辛らつに書いた。辛らつといっても、まだずいぶんと控えめに言ったつもりだった。が、あとになって、このブログについて、ある春樹ファンから、ものすごい抗議コメントが届いた。「今ひとつ怪しげなもの」というのにカチンときたらしい。理系のおじんに何がわかるかとかなんとか、ボロクソに批判、というよりも批難された。

 Imgp2476_1 抗議の趣旨は、世界中でこんなにいろいろな人に読まれていて、明確に著者の意図が伝わっていないなどというのはありえず、指摘は間違いであり、とんでもない認識不足の表れであるというものだった。著者の意図が明確に伝わらなくて、これほど世界各国で長年にわたって読まれ続けているはずはないではないかというわけだ。

 一理ある。

 ● 世界が読む村上春樹

 しばらく、どう答えたらいいか考えあぐねて沈黙していたら、なんと、先日、Eテレで

 世界が読む村上春樹

 境界をこえる文学 春樹文学の魅力

という番組が放送されていた。どういうわけか、司会は沼野充義(みつよし)東大教授(ロシア・ポーランド文学、現代日本文学)。それに芥川賞作家の綿矢りさ氏、春樹文学のフランス語翻訳を多く手がけているフランス人翻訳家が加わって、春樹文学の魅力について議論していた。

 確かに、この30年、世界で広く、しかも広い世代にわたって村上春樹は読まれている。

 翻訳家は、フランスで広く読まれている理由について、フランスは、デカルト以来、哲学の国であり、文学といっても論理的なものが多いという。これに対し、村上文学は、いずれも現実と非現実との間を、論理的というよりも自由に行き来している。そこにはある種のあいまいさがあり、それが魅力となっているのかもしれないと分析している。

 りさ氏は、どこにでも起こりえる普遍的な設定、都会的な設定が愛読される理由ではないかと話していた。

 ズバリ、司会者の「村上文学の魅力とは」との質問に三氏は次のようにフリップに書いていた(「」内は回答そのもの)。

 翻訳家。どの作品にも「解けない謎」、あるいは解決のない謎があること。

 綿矢氏。「人類共通の原風景」が描かれていること。

 沼野氏。現実と非現実との「絶妙のブレンド」。天才といってもいいくらいのブレンド力が魅力。

 翻訳家の指摘、解けない謎については、先のブログでも紹介したロングインタビューでも村上氏自身、つぎのように答えている(季刊誌「考える人」2010年夏号 特集=村上春樹ロングインタビュー、46ページ)。

村上「僕の小説を読み解こうとして、そこに謎なり、質問があるとしたら、その謎なり質問なりを、別の謎なり別の質問にパラフレーズすることが、いちばん正確な読み取り方ではないかと思います。読者がそれぞれ自分なりに、謎を違うかたちに置き換えていくこと。でも簡単なことではないですね。」

とやや煙に巻いている。補足として、

 村上「謎があるから解答がある。質問があるから答えがあるというものではない、ということです。これが謎です、これが答えです。これが質問です、これが解答です。これをやってしまうと、物語ではなく、ステートメントになってしまいます。(中略)

 小説というのは、もともとが置き換え作業なのです。心的イメージを、物語のかたちに置き換えていく。その置き換えは、ある場合には謎めいています。繋がり具合がよくわからないところもあります。しかしもしその物語が読者の腹にこたえるなら、それはちゃんとどこかで繋がっているということです。そういう「よくわからんけど機能している」ブラックボックスが、つまり小説的な謎ということになります。そしてそのブラックボックスこそが、小説のライフラインなんです。読者はある程度そのブラックボックスを、よくわからないなりに、自分の身のうちに抱え込まなくてはなりません。そしてできることなら、そのよくわからない性を、自分なりの「よくわからない性」にモディファイしなければならない。もし真剣に自律的に読書をしようと思えば、ということですが。」

 - 自分にとって切実な謎に置き換える。

 村上「そうです。そこに生じた質問を、自分にとってより身近な、切実な質問に置き換えること。その落差のなかにおそらく解答が潜んでいるんです。でもそういうことができる人は、かぎられているでしよう。かなりの胆力が必要とされる作業だから。」 うんぬん。

と続く。この後、「とくに短編小説の場合、謎が謎のままぽんと放りだされておしまいということがあります」とも語っている。

 こうなると、村上文学を読み解くのは、なかなか大変であることがわかる。

 ● 村上文学のオリジナリティ

 なんとなく、想像するのだが、村上文学と

 アニメ、漫画あるいはマンガ、ファンタジー

と親和性があるのはこの謎があること、そして現実と非現実を自由に行き来していることと関係しているのかもしれない。少なくとも無縁ではない。

 この番組を見て、次に思ったのは、確かに、現実と非現実を自由に行き来し、謎がある村上文学には、世界的に見回してもほかの文字文学にはない、つまり

 オリジナリティがある

ということだった。この点は、評価していいことであり、村上氏自身も自負しているような気がする。

 しかし、そのオリジナリティがノーベル文学賞につながるものかどうか、これはまた別問題のような気がする。文学賞を授与するかどうかは、その文学のオリジナリティが人間精神のあり方に新しい可能性を切り開いたかどうかにかかっているからだ。

 その意味において、因果関係のある論理明解な文学と同様、あいまいさや解けない謎を、現実と非現実の自由な行き来のなかに内包したままの文学も、あっていいとは思う。が、しかし、そんなオリジナリティのある村上文学が、肝心の人間精神のあり方の新しい可能性とつながっているかどうか、すくなくともブログ子にとっては、あいまいであり、謎であるように思える。

 オリジナリティと新しい可能性は別なのだ。直接に繋がらない。

 村上文学のオリジナルな異次元性と人間精神のあり方の新しい可能性との関係を、作品の形で明確にすることが、ノーベル文学賞への道であろう。この部分だけは論理明解でなければならない。

 あいまいな気分だけでは、文学賞の獲得は無理だと断言できる。

 番組では、せっかく、世界の文学に詳しい東大教授が司会をしているのに、こうした村上文学の基本的なスタンスについて、突っ込んだ議論がまったくなかったの残念だ。

 面白いから読んでくださいといわんばかりのミーハー談義に終始したのは、いくら教育テレビとはいっても、失敗ではないか。少なくともお粗末である。

 村上文学に切り込む鋭さがほしかった。

  ● 蛇足

 最後に、蛇足を一つ。

 2014年は、川端康成氏に続いて、大江健三郎氏がノーベル文学賞を受賞してちょうど20年。また日本人として1963年初めて、最終選考3作品一歩手前の6作品に残った三島由紀夫氏から50年がたつ。

 そろそろ日本人受賞者が出てもいい頃との声もある。番組にいう春樹文学の、あいまいさと解けない謎の魅力が、果たして魔力の文学賞を引き寄せることができるかどうか、今後2、3年注目してみたい。

 ( 写真は、Eテレ番組のテレビ画面から= 12月28日夜放送 )

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読書ノート 『逆システム学』を読む

(2013.12.23) 

● 『逆システム学』(2004)からの抜き書き

   「遺伝子というのはDNAの中のあるまとまった部分をさす。DNAが活性化されると、この部分が、RNAという別の核酸にコピーされる。このRNAは核の外へ運ばれ、蛋白を作る鋳型となる。そして、DNAの三つの塩基で、蛋白(のなかの)一個(分)のアミノ酸の情報を意味することがわかった。つまり、300の塩基でできた遺伝子は、100のアミノ酸配列の情報を(持っていること)意味している。

 Imgp2447_2 こうして「DNAが作るRNAが作る蛋白=DNA makes RNA makes Protein」という言葉が分子生物学のセントラルドグマとよばれるようになった。そこで遺伝子は生命の設計図、RNAはその注文書、蛋白が製品という考え方が広まった。」

 (中略) 「遺伝子が活性化される」という概念を作り、そのメカニズムを明らかにしたのが、フランスのフランソワ・ジャコブとジャック・モノーだった。彼らは、細胞の中の物質濃度を感知するセンサー蛋白があり、これ(センサー蛋白)が物質代謝にかかかわる遺伝子遺伝子を活性化するというフィードバック理論を考えた。

 (たとえば)大腸菌には糖分の濃度を感知するセンサー蛋白がある。細胞内の糖分の濃度が上がるとセンサー蛋白が活性化し糖分を合成する酵素の(部分の)DNAに結合して、RNAの合成を抑制し、(糖分)合成酵素(が)蛋白をできなくなる(ようにする)。(RNA)合成が減ると(細胞内の)糖分濃度が下がる。すると、センサー蛋白から糖分が離れ、(DNA上の物質代謝にかかわる酵素)遺伝子が(活性化され)、そして(その酵素遺伝子の)RNAがまた作られるようになる(その結果、糖分という蛋白の濃度が高くなる)。こうしてフィードバック制御で糖分濃度が一定に保たれる。ある要素(糖分)と調節系が安定した状態を作っている場合に(は)、フィードバックのループが閉じているという。

 この時、RNAが作られ、蛋白が合成されることを、「遺伝子が活性化される」または「遺伝子が働く」という。あくまでDNAにあるのはデータであり、そこからRNAを作るのも、RNAを鋳型に蛋白を作るのも、蛋白である。フィードバックの制御ができるには、センサー蛋白と遺伝子の活性を調節する制御蛋白が必要である。

 (中略) それまでは遺伝子というと、ある蛋白のアミノ酸配列(正確にはRNA)の情報を持っているDNAの配列だったが、(その遺伝子の)活性を制御する蛋白の結合する領域も含めて遺伝子というようになった。よく考えると、これは従来の遺伝子が決定するという考え方を変え、遺伝子も調節系の一部(遺伝情報データ)として働いているを示す結果である。

 だが、ジャコブとモノーによるこの重要な発見は、素朴な遺伝子決定論から脱却する契機をはらんでいたにもかかわらず、その後の研究は必ずしもその方向に(は)向かわなかった。」(22-24ページ)

 実際の研究史では、1970年代以降、皮肉にも、閉じたフィードバック調節を発見した当のJ.モノー自身がその先頭に立ったように、生命進化の遺伝子還元論、さらには遺伝子が生命を支配しているという単純な遺伝子決定論の方向へと進んだ。

 北國新聞2005年12月6日付「きょうの人」

 遺伝子の常識を覆し、DNAの70%が働いていることを明らかにした林崎良英さん

 「がらくた(調節)配列が限られた遺伝子を自在に組み合わせていることが分かってきた。実際にはがらくた(調節)配列を鋳型にしてつくられたRNAが遺伝子の調節系だ。」「きっかけは「3年前、タンパク質に翻訳されないRNA(のなかの塩基配列)が多いことに気づいた」ことだった。」 

 蛋白に翻訳される遺伝子のレベルでは、人とサルのちがいは遺伝子数で1%程度とおどろくほど差がない。しかし、いわゆる遺伝子に調節配列も含めると大きな違いがある。人のほうがサルよりはるかにこの調節配列の活性割合が高い(約70%)。遺伝情報データとしてのいわゆる遺伝子より、調節系が人とサルの違いを生んでいる。かぎられた数の、いわゆる遺伝子をどううまく環境にあわせて組み合わせるか、それがサルとヒトの違いを生むというわけだ。

 そうなると、調節系の一部に遺伝情報をデータとしてもっている、いわゆる「遺伝子」があるというように、遺伝子というものが位置づけられはじめている。つまり、

 遺伝子の生命進化の支配、あるいは遺伝子決定論

というのは、虚構であるようになってきている。

 その極端な初期の事例が、ダーウィン原理主義者、R.ドーキンスの世界的に有名な

 『利己的遺伝子(The Selfish Gene)』(原著=1976年) 

である。30年以上たったいまもこの本は、困ったことにひろく読まれている。

 今でも、一般には、遺伝情報としてのゲノム(の塩基配列)がわかれば、すべてがわかると信じている人は多い。これはたとえれば、料理のレシピがわかれば、その料理の味などすべてがわかると信じているようなものであり、ばかげている。そのレシピに書かれている食材を利用し、かつそこに何時どのくらいの調味料を入れるのかなど、さまざまな経験と工夫で調理器を使いこなす料理人(調節系)の存在というものを無視しているからだ。もっと別の言葉でたとえるならば、遺伝情報データとしての遺伝子がすべてを決めるというのは、レシピがエプロンを着てキッチンに立ち、レンジに向かって料理をつくっていると信じているようなものなのだ。要素還元という美名の下、あまりにも問題を単純化したせいで、大事な物事の本質的な部分まで洗い流してしまっている。遺伝子決定論には、こうした致命的な欠陥がある。

 ドーキンス博士は、わかりやすさを追い求めたために、そのことを見落とした。

 ネオダーウィニズムに対する批判について。

 「イギリスを代表する現代の進化研究者、パターソンは、『現代進化学』第二版において、ネオダーウィニズムに深刻な疑問を提示した。ネオだーウィズムの自然淘汰説の原理は次の内容であると彼は定義する。 

 1 全生物は繁殖する

 2 全生物は遺伝的な変異を示す

 3 (この)遺伝的変異は、繁殖に及ぼす影響がそれぞれ異なる。

 4 ゆえに繁殖に有利な影響を及ぼす変異は(種内に)残り、不利な影響を及ぼす変異は消えさる。こうして生物は進化する。

 これでは、(ある特定の性質を持つ個体が生存に関して有利な立場におかれ、子孫を残す確率が高まるという)自然淘汰説(=自然選択説)は科学理論ではない。(なぜなら)ユークリッド幾何学の定理のように、ある自明の前提から正しいことが証明される(だけの)ものである(からだ)。つまり、自然淘汰説は(数学の)定理のようなもので(あり)、上記の1-3が正しければ4は正しいと言っているにすぎない(逆に言えば、仮定した3が間違っていれば、生物の進化を説明するはずのネオダーウィニズムは崩壊する)。また同時に、自然淘汰を進化の唯一の原因だと述べているわけでもない。(したがって)それでは、(たとえ自然淘汰がはたらいているとしても、)自然淘汰が本当の進化の原因なのか、あるいは自然淘汰以外にどのような要因が進化をもたらすのかはわからないのである(事実、ダーウィン自身、『種の起源』で、有用でも有害でもない変異が自然淘汰がはたらかないのに、種の変わる可能性がある、つまり種内に固定する場合があることを認めている。淘汰が唯一ではなく、淘汰以外にも種の変化する要因があることを認めているのだ。 今西錦司『ダーウィン論』44ページ)。」(40ページ)

 「こうした議論に本質的な疑問を提起したのが、「自然淘汰にかかりにくい遺伝情報ほどゲノムという分子レベルで(は変異の置換速度が速く)進化する」という木村資生の説である。1968年に、木村資生は、実際のヘモグロビンなどの蛋白の(塩基)配列変化を、さまざまな生物種について比較して、これ(塩基配列の変化)は自然選択には関わりなく子孫に伝わっていくという結論に達した。木村らの議論が優れていたのは、数学的な用語を明確にし、検証可能な結論を持つ議論を行なったことである。そこで示されたのは「蛋白構造にかかわらない遺伝子の変異ほど速く起こる」という事実であった。

 蛋白の情報を持つ部分の遺伝子が変異してしまうと、蛋白の機能を失わせることが多い。このため、構造にかかわる遺伝子の変異をもった個体は生存できにくくなる。ところが、遺伝子の変異は、(木村説によると)蛋白の機能にかかわらない部分で速いスピードで起こる。ここ(蛋白の機能にかかわらない部分)に新しい機能が付け加わっていけば生命は、維持することと(ともに)多様性をもって進化することが同時にできるであろう。こうした木村の議論は遺伝的変異の「進化中立説」という。後で述べるように、ネオダーウィニズムの自然淘汰が同義反復で検証不可能であるのに対し、木村の進化中立説は大胆で検証可能な予測をし、現代の進化学をまったく変化させた。

 パターソンは、「ネオダーウィニズムは(中略)ダーウィンの遺産の中でももっとも重要な自然淘汰を重視する。私はもはや(生物の進化の要因として)自然淘汰が完璧な解釈であるとは確信していない」と明言し、進化中立説は「法則のような形で次のように示すことができる。『自然淘汰にかかりにくいと思われるものほど分子レベルでは進化速度(変異の起こる頻度)が大きい』。この法則はまだはずれたことがない」と述べている。

 同時にパターソンは、遺伝子における有力な改変の方法は、(上記に言及したように新しい機能を付け加えることができるので)むしろ自然淘汰にかかわらない中立的変化であることは確かであるとしながらも、「進化中立説」では、(表現型レベルの)クジラやゾウ、ノミやチョウ、サクラやキクがなぜ存在しているのか何も説明しない、と(木村説に対して)疑問を呈している。そして個体の表現型のレベルでは、ダーウィンの自然淘汰こそが(完璧な解釈ではないにしても、やはり)適応を説明できる唯一の議論であることは疑いない、とする。こうした疑問に、木村はポーカーにたとえて、(中略)、一枚ずつ配られていく札が集また時に、(見事な個体である)ストレートフラッシュができる、とする。しかし、(テーブルにひろげられたカードについてはプレーヤーが取捨選択できるとはいえ、最初に配られたカードのような)こうしたランダムな機構のみで生物が作られるとするのは無理があるようにみえる。パターソンの疑問と木村の説明が持つ本当の意味を理解するには、ゲノム解読を待たねばならなかった。」(41-42ページ)

  木村氏は、ヒトのゲノム解読が完了する10年前ぐらいの1994年、不慮の事故で他界したのは、惜しまれて余りある。

 「ネオダーウィニズム(で)は、(中略)一個の遺伝子(の変異)の影響を計算する(ことで定量的な議論をする)。そうすると、一個の遺伝子の生命全体での生存にかかわる効果をどう見るかが問題になる。しかし、モノー自身が(いみじくも)発見したように、(ある)遺伝子の活性化は他の遺伝子により作られる蛋白により(スイッチ機能のように)調節されている。変異の効果は、多数の遺伝子と蛋白がかかわりあって決定され(る)。(こうなると、)複数の遺伝子の作用はそれぞれの効果の簡単な足し算にはなりようがない。(この)非線形の効果は(もはや)適応度としては計算できない。フィッシャーの理論(第2章1を参照)では計算できないから、(こうした遺伝子同士の間の非線形のからみは)「本質的ではない」として除外される。(根拠もなく、都合よく無視される。)つまり、ネオダーウィニズムは自分たちの自明の定義から出発した結果、生命の本体は(ドーキンスのいうところの)「利己的な遺伝子」とならざるをえないのである。これ(利己的遺伝子などというもの)には何の証明もなく、あるのは同義反復だけである。

