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2013年11月

小泉元首相、曰く「百考不如一行」 

(2013.11.25)  先日、夜のNHKニュース番組を見ていたら、「原発即ゼロ」をぶち上げている小泉純一郎元首相が

 百考不如一行

というのを黒々と墨で大きくしたためていたのを見た( 注記 )。どうやら、読み方は、百聞は一見に如かずにならって

 百考は一行に如かず

と読むらしい。物事の真の理解には、あれこれ理屈をつけて百回考えるよりも、思い切って一度実行してみるのが一番であり、説得力もあるという意味らしい。やれば必ず道は開けるということをこの言葉に元首相は込めた。つまり、即原発ゼロはできる。

 そこまで言わないとしても、ドイツのメルケル政権は原発事故直後に早々と決めたのだから、安倍晋三首相も脱原発に早く第一歩を踏み出せということだろう。

 ところでも、あまり知られていないが、仮に、

 今政府が即原発ゼロ宣言を発表したら、どういうことが起きるのか

ということだ。

 当然だが、各電力会社が資産として持っている原発、計50基すべてを国が買い上げるということを意味する。社会主義体制ではないのだから、そのための法整備をしたとしても、原発を何の補償もなく資産を電力会社から取り上げることはできない。しかも、この先その原発が生むであろう利益についても補償しなければならない。放置もできない。電力会社から政府に損害賠償請求の訴訟が起きるからだ。

 その補償たるや莫大なものになる。

 しかも、買い取った原発については、政府は即原発ゼロを宣言した以上、自ら稼働させるわけにはいかない。原発は資産ではなく、不良債権なのである。

 ブログ子は、即原発ゼロに賛成だが、事をスムーズに運ぶには、廃炉作業も含めた脱原発基本法とも言うべき法的な枠組みづくりの検討を急ぐ必要があろう。

 今のような脱原発を前提にした案に対し、再稼働を前提にした案としては、

 自民党内でも、たとえば、山本拓(党資源・エネルギー戦略調査会長)によると、9電力会社から買い取ったすべての原発を

 原発専門会社

が運転するものも出てきている。

  ● 注記 小泉講演 2013年11月27日記

 この揮毫については、正確には、11月12日に行なわれた日本記者クラブでの講演のときだった。墨で黒々と大きくしたためられており、書道の心得があるのか、なかなかの達筆である。

 どんな講演をしたのかについては、この講演直後に発売された「アエラ」11月25日号の

 小泉がのみ込む自民党

という記事に全文が掲載されている。講演後の質疑で、「原発ゼロ」の時期は、という記者からの質問に対し、小泉元首相は「即ゼロがいい」と答えている。

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映画「2001年宇宙の旅」の監督の狙いとは

(2013.11.26)  題名はよく知られているのに、その映画が何をテーマにしているのか、しかもストーリー展開がそれに輪をかけてよくわからない、というものが、質の高いもののなかにも、ときどきある。

 200195f26_58_109434m 先日、民放BSで放送していた

 「2001年宇宙の旅」(S.キューブリック監督とSF作家、A.クラークの合作、1968年)

というのも、その一つだろう(写真)。

 ● 謎のストーリー展開

 宇宙旅行といえば、見ていない人でも、たいていこの映画のタイトルを思い浮かべる。

 ブログ子もこの映画をこれまでに2、3回は見ているが、会話とか説明が極端に少ないこともあって、この映画で監督は何を訴えようとしているのか、ほとんどわからなかった。ラストシーンになぜ、あのような赤ん坊(写真)が登場するのかも謎だった。

 加えて、ストーリー展開でも、なぜ突然そんな場面が登場するのか、起承転結の理解に苦しんだことを覚えている。しかし、何かを訴えようとしているのはわかる。質の高い作品である証拠だが、それが明確にはわからないもどかしさが、この数十年続いてきた。

 だから、かつての星新一さんなど、相当のSFファンや作家でも公開当時退屈だという感想を漏らす映画ファンが多かったのも、無理はない。

 だが、今回、この映画を見て、はたと気づいた。これこそが、S.キューブリック監督の狙いだったのだと。

 つまり、見る人に、何を訴えようとしているのか、理解に苦しみながら、よく思索してほしいという監督の狙いがこの映画にはある。だから、余計な会話や説明をぎりぎりまでカットした。見る人に邪魔になるからだ。ストーリー展開も、一直線ではなく、二通りぐらいに解釈できるように構成していることに気づいた。

 アメリカ人のキューブリック流と、イギリス人のクラーク流である。具体的に話すと、こうなる。

 宇宙時代を迎えた1960年代を背景に、そしてまた、60年代というコンピューター時代の幕開けを背景に、この二つを視野に入れると、

 遠い未来には人類はどう進化するか

というのがテーマ。

 ダーウィン進化論を挙げるまでもなく、人類の進化史というのは、これまでは地球上の自然環境のなかで当然のように考えられてきた。これを宇宙船内だけでなく、宇宙そのものという自然環境にまで広げたらどうなるか、というのが、アメリカ人のキューブリック流のストーリー。

 ここでは、宇宙という広大な空間、たとえば太陽系外生命の存在まで視野に入れたストーリー展開になる。映画では、たとえば、太陽系外の高度文明が創ったのではないかと想像させる

「モノリス」

という謎の、しかしシンボル的な人工物が登場する。これが、次々と、サル時代から400万年の歴史を持つ人類を地球から、月、そして木星へと、人類を導くという設定。

 ● 機械も取り込むダーウィン進化論

 もうひとつは、宇宙船には高度な人工知能を持つHALコンピューターというシステム環境があり、この宇宙船+高度人工知能という人工船内環境のなかで、人間はどう進化するのかというイギリス人、クラーク流の、比較的に理解しやすい、いわばオーソドックスなストーリー。

 この場合は、人工知能の反乱に遭遇するが、その反乱を危ういところでくい止める。それでも、殺されずに一人宇宙船に残ったボーマン船長は、木星にたどり着くという設定になっている。

 クラーク流の展開は、宇宙空間でも、イギリス人らしく、また、科学の進歩を信じる作家らしく、進化はあくまで地球上のダーウィン進化論の延長と考える。人間の未来は、自らの体にコンピューターを取り込んで進化し続ける。

 ここでは、あくまで人類は人類であり続ける。

 ● 宇宙生物進化論のストーリー

 これに対して、クラークとの合作とはいえ、監督として映画制作を担当したキューブリックは、地上のダーウィン進化論の延長ではなく、宇宙全体のすべてを取り込んだH.スペンサー(19世紀後半の大社会学者)の

 宇宙生物進化論

のストーリーを描く。モノリスに導かれるように

 スターチャイルド( 写真 )

という人類とはまったく異なる生物に進化する。異次元の世界で進化したそれが、地球に戻ってくる。これがラストシーンだと思う。

 アメリカでは、ダーウィン進化論は宗教的な理由から一般には受け入れられていない現実もあって、キューブリックとしては、人類の未来について太陽系外生命の〝導き〟による進化の可能性を追究したかったのであろう。

 映画では、こちらの監督流のほうに力点がおかれているように思う。

 この映画が公開されたときには、まだ、人類は月にすら行っていない。なのに、惑星への移住をもイメージさせるなど、こうした壮大な人類の未来を、進化論的な観点から描いて見せたのは、キューブリック監督のすごさだろう。

 ブログ子も、それに敬意を表する意味で、人類の遠い未来は宇宙生物進化論を視野に入れたキューブリック流ストーリーを支持したい。

  この映画のテーマ曲は

 「ツァラストラはかく語りき」

だが、この映画で監督は何を語ったか。

 「人類の未来は、宇宙生物進化論であり、地上だけの狭いダーウィン進化論をこえたもの」

ということだろう。こう考えると、この映画のストーリーは見事であることがわかる。

 ● 微小な共生複合生命体も

 なお、現実の世界的な生物学者、リン・マーギュリスは、人類の未来について、次のように自著で語っている。

 「私は、ホモ・サピエンスは近い将来に、私たちよりも先に出現した微小世界の仲間たちと、融合し合体する方向にむかう必要がでてくるかもしれないと思っている」

 -  『共生生命体の30億年』(23ページ。草思社、2000年。原著1999年)

 微小な共生複合生命体という考え方であり、クラーク流のストーリーも、当然だが大いにあり得ることを付記したい。

 ● 補遺

 蛇足的な補遺だが、以前のこのブログで取り上げた『人体 失敗の進化史』(光文社新書)の著者、遠藤秀紀京大霊長類研究所教授は、

 ホモ・サピエンスとしてたった一種残った(現生)人類は、近い将来、進化の行き詰まりで絶滅する運命にある

と、この著書の最後のほうで結論付けている。絶滅の理由は、脳の急速な進化が人体に大きな負担と矛盾を抱え込んできたことを挙げている。

 この脳の巨大化というデメリットを補ってあまりあるメリットとして、大脳が生む知恵の活用が不可欠なようにも思う。が、人間の愚かさゆえに、それは無理なのだろうか。

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記者に「善魔」の覚悟はあるか

(2013.11.25)  少し古いが、新聞記者を主人公にした映画

 「善魔」(木下恵介監督、1951年)

