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日本人のアイデンティティ 『神々への道』

Imgp1499_2 (2013.11.05)  科学と社会を考えるこのブログでは、

 日本人のアイデンティティ

というものを論ずる機会はあまり、ない。しかし、浜松市の高台に暮らすようになって、近くに賀茂真淵記念館があるせいか、

 日本人とは何か

ということを考えるようになった。

 ● 古事記と万葉集の心

 賀茂真淵が指導した江戸中期の国学者に本居宣長がいる。『古事記伝』で知られる人だが、もともとの日本人が古来持っている大和心について、

 しき嶋のやまとごころを人とはば

   朝日ににほふ山ざくら花

と歌って、そんな山桜の光景を美しいと感じる心、それが大和心と単刀直入に語っている。日本人なら、だれしもこの言い方にうなづくだろう。

 では、外国人、とくに文明開化の明治期に来日した外国人は、日本人とは何かについて、どう思っていたのだろう。

 外からみた大和心とは何か。

 言い換えれば、欧米近代文明からみると、日本独自の文化について、どんな印象ないし、考察をしていたのだろう。

 ● 神道は日本古来の独自文化

 そのことを知る手がかりとなるのが、つい最近刊行された翻訳書

 『神々への道』(P.ローエル著、平岡厚/上村和也訳、国書刊行会、2013年10月)

である。サブタイトルは

 米国人天文学者の見た神秘の国・日本

である。

 内容を一言で言えば、明治中期のアメリカ人による

 神道の実際見聞とその科学的考察

ということになろうか。

 具体的には、神道の憑依(ひょうい)、つまり神憑り、いわゆる神の乗り移りを、日本人や日本文化に関連付けて、一定の法則性を見出そうと試みている。いかにも近代合理主義者らしい着眼点であり、態度である。

 その結果、神道の憑依は、中国やインドからの輸入文化の仏教の瞑想とは異なるものであると説いている。

 江戸時代の国学者たちは、日本人のアイデンティティである大和心として、

 万葉集や古事記

に求めた。これに対し、明治期に来日した著者のP.ローエルは、それを合理的な分析を通して、

 神道

に見出したといえよう。このことが、つまり、神秘の国・日本という考え方、イメージが、その後の外国人による日本人論に、良いにつけ、悪いにつけ、大きな影響を与えた。

 戦前、神道は国家の祭祀を司る国家神道と位置づけられていたこともあり、

 神道は日本古来の独自文化

という観点を見落としがちだ。ローエルは、この点を日本人に気づかせてくれた。

 というのも、この本の原著の出版は、明治憲法発布(明治22年)のわずか5年後(御嶽山での実地見聞は発布の翌年)。国家神道の考え方が定着する前の神道の原風景の観察と考察が行なわれていることは、日本人のそもそものアイデンティティを考える上で貴重である。

 ● 式年遷宮の年に 

 奇しくも、今年は伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮の年に当たる。先月10月に執り行われた遷宮は古事記や万葉集が出来上がる前から行なわれている日本の固有の文化である。

 日本の固有文化と仏教とは切り離して考えることはできる。しかし、神道を切り離して考えることはできそうにもない。

 日本文化の基底に何があるのか、そのことにあらためて気づかせてくれたように思う。

 一読をすすめたい本である。

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コメント

はじめまして(*^-^)

この本、買おうか迷ってググって参りました。

評価を読ませていただいた結果、購入することに

決めました。

これから他の記事もじっくり読ませていただきます(◎´∀`)ノ

投稿: まりん | 2015年7月16日 (木) 21時51分

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