 ある遺伝子の配列と、その遺伝子の変異体の配列が競争してどちらかが勝ち残る、という議論は注意して考えなければならない。遺伝子の配列というのは、生命の持っている染色体のDNA配列の一部であり、(競争してどちらかが勝ち残ったり、敗れたりするという性格のものではないのであ)る。(ゲノムという一つのものの、別の側面を見ているにすぎない。あえて言い換えれば、勝ち負けが分かちがたくからみあっているのである。)

 「淘汰されてきたのは種である」について

 ネオダーウィニズムは「個体の適応」「群の適応」「種の適応」を否定し、「遺伝子の自然淘汰」だけがあるという。適応の結果淘汰されるのは、複製される遺伝情報、すなわち独立な「遺伝子」なのだからというのである。だが、その「遺伝子」は実体としてはDNAの(塩基)配列(にすぎないのだから、結局配列)に戻らざるをえない。染色体上の「領域の配列が淘汰のすべてを決めるのであろうか。生存するのは個体である(のだから、そんなばかなことはあるまい)。そして淘汰されてきたのは(進化を)歴史的に見れば生物の種である。個体と遺伝子を分裂させ、すべてを遺伝子に還元する考えは、ネオダーウィニズムが計算可能なしくみだけに限る、とした(DNA構造発見前の戦前の)モデルからの帰結であった。(遺伝子至上主義は人間の側の都合に過ぎず、虚構だろう。)

 ゲノム解読は、これらの議論にまったく新たな視点をもたらした。次の章(二章)で明らかにしていくように、実は計算不可能とされた、遺伝子(間の)相互の関係の中に、生命を生命たらしめる調節制御という重要なプログラムの集団が見ええてきたからである。(つまり、それが、閉じない多重フィードバック機構である。)

 「筆者たちの逆システム学は、戦後長く支配的だった素朴な遺伝子決定論やネオダーウィニズムあるいは市場原理主義に代わるオルターナティブをめざしている。まず、筆者たちは、市場経済や生命体の本質を<制度の束>と<多重フィードバック>と捉える。多重フィードバックがこわれてしまうと市場も生命体も維持することはできないからだ。こうした考え方は同時に進化という動態(歴史)的プロセスをも内包している。(なぜならば、)このセーフティーネットを起点とする多重フィードバックは、調節制御のしくみが進化することによって形成されてくるからだ。(なぜなら調節制御のしくみの進化は時間とともに生体内のゲノム、つまり遺伝子と調節塩基配列上に蓄積する突然変異がもとになるからだ。)そしてその調節制御の進化は、多様化や複雑化という性格をもたらす。くりかえすが、この人間や社会が本質的に抱える複雑さを解明する方法を、筆者たちは逆システム学と呼ぶのである。」(序章)

 「進化生物学者の大野乾(すすむ)は、「1創造100盗作」という言葉で生物は遺伝子の重複で進化してきているということを明らかにしてきた。(中略)生命の基本的な代謝や複製にかかわる(重要)機能の遺伝子をハウスキーピング遺伝子という。これについては、(数万個の全遺伝子のうち)四千から六千(個)あると推定されている。

 重複遺伝子は、生物の進化にとって(次のような)大きな意味を持っている。ハウスキーピングは生命の維持に必須だから、これが変異すると致命的である。だが、もしハウスキーピング遺伝子が2セットあればどうだろう。最初のセットは(生命維持を確保するための)セーフティネットとして、次のセットは(生命維持を気にすることなく環境対応に向けて)どんどん進化してかまわないであろう。どちらに変異が入っても、もう一つはバックアップ保障になるというわけだ。

 遺伝子重複と前に述べた木村資生の「進化中立説」をあわせて考えてみよう。ハウスキーピング遺伝子が(重複せず1セットしかない場合)変異して機能しなくなると、これは致命的である。そういう生物は(次の世代以降早々と)淘汰されてしまう(種内からそのゲノムは排除されてしまう)。しかし、遺伝子が重複していれば、片方に変異が頻繁に起こっても問題ない。こうして、(遺伝子重複があれば、ほとんどを占める不利な変異もバックアップ機能で実際には淘汰になんら不利ではなくなるので)淘汰とは関係なく中立的な変異が起こり続け(ることになり)、生物のゲノムシステムは多様性を持てるようになる。多様性があれば、さまざまな環境変化に適応できる反応の幅はきわめて大きくなる。環境に大変化が起こった時、この中で特定の遺伝子型の生物が生き残っていく。(中略)

  遺伝子重複の、もう一つの利点は、(通常、)新たに蛋白構造を作る変異は非常に長い時間と多数の個体数が必要なのに対し、重複進化の場合は複雑な新しい構造を作りやすいことである。前の章でストレートフラッシュをするという議論をしたが、一度にストレートフラッシュを作るのはむずかしい。しかし、二枚つながった配列に、似た配列が三倍になり、そこから一枚減る形があれば、ストレートフラッシュもできやすいかもしれない。重複進化により、新しい蛋白も作りやすくなり、生物の進化は飛躍的に速くなる。」(55-57ページ)

増加する調節領域について。

 「生物のDNAというのは、長い進化の間に切断されたり、またはつながれたり、さまざまな遺伝子組み換えが起こって変化していく。この組み換えが蛋白の配列のところで起こると、蛋白の機能がおかしくなってしまうことが多い。だが、調節にかかわるところで組み換えが起これば、蛋白が作られる調節(系)が変化することになる。蛋白構造にかかわるところが2%以下だとすると、50回の組み換えのうち、49回までは、蛋白構造(にかかわらない)ところで起こっていることになる。

 生物が進化するにつれて遺伝子数はあまり変わらなくなる。ネズミと人間では遺伝子の数は変わらないが、人間ではこの調節制御の領域が増え複雑化し続けているのである。大腸菌ではDNAのほとんどが蛋白の情報を持っている。(中略) ネズミと人間の遺伝子では何がもっとも違うかというと、「いつ」「どこで」こうした蛋白(にかかわる遺伝子)が使われるか、その調節制御(の部分=ジャンク)がもっとも違っているのだと考えられる。

(中略) たくさんの調節制御のシステムができてくると、生物(の環境適応にとって、つまり、生存にとって)何が有利になるであろうか。それは調節によって環境変化に適応できる範囲がどんどん広がることである。たとえば温度の大きな違いに対応できるようになれば、それは進化であろう。さらに温度と湿度の(大きな)変化に対応できれば、さらに有利であろう。すなわちネオダーウィニズム(で)は、進化の過程を一つの遺伝子と他の対立遺伝子の争いと考えたが、(ゲノム上からみた)実際(に)はそうではなく、ある生物システムが広い適応の幅を(調節系のほうの働きで)もつようにゲノムが(組み換えられて)変化していくのが進化の中心(過程)になっているのだ。」(57-58ページ)

 「木村資生の「進化中立説」は、生物が、「自然淘汰に有利でないような」機能の低下をともなった変異をたくさん保持していることを明らかにした(1968年)。ある生物集団内において遺伝的多様性があることが、さまざまな環境変化に対する適応能力のストックを準備しているのではないかと考えられる。こうした考えは<前適応>と呼ばれる。

 「従来の多くの進化遺伝学の理論は、遺伝子の制御のしくみを考慮していなかった。とくにネオダーウィニズムをはじめ多くの議論は、(ほとんど調節系のない)大腸菌などのゲノムにみられた「アミノ酸の突然変異による蛋白構造変化」しか考えていない。よく注意して考えると、選択されているのはヘモグロビン遺伝子ではなく、(ヘモグロビン遺伝子に付属している)このような多様な環境変化に耐えられる制御のシステムなのである。どのような環境変化が起こるかは、自然に予測することは難しい。「遺伝子が選択淘汰される」と考えるネオダーウィニズムの誤りは、この点を無視していることにある。本当は、淘汰されるのは「遺伝的な多様性を保持してさまざまな環境変化に適応できるシステム」だと考えられる。つまり、(遺伝データとしてのいわゆる遺伝子は変わらず、)進化する仕組み(調節系そのもの)が(変異したり、組み換えられたりして)進化しているのである。」(60ページ) 

逆システム学の誕生について

 「生命の複雑な制御を一気に俯瞰できる新しい技術は思わぬところからやってきた。(中略) 半導体技術の技術の中で、光を基盤にあて、こまかな化学反応を起こさせる技術がある。これを用いて、半導体の基盤の上で、RNAがどれだけ作られたかを簡単に測定できる方法が開発された。これがDNAチップである。(中略)  アメリカのベンチャー企業は、この三万の(遺伝子がならぶ)DNAの一本の鎖の配列をはりつけた半導体基盤(チップ)を作った。(たとえば)人間の白血球などのサンプルからRNAを取り出してきて(だけを抽出してきて)、(DNAチップ上で化学反を起こさせ、そこから)結合した量を(半導体作成技術で)正確に計れば、三万三千の遺伝子の(うち、どの遺伝子の)RNAがどれだけ作られているかすぐわかる。

 前述したゲノムgenomeという名称の由来と同様に、遺伝子が活性化されて作られるRNAのことをトランスクリプト(transcript)というので、その全体像をトランスクリプトーム(transcriptome  励起全体像という意味)という。このトランスクリプトームの解析が生命系の全体像を解析する(明らかにする)画期的な手段になった。」(77-78ページ)

  閉じないフィードバックループ- 多情フィードバックについて。

 「(時間的、空間的に一緒に活性化される)クラスター解析を進めていくと、一つの細胞の中でも、常に数千の調節制御が働いていることがわかってきた。これまでの遺伝的決定の考え方と大きく異なる遺伝子/蛋白の作るネットワークが生まれてきたからだ。(つまり、) 生命の本質的なあり方は、(遺伝子のほうではなく、調節制御が重なった多重フィードバック(図)だと考えられるようになってきた。

 (しかも、)  アイゼンのクラスター解析の結果、一つの調節系で(すら)たくさんの遺伝子が活性化されることがわかった。(遺伝子と調節制御システムとが一対一に対応していない、つまり調節制御ループ上にたくさんの遺伝子が活性化されるということは、モノーのような単純な閉じたループ仮説では大腸菌の場合はともかく、哺乳類など人間では成立しないことを意味する。つまり、これは多重のフィードバックが閉じないことを意味しており、進化の遺伝子決定論やランダムで盲目的な突然変異が進化の主因とするのとは、およそ対照的なシステムになっている。)」(81ページ)

「(細胞のコレステロール代謝の全体を調節する)制御の仕方はいくつもあるが、その中でもっともよい調節方法を選択できるのが、多重フィードバックの特徴であることがわかってきている。それ(細胞内のコレステロール代謝)は遺伝子からだけでは決らない。実際のコレステロール(量)や、その材料や、代謝(の結果でてくる)産物の量によって決まるからである。(このように)ゲノム(に)はすべてのプログラムがあるわけではなく、(つまり、ゲノム上の遺伝情報のデータ構造は核内の)遺伝子と調節配列が(細胞内の)センサー蛋白や調節蛋白と(閉じない多重の)フィードバックを作るようにさせ、(そのループの)多数の重なりで、生命(この場合、細胞)を制御する仕組みになっていると考えられるようになってきた。」(83ページ。注=最後のパラフレーズの部分は、わかりやすいように少し手入れしている。引用する場合、原文と照らし合わせをすること)

 「このシステムの複雑さは、蛋白が物質代謝を(多重フィードバックで)制御するとともに、同時に(フィードバックにかかわる)遺伝子(そのもの)も制御していることによる。(つまり、)この制御系は、(モノーがいったように)一つの制御蛋白が一個の遺伝子を制御するのではなく、数多くの蛋白が、たくさんの遺伝子を制御しているのである。(中略) しかし、(トランスクリプトームという形で)遺伝子全体の活性化の様子などを系統的に解析すると、どの制御系が働いているのかは比較的に簡単に推測できるのである。

 (解析のためにあらかじめ数学的なモデルをアプリオリに設定するのではなく)このように調節制御と、その重なりを解析していく実験手法を逆システム学という。なんらかの介入をし、それを経時的に「いつ」、(ゲノム上の)場所特定的に「どこで」に注目しながら観察していくのである。そこから、実際に重要な働きをしている制御系を明らかにしていく。」(88ページ)

  ● 変化と進化における多様性と適応について。

 「発生、成長、成熟、老化といった生命体の変化に応じて、遺伝子の調節制御は変化していく。生活様式の急激な変化は、これらの切り替わりの時期にとくに顕著な調節機能の不全を引き起こしやすい。(中略) 生物の進化(と)は(遺伝子の)単なる淘汰ではなく(もっと巧妙な)多様性を生み出すシステムによる環境変化への適応である。」(162ページ)

   遺伝子は二回異なった使われ方をする- 発生期と成熟期

 「生物学者は、こうした結果にしばしば出会う。発生途上では、体を作る目的で使われた蛋白が、成熟した動物では違った目的で使われるのである。この場合は、遺伝子を活性化する調節配列が二カ所あり、時期によって異なる制御機構が働くのである。DNAはある蛋白のデータを持っている。調節制御の違いで、その蛋白はまったく逆に使われることもある。これまでくり返し主張してきたように、ここでも、ネオダーウィニズムのような素朴な遺伝子決定論の立場に立つと、現象自体を理解することができなくなってしまう。

 人間の三万個の遺伝子で、60兆個にものぼる細胞が協調的に働けるのは、実は遺伝子(に)は個々の蛋白(の情報)が書いてあるだけでなく、調節制御のルールも書き込まれているからである。ルールとは、その遺伝子がどのような状態で活性化されるか(を決めて)おり、このルールが一個の遺伝子について多数あるのだ。」(167ページ)

  ネオダーウィニズムはこの事実を完全に見落としている。

 「21世紀の生命科学は、細胞の中での蛋白の相互作用を中心に進んでいくのであろう。」(168ページ)

  適応力とは環境の変化に対応できる能力

 適応の具体例では、マラリアに強い異常ヘモグロビンの<前適応>がある。

 「ところが、現在の集団遺伝学では(そのときどきの)生存に適切ではない変異は(種内から)排除されていくとする。しかし、環境の変化は予測できない。将来のリスクに備えてセーフティネットがあるように、さまざまな環境の変化に対応するためには、多様な遺伝子を持っていなくてはならない。このこと(遺伝子の淘汰性と多様性の確保)は進化論にとって大きな問題となる。」(195-196ページ)

 生物の進化における適応の意味について

 「生物の進化において、競争的淘汰が重要な役割を果たしてきたのは間違いない」(198ページ)

  「しかし、それ(競争的淘汰)は、目に見える一つの表現系(型)の競争などではなく、多重フィードバックの適応範囲を広げ、生存の可能性を増やす生命圏を作り上げていく競争なのである。種全体の適応に対する効果は長期的であり、複雑である。」(200ページ)

「木村らの「進化中立説」は、個体数が十分でない生物系ではさまざまな遺伝的情報が、保持されることを予測している。これは、多様性を保持する一つのしくみであり、ある種の生物がさまざまな環境で生息している時には、それぞれの居住区域を中心に遺伝的な情報が保持され(ながら)、小集団の中で、淘汰が進む可能性を示している。つまり、種よりも小さい小集団ごとにも一つの、適応系が形成される。集団にも階層性が生まれる。今西錦司の「すみわけ」理論は、こうしたことを的確に表現している。」(201ページ)

  これが生物の進化における個体数の意味である。

  ● 多重フィードバックからみた生物進化の原動力

 「実は、生物には絶え間なく変異が起こっている。今西は「種は変わるべくして変わる」とし、「種社会」が進化する実体であるとした。しかし、ゲノム科学の進歩は、変異がランダムに起こり、種は変わるべくして突然に次の種が現れるだけではなく、もっと複雑なしくみをもっていることを示した。

 進化の原動力は、長い年月で淘汰された遺伝子を変異にまかせるのではなく、重複進化の形で(変異する前のもともとの遺伝子の)コピーも(ゲノム上に)たくさん作った(ことである)。こうしてオリジナルを保存しながら(遺伝子の)改変を進めた。さまざまな遺伝子組み換えのしくみで、重複したコピーの間で、また情報の交換が行ないうるしくみができている。さらに多数の蛋白に関する情報のコピーが、異なった調節制御を受けるしくみが作られた。遺伝子の活性化の制御は、たくさんの調節系が重なり合って制御し、また相互に影響し合う。

 調節制御の小さな遺伝的変異は、それ一つでは「隠れた効果」しかない。表面上は何らの違いも現れない。だが、こうしたたくさんの変化が種全体の遺伝的資産の中に保存されていれば、環境の変化という危機の中で、そのいくつかの組み合わせによる制御は適応を可能にする。こうして「隠れた効果」が表面に現れ、新しい制御系が生まれる。

 多重フィードバックという観点から見ると、遺伝子の安全度を高めながら多様性を増し、しかも調節制御の幅を広げて適応できる範囲を広げてきたのが、生物の進化の原動力であるといえる。すなわち、進化の原動力は歴史的に変化し、初期には遺伝子変異と自然淘汰が中心であったが、やがて重複と調節制御が中心になる。進化のメカニズムのように歴史的なものが、歴史的に進化しないわけがない。個々の蛋白構造を決める遺伝子の進化から、調節制御の進化へ、さらにさまざまな調節制御の(小さな)変異を「隠れた効果」として多数保有し、環境変化において新たな調節制御のしくみを迅速に生み出しうるシステムへと、生物の進化の中心的な原動力は変化してきたのである。」(202ページ)