というのを、BS日テレで見た。木下監督がブログ子の暮らす浜松市の出身でもあり、また記者役の三國連太郎のデビュー作というので、興味を持った。

 感想を一言で言えば、なんだか、『罪と罰』のドストエフスキーの世界を描いたような暗い作品だった。

 内容的には、

 社会の木鐸(ぼくたく)たらんとする新聞記者は、悪魔では話にならないだろうが、それでは

 善の魔、つまり善魔か

というのがテーマ。善魔とは、目指す目的では道徳的に正しいのだが、手段を選ばないという行動の結果、周りに害を及ぼす。これに対し、悪魔は目的自体が道徳的にみて人間性に欠け、行動でも害を及ぼしたり悪事を平気でしたりする。

 映画では、善良な主人公の新米記者、その上司が善魔役という設定。その間の対立と葛藤を、汚職や男女関係をからめて描いていた。

 この映画で、木下監督は設定したテーマに対して、何を訴えようとしたのか、どうも判然としない。

 しかし、新聞社で論説委員をつとめたブログ子に言わせれば、

 目的も手段も善良では、新聞記者は失格

ということにつきる。善良では、とても権力の巨悪に立ち向かうことはできない。

 したがって、

 巨悪をあばかんとする記者は善魔に甘んじる覚悟が要る

ということを主張したい。

 木下監督の作品には、この映画もそうだが、善良そうな主人公が登場することが多い。しかし、それを必ずしも評価しているのではなく、そんなのでいいのかということを、せりふではなく映像で伝えている。だから、台本を読むとつまらない。しかし、映画自体はすばらしいということがちょくちょく起きる。

 ブログ子は、これを反語的な映画と読んでいる。

 たとえば、「笛吹川」(1960年)という映画。善良な農民に温かいまなざしを送ってはいるが、そんなんでいいのか、あまりに愚かではないのか、という監督の声が聞こえてくる。この映画は、60年安保の年に公開されており、国民の覚醒を促した静かなる反戦映画である。

 さて、記者は善魔に甘んじる覚悟が要るという話に戻る。

 覚悟とは、法令違反は論外だが、手段を選ばないということはいいことでは、もちろんない。が、時と場合によっては、記者の役割としては、やむを得ないという意味だ。

 時と場合によっては、というのは、巨悪をあばくことによる国民の利益と、その手段がえげつないことによる周りへの悪影響のデメリットの比較考量によっては、という意味である。

 この意味で、1970年代に起きた沖縄密約をめぐる元毎日新聞政治部記者、西山太吉氏の行動は、最高裁で有罪が確定したものの(1978年)、

 国民の知るべき権利の行使において自覚と覚悟を示した善魔

だったと、その正当性を支持したい( 注記 )。

 「ひそかに情を通じて」(起訴状)密約情報を得たのは、社会的には好ましいことではない。外務省の国家公務員だった相手の女性に多大な迷惑をかけたことは事実。しかし、東京地裁判決のように、違法性があるとまではいえないとすべきであった。

 最高裁は、西山氏の行動を相手の女性の基本的人権を踏みにじった行為と認定したが、これは法律論を盾に取った因縁づけ、あるいは法律論的な言いがかり、はっきり言えば、ある意図をもったこじつけであろう。

 ● 「著しく不当な取材」とは何か

 今月に入って、外交、軍事、テロなどの分野で、安全保障上から

 特定秘密保護法案

の審議が始まった。知る権利との関連が問題になっているが、ここでも、国民の知る権利を確保する、あるいは行使には、新聞記者には、法案が廃案になろうと、成立するとすれば、なおさら、

 善魔の覚悟

が要る。

 というのも、今回の法案では、第21条に、

 国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない

と努力義務が明記されてはいる。しかし、

 その2項には

 取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする

となっているからだ。

 この場合の

 著しく不当な取材

とは何かが、あいまいなのだ。「著しく不当な」というのは、違法ではないが、倫理的に判断して非常識な、という意味だろう。 

 そうだとすると、国家公務員法の守秘義務違反と人権侵害が問われた西山事件の場合、国家公務員員法ではなく、もし仮にこの法律が適用されたとしたら、無理やりのこじつけではない明文規定がこの法案にあることから、より重い罪に問われることになるだろう。

 こうなると、法律の縛りで情報提供自体が受けにくくなる。このこととも重なって、記者は善魔だとはいってみても、ますます巨悪はあばけなくなってしまう恐れがある。比較考量の点から考えても、あまりにも重大なデメリットを招くことになりかねない。

 ● 公開法と保護法のセット

 だから、廃案にするのも手だが、ほかにどんな対案があるか。

 知る権利を担保する現行の情報公開制度は、個人情報保護法と10年前に施行された情報公開法があり、公開と保護のセットから成り立っている。公開法では、公文書が対象であるが、軍事、外交、警察、治安などの分野は、非開示として除外されている。

 これが不備というのなら、公開法の非開示のあり方をまず論議すべきではないか。これには公開法をいくらいじっても、国家機密があばかれるはずはないとの異論がある。原則公開の公開法と、原則秘密の秘密保護法は水と油のかんけいというわけだ。本当か、どうか詰めた議論が必要であろう。

 Bs1wave20130703_03 なぜなら、個々の開示では機密ではないが、それらの開示請求で得られた情報を組み合わせると巨悪が浮かび上がって来ることがあるからだ。当然、一定の限界はあるものの、田中元首相の金脈をあばいた立花隆氏の調査報道法は参考になる。

  また、たとえば、ビッグ・データ時代を反映して、こうした新しい手法を駆使した調査報道に対して3人の記者に米ピュリツァー賞(国内報道部門)が贈られるなど、最近のアメリカ・ジャーナリズム界でも注目されている( 写真。注記2 )。

 ● 巨悪に立ち向かう「罪と罰」

 西山さんは、おそらく日本で初めて国家機密そのものに切り込み、国民の「知る権利」の行使者になった記者だった。

 秘密保護法案のない時代ですら、西山さんが有罪になったことを思うと、法案の行方にかかわらず、国家権力や巨悪に立ち向かう場合の「罪と罰」では、記者には、

 葛藤をかかえる善魔の覚悟

が要る。このことだけは、確かである。

 以上の理由により、ブログ子は特定秘密保護法案に反対する。今後、その国会での行方を注視したい。

  ● 注記

 西山太吉さんの事件では、自身による

 『沖縄密約 「情報犯罪」と日米同盟』(岩波新書、2007年)

がある。これを読むと、国家の隠蔽体質のすごさがまざまざと伝わってくる。特定秘密とはいえ、これ以上の機密保持法は、国民の知る権利にとって、そして国民の安全保障にとって、メリットよりも、より大きなデメリットを生むことになるだろう。

  ● 注記2

  詳しくは、2013年7月3日放送の

 BS1「ワールドWave Tonight」ザ・フォーカスのコーナー=

  アメリカのジャーナリズム最前線=

  http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2013/07/0703.html

を参照してほしい。写真は同コーナー画面から。

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花の咲かない冬の日は ジュビロJ2降格

Imgp2037_1 (2013.11.24)  表題の

 花の咲かない冬の日は

の次は、

 根を下へ下へと伸ばせ

と続く。捲土重来(けんどちょうらい)を期すときのうまいたとえである。

 J2降格が決った直後のジュビロ磐田と、大混戦の首位争いで頭一つ飛び出した首位、横浜FMの先日の試合をBS放送で観戦して、つくづくこのことを痛感した。ジュビロにとってはホームゲームなのだから、ここで勝って、来季につなげてほしいという願いも、0対1でマリノスの勝ちパターンでくだけた。

 ブログ子は浜松に暮らしているから、当然、磐田ファン。その欲目でみても、この試合では、われかれのメンタル面の差だけでは説明できないほど、磐田の非力、地力の差をはっきりと感じた。地力あっての戦術。その巧拙、士気だけではどうにもならない事態に陥っている試合だった。シーズン途中、監督が交代しても状況を好転させることができなかったのは、このことを裏付けている。

 要するに、J1がスタートして20年、はっきり言えば、来るべきものがついに来たということだ。

 ● この10年、歯止めかからぬ凋落傾向

 最初の10年は上り調子だった。

 2002年には、いわゆる完全優勝するなど2001年前後の4、5年は常に優勝かそれにからむジュビロの黄金時代だった。その後一転、この10年のトレンドはJ2への降格という下り坂に向って長期低落傾向が続き、一向に歯止めがかかったようにはみえなかった。

 このトレンドからも、小手先の対策では汚名返上、名誉挽回はとうてい望めない。データはこのことをはっきりと示している。

 サッカーには詳しくないが、若手育成など、それこそ根を下へ、下へと伸ばす思い切った対策を打ち出すしかない。この機会こそ、過去の栄光をかなぐり捨てて、本気で抜本策に取り組む時期だ。

 あせって短期でJ1復帰を狙うのは、ますます深みにはまる。この10年のトレンドで徐々に失っていったものを、わずか1年で一気に取り戻せるほど、J1は甘くはない気がする。進歩どころか、チーム体質も含めて日々進化していかなければならないからだ。

 ● なぜ若手の人材育成が必要か

 先日出場国32チームが決まるなど、来年はワールドカップの年。華々しいばかりがサッカーではない。

 上を見るよりも、足元を見よ。そういいたい。

 心技体というチームの基礎体力づくりという足元から、地道に根を下へ下へと伸ばしてほしい。若手を育て地力のついたジュビロに生まれ変わってほしい。

 なぜ若手の人材育成が大事か。

 若手のやる気を引き出すだけではない。その下からのやる気が、チーム内に、進歩と進化に欠かせない生き残りの競争意識を生み出す。競争意識は選手全体のやる気と自主性を刺激する。それがまた、若手のやる気を一層引き出す。

