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この宇宙を創るのに神は必要だったか

(2013.11.19)  今年1月1日付のこのブログで、集英社の読書情報誌「青春と読書」に、高名な宇宙物理学者、池内了さんが

 宇宙論と神

という連載を開始したことを書いたが、この12月号で、いよいよ佳境に入ってきている。神の美的な姿、つまり、定常宇宙とビッグバン宇宙についてユニークな見方を展開している。

 空間的にも、時間的にも、変化しない完全宇宙原理に基づく定常宇宙論というのは、

 「神は年をとることなく永遠に同じ顔をしているという意味ですっきりしており、美的ですらあるとしてかなりの支持者を得たのは事実である」

と書いている。だが、この定常宇宙論には観測事実と決定的に矛盾しており、対して宇宙には始まりがあるとする膨張宇宙論にはさまざまな観測的な矛盾を解消する利点があり、こちらが結局勝利していく。このことを、これまた池内さんは

 「ビッグバン宇宙を選んだのは、神も人間的になった証なのだろうか」

と綴っている。それとも、君子は豹変するということなのだろうかとも書いている。

 Imgp1893_1_1 尊大な神ではなく、

 「時間とともに表情を変える神でありたかったと言えそうだ」

としている。いままでの物理学解説書にはないユニークな連載であり、これからが楽しみである。まじめな池内さんに、こんな柔軟で愉快な特技と一面があったとは知らなかった。

 ● ホーキング博士の結論

 ところで、池内さんと同世代で、たしかもう70歳をこえたはずの、かの有名な車椅子の天才宇宙理論物理学者、S.ホーキング博士が出演する

 この宇宙を創るのに神は必要だったか

というセンセーショナルな番組(BSプレミアム「コズミックフロント」 ホーキング博士の宇宙レシピ」= 写真上)を先日見た。博士の9年ぶりの新著作

 『THE GRAND DESIGN』(2010年)

の映像版である(日本語訳版は『ホーキング、宇宙と人間を語る』(エクスナレッジ、2011年。訳者は佐藤勝彦= 写真下))。

 結論を先に言えば、神はいるかもしれないが、この宇宙を創るには神は必要はなかったというものだった。これが博士がたどり着いた結論であり、物理学で十分説明できるという。神の出番はないというのだ。

 これを要するに、池内流に言えば、

 たかがこの宇宙を創る程度に、わざわざ神がご出座するには及ばない。神はもっと偉大な状況においてのみ必要になる

ということだろうか。神はそんな些細なことにかかずらうほど、暇でもないのだろう。

 宇宙が始まってから10のマイナス44乗というとてつもない短い時間の間では、

 宇宙は、時間も空間も、そして真空のエネルギーすらもない「無」から、神の手を煩わすことなく、生まれる

という。無から有が生まれるというのはなかなか理解できないが、重力を考慮した確率論的な量子宇宙論ではそうなるらしい。

 宇宙の始まりでは、ブラックホールの中心がそうであるように、時間が止まる。したがって、

 Imgp1890_2 神があれこれ考え宇宙を設計している時間そのものが存在しなかった

と、番組ではユーモアたっぷりに締めくくっていた。

 この結論は、ユーモアを交えていはいるが、博士の研究人生のひとつの到達点であろう。

 ただ、注目したいのは、量子論と重力理論とを統一的に論じることのできる現在唯一のM理論(超弦理論)を高く評価している点だ。

 博士は、このM理論から出てくる予測が、将来観測的に確かめられれば、人類3000年の宇宙論研究の到達点であり、「偉大な設計図(GRAND DESIGN)」を手に入れたことになると、この本を結んでいる。

 果たしてそんな時代がくるのかどうか。それはわからない。

 が、こんなに小さい太陽の、そのまたこんなに小さい地球の中の人類が、宇宙の設計図の解明に〝王手〟をかけるところまできたということ自体は、喜ばしい。

 ● 神はそれほど愚かにあらず

 しかし、ブログ子は思うのだが、多分、これは博士の思い過ごしであろう。人類はいつの時代にも、その都度、

 これこそ宇宙の真理であり、神の御心である

というものを見出してきたからだ。しかし、いつも神はするりとお逃げになってきた。

 人類に尻尾をつかまれるほど、神は愚かではないように思う。

 ホーキング博士の結論を聞いた神はきっと、新酒のワインのグラスの中の無数の泡のひとつに映る「この」宇宙に目をやりなから、静かに微笑でいるであろう。

 さて、それでは池内さんは、このあたりを来年の連載で、どう裁くか、楽しみではある。

  (写真下は、浜松市内の書店で)

  ● 注記 神に居場所はあるか。

 G.ガリレイ、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、この太陽系を創るのに、神は必要ではなかった。すなわち、地球は動く。

 C.ダーウィン、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、人間を創るのに、神は必要ではなかった。すなわち、人間はサルから進化した。

 S.ホーキング、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、この宇宙を創るのには、神は必要ではなかった。すなわち、物理学だけで十分である。

 ブログ子、曰く。神はいないかもしれないが、少なくとも、「この」宇宙とは異次元の「あの」宇宙にはいるかもしれない。すなわち、宇宙は無限にある。

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コメント

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投稿: フルラ アウトレット | 2013年12月10日 (火) 10時52分

投稿: fuck | 2013年12月17日 (火) 22時50分

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