  進化するしくみが進化してきたということだろう。

 これこそ、「種は変わるべき時が来たら、種内の個々の生物みんなが一斉に、しかもほぼ同一方向に向かって(悠長に突然変異なんか待たずに)自力で、変わる。つまり新しい遺伝子の制御システムを創り上げる」ということであろう。来るべきときが来たら、種内のキリンのどの首もどんどん長くなる方向に、閉じない多重フィードバックという制御系が駆動し、進化する。化石にキリンの首の中途半端な長さのものがないのは、この理由だろう。

 ● 進化の不易流行説。

 変わらないもの = 遺伝子。なぜなら、サルも人間も遺伝子数ではほとんど差はないからだ。せいぜい1%程度。これに対し

 変わるもの = 遺伝子の調節制御システム。なぜなら、種内の個々の生物のゲノムは将来の環境変化に適応するため、調節塩基配列の変異を種外に排除せず、「隠れた効果」として常に保持しているからだ。

 進化とは、遺伝子の淘汰進化ではない。それは、遺伝子を制御する調節制御システムの環境変化に対する適応である。遺伝子は変化しない。

 「遺伝子が決定する」という1対1の関係の要素還元論から

 「遺伝子が活性化される」という、多数の遺伝子 対 多数の調節制御の重なりという閉じない多重フィードバック理論へ。

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2013年を振り返って 家康くん、出家大名

(2013.12.27)  この一年を振り返っての科学や技術分野の重大ニュースは、なんといっても6月ごろに発覚した

 Imgp2438 原発事故後の汚染水問題

であろう。以来、ますます深刻さを増しているのが不気味だ。今後も、廃炉問題と関連して、ずっと尾を引く問題である。

 一方、ブログ子の暮らしている浜松市の重大ニュースとしては

 出世大名、(徳川)家康くん、ゆるキャラ日本一に敗れ、出家大名宣言

であろう(写真= 浜松市役所エントランスホール、2013年12月)。家康くんの「うなぎちょんまげ」がばっさり切り落とされてしまった。

 週一回、このホールを利用していただけに、そして、「くまモン」に続けとばかり、コンテストを応援していただけに、残念無念である。

 それでは、この一年の日本国内の政治での重大ニュースは何か。あれこれ迷っていたが、「アエラ」2013年12月30日・1月6日合併号に

 2013年アエラ一行コピー49連発

が秀逸。この一年間、毎週発行されるたびに、編集部員らがつくった一行コピーをかかげたのだが、それを見開きの一覧表にしている。

 このなかから3つを選んでみた。

 大阪 「口は災いのハシモト」(6月10日号)

  従軍慰安婦をめぐる発言で橋本徹大阪市長が窮地に。日本維新の会、この国際問題にもなった大チョンボで支持率が大幅に凋落。参院選挙直前だっただけに国政選挙への影響は大きかった。

 東京 「笑止5千万 !」(12月9日号)

 猪瀬直樹東京都知事、徳州会からの5000万円借り入れをめぐる説明でしどろもどろの末、辞職。:刑事告発やら、石原慎太郎前都知事への波及やら ?

 そして、国政選挙では安倍晋三首相。

   「アベのみ、クスッ。」(7月29日号)

  自民党、参院選で一人勝ちの大勝で、ねじれ国会解消。

 それでは、来年2014年は、どんな年に、ということが気になるのだが、乱暴にというべきか、大胆にというべきか、そしてまた辛らつにというべきか、浜矩子(のりこ)同志社大学大学院教授が、先日、本格報道「INSideOUT」(BS11)で

 2014年、アホノミクスの崩壊の年

とズバリ、予測してみせていた。ムードに踊らされているだけの経済という意味だろう。この番組、毎日新聞論説委員も出演していたから、さぞや論説委員も、多少の共感も示していたとはいえ、内心びっくりしただろう。

 浜教授によると、2014年は

 アベノミクス破たんの時期

であり、

 もうそろそろまともな運営に戻ろうというアメリカ財政の金融緩和見直し時期

でもあるという。そして、

 中国のアクロバット的な金融運営がむずかしい局面を迎える時期

でもあると解説していた( 注記 )。

 もっとも、2011年1月、浜教授は

 「2011年には、1ドル=50円時代が到来」

と予測していたが、見事に外れた。

 来年2014年は午年。

 上記の今年最後の「アエラ」は、いまをときめく書道家、紫舟(ししゅう)の躍動感のある書を掲載している(写真下)。

 そういう年になるよう祈りたいが、午年、1990年、2002年ともに、日経平均株価は

 午尻下がり

だったから要注意らしい(特に、バブル崩壊の1990年は、前年末の史上最高値3万9000円から一気に急降下、年末には半値になったのは記憶に新しい)。

 読者の今年の巳(み、へび)年はいかがでしたでしょうか。

 いずれにしても、幸不幸に一喜一憂せず、

 人間、万事塞翁が馬

で臨みたい。

  ● 注記 『ニューズウィーク日本版』の2014年の世界予想

 浜教授の予測ばかりに頼るのも、ふがいないと思うので、

 『Newsweek  ISSUES 2014』(2013年12月31日/1月7日新年合併号)

を紹介しておきたい。2014年の世界を読み解くという特集をしている。

 Imgp3080 息切れするアメリカ、中国の経済改革、アラブの「冬」などを、その分野の専門家が徹底分析している。

 結論的には

 アメリカなき世界に迫る混沌の時代/ 踏んだり蹴ったりの2013年オバマ政権

 習近平の経済大革命が始まる

 アラブ革命の挫折と沈滞

 EUの暗雲はいまだ消えず

といったところだろうか。ただ、アベノミクスがどうなるのか、まったく分析がないのが残念。

Imgp2463 

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読書ノート 生態学の今西錦司を読む

(2013.12.22) Imgp2260_1 理系出身のブログ子のそもそもの哲学的な問題意識。それは、単細胞、高等生物を問わず、

 生物はなぜ心を持つ必要があったのか

ということ。物質や、エネルギーには心がないのに、というわけだ。この場合の心とは自己決定の仕組みを指す。主体性とか、自発性とか言ってもいいかもしれない。物質やエネルギーにはこれがない。

 脳があろうが、なかろうが、生物が、環境の変化に対して自律して生き残る可能性を少しでも高めるため、つまり選択の余地を残すためではないのか。なんの手立てもなく、ただひたすら環境に鼻面を引きずり回されるだけの存在であってはならないという、目的のために、危機に際して選択できる心を持たせる必要があった。

  この意味で、生物の種は、

 変わるべきときがきたら、その中の個体とともに一斉に、しかも環境にいちいち相談することなく自力で、変わっていく

という、自然淘汰を否定した今西進化論に共感したい。種-個体一体論である。個体がまずあって、そしてやがて種が次第に形成されるというのではなく、種と、その成員の個体とが同時に変化していく。この考え方は、今西進化論の核心だが、個体の遺伝的な変異が次第に種内に固定されていくというダーウィン進化論との根本的なちがいでもある。

 この意味では、ゲノムレベルであるとはいえ、自然淘汰を否定した中立説もまたダーウィン流である。同じ自然淘汰を否定した今西説とは、否定の次元が異なっており、互いに相容れないだろう。

 ● 『生物の世界』(講談社文庫)からの抜き書き

  「生物の高等と下等とを問わず、およそ生物が、生活しなければならぬ、働かねばならぬ存在であるということは、生物がこの世界において主体的であらねばならぬということであり、認めるということもまた働くことにほかならない以上、認めるということもやはり何らかの方法をもって生物はこれを主体的に認めているのである。そしてこの主体性こそは生物が生物としてこの世界に現れたはじめから生物に具わった性格であって、この主体性のの蔭にやがてこの中からわれわれにみるような意識とか精神とかいうものの発達するべき源も潜んでいた。」(71ページ)

 「分裂前の卵細胞と言えどもそれが主体的存在であったからこそ主体的存在としてのわれわれが発展しえたのである。」(71ページ)

 ● 『私の進化論』からの抜き書き

 突然変異に続いて、正統派を支えているもう一本の柱、自然淘汰について。

 「突然変異と自然淘汰の結びつきは、突然変異の方がランダムに、無方向におこると考えるからこそ、どこかで舵をとってこれをコントロールし、その結果として生物を適応に導くような作用が、(種が変化し、進化するのであれば)存在するのでなくてはならない、ということになるのであって、この作用に対して、ダーウィン以来自然淘汰という言葉が使われてきたのである。

 しかるに私は、今日のすでに完成をみるに至った生物というものは、自然状態において、けっしてランダムな突然変異などしていない、という。もちろん、突然変異の可能性を否定するわけではないが、必要もないのに突然変異なんかしない、というのである。しかしそのかわり、必要が生じたときには、生物の方で、突然変異のレパートリーの中から、これぞという切り札を出すことによって危機を(その自発性において)乗り切ろうとする。それも一匹や二匹の個体が問題なのではない。同種の個体である以上は、危機にのぞんで、どの個体もが同一の突然変異を現すのでなければならない。同種の個体とは、そういうときにそなえて、はじめから、同じものとして作られているのである。

 だから、必要に応じて体質改善をしなければならないのは、じつは種なのである。それでうまくいかないときに、非運に見舞われるのもまた種なのである。その点で、種のレベルにおいてはつねに自然淘汰がつきまとい、適応できなかった種は滅亡し、今日われわれのみる完成された生物の種は、すべてこれ、自然淘汰の合格者ばかりである、というようなことはいえても、個体レベルにおいて、かつてダーウィンが考えたように、同種の個体間に自然淘汰のはたらく余地はありえない。同種の個体とは、(今西の上記の基本的な考え方にしたがうとすれば)この場合、方向性のある、同一の突然変異でもって、与えられた情況に同じ様に対応すべきものだからである。

 自然淘汰といっても、私がここでとくに注意しておきたいと思うのは、ランダムな無方向の突然変異と結びついて、個体レベルではたらく自然淘汰と、このような方向性をもった突然変異と結びついて、種レベルではたらく自然淘汰とでは、理論上たいへんなちがいがあるにもかかわらず、いままでのところ、このちがいを明らかにしようという企てが、ほとんど試みられていない、ということである。

 ランダムな突然変異と結びついて、個体レベルではたらく自然淘汰など、おこりえないと私はいうのだが、それがもし、いまなおいわゆる正統派進化論者のあいだで信じられているがごとく、生物の進化をつかさどるほとんど唯一のメカニズムである、とするならば、これだけ長年月にわたってこの地上に生きながらえていながら、生物はいまなおその環境に対して全然盲目であり(なんとなればランダムな突然変異でしか環境に対処できないから-原注)、適応とか進化とかいった生物にとって(いまを生きるために)最大に重要な問題を、すっかり環境まかせにしている(なんとなれば、自然淘汰がはたらいて、はじめて、このランダムな突然変異に、適応にむかう方向性が与えられるのだから-原注)。これでは、こと進化に関するかぎり、生物には主体性などかけらも認められていない。まさに唾棄すべき機械論ではあるまいか。いや、生物の主体性を抹殺して、進化を説明しようなどというのは、機械論をとおりこした一種の神秘主義でさえある。

 これに対し、適応乃至は進化に導く突然変異は、もともと環境に対する生物の側からの(自発的な)はたらきかけであると私は考える。そう考えるかぎり、環境は進化を誘発するものではあっても、進化の主導権は、どこまでも生物によって掌握されていなければならない。その結果として、適応に成功する場合も、失敗する場合も、あることだろうが、いずれの場合についても、くわしく調べれば生物の側にそうなるべきちゃんとした理由があるからこそ、そうなったのである。それを、生物からみれば、いわば中立的傍観者であるべきはずである環境のせいにして、自然淘汰というものをその(環境のこと)代弁者にでっち上げ、いちいちこの代弁者にお伺いを立てないことには、進化が説明できないというようでは、これはおかしい。生物のことは一応生物の枠内で片付けるというところにこそ、生物の学としての自律性も、認められるというものではなかろうか。」(93-95ページ)

  環境は進化を誘発するものではあっても、進化の主導権は、どこまでも生物によって掌握されていなければならないという文章について言えば、

 ヒトが樹上生活からサバンナへ重力に逆らってまで垂直2足歩行を生きるために決断したとき、アネハヅルが越冬のためヒマラヤ超えに挑むと決めたとき、シャチが南米バルバドス半島の危険ななぎさにあらんかぎりの知恵を働かせて上陸しアシカを狙うと決断したとき、

 進化が誘発されたのであろう。自発性が、環境をしてその生き物の進化を促しているのである。その結末が結果的に絶滅への道であったとしても。

 ペンギンもかつて、いろいろなところに住んでいた(「本」2014年1月号、生物ジャーナリスト藤原幸一「スーパーバードに魅せられて」)。たとえば、かつて7000万年前ごろまでは大空を飛ぶ鳥だったのに、飛ぶことをやめてしまったのも、いちいち環境にお伺いを立てた結果ではなく、みずからの決断から、そういって悪ければ、自らが置かれた環境のなかから自分の生理的な、そして生化学的にマッチした適応行動を個体群が一斉に起こした自発性からだったのだろう。その時の生き物は、いちいち個体内にそのときの環境に都合のいい突然変異が次々に起こってくれるのを待ってなどいない。それでは、個体はもちろん、種だって絶滅してしまう。

 ● 『ダーウィン論』からの抜き書き

 第4章 自然淘汰を否定したところは同じだが

の章で、今西氏は、木村資生氏の「分子進化の中立説」とのちがいについて書いている。

 「種がさきにできて個体があとからできたのでも、あるいは個体がさきにできて種があとからできたものでもなくて、種とその個体とは、生物のはじまりから同時にできたものなのである。」(43ページ)

 「遺伝学者たちの考えがやはりそう(ただ一個の生物がまず出現し、つぎにそれと同じものを複製して個体の数を増やしていったということ)なのであって、ひとつの突然変異がどこかで発生し、それが繁殖を通じて集団内にひろがってゆく。かならずしも自然淘汰を受けなくても、(ゲノムレベルでは淘汰に有利でも不利でもない突然遺伝子の変異が遺伝的浮動で種内に)ひろがってゆく場合が(ほとんどで)あるというのが木村説だが、私のように種と個体とはもともと二にして一のものであり、種が変わるときにはどの個体にも同じような突然変異が生じなくてはならない。どの個体にも同じような突然変異が生ずるものならば、自然淘汰のはたらく余地が、なくなってしまうではないか、というのとでは、自然淘汰の否定というところでは(今西と木村の説は)一致していても、話のもってゆき方がいささか異なるのである。」(43ページ)

  この場合の「いささか異なる」というのは、大いに異なるということだろう。

 「なお、どういう根拠からいったものか、はっきりしないが、ダーウィンにも自然淘汰がはたらかないのに、種の変わる可能性のあることを認めた、つぎの言葉があるから引用しておこう。「有用でも有害でもない変異が、自然淘汰のはたらきを受けずに、動揺しながらも個体群の中にとどまったり、あるいは最終的にはその中で固定してしまったりする場合もあるであろう」

(原著40ページ)。」」

 突然変異が方向性を持たなければならないという、この件については、今西氏は、

 『私の進化論』

で次のように述べている。

 「だから一度適応の線ののりだしたら、あとはあるところまで、進化はその線に沿うて直進するのでなければならない。

 このわかりきった理屈を、なぜいままでだれも取り上げようとしなかったのであるか。なぜならば、(それは)この理屈の中には、突然変異はランダムでなければならないという、進化論の正統派的主張にそむいて、突然変異が方向性を持つという、大それた仮定の承認が要求されているからである。それよりもさらに悪いことは、突然変異に方向性を認めるということになると、それがランダムであるからこそ役に立つべき自然淘汰が、もはやそこにはなんの必要もないことになり、ダーウィン以来受けつがれてきた進化論の構成は、ここにおいてその第一段階と第二段階を、まさに崩壊の危機にさらすこととなるのである。しかし、じっさいそのようなことになろうとは、(正統派進化論者としてはとても)信じがたいにちがいない」(175ページ)

 これは、いわゆるキリンの首問題である。

 これに対し、今西は『私の進化論』で次のようにまとめている。

 「種というものはそれ(生物は適応するもの)だから、いまさらなにもランダムな突然変異などという、不経済きわまる手段に訴えるまでもなく、突然変異が必要とされるような状況に立ち至った場合には、その状況に応じて必要な突然変異が現れてくるように、できているものだと仮定しよう。けれどもこの仮定のため、私はついに異端という烙印を押されることになりそうだが、いまは先を急ぐので、このことには触れない」(179ページ)

として、

 「もう一度はじめから述べるならば、生物の種は環境の変化に適応するため、まず突然変異の頻度を高める。次には現れてくる突然変異を、(生殖細胞内の閉じない多重フィードバック機構により)適応の方向に沿うようにする。たくさんの個体がいることだから、この際適応の方向にむかって、なにほどかのばらつきが生じてもやむをえない。適応の道にのって、同一方向にむかい、小きざみながらなおも突然変異を重ねてゆくうちに、種の個体は次第に新しい適応型に変わってゆく。この際も個体によって変化に多少の遅速がができることはやむをえない。かくして適応に達すれば、突然変異の頻度は落ちるが、このときすでに、種はその個体もろとも新しい種にまで変化していないものともかぎらない。これを「多発突然変異」による進化ということにしよう。」(179ページ)

 この辺については、児玉龍彦氏の『逆システム学』の

 閉じない多重フィードバック

として洗練されたものにできると思う。この文章で述べている仮定は、『逆システム学』では正しいことを教えてくれていることに注意。

 ● 『主体性の進化論』からの抜き書き

 ● 今西進化論に対する手厳しい批判

 これについては、柴谷篤弘・長野敬・養老猛編の

 『講座 進化』(東京大学出版会、1992年)の

 第6章 現代日本の生態学における進化理解の転換史(岸由二慶大教授、生態学)

に詳しい。今西進化論現象は数十年、少なくとも1960、70年代の20年間

 「鎖国」

を生み出したと手厳しく批判している。いわゆる京都学派を、世界的なサル学研究の業績をかさにきた権威主義で研究の世界水準を大きく遅らせたと批判している。

 それが、現代ダーウィニズム(生態学の分野では進化生態学)に対する「開国」に転換され始めたのは、1980年ころからだと、岸教授は明確に指摘している。この講座発刊の前後(1991年前後)、つまり、今西氏死去前後(1992年)の1990年代以降今西進化論が勢いを取り戻すことはなかった。後継者が育たなかったのが惜しまれる。