 こうしたチーム活性化こそが今のジュビロに必要なことではないか。

 若手の登場とチーム内での競争意識、そして自発性。

 ファンはみんなそんな好循環が早くチーム内に醸成されることを、今願っていると思う。

 (写真は、11月23日にヤマハスタジアムで行なわれたジュビロ磐田対横浜FMの試合=BS1テレビ画面より)

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主体性の進化論 細胞こそ生殖の主役

(2013.11.24)  先日11月15日付のこのブログで、

 主体性の進化論の多重フィードバック仮説

について、書いた( http://lowell.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/--1dcf.html )。

 要するに、Imgp2048_1_1 

 ゲノムだけでは、次の世代の体制、つまり、体の内部構造のすべて、つまり細部までは決らない

と書いた。具体的には遺伝子の働き、遺伝子以外の調整配列の働き、そしてDNAをしまい込んでいる生殖細胞内の多重フィードバック機構の働きの3つで決まるとした。

 ところが、これを読んだある生物学者から、同じようなことを、分子生物学者の団まりなさん(元大阪市立大学教授、分子細胞学)もかつて唱えていると知らせてくれた。

 後日、新聞の切抜きコピーまで郵送してくれた( 写真= 2005年3月6日付朝日新聞「読書」欄「著者に会いたい」コーナーの<細胞こそ生と生殖の主役>コピー )。

 この記事を読んで、ブログ子は、非常に興味を持った(写真をダブルクリックすれば拡大される)。

 しかし、写真では読み取りにくいと思うので、以下にポイントを抜き書きする。

 「DNAは自己複製分子だと誤解されていますが、(遺伝)情報が記録されている部品で、(細胞内の)周りに多くのたんぱく質がなければ複製できません」

としたうえで、

 「進化は、DNAが何かのエラーで壊れること、つまり突然変異を待ち受けていたのでは、激変する環境を生き抜けない。もっと楽に生きたいという生物の内なる力が増してきて、何らかのきっかけで違う階層へと変化するのではないか。またその能力を細胞は持っています」

と述べている。

  この「もっと楽に生きたいという生物の内なる力」というのが、ブログ子の仮説でいう個体の主体性であり、「何らかのきっかけで」というのが、(生殖細胞内の)多重フィードバックではないか。

 このコーナーでは、団さんの著書

 『性のお話をしましょう』(哲学書房、2005年)

が紹介されており、このなかで団さんのこの進化の考え方が詳しく書かれているという。

 早速読んで、近々、この欄で紹介してみたい。

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これではシャーロックホームズもお手上げ ?  - ケネディ暗殺事件

(2013.11.22)  「コールド・ケース」というのは、時効のない殺人事件を指すそうだが、先日、ケネディ(JFK)暗殺から50年にちなんでBS「世界のドキュメンタリー」で、

Imgp2010_1  cold case JFK

というのを放送していた(写真左= 同番組テレビ画面より)。

 一連のケネディものの番組のひとつである。

 ● 米公共放送が再検証

 アメリカの公共放送テレビ、WBGHが、最新の科学で再検証するというもので、単独犯行と結論付けた公式報告書「ウォーレン報告書」に、いわば死角はないのか、というドキュメンタリーである。

 たとえば、発射された弾丸の弾道の3Dレーザースキャンによる検証などである。

 結論を先に言ってしまえば、L.H.オズワルドの単独犯行をくつがえすに足る新事実は出てこなかった。むしろ単独犯行を裏付ける結果がほとんどだった。共犯者の存在など陰謀説は無理らしい。

 ただ、問題となった沿道の人々が聞いたという1、2秒間に「3発の発射音」というのも、このうち1発は周囲からの残響音ということらしい。実際の発射は2発。これなら、旧式銃でも可能という。こうなると、発射音問題も単独犯行説と矛盾はしないことになる。

 ● 現場の保存があまりにずさん

 ともかく、番組でも指摘されていたが、大統領の暗殺というビッグニュースで現場が混乱し、現場保存にまで思いが至らず、ずさん、お粗末になった。このことがきちんとした単独犯行説を、疑問の余地なく確立できなかった原因らしい。

 それと、一般人なら当然行なうべき証拠保存のための厳格な司法解剖が、この事件ではなんと行なわれていなかった点だ。

 海軍病院に運ばれたこともあり、そして被害者が最高司令官の大統領ということもあり、軍規に基づく行政解剖に付したらしい。一般人の暗殺なら、こうはならなかったはずだ。現場が混乱していた証拠である。

 というのも、そして、陰謀説が根強いのも、全面核戦争の危機、あるいは先制の核奇襲攻撃が現実味を持って論じられていた時期だったからだ。当時、つまり、暗殺のあった1963年11月というのが、まさに米ソ冷戦の真っ只中だったことも、混乱に拍車をかけたであろう。

 イギリスの名探偵、シャーロック・ホームズはどんな巧妙な難事件でも、綿密な科学捜査で見事に犯人にたどり着く。

 しかし、それも、殺人現場が保存されていればの話。

 番組を見て、これでは名探偵ホームズもお手上げだろうと思った。なのに警察はよくぞ犯人を捕まえたものだと感心した。

 ● 事実は小説よりも単純 ?

 ただ、その犯人を、ジャツクルビーという人物が、裁判など問答無用とばかり、警察署内で射殺するという事件までおきた。これはなんと言っても、警察の失態だ。

 それにしても、この50年、真相に迫ろうとさまざまな試みが行なわれてきたが、陰謀説を裏付ける決定的な、あるいは有力な証拠は出ていない。

 思うのだが、こういう大事件では、意外にも背景は単純なのかもしれない。

 事実は小説よりも単純

といえば、いえる。

 これが、ブログ子がテレビを見た感想である(別の見方については「補遺2」も参照してほしい)。

 ● 補遺

 日本でも、以下のような記事が最近出ている(月刊「文藝春秋」2013年12月号)。

 Image1941_2 ケネディ暗殺50年目の「真実」

 これは、記事にも断りがあるとおり、

 元ニューヨーク・タイムズ記者の

 『ケネディ暗殺/ウォーレン委員会/50年目の証言』(文藝春秋社)

からの抜粋。

 抜粋のタイトルには「真実」となっているが、もともとの本のタイトルでは「証言」となっているのがミソだろう。証言したこと自体は事実であっても、証言に真実が含まれているかどうかはまた別の話という点に注意。

 せいぜいが、この文春の抜粋記事は、悪いが、羊頭狗肉の「もうひとつの(untold)ケネディ暗殺史」といったところだろう。

  ● 補遺2 捜査資料の機密解除は2017年

 2013年11月22日付の中日新聞総合面「核心」によると、すでに公開されているもの以外のすべての未公開捜査資料は一千点を超えるという。ページ数にして5万ページにものぼる。

 暗殺から30年が過ぎようとしていた1992年の法律で、これらは2017年10月からはすべて公開される。ただし、解禁時の大統領の判断で、公表しない余地もこの法律は残しているという。

 このことから、この記事を書いた特派員記者は、公開されても、陰謀説など暗殺の真相をめぐる議論は決して終わらないだろうとの見方を紹介している。

 

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芭蕉の「蛤塚」 別れをどう生きるか

(2013.11.22) 先日11月19日付のこの欄で、盲ろう者の福島智さんの講演

 生きるとは、(人と)つながること

Imgp1986 の話を書いたが、実は、これは裏を返せば、

 人生、別れをどう生きていくか

ということでもある。前回、芭蕉の奥の細道むすびの地、大垣について書いたことから、むすびの句とは、どんなものかということに興味を持った。

 ● 蛤のふたみに別行秋ぞ

 大垣市内の「むすびの地記念館」の真ん前の

 蛤塚( はまぐりづか )

にその句はあった( 写真上 )。

 い勢にまかりけるを

 ひとの送りければ

 「蛤のふたみに別行秋そ   はせを」

     元禄二(1689年)年 奥の細道

 (最近発見された草稿段階の、いわゆる自筆本( 写真 )には、「伊勢の遷宮おかまんと又ふねに乗て」となっている。句自体は同一)

  奥の細道は、

 「行く春や鳥啼魚の目は泪

の旅立ちで始まる。対して、むすびの句では、上記のように「行秋そ」と結んでいる。計算された全体構成になっていることがわかる。

 記念館には、こうした自筆本=草稿、書き込みのある曾良本(つまり定稿本)などを中心に、細道の旅のあと、数年をかけて芭蕉がどのように推敲していったのか、具体的に分析してみせた展示が面白かった。

 Imgp1961_1 一例を挙げれば、「奥の細道」でもっともよく知られた平泉での句

 五月雨の降(ふり)のこしてや光堂

については、写真のような分析がなされていた(写真をダブルクリックすると、拡大される)。

何度も推敲してたどり着いたのが、この句だったことがわかる。

 ● 推敲と思索の「人生紀行文」

 こうした分析の展示を見ながら感じたのは、むすびの地、大垣で芭蕉が実感したのは、「奥の細道」の書き出し、つまり

 月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人也

という境地であり、人生、別れをどう生きるのか

という命題だったのではないか、ということだった( 注記 )。

 Imgp1303 この問いかけに、一定のこたえがあるわけではないし、また事実、芭蕉自身も明示的にはこたえていない。

 はっきりしているのは、すべてに別れを告げるときが必ず来るという事実だけである。西行の五百回忌にちなんで、その歌枕の旅に出た芭蕉。尊敬する西行の無常観にも似た境地と問いかけであるようにも思う。

 旅人がそうであるように、そのときそのときの出会い(つながり)と別れこそが人生という旅なのだ、と芭蕉は言いたかったのだろう。

 冒頭書き出しに旅人を登場させ、むすびの地の句に、別れを持ってきたのも、このせいだと思う。

 芭蕉は、自ら歌枕の旅人となって出会いと別れを体験し、その実感をそのときそのときの句に託した。旅のあとの推敲と思索の繰り返しで到達したのが、「奥の細道」という人生紀行文だったのだと思う( 注記2 )。

 ● 大垣は俳人、芭蕉の総決算の地

 ここから言えるのは、芭蕉はこの奥の細道の出発にあたっては予想もしなかった「別れ」という人生のテーマにたどり着いた。その地が、

 大垣

だった。最初は、西行の歌枕の名所をたずねるつもりだったのとは、案に相違して大きく異なった。

 その意味を、一言で言えば、大垣は単なる大団円の「むすびの地」というよりも、新たな境地を切り開かせてくれた

 「奥の細道」結論の地

となったいえるだろう。

 もっとはっきりと言い換えれば、結果として、俳人、芭蕉が人生の「別れ」の意味をその体でつかんだ総決算の地、それが大垣だった。

 このことを大垣市民は、もっと認識し、誇っていいように思う。

  ● 注記

 この書き出しは、月日や年は、次々と自分たちを通り過ぎていく、いわば旅人のようなものであるという意味。

 時間はただ流れていくのではない。旅人のように、自分たちとすれ違い、後ろに通り過ぎていく。旅人が過ぎ去ったあとは、もはや二度と出合うことはないという、人生の別れの発想がここにはっきりとみてとれる。

 この意味で、芭蕉は旅立ちにあたって、二度とこの地に戻ってくることはあるまいと覚悟、あるいは悟っていたであろう。だからこそ、旅立ちにあたって、自宅を処分している。

 ただ、戻ってくることはないとしても、旅の終わりで、どのような結末が待っているのかということまでは、出発時には具体的なイメージはなかったはずだ。それを明確に悟ったのは結びの地、大垣だった。蛤塚の句がそれであり、この別れの句で「奥の細道」が終わっているのは、奥の細道とは芭蕉にとって何だったのかを考える上で、大変に象徴的である。

 ● 注記2

  旅のあと、芭蕉がいかに推敲と思索を繰り返したかは、上記の「芭蕉自筆奥の細道」=いわゆる自筆本(草稿本に相当)の多くの「張り紙」でたどることができる。張り紙の下に推敲前の文字が書かれている。上記写真の左側のこの自筆本は、現在岩波書店から解説付で出ている(1997年発行)。

 以下は、記念館の入り口(「奥の細道」の主要な諸本について)と、外観のスナップ写真。

 Imgp1955_2 

Imgp1948_2 

 

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湧き水の街、大垣ぶらり散歩

(2013.11.22)  先日11月19日付のこのブログで紹介した福島智さんの講演、

 生きるとは、(人と)つながること

にならったわけでもないのだが、岐阜県在住の知人に誘われて、浜松から、湧き水の街、大垣をぶらりと散歩してきた。街のいたるところにポンプでくみ上げなくても湧き出る自噴水(最下段のスナップ)がある。しかも、飲める。これには驚いた。

 ● 戸田氏の居城

  Imgp1926_2 木曽川、長良川、揖斐川の合流点に近いのだから、初代藩主の戸田氏鉄(うじかね)の昔から、大洪水の多い街。ブログ子も小学生のころ、集落全体を堤防で囲う

 輪中(わじゅう)

という、ちょっと不思議な洪水対策がこのあたりにあったことは教わった。

 今でも、大洪水の記憶を残す場所がまちなかの戸田藩の居城、大垣城にある( 写真。手前の銅像は初代藩主、戸田氏鉄。この城は、関ヶ原合戦の前夜まで、家康を迎え撃つ西軍の総大将、石田三成が陣取るなど前線総司令部となったことで、歴史上有名。水郷の地らしく、家康は遅れていた秀忠着陣までの時間稼ぎ策として、揖斐川を決壊させるという城の水攻め作戦まで立てていたらしい。城攻め、水攻めが得意の秀吉ならこの作戦を即実行に移していただろう)。

 天守閣がやや小高いところに石垣を築いてそびえている平城である。明治の大洪水では、なんとその石垣のたもとまで水に浸かった。その痕跡が今も残っている。これでは、人々が暮らす海抜の低い城下は壊滅的な水害に見舞われたであろうことが想像できた。

 しかし、治水対策が進んだ現在は、城の外堀だった水門川も清流となり、街に涼やかな落ち着きを与えている。

 Imgp1984_2  藩政時代の面影を残す船町界隈( 写真 )は、かつてここに大洪水などあったとは思えない静かな風情を感じさせてくれる。赤い欄干の橋が周りと妙にマッチしている。

 この風流な風景たたずまいのなかに、奥の細道むすびの地記念館という芭蕉記念館もある。

 東京都江東区深川にも芭蕉記念館がある。ここを奥の細道第一句「行春や」の旅立ちの地とするならば、大垣はむすびの句「行秋ぞ」の地というわけだ(芭蕉については、別項に)。

 近くには、創業260年にもなる「つちや」という和菓子老舗があり、特産の渋柿をつかった秘伝の「柿饅頭」も販売されている。見事な店構えとその脇の屋根付きの袖壁、いわゆる、うだつ( 写真の右端 )の風格には見ほれてしまった。

● 一句浮かんで

 Imgp1937 件の知人から、帰り際、大垣特産の渋柿をいただいた。いまごろの季節、干し柿にすればおいしいという。寒風の軒先に吊るすなどの作り方まで教えていただいた。ので、我が家でつくってみた( 写真 )

  不思議なことに、歌ごころなどないはずのブログ子にも、ふと一句浮かんだ。大垣の「垣」にかけて、

 干し柿の赤み深めて行秋ぞ

 「生きるとは、つながること」というのは、具体的にはこういうことをいうのだろう。

  旅してみて、このことを実感した。

  Imgp2030

 以下は、散歩スナップ( 上= まちなかの飲める湧き水(自噴水)、下= 奥の細道むすびの地記念館にて ) 。

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Imgp1997_1_4  

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この宇宙を創るのに神は必要だったか

(2013.11.19)  今年1月1日付のこのブログで、集英社の読書情報誌「青春と読書」に、高名な宇宙物理学者、池内了さんが

 宇宙論と神

という連載を開始したことを書いたが、この12月号で、いよいよ佳境に入ってきている。神の美的な姿、つまり、定常宇宙とビッグバン宇宙についてユニークな見方を展開している。

 空間的にも、時間的にも、変化しない完全宇宙原理に基づく定常宇宙論というのは、

 「神は年をとることなく永遠に同じ顔をしているという意味ですっきりしており、美的ですらあるとしてかなりの支持者を得たのは事実である」

と書いている。だが、この定常宇宙論には観測事実と決定的に矛盾しており、対して宇宙には始まりがあるとする膨張宇宙論にはさまざまな観測的な矛盾を解消する利点があり、こちらが結局勝利していく。このことを、これまた池内さんは

 「ビッグバン宇宙を選んだのは、神も人間的になった証なのだろうか」

と綴っている。それとも、君子は豹変するということなのだろうかとも書いている。

 Imgp1893_1_1 尊大な神ではなく、

 「時間とともに表情を変える神でありたかったと言えそうだ」

としている。いままでの物理学解説書にはないユニークな連載であり、これからが楽しみである。まじめな池内さんに、こんな柔軟で愉快な特技と一面があったとは知らなかった。

 ● ホーキング博士の結論

 ところで、池内さんと同世代で、たしかもう70歳をこえたはずの、かの有名な車椅子の天才宇宙理論物理学者、S.ホーキング博士が出演する

 この宇宙を創るのに神は必要だったか

というセンセーショナルな番組(BSプレミアム「コズミックフロント」 ホーキング博士の宇宙レシピ」= 写真上)を先日見た。博士の9年ぶりの新著作

 『THE GRAND DESIGN』(2010年)

の映像版である(日本語訳版は『ホーキング、宇宙と人間を語る』(エクスナレッジ、2011年。訳者は佐藤勝彦= 写真下))。

 結論を先に言えば、神はいるかもしれないが、この宇宙を創るには神は必要はなかったというものだった。これが博士がたどり着いた結論であり、物理学で十分説明できるという。神の出番はないというのだ。

 これを要するに、池内流に言えば、

 たかがこの宇宙を創る程度に、わざわざ神がご出座するには及ばない。神はもっと偉大な状況においてのみ必要になる

ということだろうか。神はそんな些細なことにかかずらうほど、暇でもないのだろう。

 宇宙が始まってから10のマイナス44乗というとてつもない短い時間の間では、

 宇宙は、時間も空間も、そして真空のエネルギーすらもない「無」から、神の手を煩わすことなく、生まれる

という。無から有が生まれるというのはなかなか理解できないが、重力を考慮した確率論的な量子宇宙論ではそうなるらしい。

 宇宙の始まりでは、ブラックホールの中心がそうであるように、時間が止まる。したがって、

 Imgp1890_2 神があれこれ考え宇宙を設計している時間そのものが存在しなかった

と、番組ではユーモアたっぷりに締めくくっていた。

 この結論は、ユーモアを交えていはいるが、博士の研究人生のひとつの到達点であろう。

 ただ、注目したいのは、量子論と重力理論とを統一的に論じることのできる現在唯一のM理論(超弦理論)を高く評価している点だ。

 博士は、このM理論から出てくる予測が、将来観測的に確かめられれば、人類3000年の宇宙論研究の到達点であり、「偉大な設計図(GRAND DESIGN)」を手に入れたことになると、この本を結んでいる。