 「適応論はもはや日常的な研究道具として定着した。日本の生態学会もまた、通常科学としての進化生態学と社会生物学の国際的な流れに合流したといってよいのである。」(187ページ)

と結論付けている。

70

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読書ノート 中立説の木村資生を読む

Imgp2261_1_2  (2013.12.12)

  ● 『生物進化を考える』の抜き書き

 

 ● 『分子進化の中立説』の抜き書き

 「本書は、分子レベルでの進化的変化、すなわち遺伝物質それ自身の変化を引き起こす主な要因は(生存に有利な)正のダーウィン淘汰ではなく、淘汰に中立またはほとんど中立な突然変異遺伝子の偶然的固定であるということを科学界に確信させるために書かれたものである。」(序文)

 「私がここで分子進化の中立説と呼ぶ主題は、分子レベルでの進化と変異におけるその当時の新しい発見を説明しようとして1968年に提唱されて以来、多くの論争を引き起こした。過去半世紀以上にわたり進化生物学では、生物は有益な突然変異を蓄積しながら次第に環境に適応していくとするダーウン流の見解が支配的であり、進化学者はこの原理が分子レベルにまで拡張できるものと当然期待していたので、このような論争が起きたのは驚くにあたらない。中立説は、(表現型レベルの)形態と機能の進化がダーウィン淘汰によって導かれるとする今まで大切にされてきた見方に対立するものではない。しかし、それ(中立説)は分子レベルでは突然変異圧と偶然的不動がずっと大きな役割を果たしていると強く主張して進化過程の別の側面を明らかにしようというものである。」(序文)

  1950年代までの集団遺伝学では、

 自然淘汰のダーウィニズム+遺伝法則のメンデリズムを組み合わせた

 生物進化の総合説

が支配的だった。この総合説は自然淘汰による適応進化を重視し、突然変異や遺伝的浮動の効果は進化にとって副次的に取り扱われたのでネオダーウィニズムとも呼ばれた。著作としては『遺伝学と種の起源』(T.ドブジャンスキー、1937年)。『動物の種と進化』(E.メイヤー)がよく知られている。

 ゲノムの構造やその知見が次第に明らかになりつつあった1960年代後半になると、ゲノム上の突然変異のパターンだけで進化を論ずるようになり、

 生物進化の新総合説

が、集団遺伝学にとって代わった分子進化学では支配的になった。しかし、まだ、ダーウィンの正の自然淘汰の効果が分子レベルでも従来どおり、期待されるとみられていた。このことが、当時得られた突然変異の分子データの新しい知見をみる研究者の眼を曇らせた。つまり、正の淘汰ではその観察データをうまく説明できないことに気づかなかった。そのデータとは、進化速度の要因が正の淘汰だとすると、突然変異の塩基置換の荷重(正淘汰の固定の見返りで排除される子孫遺伝子の割合)が極端に重過ぎるという事実である。言い換えると、正淘汰理論から予測される置換速度は、実際の観察置換速度に比べて、少なくとも二桁も速く、一度に生む子ども数の少ない哺乳類などでは、これではとても耐えられないということになる。

 この矛盾の解決に、ゲノムレベルでは、それまでの理論が仮定した正淘汰はほとんで受けていない、つまり中立の突然変異がほとんどであるとして切り込んだのが、1968年の中立説。これなら、つまり突然変異の置換が淘汰上中立なら、見返りの排除の論理としての荷重もなくなり、理論と観察データの間の矛盾も解決できる。

 こうして1970年代には、分子レベルのゲノム進化では、ダーウィンのいうような正の自然淘汰ではなく、有利でも不利でもない突然変異の偶然的な浮動であるとする

 分子進化の中立説

が数学的にも、また比較可能な観察データ上からも明確な形で登場、1970年代末までにはほぼ、新しいパラダイムとして世界的に確立することになる。進化論から、予測もできる科学理論としての分子進化学が登場してきたのである。

 『分子進化の中立説』(木村資生、1986。原著=1983)、『生物進化を考える』(木村資生、1988)がその代表である。

 正の淘汰一辺倒だった生物進化の考え方に対し、ゲノム分子レベルの観察データを矛盾なく説明する中心的な理論として今日に至っている。

 一方、生態学の立場から、こうした生物進化の要素還元論的な研究手法を批判し、全体論を展開した著作も、次々と出版された。

 『私の進化論』(今西錦司、1970)、『ダーウィン論』(今西錦司、1977)、『主体性の進化論』(今西錦司、1980)、『今西進化論批判試論』(柴谷篤弘、1981年)、『進化論も進化する』(今西錦司/柴谷篤弘、1984)がその代表だろう。

 当時、京都市に暮らしていたブログ子は、こうした本を読んで感銘を受け、今西錦司氏の自宅(鴨川に近い京都市左京区半木町)をたずねたことがある。1980年代半ばである。ずいぶん眼が悪くなっていたこともあり、長居はできなかったが、

 (生物をバラバラにして考察する)分子進化学や分子生物学からは新しい生物学は生まれないだろう

と予言めいたことを語っていたことを思い出す。亡くなる5、6年前だったように思う。

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読書ノート 分子生物学の柴谷篤弘を読む

Imgp2266 (2013.12.12) 

  ● 『今西進化論批判試論』についての抜き書き

 獲得形質について

 「生物の行動はある程度遺伝学的に決ってはいるが、おのおのの生物は、その中でかなり自由に変化を持たせ(られ)ている。この変化の一部は、遺伝学的な対立遺伝子によって支配されているということもあるらしい。なかなか単純ではないけれども、一つの生物の種類に属するいろんな個体は、遺伝の枠に縛られながらも、かなり自発的に行動の枠を少しずつ変化させながら生きている。( 中略 )ここに出てくる新しい問題は、生理的あるいは生化学的な性質が(個体の間で)少しずれなくてはならない、ということである。だから、一番初めは生物の自発的な行動の変化であるけれども、その行動の変化によって開発されるものは、たとえばそれまでよりは酸素濃度の低い、酸素分圧の低いところで生活できるような、生化学的な性質である。つまりこのような生化学的な性質を持ったものが(自然淘汰によって)選り分けられようになるのだ。その原因となったのは、(ネオダーウィン流の突然変異なんかではなく)生物の行動であり、行動の幅がずれることによって、それまで問題にならなかった、(たとえば)酸素濃度の低い所での生活能力が急に意味を持ってくる。これが、行動変化と組みになって初めて、適応の意味が現れてくるのである。

 だから、この傾向が進むと、(たとえば)流れの速い所にいた生物が、流れの遅い所により適応した形態、(つまり)生理(的)・生化学的特性を持つように変わってきてもいいことになる。これは偶然そうなったのではなく、最初は生物が自主的に、自発的に生活態度を変えようと動いた結果、そこに出てきた新しい状況において、新しい形質が自然淘汰によって子孫に保存され、(その新しい形質を持った個体が種内に)増えてきたのである。一見したところ獲得形質の遺伝と等しくみえるこのメカニズムは、しかし決して伝統的な意味における獲得形質の遺伝と同じではない。(表現型といった)獲得形質の遺伝とは、(ある個体が)一生の間に身についた性質(形質)が、二次的に(生殖細胞のなかの)遺伝子を(淘汰なしに)直接変化させて、それが、その原因となった行動がかりに現れなくても、それとは無関係に子孫に伝わるという説だが、ここに述べたものはそうではなく、行動の変化が現れた結果、それとは独立に遺伝子の上に生ずる変化が、淘汰上有利になるという、ダーウィンの原理が生きているのである。」(199-200ページ)

  ただ、ここの「それ(自発的な行動)とは独立に遺伝子の上に生ずる変化」というのが、わかりにくい。前後関係から、これは

  それとは独立に(生殖細胞の細胞質で起きる遺伝子間の閉じない多重フィードバックの働きにより)遺伝子の上に生ずる変化

という意味だろう。より簡潔に、

 個体の生殖細胞が持つ遺伝子の上に生ずる生理的・生化学的な変化

と言い換えてもいい。この変化は遺伝子とともに次の世代に受け継がれる。自発的な行動が環境に対しマッチしていれば生き残る確率が高まり、種内に広がっていく。この場合、自らの体制と外部環境に見合った個体の自発的な行動のよしあしが、生存確率を決める。この場合、極端に見合っていない行動に対してのみ、そしてその時のみ自然淘汰が働くだけである。いちいち個体は自然淘汰におうかがいなど立てない。したがって、種内の個々の個体の小さな遺伝的な違いは、ほとんど問題にはならない。みんな同じであり、差はない。それよりも自発的な行動のよしあしが、つまり、「種は変わるべくして変わる」の原則の下、個々の個体の自己決定のみが進化という種の運命を決める。突然変異など待ってはいない。それでは個体は死に、種は滅びる。

 これに対し、ターウィン進化論の考え方は、個体内の微小で連続的な遺伝的変異に注目する。そこに働く自然淘汰のなかで有利ものが生き残るというプロセスで進化という変化が起きる。同じ種といっても、個体Aと個体Bとは、わずかかもしれないが違う。これが進化のもとであると考える(ダーウィンの死後、遺伝的変異の真の原因はDNA上の突然変異であることが実験的に明らかになり、微小連続変異に働く自然淘汰という考え方は捨てられた。しかし、微小連続変異を突然変異に置き換え、その積み重ねに自然淘汰が働くとする考え方はネオダーウィニズムとして今も、基本的に残っている。たとえば、フィッシャーの『自然淘汰(選択)の数学的理論』(1930)のような集団遺伝学においては、自然淘汰の数学的な中身は、種内における突然変異遺伝子の増殖率に差があるものとしてとらえている。自然淘汰に対し有利な遺伝子の増殖率は大きい)

 はっきり言えば、

 ダーウィン進化論は、いちいち自然におうかがいをたてる自然選択説

 今西進化論は、そんなおうかがいなどたてず、種が自発的に種の進化の方向を選択する種選択説=主体性の進化論

なのだ。ある自然環境に立たされた種の中の一つひとつの個体の自発的な行動のよしあしが種全体の運命を期せずして決める。突然変異など悠長に待ってなんかいない、種は自ら変わるべくして、一斉に同じ方向に変わるという意味はこのことだろう。突然変異にも、自然淘汰にも関係なく、一斉に同じ方向に変わる。

 たとえば、サバンナに立ち向かうため垂直二足歩行を決意したホモサピエンス。結局、そのなかで生き残ったのは現在の(現生)人類のみで、動物解剖学のある研究者(遠藤秀紀)によると、その人体の構造変遷は失敗の進化史であり、将来絶滅の運命にあるという。

 「最近の報告によれば、(中略) 生物はどうやら、行動を変化させる場合、遺伝的に自分に最も淘汰上都合のいいもの(行動)を選ぶということがあるらしい。自然淘汰の結果そうなるのではなく、一代一代の生物個体が、自らの遺伝的な背景にとって最も都合のいいような(生理的・生化学的な)形式に行動のパターンを合わせていく傾向があるらしいのだ。(中略)どういうことをやると自分としては得かということが、あたかもわかるように振るまうものらしい。もちろん、意図してそう振舞うのではなく、生理的にそれらが最適度になるように、神経気候が調整されている、ということもあるのだろうか。

 行動の選択がこのように許されると、実に意外なことが起こる。(中略) 遺伝子構成として、個々にはおのおのの環境において不利であっても、行動によって適当な時期に適当な所に動ける場合には、つまり行動の選択の余地がある場合には、自然淘汰で有利になるのである。これはずいぶん、今西の考え方とも合うものだと思う。生物は自分の遺伝的な構成に応じて行動を決める。それは、あらゆる個体に具わった、最初ためして見て、幸い結果がよければさらにつづけるといった形式をふむものかもしれない。これだと生物の行動は自主的で、遺伝的制約は二次的な要因にすぎないことになる。一生の間の行動の型は、遺伝的な構成によって可能な範囲は決められているのだが、適応という点からみればずいぶん互いに矛盾した遺伝子を一個体としてもつものがあり、時期により場所によって有利さ(あるいは快適さ)が変わってくる。生物は、あたかも自分に最も有利である所を選ぶように行動し、一つ一つについては不利になる局面があっても、全体として有利になるように自分の行動を選択しているものらしい。

 ダーウィン的な自然淘汰が、たんに集団(の行動)は環境に対して受身であり、あるいは遺伝的な構成によって決められているのに対し、受動的に起こるのではなく、主体性を持った生物が主体的な行動を選択できる場合に(は)、遺伝的な背景に(できるだけ)マッチするように(生理的・生化学的に行動を自ら)選択しているものであるらしい、ということまでほぼ推定できるような雰囲気になってきている。これは今西が考えているようなレベルの問題で(あり)、一見ダーウィン説からは離れるようだが、しかもなお(行動の結果に自然淘汰が働くという意味で)ネオダーウィニズムの枠内で進んでいる話なのである。しかも、ダーウィン自身も『種の起源』でこの可能性(行動の自発的な選択による進化)にある程度気がついていたふしがあるという。」(203-204ページ)

 生物の主体的な行動というのは、たとえば、次のようなものだろう。

 数百万年前のアフリカ東部のサバンナで、食料を求めて、ヒトが樹上から降り立った危険な行動。あるいは、南アメリカ南部のバルデス半島で、海に生息するシャチが、海岸のアシカを捕まえるために上陸しようという果敢な行動。あるいは、アネハヅルが越冬地を目指して、8000メートル級のヒマラヤ山脈を越える戦略的な行動だろう。これらは、自分たちの遺伝的な構成を生理的、生化学的に最大限に生かし、生存のための選択行動に挑んだ結果なのだろう。これら結果に至るには、その過程で当然自然淘汰が働く。

 たとえば、アネハヅルの場合、いろいろなツルが挑戦したうち、体型の小さい、そして肺機能の効率性に優れたアネハツルだけが、その特性を巧みに生かした自発的な行動、たとえば大編隊Ⅴ字飛行行動のせいで、無事に生き残ったのであろう。生物の進化は環境や遺伝子構成だけでは決らない。むしろ、生物個体の自発的な行動が新しい進化のステージを用意する。何時起こるかもしれない突然変異など悠長に待ってなんかいない。

 今西進化学説の発展のために

 「今西が種社会の成員が、時期が来たら変わるべくして変わるというとき、今西が懐く像は、たとえばこんなものてはないだろうか? そのとき種社会の成員は、相互に彼ら独特の了解の方法のもとに- どうしてやるのかはわれわれには未知である- やはり現状ではおれたちは変わらなければなるまいということを、たがいに感じあい、結論しあう。極端な場合には全員がよりあつまって「会議をひらく」ような形があってもいいかもしれないが、実際の形ではまずそうはならないだろう。そして種社会全体の了解のもとに、各個体が自主的に変わるのである- われわれには未知の、ある、主体的な、生物学的方法によって。

 そのような未知の過程に対するなんらかの手がかりがあるのか? 私は今西がそれをつかんでいると思う。」(241ページ)

  ここに書かれている「やはり現状ではおれたちは変わらなければなるまい」という結論を出し、「各個体が自主的に変わるのである- われわれには未知の、ある、主体的な、生物学的な方法」というのは、細胞内の細胞質で起きている

 遺伝子間を結んだ閉じない多重フィードバック機構

という自動制御ではないか。自主的に変わった結果には、もちろん、自然淘汰が働く。その結果、環境枠内で生き残ったものの形質が種内に次第に広がり、種内に固定される。つまり、新しい形質を持った種が誕生する。

  ● 『進化論も進化する』の抜き書き

 今西進化論とダーウィン、ここが違う

   種社会ごとの棲みわけによる生物種の多様化というのは、いわば「系統発生は個体発生をくり返す(ことで成り立っている)」という進行過程のこと。この言い方の中の「系統」を生物全体社会に、「個体」をもとのただ一個の種社会に置き換えたものに等しい。生物全体社会に階層性があるのはこのせいだというわけだ。

 今西は、この本で、次のように語っている。

 今西「(種の多様化を説明するにも)ダーウィニズムであるかぎり自然淘汰からはみだすわけにはゆかへん。ぼくの進化論では、この(生物種の)多様化を種社会の棲みわけの進んだ結果としてとらえる。同じ多様化でもとらえかたが違うんや。底でこの棲みわけの進行をぼくは(普通いわれているのとは逆に)「系統発生は個体発生をくり返す」で説明したつもりでいる。もと一個の細胞から分化発展してわれわれの身体をつくりあげるように、もとはただの一個の種社会から出発しながら、その社会の分化発展によって生物全体社会の多様化が生じたというのや。ここまでくると、もうダーウィンの説とは全く違ったものになっとる。細胞が分化発展するとき、細胞間に生存競争が起こるやろか。適者生存が起こるやろか。

 それと同じことで、一つの種社会が分化発展する時、種社会間に生存競争が起こったり、自然淘汰が起こったりすると考えるのはダーウィニズムであって、起こらへんというのが今西進化論なんやで。棲みわけというのはどこまでも社会の棲みわけで、社会の分離なんや。棲みわけの前に社会あり、や。(中略)  ぼくから見てダーウィンの足らんところは、(「種の起源」とはいいながら)個体とスペーシス、種とが混乱している。ダーウィンは種社会というものをつかんどらんかったんや」(238-239ページ)

 今西「それで結局種はどうして分かれるかというたら、種社会の分離ということにどうしてもなるな。そしてこの裏には(どんな生物にでもみんなあるはずの)プロトアイデンティティがなければなけなあかん。」

 犬同士が、あるいは猫同士が同類であるのかをどのようにして見分けるのか。この種のアイデンティティの実体というのは、遺伝と同じくらい基本的なものであるが、この「種のアイデンティティ」論というのは、分子生物学においてもこれからだというのだ。