 果たしてそんな時代がくるのかどうか。それはわからない。

 が、こんなに小さい太陽の、そのまたこんなに小さい地球の中の人類が、宇宙の設計図の解明に〝王手〟をかけるところまできたということ自体は、喜ばしい。

 ● 神はそれほど愚かにあらず

 しかし、ブログ子は思うのだが、多分、これは博士の思い過ごしであろう。人類はいつの時代にも、その都度、

 これこそ宇宙の真理であり、神の御心である

というものを見出してきたからだ。しかし、いつも神はするりとお逃げになってきた。

 人類に尻尾をつかまれるほど、神は愚かではないように思う。

 ホーキング博士の結論を聞いた神はきっと、新酒のワインのグラスの中の無数の泡のひとつに映る「この」宇宙に目をやりなから、静かに微笑でいるであろう。

 さて、それでは池内さんは、このあたりを来年の連載で、どう裁くか、楽しみではある。

  (写真下は、浜松市内の書店で)

  ● 注記 神に居場所はあるか。

 G.ガリレイ、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、この太陽系を創るのに、神は必要ではなかった。すなわち、地球は動く。

 C.ダーウィン、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、人間を創るのに、神は必要ではなかった。すなわち、人間はサルから進化した。

 S.ホーキング、曰く。神はいるのかもしれないが、少なくとも、この宇宙を創るのには、神は必要ではなかった。すなわち、物理学だけで十分である。

 ブログ子、曰く。神はいないかもしれないが、少なくとも、「この」宇宙とは異次元の「あの」宇宙にはいるかもしれない。すなわち、宇宙は無限にある。

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常識を疑おう 桑田真澄『スポーツの品格』

(2013.11.19)  集英社の読書情報誌「青春と読書」の最新11月号を見ていたら、巻頭の「今月のエッセイ」欄に

 Imgp1886 進化と伝統

というのが出ていた( 写真上 )。プロ野球選手であった桑田真澄さんのものである。その冒頭は

 「常識を疑おう」

というもので、このブログの趣旨、一度は常識を疑おうにかない、何事かと読んでみた。

 ● いい伝統、わるい伝統

 桑田さんは、今年春から、東大野球部の特別コーチを引き受けているのだが、東大は六大学野球では、これまで優勝どころか万年最下位に近い。

 同じことを続けていては、これからも最下位という結果は変わらない。優勝したいというのなら、これまでの野球の常識を疑って、いままでやったことのない思考と行動をしようと、うながした。

 このコラムというか、論説の言わんとするところは、

 野球の伝統にもいい伝統とわるい伝統がある。その選択と集中で効率的に、そして合理的に練習をしよう

ということだった。わるい伝統とは、今社会問題になっている体罰や暴力沙汰のことであり、その背景にある勝利至上主義。いい伝統とは、グランドの出入りでは帽子をとって礼儀正しくあいさつをすることなどだ。

 技術や道具も進化しているのに、わるい伝統だけが足踏みしていていいのか、という苛立ちがある。

 そんな折、スポーツ社会学が専門の知人が、桑田さんの書いた

 近著『スポーツの品格』(集英社新書。桑田真澄/佐山和夫。写真下)

をぜひ、読んでみたらいいとすすめられた(佐山さんはスポーツ史研究家)。以前、このブログで書いた、

 Imgp1887_2 人はなぜスポーツをするのか

を読んで、批評していただいたせいだろう。また、

 体罰はなぜなくならないか

という問いかけでもいろいろご教示をいただいたからである。

 早速、読んでみたが、その内容は、確かに、常識を疑おうという呼びかけにふさわしいものだった。しかも、桑田さんの野球人生の体験に裏打ちされたアドバイスが至るところに披瀝されていた。

 勝利至上主義を抜け出して、競技力を伸ばすには、殴らない、怒鳴らない、押し付けない、無理をさせない-この4つの「ない」だというのだ。

 ● あの感動の「星飛雄馬」は要らない

 勝利を目指すプロセスを大事にすることこそ、スポーツの喜びであり、品格である。この品格と喜びが競技力を大いに高める源泉になる。監督やコーチにビクビクの野球では本当の競技力は伸びない。縮こまり野球になるからだろう。

 これが常識を疑おう

の中身だ。

 だから、高校野球に代表的に見られるような「負けたら終わり」というようなトーナメント方式はやめるべきであると主張している。負けても次に教訓を生かせる仕組みこそ、高校野球にふさわしいというわけだ。

 投手についても、体を壊さないよう投球数制限をすべきだとも根拠を示して論じている。根性野球という悪しき伝統はもうやめるべきだというわけだろう。はっきりいえば、

 あの感動の巨人の星、星飛雄馬は要らない

というところだろうか。巨人軍の名投手だった桑田さんだから、これは説得力がある。

 勝利至上主義に走りがちな、そして過去の自分の体験を押し付けがちなスポーツ指導者にとって、真摯に耳を傾ける価値のある筋の通った話であると思う。

 ● 東大野球部が優勝する日

 スポ根ではなく、効率的で合理的な練習で、東大野球部が優勝する日が来るのを楽しみに待ちたい。 

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生きるとは 人間のコミュニケーション生態系 

Imgp1868 (2013.11.19)  耳が聞こえないのに、

 「落語が好き」

というのは、どういうことだろう。そして目が見えないのに

 「宇宙が好き」

というのも分からない。

 ● 私は落語が好き

 先日、浜松市の天林寺(禅宗の曹洞宗)で、耳と目に障害を持つ盲ろう者の福島智(さとし)さんの講演( 写真上 )を聞いて、まず、そんな感想を持った。同寺の「仏教に親しむ会」が開いたときのことなのだが、福島さんは、バリアフリー分野が専門の東大先端科学技術センターの教授。

 福島さんは、幼少の頃、眼が見えなくなり、続いて18歳のときには耳も聞こえなくなった。

 声に出して話すことはできるのだが、目が見えなくなったときは、テレビの映像が消え、音声だけになったように感じた。もっと衝撃だったのは耳が聞こえなくなったときだった。周りからまったく切り離されたような、いわば

 暗闇に放り出されたような孤立感

を味わった。周りとのやりとり、コミュニケーションがまったくできなくなってしまったことへの衝撃である。だから、自分だけでは何にもできない。

 Imgp1879 夜の海の底に向って沈んでいくような気持ちだったという。絶望しかけたこともあったらしい。自殺を意識したこともあったらしい。しかし、それでも、なんとか試行錯誤、絶望と希望の32年を

 「川の流れのように今日まで生きてきた」

と明るくいう。そこには肉体的な痛みはない。しかし、見えない、聞こえないということは

 「心が痛い、心が窒息しそうだった」

とも語った。

 ところが、その話ぶりは、両脇に「指点字」通訳の二人の女性を交えてはいたが、

 とてもユーモアに満ちた話し方

だった。まるで落語を聞いているような雰囲気である。会場の参加者も深刻な、そして切実な話なのにとても和やかだった( 写真中 )。

 心に痛みがあるからこそ、落語が好きなのだろう。心が窒息するような気分を少しでも明るくしたいという気持ちがよく伝わってきた。福島さんはSFが好きだというのも、わかるような気がする。現実があまりにも厳しいからだ。心が滅入らないように「SFを読む」。その気持ちが講演でよく伝わってきた。

 ● 私は、宇宙が好き-  結論的メモ

 福島さんは、見えないのに宇宙が好きだともいう。これはなぜなのだろう。

 それは、

 人類の存在に意味はあるか

と自らに問いかけることになるからだ。

 「そもそも宇宙において、人類にその存在価値はあるのだろうか」

という問いだ。言い換えれば、つまり、こんな自分が生きている意味はあるのかと福島さんは何度も自問自答した。福島さんは、これに対し、

 Imgp1866 もし、人類の存在に価値があるとすれば、その人類の内部に生じているささいな肉体的、精神的諸条件の違いに、果たしてどれほどの根源的な意味があるのか

というように、「障害」という現象を自ら体験してきたことをもとに思索する。その道具として、宇宙がある。だから、好きなのだ。宇宙は福島さんを勇気付けたともいえよう。

 このことは、目や耳は正常だが、声が出ない、体も動かせないという難病の車椅子の天才物理学者、S.ホーキング博士が、

 宇宙を創るのに神は必要だったか

という難問に、この数十年挑み続けている執念にも似ている。

 この思索を土台に講演で、福島さんが言いたかったことを結論的なメモの形で、ここにまとめておきたい。

 今の情報社会も含めて人間社会というのは、自然環境同様、人間と人間がつくりだす

 コミュニケーション生態系

とみなすことができる。つまり、たとえば、少数者である障害者との、あるいは同士のコミュニケーションが豊になれば、自然界の生態系がそうであるように、人間社会全体としても望ましい波及効果がある。多様な人たちとの情報の共有はより社会を活力あるものにする。

 頼りになる人が周りにいないという意味の孤独は、あるいはその人の生きる力をより強くするし、自立できるかもしれない。しかし、社会とのコミュニケーションを断ち切って孤立してしまっては、人は生きられない。これは自然の生態系から離れていきものが生存できないのと同様である。

 具体的に言えば、障害者の「指点字」( 写真中にその実例 )などのコミュニケーションが豊かになることは、障害者ではない多くの人たちのコミュニケーション生態系を多様に、そして豊かにする。逆もまた同様であろう。

 だが、忘れてはならないのは、福島さんたちが開発した指点字システムなどはあくまでもコミュニケーションの手段であり、道具に過ぎないという点だ。

 問題は、

 障害者であろうと、なかろうと、その手段、道具を使って

 どう生きるか

ということである。これこそが、苦しみと希望をかかえて人生を生きるということではないか。

 以上が、福島教授の言いたかったことであろう。

 そのとおりであると思う。

 ● 左手のピアニスト

 福島さんの言う「苦しみと希望をかかえて人生を生きる」というもうひとつの事例を、この講演会が行なわれた前日土曜日の

 夜のEテレ「左手のピアニスト」( 11月16日放送=写真。同番組テレビ画面より)

で拝見した。

 Imgp1830_1 ピアニストとして将来を嘱望されていた智内威雄(ちないたけお)さんが、利き手の右手の使いすぎで指が動かなくなってしまった。右手の障害は交通事故や戦時負傷などもあるが、この障害は局所性ジストニアといって、ピアニストの職業病のようなもので、ほとんど治らない難病だという。タイピストの職業病の腱鞘炎どころではないらしい。

 当然、ピアニストとしては挫折感に襲われたであろう。しかし、智内さんは

 挫折の向こうにも新たな可能性はある

と信じて、普通は左手は伴奏用なのだが、左手だけで演奏する極めて珍しいピアニストとして活動を再開していた。右手がダメなら、ペダルを踏む足の使い方を工夫すればいいと思い立ったのだ。左手に負担のかからない演奏法も模索していた。

 仲間づくりの手段として

 「左手のアーカイブス」

という楽譜データベース、演奏法データベースも公開していた。

 「音楽とは、弾く人の生き方を音で表現することだ」

というわけだ。

 そこには、まさに福島さんのいう

 生きるとは、人とつながること

のもうひとつの実践例があった。

 ● 与えられた今がベスト

 この福島さんや、智内さんの生き方を見ていると、ブログ子はつくづく次のように思う。

 与えられたところで、どう生きるのか、そこが勝負である。現状に不満タラタラでは、自分の無能を叫んでいるに過ぎず、しょせんどこに行っても、まともにはつとまらない。人生、迷いや希望はあれど、そして挫折があり、不満はあまたあれど、今こそがベストなのだ。

 障害者だったフランスの印象派画家、T.ロートレックは

 人間はどれも醜い。しかし、人生はどれも美しい

と喝破した。彼は、生涯、このことを絵にぶつけ続けた。

 障害者であれ、そうでない人であれ、その人生に乾杯! 

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続 陸に上がるシャチ 実は-

(2013.11.15)  先日11月8日付のこのブログで、

 陸に上がるシャチ

というのを取り上げ、いずれシャチは陸上を歩き始めるのではないかと書いた。

 ところが、これを読んだ生物学に詳しいある読者から、メールで

 進化的には、その逆ではないか

との指摘を受けた。

 Image1935 つまり、もともと人間と同じほ乳類で4足歩行していたものが、再び海に生息の場をもとめて海に戻るというか、再び進入していったのが、今のシャチだというのだ。

 海にいたのが陸に上陸しようとしていたのか、陸にいた哺乳動物がなぎさから海へと進化したのか。

 件の読者は、このどちらかというのは、現在のシャチの内部構造的な解剖学知見から、今のシャチはもともと陸にいたという。

 そう考えたら、シャチのあの見事な狩りは説明できる。

 その読者は、なんと、わざわざシャチについての生態写真集を送ってくれた。

 それが、写真の『オルカ』という本である(1997年。プロトギャラクシー社発行)。

 そこにはブログで紹介したアルゼンチンのプンタノルテ海岸での狩りの様子についてもより詳しく解説されていた。

 シャチ(この本ではオルカと呼んでいた)については、

 今のシャチはかつての4足歩行の陸上ほ乳動物が海洋に再び進出し、進化した結果

というような書き方になっていた( 注記 )

 数千万年という気の遠くなる遠い祖先が陸上で狩りをしていたことを、その高い知能のおかげで、プンタノルテ海岸のシャチは忘れていないのだろう。

 そうもとれないことはない。ともかく、ブログ子のあのブログで言いたかったのは、

 生物は、変わるべき時が来たら、海の中であろうと、なかろうと一斉に後戻りのできない進化をする主体性を持っている

ということだった。当てにならない突然変異など悠長に待ってなんかいない。それでは種は絶滅してしまう。このことについては、件の読者にも理解していただけたのは、よかったと思っている。

 何度も言うようだが、世の中には鋭い読者がいるものだ。

  ● 注記 主体性の進化論 2013年11月16日記

   逆システム学の考え方からの考察

 もう少し、詳しく言うと、

 シャチなどクジラの仲間の進化というのは、魚類などもともと海に生息していた生物が陸に上がり、今から1億2000万年前ぐらいに、同じほ乳類であったものがクジラの仲間へと進化するものと、人間へと進化するものとが分かれた。

 その分かれ道にいたのが、鼻が前にとんがって突き出ている小さな、たとえばトガリネズミといったほ乳動物の仲間。食虫の小動物だったという。

 クジラの仲間へと進化するものの一部が、ふたたび海へと進出していった。

 その時の様子を、『オルカ』の<クジラ類の進化>の項目では次のように記述している。

 「新しいクジラ類の系統は、ほとんど未開発の海の生態を侵略したのです。最初はためらうように赤道付近の海岸の浅瀬で生活していましたが、時間の経過とともに、徐々に完全に水生動物として生活するようになりました。」

 それがシャチであり、その内部には4足で歩いていた時代の骨格、つまり骨盤の痕跡が今も残っている。シャチには後ろ足はないが、これで後ろ足があったことがわかるらしい。ほ乳動物の証明である毛も胎児にはある。

 シャチなどのクジラの仲間の祖先は、かつては進化の過程で海中だけでなく陸地でも4足で生活していたことがうかがえる。

 そのなごりで、厳しい環境のパタゴニアでは「陸に上がる」狩りをするのであろう。

 とすると、かつてクジラの仲間は温かい赤道の浅瀬から次第に海中に新天地を求め、体制を変化させていったように、寒いパタゴニアの海岸のシャチも、エサを求めて、再び陸地を目指すというダイナミック可能性もあることになる。

 このダイナミックな可能性を切り開くのは、悠長な突然変異などではなく、シャチの持つ個体としての判断力ではないか。

 もっと言えば、ヒトがあるとき、つまり樹上生活からサバンナに降り立ったとき、一斉に重力に逆らってまで直立2足歩行を決意したように、シャチの場合も、個体自身の持つ主体性だといえまいか。

 この主体性のもとに、それまでの進化の過程で生殖細胞に蓄積した突然変異などの調節塩基配列が一斉に、たとえば多重フィードバックで動き出し、ある一定の体制づくりに収斂していくと考えたい。個体は、いつ現れるかも知れない気まぐれな自然界の突然変異など待ってはいない。

 これが分子レベルで見た、あるいは発生学的に見た進化ではないか。

 この考え方をブログ子は、ダーウィン進化論に対置すべき、主体性の進化論と呼んでいる。

 この実証的な検証には、個体の体制をつくりだす、つまり発生生物学的な見地からの生物進化の研究が必要であろう。

  図による追加的な説明。

 以上のことを発生生物学的な図にすると、次のようになる。

 Imgp1823_1

 この図で、赤く「進化」とあるのは、もちろんダーウィン流の

 環境による自然選択

である。これに対し、主体性の進化論では

 個体による主体選択

である。

 そして図の下部の薄い青色の「遺伝子や細胞のはたらき」というのは、

 「遺伝子や細胞の働きによる多重フィードバック」

ということになる。

 問題は、どのように

  個体による主体選択と、遺伝子や細胞の働きによる多重フィードバック

が結びついて、発生過程で次の世代の生物個体の体制が形づくられていくのか、ということである。

  結論を先に言えば、それは主体性という精神活動は、その生物体内の生理を通じて、卵子、精子、胚といった遺伝にかかわる生殖細胞に影響を与えるというメカニズムである。

 どういうことかというと、東大医学部の児玉龍彦教授の『逆システム学』(岩波新書、2004年)という本によると

 「生命の本質的なあり方は、調節制御が重なった多重フィードバックだと考えられるようになってきた」

と書いている。細胞内での閉じないフィードバックの働きこそが生命システムの本質だというのだ。

 では、具体的に細胞の中で何が起こっているのか。そのことについては、

 「それ(多重フィードバック)は遺伝子だけでは決らない。(たとえば、細胞内の)実際のコレステロールや、その材料や、代謝産物の量によって決るからである。ゲノムはすべてのプログラムを持っているわけではなく、(細胞核のゲノムにある)遺伝子と調節配列が(細胞質にある)センサー蛋白や調節配列蛋白と(で)フィードバックを作るようにさせ、多数のフィードバックの重なりで、生命を制御するプログラムを構成させていると考えられるようになってきた。」