 今西進化論の「主体性」の意味について。

 柴谷「生物現象は眼に見えない「構造」がもとになって生ずる。ここでいう構造は人文社会科学系でいう構造主義の構造でして、生物学でいう形態学的な構造-顕微鏡でしらべられる構造-とは違います。今西さんのいわれる「原理」と同じことかもしれません。そういう構造が(もともとの生物自身に具わった主体的な存在として)先にあって、そのあらわれとして生物の合目的的な諸側面があらわれてくる。主体性というのは、だからこの「構造」をいいあらわす他の表現なのではありませんか。言語学でいう個々の人の話すことば(パロール)の背後に社会的に( ! )規定されている言語(ラング)という構造があり、後者の概念なしに前者は理解できない。(中略)

  このような「構造」が、生物の形態や機能発言の基盤にあって、遺伝はたんにその「構造」の上にのっかって、それを動かす切り替えスイッチとして働くだけのことで、本源的なものは遺伝子のはたらきとは別にあるのだろうというのが、グドウィンとウェブスターの主張です。(中略)

この眼で見ると、今西さんの種社会の概念は、種の個体という眼にみえるパロール的なものの奥にあるラング的な「構造」をとらえたものといえるかもしれない。したがって主体性というのは、概念的に個々の生物個体の自発性のことをいっているようにとられやすいが、本来の意図は個々の個体の存在基盤としての「構造」のことを念頭において言っていると考えたら、このような表現にも普遍的な妥当性が与えられるのではないかと思っているところです。」(48-50ページ)

  個々の個体の存在基盤としての「構造」というのは、

 細胞質の中での遺伝子同士をつないで起こる多重フィードバック

と考えられないか。これが新しい形質を決める。

柴谷「もう一つ別の形でこれを言うと、構造主義に対置されるのが機能主義で、これが要因論、メカニズムの理解、適応の概念の重視を生み出すのです。その意味でも今西さんの理論は反機能主義、すなわち構造主義とつながると思う。」

 今西「主体性がどこから来たんやというたら、(中略)これは神が与えたんやと、そう言うてもええかもしれん(笑)」(50ページ)

 それでは、

 「プロトアイデンティティ」の始まりをどこにおくか。プロトアイデンティティとは、始原的帰属性のこと。

 柴谷「私はそれ(藤岡喜愛の「精神の進化」)を先に進めまして、細胞にもそういう主体性があるだろう。発生が起こるときには主体性のある実在として発生が行なわれ、胚のなかで細胞同士が、ある数の細胞を仲間として認め、われわれには全然わからないたぐいの主体的な世界認識の上に、彼らは彼らなりに生物体をつくる。そういう主体的な生物学、主体的な発生学というのを私はいまではめざしている、その主体性をずっと上までのばしたら、つまり種の成員の間におけるプロトアイデンティティという問題につながるだろう、とみているわけです。

 プロトアイデンティティというのは、現実にはにおいとか形とかで認識するのでしょうが、その一番もとに、もっと基本的な部分で生物の主体性に関連するもの-それが生物の存在とともに出てこないとおかしいと思う」(97ページ)

 この主体性の発生学というのは、

『細胞の意志』(団まりな)

の団まりな氏の考え方そのものであろう。

 団氏はその著書(209ページ)で次のように書いている。

 なぜ細胞たちは最終的な「姿」を知っているのかについて

 「私(団)はこれが、〝遺伝〟なのだろうと思います。細胞たちは、細かい手続きに関する厳密な分子メカニズムにあやつられているのではなく、最終的な〝姿〟を見ているのだと思います。その姿に近づくために、今、何ができるか。それぞれの局面で見せた細胞たちのおどろくべき広さのレパートリーを持つ頑張りや工夫は、このように考えれば、さほど唐突には感じられません。その頑張る姿は、私たち人間の場合とそっくりです。」(209ページ)

 元に戻って、擬人主義はアナロジーにすぎないかについて。

柴谷「ぼくは擬人主義を積極的に取り入れようと思う。人がなんと言おうとかまわない」(248ページ)

  米本「擬人的な表現というものを、アナロジーなんていわないで、基本概念として正当性を主張すべきである。現代の分子生物学の性格としては、こういうイメージなのだということをもっと言わないと、新しいパラダイムの手懸りもみえてこないと思うのですが。」

 柴谷「それでよろしいです」

 今西「おれに「主体性」というような言葉を教えてくれたのは西田哲学やけどな」

 全体論的な視点の重要性について、今西はこの本の最後のほうで、次のように語っている。

 今西「分子生物学のミクロの世界の(最近の)話を聞いていて、ぼくの腑に落ちん点は、この世界はミクロの世界、分子レベルの世界だけやなしに個体レベルの世界もあり、社会レベルの世界もあって、生物はこれらのいろいろな世界に属しながら、そこで生物としてもっと全体論的な生活を営んでいる(という点だ)。すると生物にこれらの異なった各世界に通じる一種の切符というか、何かその間の連絡を可能にするようなものを考える必要が生じてけえへんやろか。そういうものがないと、実は生物がミクロの世界に解体されてバラバラになってしまうような気がするんや。(中略)そういう全体論的なものを考えへんことには、いまの分子生物学は分子レベルにとどまって分子生物学かもしらへんが、生物学にはなれへん違うか。」(227-228ページ)

 ここにいう「各世界に通じる一種の切符」というのは、プロトアイデンティティのことであろう。

  ● 補遺

 柴谷篤弘著『構造主義生物学』(東京大学出版会)

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猪瀬直樹氏、再生のカルテとは 

(2013.12.19)  常識を疑おうというこのブログでは、滅多に政治問題を時事的に真正面からは取り上げてはいない。しかし、それでも、今、〝借入金〟問題で、わずか就任1年で辞職することになった猪瀬直樹東京都知事には触れないではおれない。

 というのは、ブログ子は、この10年、猪瀬直樹事務所から送られてくるメールマガジン

 Imgp2443 「MM日本国の研究 不安との決別/再生のカルテ」

のファンだったからだ。編集長は猪瀬直樹本人。金沢在住時代にインタビューをしたことがきっかけで、このマガジンを購読し始めた。なるほどと感心させられたことも多かった。

 ところが、最新号の778号(12月19日付発行、特別号)には

 猪瀬直樹・東京都知事会見速報( 写真上)

という本人にとっても痛恨のニュースが掲載されている。しかし、その内容は、あまりにも通り一片の辞職理由に終始している。

 ジャーナリストとしての矜持がまったく欠落した内容なのだ。

 つい先日、『勝ち抜く力』(PHPビジネス新書)という自著が発売された。そこには、オリンピック招致成功の舞台裏が公開されており、情報力、交渉力、プレゼン力、おもてなし力が必要だと力説されている。

 なのに、初めから終わりまで負け抜いた今回の騒動では、そのいずれも空回りだったのだろう。

 だからといって辞職ですべてが終わったわけではあるまい。都知事選の舞台裏の真実を語ることは、政治家として日本国の再生には欠かせないことであり、再生のカルテでもある。

 ● 猪瀬氏のジャーナリストとしての責務

 ましてや、それはジャーナリストとしての責務でもある。

 猪瀬氏は、かつて、ブログ子のインタビューで、ジャーナリストとして時代を読む秘訣について、

 今起きている時代の変化を感じるのは五感。その先を読むにはデータ。それも平均でとらえるな。平均からのズレを読みとれ

と的確に語っていた。今回の自著に真っ先に情報力を挙げているのもうなづける。また副知事時代を通じて、その変化を読む能力を生かしてきたと信じたい。

 だからこそ、ジャーナリストとして今回の蹉跌、つまづきを真摯に検証する。そして、それを自ら編集長をつとめるメールマガジンに掲載してほしい。

 これこそが、本当の意味の「勝ち抜く力」ではないか。辞職で、猪瀬氏のすべてが終わったわけではない。ジャーナリストと政治家の両方を経験した人間として、これからがその真価の問われるときなのだ。

 批判するだけの側から、批判される側に立ったときに何が問題になったのか。その貴重な経験を日本の再生カルテとしてよみがえらせてほしい。

 水に落ちておぼれそうになっているイヌを棒でたたくような袋叩きの猪瀬氏だが、あえてエールを送りたい。

 何かをやり遂げたいという大望があるのならば、権力志向、上昇志向は決して悪いことではない。むしろ、好ましい。ここは、へこたれない。七転び八起きである。

 勝ち抜く力を本当にみせつける時ではないか。

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浜名湖の水と生き物をめぐる集い 

(2013.12.16)  去年に続いて、今年もまた「浜名湖をめぐる研究者の会」(東大弁天島水産実験所、浜松市)に先日、出かけた。世話人は、今春まで同実験所の教授だった鈴木譲氏。

 Imgp2375_2 浜名湖の水環境や生き物の生態について、多角的に語り合おうという集いで、大学研究者のほか、漁業関係者あり、高校生あり、地域住民あり、またブログ子のようなジャーナリズム出身者ありと、去年に比べて、一段と学際的なワークショップとなった( 写真上= 同水産実験所 )。

 ブログ子の発表は、先日のこの欄でも取り上げた

 「ラムサールへの道 何が課題か その自覚と覚悟」

というもの( =写真最下段はそのパネル展示の様子。発表の要約と考察は「補遺」 )。

 あなたは、自分の仕事を社会の動きと結びつけて学際的に語れますか

というのが、訴えたい内容だった。

 この視点から、パネル展示を拝見して、とくに2つの注目すべき発表があったので、報告しておきたい。

 ● 放射能汚染のコイへの影響

 時事性のある現在進行形の深刻な社会問題に切り込んだのは、世話人の鈴木譲氏の

 福島原発事故による放射能汚染のコイへの影響

というパネル展示( 写真中。右端が鈴木氏 )。まきちらされた放射性セシウムの主に白血球数などコイの免疫系への悪影響を調べたもの。

 Imgp2380_1 事故現場に近い福島県飯館村3か所の孤立した池で捕獲した天然コイと、比較的に影響の少ないと考えられる栃木県芳賀町の1か所の池で捕獲したコイを比較した。福島県内の採取地の空間線量は年換算値で平均して10mSv/年とかなり高い(このほとんどは放射性セシウムによるもの)。

 それによると、白血球数も、リンパ球数も、栃木県のコイに比べて明らかに減少していることが分かった。

 ただし、対照とした検体の採取場所が栃木県内一か所であることから、採取サンプルの偏り(= 地域特性)を排除できないので、確定的なことは言えないという。サンプル採取が少なくとももう一か所別のところ(たとえば、より影響が少ないと考えられる浜松市)があれば、かなりの確率でこのサンプル採取の系統的な偏りを補正できたであろう。

 また、福島県内に限ったコイについては、放射性セシウム濃度の高いコイほど、白血球数は少なくなるという、統計処理上有意に、負の相関があることも分かった。この分析結果でも、放射線の影響を強くうかがわせる。

 これらの結果はほかの生物調査からもある程度予測されたことであり、今後さらに継続した調査と分析が必要であると思う。

 ● コイの臓器に通常みられない異変

 鈴木氏やその協力者たちは、こうした定量分析に加えて、コイの組織そのものの注目すべき顕微鏡検査も実施している。

 Imgp2367_1_2 それによると、脾臓、肝臓、腎臓などの組織に、通常では見られないマクロファージ集塊などの異変が起きている。こうした異変は、長年、コイ研究をしてきた鈴木氏自身ほとんど見たことのない異常であるという。

  右図( 会場の展示パネルより。写真はダブルクリックで拡大できる )がそれである。

  コイと人間とは種が離れているとはいえ、また、異変には個体差がかなりあったとはいえ、今回の事故の放射能汚染が今後長期にわたって人間に悪影響をおよぼさないなどという結論は少なくとも下せないことになる。

 となれば、むしろ、万一に備え、疑わしきは安全の側に立った対策をとるという原則からは、無視し得ない悪影響が人間にも出てくるとの前提で対策をとるべきだ。

 たとえば、飯館村への住民帰還を考える場合、このままでは今はともかく、将来、重大な健康問題を引き起こす可能性がある。そのリスクを帰還住民にきちんと説明することが求められる( 注記 )

  そのためにも、コイを含めた生き物について、もっと組織的、継続的な調査が必要だと強く感じる(以前、この欄でも、進化生物学者、T.ムソー教授のチェルノブイリや福島県におけるツバメなどの野鳥の突然変異とその遺伝状況調査を紹介した。今回の鈴木氏の発表はそれとも整合性があり、不気味ですらある。

 この鈴木氏の研究については、その要旨が以下にまとめられている(2014年5月10日、国学院大における飯館村放射能エコロジー研究会シンポ発表)。

 「IISORA2014-05-10suzukiyuzuruyoushi.doc」をダウンロード

 なお、ムソー教授の調査についての講演は、「注記 」参照 )。

 ● 奥浜名湖の産廃最終処分場問題に切り込む

 浜名湖をめぐる社会の動きに切り込んだもう一つの発表は

 奥浜名湖(奥山地区)の産廃最終処分場立地計画に対する問題提起

である( 写真下= 総合討論で発言する小野寺秀和氏(日本地質学会会員 )。

 Imgp2420_1 奥山地区環境保全対策協議会によるもので、計画のベースになるはずの浜松市発注の調査そのものが、たとえば活断層報告などにきわめてずさん、かつ多くの重大な誤りがあると批判している。その上で、この立地場所では、大規模な地すべりが起きる可能性がきわめて高く、処分場としては適格でないことを実証してみせている。

 この破砕崩壊地形に、もし仮に処分場を立地すれば、将来、大規模な崩壊で下流にある浜名湖の環境に深刻な水質汚染などの悪影響が出るという。

 もともと砂利の採取場だったこの地形ではかつて地すべりを起こしているという事実にも言及しており、この予測に強い信憑性を与えている。

 全体の論旨も、土台となる地質構造の専門的な知識に裏付けられた事実に基づいて展開されているなど、この調査結果は明解かつ、きわめて実証的である( なお、より詳しい発表内容は以下の「補遺」で見ることができる )。

   こうした地域に密着し、しかも時事性のある問題について、多角的に論議する場から、

  浜名湖の「ラムサール」への道

も開かれてくるように思う。

  ● 注記 除染の見直しと帰還 2013年12月27

  環境省は、これまで2014年3月までに完了するとしていた除染工程を最大で3年間延長する見直し案を公表した。これに伴い、帰還に当たっての被ばく線量の管理についても、これまでのモニタリングポストの空間線量計からの推計管理から、東電作業員並みの個人線量計測による実測に切り替える。

 帰還の目処については、

 長期目標としてこれまでの「年間1mSv以下」

は維持する。

 (国際放射線防護委員会の勧告では、事故が収まるまでの一時的な空間線量としては、年間換算で20mSvまでは容認している。が、環境省は、帰還住民の健康にかかわるこのへんの取り扱いについて、明確な指針をいまだに打ち出していない。年間1mSv以下というのではあまりに厳しく、杓子定規。帰還の目処はとうてい立たず、現実的ではない。この長期目標を維持すると、今回の除染期間延長もあり、帰還がますます困難になっていくとの悲観論がますます広がるだろう。

 この点について、年間換算で5mSvでも影響が懸念されるなど、チェルノブイリ事故後の健康調査結果も加味したブログ子の推定では、年間換算で3mSvが健康被害に大きな影響がでない個人線量の妥当な目安であろう。20mSvというのは、高すぎであり、帰還定住基準値としては容認できない。) 

 ● 注記 本当に役に立つ「汚染地図」

 飯館村などの福島での汚染地図については、最新刊の

 『本当に役に立つ「汚染地図」』(沢野伸浩、集英社新書)

に詳しい。事故直後、現地入りした米国家核安全保障局(NNSA)の専門家がGIS(地理情報システム)技術で精密な汚染マップを作成した事実に注目したもの。この公開情報があれば、飯館村の一軒一軒の汚染レベルまでが精密に割り出せるという。京都大学原子炉実験所助教の今中哲二氏も推薦している好著。

Imgp2379_1

● 注記  T.ムソー教授のツバメ調査

 今、福島のツバメに何が起きているか=

   http://lowell.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-dcae.html

● 補遺

 「12_16_2.JPEG」をダウンロード 

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 「12_16_7.JPEG」をダウンロード 

 「12_16_6.JPEG」をダウンロード 

 ● 補遺2  ラムサールへの道 何が課題か

    - その自覚と覚悟

 発表内容の要約 - 考察と結論  =

   「ramusaaru.doc」をダウンロード

 

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読書ノート 発生生物学の団まりなを読む

(2013.12.12)  まず、「死の危機に瀕して、それは始まった」というサブタイトルがついている

 『性のお話をしましよう』(哲学書房、2005年)

から、面白い考え方であると思った箇所を抜書きする。

 ● 『性のお話をしましょう』から

  Imgp2262 有性生殖について。

 「ゾウリムシが遺伝子の組み換えなしの接合によって、完全に若返りができたということです。 

 ということは、「遺伝子の組み換えが、有性生殖の本質である」という大部分の教科書の言い方は正しくないということです。

 正しくは、「有性生殖とは、生物が、自分の『種』としてのアイデンティティを保ったまま、ディプロイドとハプロイドという二つの階層を行き来して、ディプロイド細胞が運命づけられている、分裂の限界を克服するためにのしくみ」だということです。そして、そのしくみの中に次第にDNAを繕ったり組み換えたりたりするしくみを重ねてきたのだろうと思います。長い間、生物の階層性ということを考え続けてきた私には、今、はっきりとそのように見えます」(42ページ)

 いかにも、大学を定年で退官し、

 階層生物学研究ラボ

の代表になった団まりなさんらしい考え方である。

 有糸分裂するハプロイド細胞は何をしているか、について。

 「細胞たちは、どうやってこれだけのこと(一連の有糸分裂の流れ)を思いついて、自分のからだの中の分子をさまざまに工夫して、込み入ったしくみを実行にまで移すことができたのか。これは非常に謎です。突然変異や偶然になど、とてもまかせているわけにはいかなかったはずです。

 細胞たちには、(今、)なにをしなければならないかがある程度分かるのだろうと思います。あれこれ試してみているうちに、酸素の濃度がどんどん上がって(しまったら)自分たちは死んでしまいますから、生きのびるためには何が必要か、システムには目やすが立っているはずです。