ということになる。ゲノムだけでは、次の世代の体制、つまり体の内部構造のすべて、つまり細部構造までは決らない。

  このように、そして図にも示されているように、個体発生は遺伝子だけでは決らない。また遺伝子と、その残りのゲノム、つまり調節塩基配列の2つだけでも決らない。それらの入れ物である細胞という後天的に構成される生殖細胞の内容物にも個体発生は依存する。

 次世代の体制などの個体発生は、(生殖細胞内の)遺伝子の働きと、調節塩基配列の働きと、生殖細胞内の内容物を取り込んだ多重フィードバックの働き

という3つの働きによって決る。

 これからわかるが、上記の「個体による主体選択」は、分子レベルでは、選択にともなって後天的に構成される生殖細胞の内容物を決めることになり、それが収斂の多重フィードバックに影響を与え、最終的に発生段階で体制を決めることにつながる

というのが、主体性の進化論の分子レベルでのポイント。

 念のため、個体レベルから見た言い方は以下である。

 個体レベルの「主体性の進化論」のポイント、つまり、種は変わるときが来たら、突然変異なんか待たずに、一斉に変わるべくして変わるというポイントは、分子レベルで言えば、そして発生生物学的に言えば、生殖細胞内の多重フィードバックの結果であろう。親から子への突然変異の積み重ねの結果、つまり自然選択の結果ではない。

 樹上を降り立ったヒトたちが、突然といってもいいくらい短い期間で、しかも一斉に垂直2足歩行し始めたのも、これであろう。立つべくして立ったのである。悠長な、そして気まぐれな突然変異など待っていては、種は絶滅してしまう(もっとも、変わるべくして変わるといっても、物理学的に不可能な体制への個体による主体選択は、愚かであり、当然だが絶滅の道である。このように変わるべくというのにも、それぞれの進化段階ごとに決められた一定の限界がある)。

 シャチの行動も、きっとこれに関係があるに違いない。

 シャチには、かつてのヒト同様、

 個体による主体選択

があったと思う。

 なお、この「注記」の後半、発生生物学的な考察におけるフリップ図や以下の鶏卵の写真は、

 放送大学特別講義「細胞の声を聞く」(高橋淑子京都大学大学院教授)のBSテレビ画面(2013年11月16日放送)より。

Imgp1808_1_1

 ( 図や写真は、それぞれのダブルクリックで拡大できる ) 

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もう一つの「キューバ危機」  奇襲実行目前だった核の先制攻撃

(2013.11.15)  今月で、アメリカの大統領だったJ.F.ケネディ氏が暗殺されて丸50年になるというので、深夜のNHKBS1「世界のドキュメンタリー」で大々的に特集放送をしている。

 ● ケネディ暗殺から50年

 その中で、先日の「大統領への背信」という番組(アメリカ、2013年制作)には驚いた。リベラルな若き民主党出身の大統領ということで、ソ連との冷戦真っ只中を闘っていたR.マクナマラ国防長官らペンタゴン高官や保守派将軍が大統領に対する不信感をあからさまにしていた様子を具体的に描いたものだった。

 世界を、全面核戦争の瀬戸際にまで陥れた「キューバ危機」(1962年10月)の恐怖が覚めやらぬ1963年には、

 米軍が、なんとソ連に対して、核による先制奇襲攻撃計画

を立案しており、実施時期は1963年後半( 大統領暗殺の時期 !に重なる )に設定されていたという。保守派の大統領に対する苛立ちを示すものであり、この事実を示す当時の副大統領へのメモ(機密文書扱い)が1990年代に公文書公開で明らかになっているらしい。

 ケネディ大統領は、キューバ危機回避直後、アメリカン大学で平和共存を呼びかける歴史的演説を行い、その中で

 「アメリカは、決して先に核兵器を使用しない」

と世界に向って政策目標のマニフェストとして宣言した。ところが、このことがかえって、軍部をいたく刺激し、不信感をますます募らせたらしい。アメリカがソ連の先制攻撃にさらされ、極めて危険というわけだ。

 当時、ミサイル開発で出遅れていたソ連がアメリカに追いつく前に、反撃の機会を与えず奇襲的に先制の核攻撃をソ連の核軍事施設に仕掛ければ、確実に勝利するというのが、第二次世界大戦を闘い抜いてきたベテラン軍幹部の主張。

 この詳細な実施計画が大統領にも副大統領(L.ジョンソン)にも提出されていて、ホワイトハウスでは、マクナマラ国防長官を交えて真剣、かつ〝現実味を持って〟検討されていたというのだ。

 その最中に、ケネディ大統領は暗殺されたというのだから、なんとも不気味だ。

 1963年というのは、日本では東京オリンピックの前年にあたり、北陸ではこの年1月は

 サンパチ(昭和38年冬の意味)豪雪

として知られている年。福井県出身のブログ子は、この豪雪を経験しており、たしか当時中学2年の3学期のことだったのを覚えている。

 ● ミサイル設計技師の告発

 こうした国際政治については、どの程度信憑性があるのか、国際関係論にうとい理系人間のブログ子にはよくわからない。

 Image1943_1  しかし、このアメリカの先制攻撃計画がまんざら机上の話ではないことに気づいた。

 1960年代当時、米最大の兵器製造会社「ロッキード」で長年ミサイル開発設計技師だったR.C.オルドリッチ氏の

 『核先制攻撃症候群』( 岩波新書、1978年。写真 )

を読むと、いかにアメリカが、表向きの表明、つまり、やられたら倍返しするという

 核抑止論

よりも、確実に勝てるソ連核軍事施設への先制奇襲攻撃(いわゆるカウンター・フォース戦略)に傾いていたかが、兵器製造設計の現場にいたエンジニアの証言からよく、理解できる( 注記 )。

 なぜなら、核兵器の運搬手段のミサイルの開発設計は、その時々の使用目的が明確でない限り、設計できないからだ。

 また、抑止論ではとうてい考えられないほどの大量の核兵器保有がなぜ必要なのかが理解できる。抑止ではなく、実際に先に使うことを目的にした核兵器であり、相手が持っている以上の核を持っていなければならない。これでは核軍拡競争は止まらないのも当然だろう。

 その意味で、

 1960年代は核の先制攻撃の時代

だった。もう一つのキューバ危機がそこにあった恐怖の時代だったのだ。

  ● 1970年代にも引き継がれる

 この先制攻撃論というマクナマラ戦略は、暗殺後を引き継いだL.ジョンソン氏にも、引き継がれたことを忘れてはならない。

 ただ、暗殺後ただちに副大統領から昇格したジョンソン大統領は、その政治基盤の脆弱さから、

 ケネディ氏の政策、とくに国内政治(人種差別撤廃の公民権法案と政治参加の平等をうたった投票法案)に専念せざるを得なかったこと、

 大統領に当選した後では本格的なベトナム戦争介入で、その政治力を急速に失っていったこと

-などで、当初のような先制攻撃実施はもはや時期を逸し、色あせていったとみるのが妥当のような気がする。

 それでも、オルドリッジ氏の著書を読むと、マクナマラ長官辞任後の1970年代でも先制攻撃論は有望な選択肢として、国防政策上、あるいはミサイル設計思想上、「症候群」とも呼ぶべき形で根強く生き続けていたことがよく分かる。

 1990年代に入ると、東西冷戦が終結したことで、先制攻撃論は下火にはなった。しかし、新たに「脅し」の手段として、あるいは大国の証として、核兵器の存在の国際政治的、軍事的な意義自体は、その非人道性にもかかわらず、少しもゆらいではいない。

  ● 注記

 この著書によると、アメリカの核戦略がソ連軍事施設への先制攻撃でなければならないと、次のような表現で公式に発言したのは、ケネディ政権のマクナマラ国防長官であり、ミシガン大学での卒業式演説だった。キューバ危機の半年前の1962年6月である。

 「核戦争のさいに、同盟国が重大な攻撃を受けるのをくい止めるための第一の軍事目標は、敵の一般住民ではなく、戦力の破壊でなければならない」(同書31ページ)

  こうなると、キューバ危機で、アメリカの先制核攻撃で全面核戦争が始まらなかったのは、むしろ不思議なくらいであることがわかる。

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分社化? 持ち株会社? 国営化東電の行方

(2013.11.13) 小泉元首相の「(即)原発ゼロ」発言のなか、原発事故を起こし、国が筆頭株主になるなど事実上国営化された東電の今後の行方に、メガバンクなどの大手銀行を中心に関心が高まっている。

 ● 注視する大手金融機関

 電力債(総額4.4兆円)や借入金融資(総額3.5兆円)で貸し込んでいるからだ。国から支援法で得ている支援金の返済3兆円超もある。

  Imgp1794_2 だけでなく、東電自身、汚染水問題で事実上当事者能力を失っていること、先のみえない莫大な除染費用や被災者への損害賠償が重くのしかかっていることで、これまた事実上、経営破たんしているからだ。

 あまつさえ、いくらかかるかすらわからない莫大な廃炉費用も今後発生する。このままでは東電が八方ふさがりに陥ることは必至。

 これらのことから、大株主の政府としても、放置できない状況に追い込まれている。通常なら、そして筋としては会社更生法に基づく強制的な、つまり法的な破たん処理により、経営責任や株主責任を問うべきところである。