 中略

 目的を定めて、その目的は動かさないで、そのうえでいろいろと試みる。これは五里霧中の試行錯誤とは違います。漠然と偶然をつみ重ねて、歩留まりが上がるのを待っていたのでは、酸素濃度の上昇に間に合わなかったにちがいありません。」(88ページ)

  爬虫類から哺乳類への進化について。

 ついに胚を保育する工夫をてにするということについて。

 「行き詰まりを感じた爬虫類の一部に、あるアイデアが生まれます。発生している卵(=胚)は外からの栄養を受け取ってくれないけれど、胚を保育する細胞たちはもう少し大人なので(=分化しているので)、彼らなら受け取ってくれるかもしれない ! この発想が的中して、その考えに沿ってからだを作り変えたのが哺乳類です。」(144ページ)

  「このことから、生物がいかに与えられた状況に応じてからだの部分部分を工夫するか、しかも状況が変われば、その工夫をあっさりと反故にしてしまうかが見て取れます」(147ページ)

「この事実を素直に解釈すれば、単純な生物は自らを改良する能力がまだ弱く、変質の動因を偶然的な外部要因に頼らなければならないが、複雑な生物は、外的、内的条件に合わせて自らを改変する何らかの能力を獲得している、ということになるのではないでしょうか? 本書でくり返しお話してきましたが、私にはそのように見えてなりません」(149ページ)。

 「私は、生物現象のとらえ方むが擬人すぎて非科学的だとしばしばしかられるのですが、こうした現象(発生における受精卵の分裂の様子)をつぶさにながめていると、この時期(それまでの一群の細胞が『個体』として確立する胞胚期)の細胞たちが「さあ、これがわがチームだ ! 頑張ってからだを作って行こうぜ !」「オー」と声をかけあっている気持ちが手にとるように感じ取れるのですが、やっぱり変でしょうか。」(160ページ)

  「位置や任務を知っている細胞」の章では、次のように書いている。ベテランの発生生物学者の発言、もっと言えば到達点であるだけに、非常に興味深い。

 「この(単細胞の)分裂の際にDNAが複製されて、同じ内容の分子が二匹に渡されるので、確かにDNAは遺伝します。しかし、受け渡されるのはDNAだけではありません。細胞の持つ全てです。細胞を構成している全ての分子種からその配分、配列の仕方、つまり細胞構造そのものと細胞の大きさから基本的な性質まで、何から何までが受け渡されるのです。」(175ページ)

 「これと同じで、私たちもヒトとしての基本的内容の全てを遺伝(と)して(受け取って)いるのです」(175ページ)。

 「『遺伝的プログラム』が意味するものは、DNA上の情報などよりはるかに複雑で、多岐にわたるのです。それが気づかないのが、私たちの悲しい性なのです。 

 私は、遺伝の基本はDNA複製ではなく、細胞分裂だと考えています。そして、遺伝プログラムは、DNAにではなく、細胞質、または細胞構造そのものに書き込まれているのだろうと思います。『ヒトとしての基本的内容の全て』に至る鍵の多くは、受精卵の細胞質部分に潜んでいるはずです。私は、これから長い時間をかけて、この問題を整理してみようと思っています。」(175-176ページ)

 ● 『細胞の意志』(2008)からの抜き書き

  副題は、<自発性の源>を見つめる

 帯びには「思い、悩み、決断する細胞たち ! 細胞をベースにして生命の本質を解き明かす、新しい生物学の誕生 !」

  さらに、裏腰巻には「- 自ら状況を判断し的確に行動する細胞たちの姿を生き生きと描き、細胞こそが自発性の根源であることを強く打ち出す」

 第3章 細胞の思い、人間の思い

 「私が本書で伝えたいことは、細胞が私たち人間と同じように、思い、悩み、予測し、相談し、決意し、決行する生き物だということです。」(61ページ)

  「自然現象を考えるときには、みだりに人間との対比や推測を持ち込まず、客観的に物事(現象)をとらえなければいけないという教えは、けっして間違っているわけではありません。(中略)細胞のような複雑なものについて考えるとき、みだりに人間と比較してはならないのはそのとおりなのですが、同じ意味で、みだりに(単純な)分子や原子と比較してもいけないのです。

 複雑な現象は素過程に分解して理解せよ」という教えは正しいのですが、この教えはけっして「細胞を知るためには、分子を知らなければならない」といっているわけではないのです。細胞の構造や機能を知るためには、分子の知識が大きく役立ちますが、それらを部品とする細胞そのものを知るためには、むしろ細胞をそれ以上分解してはならないのです。なぜなら、細胞は〝単位〟なのですから。」(77ページ)

  科学的な方法があてはまらない場合

 「問題は、細胞を観察することが、猫を観察するよりもはるかにむずかしいということです。訓練を受けて観察の技術を身につけても、動きが小さく遅く、身体もろくに見えず、物言わぬ細胞の時々の気持ちや意図は、おおいに〝解釈〟や〝推測〟に頼らざるをえません。ここに〝科学的考え方〟との不協和音が生まれるのです。」(78ページ)

  なぜ生殖細胞は特別扱いされるのか

 「最後に一つ、基本的な問題についての私の意見を聞いてください。それは〝生殖細胞はどうしてほかの器官と同じように本来の位置で作られず、胚の隅から移動してくるのか〟という問題です。

 哺乳類はもとより、カエルや魚のように卵から発生する脊椎動物においても、始原生殖細胞は〝閉じた空間である卵の中で、活発に働いている場所からなるべく遠い場所〟で出現し、そこから胚の〝下腹部〟に作られる生殖巣に移動します。ここには、〝生殖細胞をほかの細胞とは区別したい〟という意図が感じ取れます。(中略) 動物グループごとに〝なるほど、ここにしたか〟といいたくなるような場所が(生殖巣として)選ばれています。

 もちろん、この意図は生殖細胞のものではありません。その場所を選ぶとき、彼らはまだ存在しないのですから。意図の持ち主は、それぞれの動物種システムものものというほかないでしょう。問題の本質は、すべての脊椎動物において、始原生殖細胞が生殖巣の外で作られ、(その)後(に)生殖巣に移動してくるということであり、例外は許されないらしいというところにあります。 

 生殖細胞はなぜほかの細胞とは別扱いされなければならないのか。この疑問に答えてくれる実験事実は(今のところ)存在しません。したがって、推測するほかありません。私の推測は、次のようなものです。

 始原生殖細胞は、(そもそも)胚の細胞ではない。始原生殖細胞は次世代の個体のものであり、それを生み出す胚の一部であってはならない。このことを種システムがよくわかっている、ということの表れではないかと思います。」(112ページ)

  第6章 細胞は生き続けたいと思っている

 「細胞が、広く考えられているような無機的な存在ではなく、私たち人間とたいして変わらない、あの手この手で目的を遂行しようとする、生き生きとした存在であることを感じ取っていただけたと思います。本章ではもう少し突っ込んで、細胞の〝気分〟とその発生源について考えてみましょう。そもそもこの〝目的を遂行しようとする〟というような記述が学会では大問題になるのです。

 「(人間同様、生き物である)生物は合目的な存在である」という記述と、「(物理学同様、サイエンスとしての)生物学(の記述)に合目的性を持ち込んではならない」という言葉が、どちらも同じように深い説明なしに、べつべの著者によって、当然のことのように書かれています。(中略) なぜ、どちらの側も(その理由について)決定的な説明を見つけられないのでしょうか。

私は、その理由が、どちらの陣営も細胞に〝意思〟を認めることができないでいるところにあると思います。細胞の存在や行動にいっさい目的性を持たせてはならないという、第3章で規定した〝科学的考え方〟の人はもとより、生命の合目的性を認める人々でさえもが、細胞が〝思い〟〝悩み〟〝考え〟〝決断する〟とまでは考えられないのです。私たちが受けてきた〝科学的教育〟は、それほどまでに重く、深いために、せっかく細胞に認めた合目的性や自発性も、どこかぜんまい仕掛けの人形のように、私たちの頭の中ではぎこちなくしか動いてくれないのです。私は本章で、細胞にも〝意思〟があるという立場から、その合目的性のあり方を何とか説明してみようと思います。(ここでいう合目的性というのは、あるものの存在なり行為なりが、ある一定の結果を期待したものであるということ)」(146ページ)

  この団氏の問題意識あるいは「細胞の意思」というのは、『進化論も進化する』の次のような記述が参考になるかもしれない。

 今西進化論の「主体性」の意味について。

 柴谷「生物現象は眼に見えない「構造」がもとになって生ずる。ここでいう構造は人文社会科学系でいう構造主義の構造でして、生物学でいう形態学的な構造-顕微鏡でしらべられる構造-とは違います。今西さんのいわれる「原理」と同じことかもしれません。そういう構造が(もともとの生物自身に具わった主体的な存在として)先にあって、そのあらわれとして生物の合目的的な諸側面があらわれてくる。主体性というのは、だからこの「構造」をいいあらわす他の表現なのではありませんか。言語学でいう個々の人の話すことば(パロール)の背後に社会的に( ! )規定されている言語(ラング)という構造があり、後者の概念なしに前者は理解できない。(中略)

  このような「構造」が、生物の形態や機能発現の基盤にあって、遺伝はたんにその「構造」の上にのっかって、それを動かす切り替えスイッチとして働くだけのことで、本源的なものは遺伝子のはたらきとは別にあるのだろうというのが、グドウィンとウェブスターの主張です。(中略) 」

 今西氏の主体性というのも、また団氏の「細胞の意思」というのも、実は

 構造と機能における構造主義で言えば、

 ラングという構造である

ということになる。団氏が対峙する「科学的考え方」というのは、機能主義の現われということになる。

身体の合目的性について

「このように生物は、生きるために必要なさまざまな目的に見合った器官を身体の適所に配置し、それらにある偏った仕事を分担させることで、生きることをより能率よくこなしてきました。生物の身体をこのように記述することに問題はなさそうに思われますが、いかがですか?」(147ページ)

 ここで団氏が「このように記述すること」というのは、別の言葉で言えば、上記したように、

 構造主義で記述することに対応

しており、「科学的考え方」としてもなんら問題はない。

 ここで、あるいは、本書全体で団氏が言おうとしているのは、これまでのような機能主義ではなく、

 構造主義で細胞を語ろう、分析しよう

といっているのだ。極論すれば、構造主義生物学、あるいは構造主義進化論だろう。

 細胞のセキュリティ・システムについての伝統的な「科学的考え方」と「擬人的考え方」について(147ページ)

 これは、受身的な機能主義の考え方と、自らの生命を維持する目的という合目的的で主体的な構造主義の考え方

ということになる(150ページ)。

 「こんな臨機応変な、柔軟な対応が、細胞メカニズムからの積極的な参加なしに、遺伝子の偶然的な変異や、その結果の外部環境への適応という偶然的なことがらの集積としてなしうるとは、私にはとうてい考えられません。細胞がただただそのような能力を付与されてしまった受身な存在とする考え方が、現在は〝科学的〟と思われていますが、私には、このような考え方は、ほとんどサイエンス・ロマンとか、サイエンス・フィクションのように見えてしまいますが、現に、遺伝子変異をもとにした生物進化の仮説では、遺伝子変異から先のメカニズムは、実は何も分かっていないのです。細胞たちの現在の姿を、彼らがさまざまな状況に直面して、自分たちに与えられた能力の範囲で必死に工夫し、自分を改良してきた結果とする〝擬人的考え方〟も、それを裏付けるメカニズムは何もわかっていません。しかし、(擬人的考え方を裏付ける)メカニズムがわからなくても、現象を把握することはできます。まず虚心に現象をとらえること、そして知ることのできた(擬人的考え方を裏付ける)メカニズムを応分に現象に当てはめて理解を重ねること、これが本当に科学的な態度であると私は考えます。みなさんは、いかがでしょうか。」(157ページ)

  遺伝で引き継がれるのは細胞である。

 「私は、〝最終的な姿〟の情報は、(DNAの中だけでなく)細胞(の細胞質)に)内在するのだろうと考えています。」(210ページ)

  「DNAが世代から世代に受け渡される現場は、必ず細胞分裂の現場であり、DNAはそのときの細胞の部品として次の世代の細胞に受け渡されます。(中略) そのとき(DNAばかりに注目していると)DNAと同時に世代から世代に引き渡されるDNAの入れ物、つまり細胞自身も、前の世代のものと同じであり、こちらはコピーどころか、そのものズバリを二つに引き分けたものだということがみえてこなくなります。実は遺伝で引き継がれるのは、DNAではなく、DNAを部品とする立場の〝細胞〟なのです。」(210ページ)

 思うに、『進化論も進化する』で議論された

 種社会にとって必要なプロトアイデンティティ(始原帰属性)の情報もこのようにして種内に受け継がれていくのかもしれない。

 ● 『生物の複雑さを読む 階層性の生物学』(1996年、平凡社)

 個体発生について

 「有性生殖が、ハプロイド細胞からディプロイド細胞を作りだす一段階のの構築過程であったのに対し、個体発生は複数段階の構築過程である。その段階数は、生物によってまちまちでありうる(第7章を参照)。個体発生は、言い換えれば、複数の階層を移行(上昇)する体制構築のメカニズムである。」(135ページ)

 その7章(個体発生がたどる体制の諸階層)の抜き書き。

 図7-11(個体発生と系統発生の体制上の相関)は興味深い。

 生態学者、今西錦司は、個体発生は系統発生をくり返すのではない。その逆で、

 系統発生は個体発生をくり返す

と持論を展開している。これは、団まりなの階層性から言えば、

 系統発生は個体発生の階層をさらに上昇させた体制構築のメカニズム

ということになる。一貫性が出てくる。

 発生学の高橋淑子教授の系統発生と個体発生の環状図(放送大学)とは

 系統発生と個体発生の関係

を示したもので、この団氏の階層性の生物学180ページ

と同じことを示している !

この図とともに、第4章(ハプロイド細胞とディプロイド細胞は異なる階層単位である)の図4-7(2つの階層にまたがる原生生物の分布。110-111ページ)は、非常に興味深い。

 これらの図の間の関係は、主体性の進化論の見地から検討に値する。

  以下に、この団氏『階層性の生物学』の三枚の図をダウンロードできるようにしておく。

 「01_10_1.JPEG」をダウンロード

 「01_10_2.JPEG」をダウンロード

 「01_13_1.JPEG」をダウンロード

 「01_13_2.JPEG」をダウンロード     

 ついでに、高橋淑子教授の「細胞の声を聞く」のなかに出てくる図も、これらの二枚の図との関連で重要なので、ここに再掲しておく。

 Imgp1823_1

 

 

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落下するコイルバネ、先端は待っていた !

(2013.12.11)  Eテレのミニ番組「2355」が面白い。お休み前の5分間番組なのだが、面白くて、ハッと考え込んで寝られなくなることがときどきある。

 先日、12月3日の23時55分からの

 「先端は待っていた」

というのもそれ。ぐるぐる巻いてあるコイルバネを空中にたらし、下端Bを空中に静止させる。次に上端Aを離したら、どうなるかというのを映像で見せていた。

  ● 驚きの映像 「2355」

 図にすると、写真の真ん中の状態である。上端Aを離しても、Aが下端Bと合体するまで、先端Bはほとんど動かずに、先端は待っていた。

 Imgp2271_1 スローモーションで、二回も繰り返して見せていたというこりようだった。

 しかし、驚きの映像だった。

 番組はそれだけなのだが、どうしてそうなるのか。瞬間的にはわからなかった。

 というのは、常識では、図の右にある棒を考えると、もちろん、手からAを離せば、AとBとはともに一緒に、地面にストンと落ちるのに、なぜコイルバネではBの先端はAが到着するまで「待っているのか」という問題だ。

 この〝謎〟を解くには、真ん中のコイルバネと同じ状態を地面に水平にして置くとどうなるかということをまず考えるとわかりやすい。

 この場合は、重力は関係なくなる。だから、コイルバネは左右から真ん中に向って縮み、そこでAとBは合体する。弾性力が内向きに働いているからだ(地面との摩擦はないものとする)。

  すると、テレビでの実験のように、図の真ん中のような垂直にコイルバネをたらしたときはどうなるか。今度は重力が働いている。

 上端Aは、手を離すと、下向きの力をプラスとして、重力+弾性力で下に勢いよく落ちる。左の棒の場合より、弾性力がある分、速く落ちる。

 ● 止まってはいないのだが、待っている

 一方、Bのほうは、重力-弾性力で重力よりゆっくり落ちる。これにより、いかにも、BはAを待っていたように見える。

 合体と同時に、弾性力がなくなるので、重力と同じ速さで、棒の場合同様、地面に落ちることになる。

 だから、Bは最初はほとんど落ちないが、だんだん上向きの弾性力が小さくなるに連れて、落下することになる。したがってAが到着するまで完全に止まっているわけではない。

 バトンリレーでのランナーのバトン渡しのように、次のランナーにあたる

 「先端は待っていた」

のであり、完全に「先端は止まっていた」のではない。そうみえるだけなのだ。バトンを受け取ろうとしている次のランナーは少しずつ前に走り出そうとしているのに似ている。合体するまでの間に、ごくわずかではあるが落下している。

 バトンを渡した瞬間、もらった次のランナーはフルスピードで走り出すように、コイルバネのAとBが合体した瞬間、フルスピード、つまり、重力の加速度で走り出す。

 これがこのミニ番組の種明かしなのだ。

 これに気づいたときには、午前零時をずいぶん回っていた。

 そして、50年近くも前に受けた高校物理の授業を懐かしく思い出した。そして、思った。高校時代、このように物事をもっと徹底して理解しようとしていたら、もっと賢くなったのに、という後悔が脳裏をかすめた。

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忘れまい南海トラフ 防災訓練の日に

Imgp2101 (2013.12.09) 地域の防災訓練に先日、二年ぶりに参加した。今回初めて、消防車についているのと同じ太いホースをもって消火作業をしてみた。

 水がホース先端から勢いよくと飛び出す。炎に見立てた樹木の真ん中に向かって筒先を向けようとすると、なかなか思うようにはいかない。

 水が勢いよく出る反動で体が後ろに引っ張られるようになり、よろめくのだ。だから、体を前かがみにしないとダメだということが分かった。しかし、そうすると樹木の上にはなかなか水は届かない。どうしても反身になる。そうすると後ろに引っ張られる。するとよたよたになる。これには困った。

 ● 助け合いの意識づくり

 それに、水は炎ではなく、その炎の出る火元に向けよ、と注意を受けた。これが簡単そうで、なかなか難しい。

 Imgp2099 消火器の操作もしてみたが、安全ピンを抜くという動作でもたついた。救護テント張りも難しそうであった。混乱の南海トラフ地震で、冷静にテントが張れるかどうか、自信はない。

 ただひとつ、悟ったのは、日ごろほとんど話したこともない人たちと一緒に訓練をしたということが本番ではきっと役に立つだろうということだった。

 防災訓練をなぜするのか。それは隣近所、隣組としてともに災害に対処するのだという助け合い意識を日ごろから醸成する。これが大きな目的なのだと気づかされた半日だった。なにもホースの扱い方だとか、消火器の使い方だとかを学ぶためだけでないのだ。

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驚異のヒマラヤ上空越え アネハヅル

Imgp2202_1_12 (2013.12.10)  先日、BSプレミアムで、アネハヅルが大編隊を組んで、8000メートル級のヒマラヤ上空を越え、モンゴルの繁殖地から越冬地のインドまで渡りをする様子を紹介した

 「アネハヅル、驚異のヒマラヤ越え」

というのを見た( 写真上= NHKBS「ワイルドライフ」12月2日放送 )。

 ● 大編隊を組み、上昇気流に乗る

 飛行ルートは酸素濃度が地表の3分の1しかない高高度。アネハヅルはツルのなかではもっとも小さい。その特性をむしろ生かし、ある朝の夜明けとともに、モンゴルの大草原を一斉に飛び立つ。

 いかにして体力を消耗せず、高度を上げるか。回転しながら垂直に上昇するヒマラヤの気流を利用して舞い上がるのだ。さらに水平飛翔でも、体力の消耗をできるだけ抑えるために、空気抵抗を極小化する大V字編隊を組む。いわば自転車競技の要領である。また前を進むツルの羽ばたきも利用して後続のツルは浮力をえる。風圧という負担を背負わなければならない最先頭は交代制である。生まれてまもないツルの子どもは、この大編隊に守られて飛行する。

 こうして1羽ではとうてい不可能なこの渡りを整然と見事にやってのけていた。

 整然とした編隊を組んでいることから、編隊内に通信手段があるはずだ。ほ乳類に比べて、気嚢(きのう)という効率のいい肺機能システムをいずれの鳥も持っている( 写真中 )。が、アネハヅルは体が小さいという特性を巧みに生かした渡りという行動パターンを自ら選択している。

 ● 自己責任で生理的に行動を選択する

 この映像を感動なしで見ることはできないだろう。圧巻だった。

 そして、つくづく次のようなことを確信した。

 Imgp2224_1 生物はどうやら、周りの環境に照らして行動を変化させることができる選択肢が場合、遺伝的に最も淘汰上都合のいいものを選ぶものらしい。自然淘汰の結果そうなるのではなく、一代一代生物個体が、自らの遺伝的な背景にとって最も都合のいいように生理的に行動パターンを自ら選び取っていく。つまり選択の余地がある場合、遺伝的背景を踏まえながらも生理的に行動を自ら選択する傾向がある。

 もっとはっきり言えば、行動に選択肢がある場合、自分の行動をいちいち環境なんかにおうかがいなど立てない。さっさと自分たちで決め、自己責任で行動している。

 その責任行動の結果には自然淘汰が働く。鳥たちの生理に基づく自発的な選択が、それがない場合に比べ、淘汰上有利になる。そして種内にその遺伝的に有利な形質が広がり、ついには種内全体に行き渡り固定される。そんなふうに考えられないか。

 なお、この確信については、ほぼ同じ考え方が、分子生物学者、柴谷篤弘氏の

 『今西進化論批判試論』(朝日出版社。1984年)

の202-203ページに出ている。アネハヅルはその実例であると思う。

Imgp2205_1 

 ( 写真は、12月2日放送「ワイルドライフ」テレビ画面より。ダブルクリックで拡大できる )

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チェルノブイリ事故より深刻な状況       - あの日から1000日 

(2013.12.09)  今月12月4日で原発震災から1000日。事態は、チェルノブイリ事故よりも深刻な状態にあるといえるだろう。

 チェルノブイリの場合、2、3年で事故原因などが明確になった。高濃度の汚染水問題も、それに伴う海洋汚染もなかった。

 これに対し、福島第一原発事故では、原子炉のメルトダウンから格納容器へのメルトスルー、そしてその格納容器から高濃度に汚染された冷却水が、格納容器を囲った分厚いコンクリート壁のすきまから、地下水と入り混じって海側へ、漏れ出している。

 Imgp2226_1 しかも、海洋の放射能汚染では、コントロール下にあり、ブロックしていれば、その濃度は当然下がるはずなのに、この2年、一向に国の基準値以下に下がる気配がないことも分かってきた。汚染水はコントロールできていないのだ( 写真上= 12月1日放送のNHKスペシャル「汚染水の真相」画面より。図のなかの赤い破線が「国の基準値」を示す。放射性セシウム以外でも、たとえば気象庁気象研究所の観測データによると、放射性ストロンチウムでも、この2年同様の傾向で減衰が見られない。海から汚染源が遮断されていない証拠だ 注記 )。

 このことを受け、漁業では深刻な風評被害が続いている。しかも、それが被災3県だけでなく、茨城県などにも広がっている。

 これが第1の深刻な状況である。

 ● 生活再建もコントロールされていない

 これに加えて、第2の深刻な状況がある。生活再建だ。

 今も仮設住宅で暮らす20万人以上の避難者のうち元の自治体に「戻りたい」というのは、できればというのも入れて45%と、とうとう半数割れとなってしまった(12月4日付朝日新聞特集チラシ= 写真下 )。

 Imgp2223_1_1 当初は8割が戻りたいと望んでいたのに比べると、大きく後退している。加えて半数以上は生計の目処も立っていないとこたえている。

 このままでは、復興はしたが、住民は戻ってこなかった

という事態、つまり復興の失敗になりかねない。被災者の生活再建の目処が今もって立っていないというのでは、復興への道筋が、汚染水問題解決の道筋同様、これまたコントロールされていないことを意味する。

 秘密保護法案をめぐって、与野党が攻防に明け暮れたこの半年だったが、与野党ともに喫緊の、そして切実な課題にもっと本腰を入れるべきだ。

 ● 注記 2013年12月11日記

 放射性セシウムの推移については、むしろ最近半年では上昇傾向にあり、コントロールできていないことが明るみに出ている。

 たとえば、2013年12月5日付中日新聞「総合面」に

 福島第1原発事故 1000日経過

 セシウム値 今も上昇

という記事が出ている。2号機取水口近くのセシウム数値は、この半年の間にはっきりとした上昇傾向を示している。11月の平均では約80ベクレル/リットルと、6月の平均値約30ベクレル/リットルを大幅に上回っている。

 規制委員会汚染対策作業部会の議論でもこの点が問題になっていると記事は伝えている。

 3号機の取水口付近については、この半年、50ベクレル/リツトルでほぼ一定か上昇傾向。

 ( 写真はいずれもダブルクリックすると拡大される )

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人類進化の旅路を歩く 出「エデン」計画

(2013.12.09)  先日のニュースで「人類最古のDNA解読に成功」と英科学誌「ネイチャー」が伝えていた。スペイン北部で発見された40万年も前の人骨らしい。

 ホモサピエンスであるのは間違いないようだが、これはどうもわれわれ現生人類の祖先ではない。たもとを分かったあと、その後の進化の過程で絶滅した種であろう。

 ● 米ジャーナリストの壮大な取材

 それでは、ホモサピエンスとして唯一生き残っている今の(現生)人類は、どんな進化の旅路をたどったのであろうか。

 前回のこの欄では、火星移住計画という破天荒な民間計画を取り上げた。この計画とほぼ同じ時期に、

 人類が東アフリカを出て6万年かけて今日までに地球上を移動した旅路3万キロを歩く

という壮大なプロジェクトがある。

 米ピュリツァー受賞のジャーナリスト、P.サロぺック氏の取材旅行計画で、同氏はエチオピアの人類発祥の地、アファール低地をカメラマンを伴い、またラクダを引き連れてすでにスタートした。これから6年をかけてアジア大陸から北のベーリング海を渡り、南米南端まで歩くという。南端到着は予定で2019年。

 その計画の一部を

 「ナショナルジオグラフィック」誌2013年12月号

が特集している( 写真 )。発掘調査などで現生人類は20万年前には東アフリカにいたことが分かっている。なのに、出アフリカは6万年前。

 なぜこの間、もっと気候のいいはずの北に向わなかったのか。高校の世界史を習って以来、不思議に思っていた。

 この記事によると、当時はまわりを大乾燥地帯に囲まれていて、砂漠をこえることはできなかった。水がなく、砂漠の向こうにはたどり着けなかった。それが気候の大変動で、ようやく乾燥地帯がなくなり、雨季もあるようになる。それに伴い人類のはるかなる旅路が始まった。

 人類の進化の旅路は地球の気候変動とも深く関連し、ダイナミックなものであるようだ。温暖化などなくても、長期的にみると気候は大きく変動することがうかがえる。

 火星移住とは違って、こちらの計画は遅くとも東京オリンピック開催の年までには、ほぼ実現するであろう。

 3万キロの取材で、何か見えてくるのか。

 取材結果の出版計画もあるそうだから、ぜひ、

 ジオ(地球)スペース・ファンタジー

を読んでみたい。

 きっと人類進化史に、個々の発掘だけではわからなかった新たな発見をもたらすであろう。

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驚きの「火星移住」応募、なんと20万人

Imgp2055_2 (2013.12.09)  浜松市出身のジャズボーカリスト、鈴木重子さんが10数年前に主演した映画に、

 「火星のわが家」(大嶋拓監督/脚本、2000)

というのがある。火星の土地を分譲する仕事にかかわっている家庭の話。なのだが、土地分譲ではなく、現実に移住希望者を募集したら、世界140カ国から

 20万人もの応募者

が殺到したというニュースにはびっくりした(写真= 週刊誌「アエラ」12月2日号)。

 移住だから、片道切符であるのに、日本からも400人近くが応募したというから、すごい。オランダの実業家が代表をつとめるNPO法人「マーズワン」が募集したらしい。

 最初の移住船打ち上げは9年後の2022年夏というから、信じられない早さである。半年以上の飛行で、今から10年後に火星に到着という計画だという。

 たとえ飛行技術があったとしても、少なくとも6000億円にものぼる資金の調達については、大半をテレビ放映権料で賄おうという算段らしい。

 空気が極端に薄い火星表面の年間平均気温は氷点下30℃以下。

 それを聞いただけで、雪国育ちのブログ子ではあるが、行きたいとは思わない。

 それに月に基地を建設し、そこから火星に向かうという米NASA計画でも、有人火星飛行の実現は、早くても2030年代。

 いくらこのブログのテーマが常識を疑おうというものであっても、また、この欄が地球外生命を語る日本ローエル協会のブログであって火星移住を応援したい気持ちであっても、約束どおりに実現するとは、常識外れで考えても、とうてい思えない。

 ● 代表の実業家の過去は ?

 マーズワンの真の狙い、実業家である代表の腹づもりは奈辺にあるのか。その仕掛けがわかるのには、もう少し時間がかかるような気がする。

 たとえば、応募料1万円だとしても、20万人で単純計算20億円が一度に手に入る。火星移住にはむかないとして応募者全員を振り落とせば、丸儲けという寸法である。一気に落とすのはマズイというのなら、あれこれ理由をつけて段階的に振るいにかけるようによそおえばいい。

 2nasa だが、これほど国際的な公募となると、こうした単純な詐欺商法とは、考えにくい。では、何か。

 困難な実現までのプロセスを楽しもうという知的な魂胆、あるいはチャレンジ精神旺盛な意気込みなのかもしれない。

 ともかく真意をつかむ鍵は、代表をつとめる実業家の実業家としての過去にあるのではないか。

 それにしても、未知へのあくなき好奇心というべきか、人間という生き物は、まことに不思議、奇想天外な存在であることだけは間違いない。

 ● あのP.ローエルなら応募も

 なに ? ブログ子は応募したかっ て ? そりぁ、火星には行きたいけれど、ゴーグルをかけてのバーチャルな火星探検で我慢しておきたい。だって、火星には酒場がないっていうんだもん。

  でも、100年以上も前に火星人説をとなえた米大富豪で、天文家だったP.ローエルなら、万難を排しても応募しただろう。

    ( 写真下= 米NASA提供 )

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上陸するシャチ 寒流洗う断崖のバルデス半島

Imgp2153_1 (2013.12.07)  以前のこのブログ欄で

 上陸するシャチ バルデス半島

というのを書いた。

 その後、何人かの方から、南米大陸から海洋に突き出たバルデス半島の地形の興味深い特徴について、ご教示をいただいたので、ここに紹介する。

 この半島は陸地の部分が見事に海岸線でストンと垂直に落ちる断崖になっていること、しかも断崖の内陸部は乾燥地帯で生物はすみにくいこと、また海洋では南極からの寒流と寒風が猛烈に吹きつけること-などだ。そのせいで海岸線に多様な生物、たとえば、アシカのほかペンギン、アザラシなどが寄り集まっているというのだ。

 ● 自発的に自然環境を選択するシャチ

 シャチはこのことをよく知っており、寒流をうまく使って上陸狩りをしているのだ。

 親切な読者から、テレビ画面の写真までメールしていただいたのには恐縮した。

 写真( =12月2日放送の同番組画面から )がそれ。BSプレミアムの番組「生命の大地・地球」のなかの

 寒流洗う断崖バルデス半島

という特集である。12月2日早朝に放送されたらしい。

 こう考えてくると、シャチは受身的に狩りをしているのではなく、もともとの暖かい海のほかでも自発的に環境を選び、少しでも生き残りに有利な捕食行動をしているということが、ますますもっともらしくなる。

 しかも、シャチぐらいになると、自発行動をうながす遺伝的な形質(体制の構造とその機能)の継承のほか、その行動テクニックを親から子への教え込みにより、つまり文化的な学習も加わって、その有利な行動が、集団の文化として、より速く次の世代に伝えられていくことが考えられる。

 つまり、いずれバルデス半島のシャチたちのなかから、再び陸で生活できるような遺伝的な形質が、行動の違いによる淘汰を通じて、種内に固定されていくのかもしれない。このメカニズムは獲得形質の親から子への直接に遺伝するのとは異なるものであることに注意すべきであろう。種内で淘汰が働いた結果として、生き残りに有利な遺伝的変異が種の中に広がり、固定されるからである。

 そんなことを考させてくれる材料をいただいた読者には感謝したい。

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人生の唐辛子  映画「大統領の料理人」

Imgp2232_1_1_2 (2013.12.07)  たまには、フランスのエスプリの効いた、そしておいしそうな映画を見ようと、浜松市内のシネマイーラに先日出かけ、

 「大統領の料理人」(C.バンサン監督、2012年)

というのを見た。確かに見た目のおいしそうな料理の連続だった。会場に女性が多かったのもうなづける。

 パンフレットには、

 ミッテラン大統領の心をとりこにした一人の女性シェフ、その真実の物語

とある。映画の見せ場で、シーズン初物のきのこ、トリュフを厚切りにした

 ぺリゴール産トリュフのタルティーヌ

というのが登場する。見せ場というのは、女性シェフがエリゼ宮の軋轢で悩んでいる夜のキッチンに、一人で大統領がゆっくりとやってくるシーン。そして、素材の味をたくみに引き出したおふくろの味を楽しむ。

 ● フランスのエスプリがたっぷり

 フランスパンにこったバターをたっぷり塗り、厚切りしたトリュフを乗せ、いかにもおいしそうに、ワインを飲みながら口に運ぶ。

 そして、大統領は女性シェフに言う。

 「いじめられているようだね。私も、今そうだ」

と語りかける。さらに

 「でも、逆境、それは人生の唐辛子」

と独り言のように語り掛ける。いかにも人生は、料理同様、この唐辛子というスパイスがあってこそ豊になる、生きがいもそこに出てくるとでも言いたいかのようであった。

 困難を乗り切る。それが人生。

 少なくとも、ブログ子はそう受け止めた。

 この映画はフランス料理についてあれこれ語っているようにみえる。しかし、実は、もう一つ、

 豊かな人生とは、何かについて語っている。フランスのエスプリだろう。

 そのことは、主人公の女性シェフがエリゼ宮を辞職してから、料理人として再出発するにあたって、なぜわざわざ食料事情の窮屈な南極の料理人として、自ら望んで南極まで出かけたのかということからももわかる。エリゼ宮とはまるで対極の環境である。

 自分を、そして、田舎料理、おふくろの味こそフランス料理の神髄だという信念を鍛えるためだったのだろう。自分のつくる料理は、極限の隊員たちにも十分喜んでもらえることを確かめたかった。

 この意味で、この映画は、食を通じた人生論なのだ。

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銭湯は地域との接点を忘れていないか

Imgp2244 (2013.12.07)  ブログ子は、かつて金沢市に暮らしていたが、1990年代に、いわゆる街の銭湯の入浴料金の上限値を決める石川県公衆浴場入浴料金審議会委員をしばらくつとめていた( 注記 )。

 上限値を高くして、たとえば、1000円ぐらいにして、もっと自由に、そしてもっと競争意欲が働くようにしたらどうか、と何度も働きかけたりした。その気になればすぐにでもできる提案だったが、行政の壁に阻まれてなかなかうまくいかなかった。そんなこともあって、ブログ子は銭湯好きなほうであると自負している。

 ● 戦後まもなくできた物価統制令が今も

 戦後まもなくできた物価統制令(物統令)で、元来自由であるはずの経済活動を、行政が公衆衛生という名の下に保護するとともに、縛りつける業種は、今では唯一、銭湯だけである。このことを知っている人は少ないだろう。

 1970年代、京都で学生時代を過ごしたので、叡電に乗って東雲湯(しののめゆ、左京区田中里ノ前町)に通いつづけた思い出がある。感想を一言で言えば、関西の銭湯は、どこも客を呼び込むサービス精神の旺盛な自由空間、裸天国のようだった。

 そんな南こうせつ「神田川」世代なのだが、銭湯の高い天井を見上げながら、ゆっくり湯舟につかると、自宅の風呂では味わえないさわやかな気分になる。

 ● 浜松市で「銭湯トーク」

 先日、浜松市中心部で街づくりの一環として

 「銭湯トーク」(たけし文化センターINFOROUNGE)

というワークショップが開かれるというので、出かけてみた。行きつけの銭湯の番台のチラシでこの会合のことを知ったからだ。

 現在、静岡県内には銭湯が11軒か12軒あるが、うち浜松市にはもう2軒しかない( 注記 )。

 そして出かけてみて、びっくりした。若い女性を中心に30人以上も集っていた。お年寄りなんか、ブログ子ぐらいなのだ( 写真上= 中央の丸テーブルのメガネをかけているのが講師の湊さん )。

 浜松に、こんなに若い銭湯好きがいるとは知らなかった。

 銭湯= 高齢者専用

という先入観が吹き飛んだ。暮らしのための銭湯とは別に、文化的な、あるいは街づくりとしての銭湯に魅力を見出そうとしている証拠だろう。

 講師は、これまた若い湊(みなと)三次郎さんという京都外国語大の学生で、外大の京都銭湯部というサークルの会長(浜松市出身)。自ら訪ね歩いた静岡県内にある銭湯を中心に全国のユニークな銭湯をスライドで具体的に紹介してくれた。街づくりの関係では、建築士で暮らしの編集人の梶田裕美子さんという若いコーディネーターも参加していた。

 Imgp2235 もう一つ、驚いたのは、テーマが銭湯で、若者たちがその応援団になろうという集いなのに、そして銭湯経営者は常日ごろ、若者の銭湯離れを嘆いているのに、会場には肝心の関係者が一人もいなかったこと。番台にはチラシくらいはおかしてやるが、それ以上の面倒はご免だといわんばかりなのだ( 写真中)。

 このときとばかり、初回入浴無料券を配り、一度お試しあれと、呼び込む営業努力がほしいところだった。無料にしたとて、何の余計な経費など一切かからない。これが装置産業としての風呂屋のいいところ。

 これでは、

 銭湯は、地域との接点を忘れていないか

と、銭湯好きのブログ子ならずとも、いいたくなる。

 静岡県の銭湯は、1950年代には公衆浴場組合加盟が350軒以上あった。1960年代でも200軒以上。それが、オイルショック後の1980年代には100軒を大きく下回った。それがいまや12軒ほどになってしまった。

 もはや、人情と忍耐で踏ん張るのも限界

だといわれている。行政の保護があだとなり、戦後一貫して営業努力という競争をしてこなかった。さりとて、地域に接点もないというのが浜松の現状だろう。これは痛い。

 ● 同じ状況でも、がんばっている上映館

 同じ装置産業である映画分野では、大手、つまりシネマコンプレックス(シネコン)に押されている点は同じでも、地域との接点づくりに汗をかくなど独立系映画館ががんばっている。

 たとえば、浜松市内には、独立系上映館は1軒しかない。市内中心部有楽街の

 シネマイーラ

だが、今月で衣替えして丸5年がたち、会員サービスとして、

 5周年パーティ

を開催するまでになった。12月14日開催なのだが、館主(社長)は、動く広告塔のようにあちこちのイベントにかかわり、知名度を高める努力をしている。最近では、

 浜松の顔の一つ

にまでなりつつある。わずか5年で、いわば

 顔の見える映画館

になりつつあるのだ。このことがファンを増やす、会員を増やす原動力になっているのは、うれしい。

 ● 番台の経営者から、番台から外に出かける銭湯へ

 銭湯も、同じ装置産業として、また、同じ状況におかれている業種として、映画業にみならうべきところがあるのではないか。あれこれ不平や不満はあろうが、行政のバックアップのない映画業にできているのに、バックアップのある銭湯にできないはずはない。

 映画業同様、銭湯には、いわゆる

 日銭商売

の強みがある。今からでも決して遅くはない。もっとこのメリットを生かしてほしい。

 番台に座るだけの銭湯から、経営者が外に出かける銭湯

になってほしいと思う。

 以上まとめると、要するに、最初に述べた関西の銭湯をもっとみならってほしいということ。

 長年続けてきた「同一県内、同一入浴料」に寄りかからず、もはや手遅れといわずに、個性のある、競争をいとわない銭湯を目指してほしい。戦後一貫して、銭湯には競争がなかった。これが今日の窮状を招いた元凶であることを忘れてはなるまい。

 Imgp2247_2 もっとはっきり言えば、

 利用者の目線で商売をしているか

ということだろう( 写真下 )。そういう策はいろいろとある。下の「注記2」を見てほしい。

 こうした自助努力なしには、再生はもちろん、浜松の場合、衰退を食い止めることももはや困難、あるいは無理ではないか。

 銭湯を愛するがゆえの苦言である。

 あえて正直にこのことを書いておきたい。

 さて、気分一新、このあと銭湯にでも出かけるとするか-。

( 写真下=  銭湯を特集した学生向けフリーペーパー「FASTNER .」2013年秋号。このなかに、講師をつとめた湊さんの「激渋銭湯を訪ねて」も掲載されている。写真はいずれもダブルクリックすると拡大 )

 ● 注記

 この上限値は今では名ばかりで、銭湯側は事実上、この上限値をそのまま実際の入浴料としている。こうして「同一県内、同一入浴料」という〝制度〟が定着している。言葉は悪いが、これを要するに、普通なら独禁法違反なのに、行政を旗振り役にして、あるいは行政のお墨付きを得て、価格カルテルをしているとも言える。その場合の行政にとって、入浴料金審議会というのは、カルテルの片棒を担がせる〝隠れ蓑〟なのだ。

  ● 注記2 利用者目線の事例

 浜松市を含めた静岡県西部全体でも3軒。これに対し、湊さんによると、京都市には現在銭湯が約140軒(京都府全体では約160件)。こうなると、静岡県、とりわけ浜松を含めた県西部はいまや銭湯の〝過疎地〟といっていいかもしれない。

 これに対し、銭湯活動家の湊さんによると、全国的に注目を集めているのは、清心温泉(岡山市)という名の銭湯。サッカー場が近いという特性を生かして、開催日には必ず営業するというシステム。この日に行けば、いろいろな人と会えるという利用者目線の商売が売りで、好評とか。銭湯をホットなサッカー若者談義の場にするユニークな試みであり、とりわけ地域特性を生かしているのがいい。

 さらには地域のニュースをブログに取り上げ、地域との接点を大事にしている様子がうかがえる。また利用者の入りにくさを和らげるためもあり、のれんをくぐる手前の入り口に椅子を並べテラス風にしつらえ焼き鳥も販売もする。誘客も兼ねているというのがミソらしい。

 ● 補遺 銭湯奥の細道

 全国の銭湯の現状や情報については、

 東京のある銭湯研究家が運営する

 銭湯 奥の細道=

  http://1010meguri.blog.fc2.com/

が参考になる。これによると、島根県では最後の1軒も最近廃業したらしく、県内ではもう1軒もないという。

 最後に、

 「銭湯検定」

というのもある。利用者ももっと銭湯の良さ、面白さを知ってほしいというわけだろう。

     ( 下は、今、大人気のゴールデンボンバー)

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古典力学の非常識、量子力学の常識

(2013.12.02)  このブログは、

 世の常識を一度は疑う

というのがテーマ。こんなことに関心がいくのは、ブログ子が理系出身だからだろう。

 ● 光子の裁判、64年ぶりの〝控訴審〟

 Imgp2051 先日、「日経サイエンス」の最新号(2014年1月号)を見ていたら、ノーベル物理学賞の朝永振一郎さんがかつて書いた、かの有名な

 光子の裁判

を特集で取り上げ、一審では無罪だった光子の〝控訴審〟を64年ぶりに開いていた( 写真 )。

 一審の無罪の決め手になった被告光子の供述、つまり、目撃されていなかったときには異なる2地点に同時にいたという、古典力学では信じられない驚くべき証言が、本当に弁護士(量子力学支持派)の言うとおりの理屈でいいかどうか、あらためて論争し直している。

 一審は、古典力学の常識を疑う裁判で、自分にはそれが当てはまらないとして光子は無罪を勝ち取った。つまり、量子力学が勝利した。言い換えれは、量子力学役の弁護士が古典力学役の検察官に勝った。

 これに対し、検察官が巻き返し、量子力学のこれまでの常識に疑いが出てきて控訴審が開かれるという構図である。今度は、量子力学役の弁護士が窮地に追い込まれるという展開になっていた。

 結論として有罪の可能性、つまり量子力学的にも、古典力学同様、目撃されていないときに限って異なる2地点に同時にいるなんてことはできない、それは量子力学的な屁理屈であるということを、最先端の量子力学という裁判官(この特集の筆者)が言い渡そうとしていた。

 ● 揺らぐ量子力学の奇妙な常識 

 物理学にあまり詳しくない読者は、これだけでは何のことやらわからないかもしれない。

 少しくだけた言い方で説明すると、こうなる。

 Imgp2063 簡単に言えば、犯人が、ある時刻にP地点にいることが目撃されていれば、同時刻には犯行の行なわれた異なるQ地点にはいない。すなわちアリバイ(不在証明)が成り立ち、犯人ではない。

 この理屈は量子力学の成果でも成り立つ。ともに因果律を仮定するからだ。

 古典物理学では、犯人がP地点からQ地点に移動するとき、その途中の異なる2地点、A、Bは同時刻には通過できないと、暗黙に仮定する。つまり、犯人の足取り、経路というごく自然な概念を仮定する。この仮定から、たとえ、目撃されていなくても、犯人は当然不可分であり、一本の経路をたどるからだ。途中枝分かれすることは決してないというわけだ。

 これに対し、量子力学では、そんな暗黙の仮定や自然な概念は、古典力学の常識にとらわれている結果であり、厳格な数学論理では受け入れられない。目撃されていない以上、「経路(パス)」という概念は、いかに常識的には受け入れやすいからといって、厳密な数学論理上にまで反映させる必要はない。

 量子力学では、目撃されていなければ、異なる2地点に同時にいてもOK

という理屈である。アリバイが成り立つのは、目撃されたときだけであり、されてもいないのに、A、Bに同時に犯人は通過できないと勝手に思い込むのは古典力学の〝越権行為〟というわけだ。

 この〝奇妙な〟論理を一言で言えば、

 目撃された場合には、その地点に犯人が存在したことは確かだが、目撃されてもいない場合には、P、Qの間の、異なる2地点に同時に存在しようと犯人の勝手。同時にいるはずがないと思い込むのは、犯人の足取りには一本のロープのような経路があるはずたという先入観があるからだ

 ということになる。

 古典力学も量子力学も、犯人のアリバイについては同様に認めるが、それは目撃された場合に限るのであって、量子力学では、目撃されてもいない場合にも、それが当てはまると考える必要はない。論理的には、同時に異なる2地点に犯人がいてもいい。

 しつこいぐらいに、説明を繰り返したが、この論法で、一審は光子は無罪だった。

 ● アインシュタインも不自然さ嘆く

  量子力学はこの考え方で、いわゆる波動関数というものを定義し、数学的に基礎方程式に組み込んでいる。

 しかし、この論理は、数学的にはその通りなのだが、常識的にはいかにも不自然。 やっぱり、目撃されていない場合にも、目撃された場合同様、犯人の経路はわかるはず、決っているはずだという意見は根強い。

 つまり、量子力学の常識は不自然

というので、控訴審が開催されたというわけだ。なにしろ、このような不自然な解釈を、かのアインシュタイン博士ですら、そんなバカなと生涯信じようとはしなかったのだから、無理もない。神は、目撃されているかどうかで、自然の法則を区別したりはしないというわけだ。見られていようが、いまいが、月の過去は決っている。

 その結果、最近の量子力学では、目撃されていない場合でも、原理的にA、Bのどちらを通ってきたかがわかるという考え方

 弱値

がとなえられているという。

 Q点までどのような経路をたどってきたか、Aなのか、Bなのか、その確率がわかる。もっとはっきり言えば、目撃されない場合でも、その過去の経路がわかるというのだ。

 ● 一度は常識を疑う精神

 詳しくは同サイエンス誌を参照してほしいが、もしこれが本当なら、

 量子力学のちょっとした革命

である。

 これまでの量子力学では、目撃されていない場合には、捕まえた犯人の過去は問わないし、問うことは無意味とされてきた。ところが、最近ではこの常識が崩れて、過去が問えるし、弱値という考え方で計算すると、犯人のたどった過去の経路が実証できるという。

 ブログ子が、波動関数を使った量子力学の基礎を習ったのは今から、40年くらい前。量子力学の有用性はすでに確立しているのに、こんな基礎的なこと、常識が今、揺らいでいるというのは驚異である。

 一度は常識を疑え

ということを、このサイエンス誌はブログ子に教えてくれたように思う。

 ( 写真下は、朝永振一郎著作集第8巻「量子力学的世界像」のなかの「光子の裁判 ある日の夢」。写真カットには、波動関数φの両脇に波動性を示す「波子」と、粒子性の「粒雄」という直筆の文字が書き込まれている。波動関数はこの二つを、数学的に矛盾なく抱え込んでいるという意味であろう。これでもわかるが、博士はとても茶目っ気な人柄だった。この30年、ブログ子は、示唆に富むこの著作集(みすず書房)全巻を愛読してきた。)

 ● 補遺 2013年12月18日記

 なお、この光子の裁判については、サイエンス社の月刊誌『数理科学』2014年1月号にも

 特集 波と光子

がある。副題は

 「光子の裁判」を通じて見る量子の不思議

というものだが、多彩な専門家がそれぞれの専門分野からこの裁判の新しい見方を紹介している。かなり専門的ではあるが、しかし理系の読者には面白いかもしれない。

 ブログ子はこの特集を読んで初めて知ったのだが、この裁判、演劇にもなっている。

 こうした特集を読んだら、朝永振一郎さんは、果たして、どんな感想を語ってくれるだろうか。

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うな丼の未来とは 「運鈍根」の塚本勝巳氏

(2013.12.01) ときどきこの欄でも取り上げているが、週刊誌「アエラ」11月18日号「現代の肖像」コーナーに

 Image1933 全身研究者、塚本勝巳

というのが、載っている( =写真 )。

 世界的な海洋生物学者というよりも、日本では名だたるウナギ研究者といったほうが、わかりやすいかもしれない。長年謎だったニホンウナギの産卵場所をついに突き止めたことで話題になった研究者である。

 ブログ子も、昨年の今時分の

 「浜名湖をめぐる研究者の会」(東大農学部の弁天島水産実験所主催)

でお会いしたことがある。その人が、この記事によると、うな丼の将来のためには、

 獲るな食べるな天然ウナギ

ということを公開シンポジウム( 補遺 )で訴えている。

Image1952  実は、最近の静岡県や浜名湖協議会では、もう一つ、産卵を控えた天然親ウナギを買い上げる

 獲って再び放流せよ

という運動を展開している( 写真= 11月2日付中日新聞1面 )。南海まで産卵に出かけて、その何倍もの稚魚が再び戻って来てほしいというわけだ。

 一種の放牧、畜牧。

 気長に資源の回復を待つ。

 うな丼の将来は、この単純明解さの先にあるのだろう。

 塚本さんも、いい研究というのは

 「運と根気。何回失敗してもへこたれない、ニブさ」

だと語っている。これは、謙遜でもウソでもない。「運鈍根」のこれで、だれもなしえなかったニホンウナギの産卵場所を突き止めたのだから。

 一言で言えば、やや能天気な鈍感力がいいらしい。

 親ウナギの放流も、10年気長な鈍感力で成果を見極めたい。

● 補遺

 この「うな丼の未来」についの詳しいことは、東アジア鰻資源協議会日本支部編による

 『うな丼の未来』(青土社、2013)

がある。東大農学部大学院のシンポジウム(2013年7月)をまとめたもの。塚本氏の基調講演内容のほか、ウナギの持続的な利用には何が今求められているのかを考えている。

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続「女は美貌、男は健康」 浜松・忘年会

Imgp2071_1_2 (2013.12.01)  一年前のいまごろ、浜松中心街で開かれたある忘年会についてこのブログ欄で取り上げた。

 モール街のある赤提灯に集う常連さんたちのささやかな忘年会なのだが、参加していた美貌の女性に、美貌の女は得か損か、とブログ子がふいに問いかけたところ、たちどころに

 得。女は美貌、男は健康

と即答したジャズ・ボーカリスト、マリー・ルーさんの話を、このブログ欄で紹介した( http://lowell.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-383f.html )。

 「愛の法則」というCDを出したばかりのときだったので、そんな会話になった。が、つい最近、また、

 演歌ジャズというのだろうか、マリールーさん、

 「おんな道/街の灯り」(浜圭介作曲)

というCDを出している。

 今、その曲を自宅で聞きながら、このブログを書いているのだが、先日、その常連さんたちが開く件の赤提灯の忘年会に、今年も参加した( = 写真 )。

 今年は、ある通信社の支局長と話が弾んだ。

 ひと回り歳は若いのだが、それでも、500人以上が亡くなった30年近く前の日航ジャンボ機墜落事件など取材話は懐かしかった。当時、ブログ子は、駆け出し記者だった。

 文系、理系の違いはあるものの、同じような仕事で同時代を駆け抜けて来たという仲間意識がよみがえってきた。

 マリールーさんの時もそうだが、今回も、赤提灯というのは、昼の仕事とか、あるいは昼の交友とかでは、なかなかない、

 意外な、そして異色の出会い

があることを、今年も知った。

 2年前の夏に亡くなったこの赤提灯常連さんの黙祷から忘年会を始めるというのも珍しい。

 先日書いた芭蕉ではないが、人生は出会いと別れだと実感した。

  ●補遺 D0168567_1831493

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