 しかし、社会的な影響が大きすぎて、政府としてもとてもそんな処理はできない、というのが現状だろう。

 ● 脱原発を前提にした分社化案

 汚染水問題が浮上する半年前までは、金子勝慶応大教授(財政学)もいったん破たんさせて、経営責任、株主責任を問うべきだとしていた。しかし、最近では、

 原発依存度ゼロという脱原発に舵を切ることを前提に、

 分社化案

を提案している(中日新聞2013年11月8日付「特報」面= 写真)。今の東電を原発事故処理に専念させ、送電・発電部門を新会社に移すという案である。優良会社として新株を発行し、その利益で借金を返済する。

 一方、国営化のまま旧東電として残った会社は、ほとんど収益はない。これをどうするかがポイント。これには、

 脱原発で財源を生む

というのだ。

 具体的には、電力各社は使用済み核燃料を再処理する費用として今まで合計2.6兆円積み立てている。これが脱原発で要らなくなるので、これを活用する。政府ももんじゅ、六ヶ所再処理工場建設稼働など核燃料サイクル費用を毎年数千億円拠出している。が、これも脱原発で国営化の旧会社の財源として組み入れるという。

  金子案は、財政学の専門家らしく、財源を明示した上で分社化を提示しており、説得力がある。今後、多角的に妥当性を吟味する価値があるだろう。

 ● 再稼動を前提にした分社化案

 Imgp1790 これに対し、同じ分社化案でも、こうした原発事故処理会社として残る旧東電の財源として、

 再稼働で財源捻出

という選択肢を提案しているのもある。保守系オピニオン誌「WEDGE(ウェッジ)」2013年11月号に掲載された

 東京電力を分割し/再稼動で財源捻出を

という主張だ(石川和男/政策研究大学院大学客員教授)。東電分割後の財源論として「合理的で現実的な事故処理体制」と銘打っている。

 この再稼動前提の分社化案でも、金子案同様、事故処理は国営化旧東電が担う。ただ、分社化した後に残る旧東電の財源論が異なる(再稼動分社化案では、再処理積み立て費用やサイクル費用は財源として旧東電に当然組み入れられない)。

 いずれの場合も、当然だが、大幅な法改正は避けられないが、財源論から言えば、

 再稼動分社化案は、電力会社に好都合

な法改正になる。

 ● 財源論を伏せた持ち株会社案

 最後に、分社化をしない、つまり現状維持に重きを置いた持ち株会社案として、同じ「ウェッジ」号の「WEDGE OPINION」欄に5ページにわたって掲載されている

 Imgp1799 民間シンクタンク「21世紀政策研究所」研究主幹、澤昭裕氏の

 事業環境整備法案

がある。この案では、東電は持ち株会社として当面は生き残る。

 事故処理については、当面、子会社化で対応する

としている。

  この案は、事故処理、賠償などのバックエンドについて官民一体で新設の政策本部で実施するとしている。つまり、制度全体における東電の位置づけが、財源論も含めてきわめてあいまいなままなのが難点。その分、責任の所在があいまいになる。

 タイトルには「総合的に解決する」案となっているが、その分、むしろ、東電にとっても、電力業界にとっても、好都合なのだ。というのは、重荷になっているところだけを切り離し、政府、つまり、国民に押し付ける仕組みなるからだ。つまり、貸しがね棒引きといった財界、金融機関(や電力業界)の痛みが最小限になるような環境整備案なのだ。

 財源論に踏み込まず、あえて伏せたままのこの民間シンクタンク案を、業界系の「ウェッジ」が、大々的に、しかも早々と、公正であるかのようなオピニオンとして取り上げたのも無理はない。

 ● 東電自身は〝社内分社化〟検討

 以上、3案を論じたが、東電自身は別法人ではなく

 社内分社化

を検討しているらしい。この強気の背景には、昨年、一般家庭で約8%電気料金を値上げした東電だが、この9月中間決算で約1400億円超の黒字を出していることがあろう。事故後も〝りっぱな〟黒字優良企業なのだ。

 これに対し、値上げに踏み切っていない中部電力は、依然として約270億円の赤字を計上している。

 ● 自民党も分社化案を首相に

 自民党の検討部会(本部長・大島理森前副総裁)も、この9月下旬、廃炉作業を進める東電分社化案を安倍首相に提出している。

 こうした政治的な動きは、今後ますます盛んになるだろう。事故原発だけでなく、日本一危険な浜岡原発でも、規制委からの強制廃炉などで起こりうる共通の問題である。

 それだけに、このブログでも、東電の行方について、刑事責任も含めてきちんとフォローし、国民の側に立つ視点から、あるいは東電の経営責任をあいまいにしない観点から、私見を述べていきたい。

 ● 補遺 電力会社はなぜ再稼動を叫んでいるか

 これについては、現行会計制度、つまり総括原価方式に電力各社が縛られているからだといえる。

 仮に、40年運用可能な原発を、30年で廃炉にしたとすると、残り10年分を一括した

 減価償却費用

を廃炉時点で計上することが税法上必要になり、債務超過に陥る可能性があるからだ。

 これに対し、再稼働(そこまでいかなくても〝休炉〟扱い)にしておけば、税法上、減価償却費用として電気料金に上乗せできる。これは大きな違いである。運転維持費も、停止中でも顧客の電気料金に含めることができるというメリットもある。

 こうした事情から、少なくとも、廃炉促進には、この税法上の仕組みを、先の例で言えば、残りの10年間に分割計上できる仕組みにするよう法改正をする必要があるだろう。この改正のミソは、改正しても長期的には国民の負担がほとんど改正前と変わらないことだ。

 今後、硬軟取り混ぜ、事故の刑事責任の追及とともに、電力各社に引導を渡す仕組みづくりも必要である。 

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「ラムサール」の覚悟 浜名湖シンポ

(2013.11.12)  前回のブログ、ラムサールの自覚、に続いて、今回は、先日、浜松市内で開かれた

 Imgp1785_2 浜名湖「ラムサール」シンポ( 写真上= 浜松アクトシティ、11月10日 )

について、書いてみたい。前回で、

 結論論的なメモ- 湿地の復権と新しい経済的価値

を書いておいたので、今回は、このメモの観点から、シンポの内容に具体的に言及してみたい。

 國井秀伸氏(認定NPO法人自然再生センター)は基調講演で、2005年にラムサール条約湿地に異例のスピードで登録された宍道湖・中海に関する経過報告と、登録後の中海の再生の現状や問題点について、当事者の一人として当時の事情を語ったのは、貴重だった。

 10年前に施行された自然再生推進法に基づく協議会づくり、あるいは長期にわたる全体構想と当面5年程度を目途とした事業実施計画づくりなど、浜名湖の場合にも、大いに参考になる。さらには、民間活力を取り入れた自然再生センターのあり方などは、先進事例として大いに学びたい。

 ● 何時の時点に回復、再生させるのか、あいまい

  Imgp1776_2 ただ、注意すべきことは、

 そもそも自然再生とは何を意味するのか

という点の詰めた議論である。

 この点について、國井氏( 写真左 )は、生物多様性国家戦略の観点から

 過去に失われた自然を積極的に取り戻すことを通じて

 生態系の健全性

を回復することであり、再生事業はその回復を直接の目的としている取り組みであるとして自然再生推進法の意義を説いている。

 Imgp1778 一見もっともなような気がする。だが、問題は、この場合の「過去に失われた」という場合の過去とはいつの時点を指すのかが、研究者や研究分野の間でもずいぶんとあいまいな点だ。

 生態学的な意味の数十年前のことなのか、それよりもさらにさかのぼった自然地理学的な過去なのか。これによって、自然再生の事業は大きく異なるし、似ても似つかない再生が図られる可能性がある。

 今後、具体的な事例や歴史的な文献などに基づく多角的に詰めた議論が必要ではないか。

 ● ヨシは水浄化や環境保全にいいか

 たとえば、ヘドロの除去など環境再生における

 ヨシ植栽の是非

はその分かりやすい事例だろう。國井氏は専門の植物生態学的な観点から

 手入れをしっかりすれば、基本的にヨシは環境保全に良い

という立場。

 しかし、自然地理学の専門家からは、さらに時間をさかのぼれば、そもそも水辺にヨシなどはなかったというヨシ=環境善玉説に異論も出ている。そもそもヨシは陸生植物というわけだ。

 ● 宍道湖・中海の異例のスピード登録

 國井氏の講演で次に興味深かったのは、異例のスピードで、宍道湖と中海のラムサール登録が実現したこと。

 Imgp1751_2 基調講演によると、2003年7月に島根県知事が両湖をラムサール条約の登録湿地にしたいと表明。干拓事業や淡水化事業の中止といった国の政策の転換など、さまざまな困難があったにもかかわらず、そのわずか2年後の2005年11月には登録湿地に登録され、賢明なる利用(ワイズユース)に動き出している。

 教訓的だが、何事かをなさんとする場合、困難なこと、できないと思われるところからまず、手をつける。これが意欲を早く成功に結びつけるポイントのような気がする。

 2年で寄せきった宍道湖・中海の成功はこれであろう。一番の困難をこえれば、ほかのことは不思議とすぐに解決策が出てくるものである。 これに対し、よくあることだが、

 困難を見越し

 「とりあえず、できるところからはじめよう」

と安易に事を先延ばししていると、いつまでたっても高いハードルは乗越えられない。そのうち周りも意欲をなくする。こうなると、時間と労力だけが消費される失敗の典型だろう。2年くらいのサイクルで中央省庁の課長は異動する。だから、もたもたしていると、また最初から新任課長に向かって説得のやり直しということになりかねない。

 人の意欲の持続には限界があることを忘れるべきではない。また、中央省庁の課長の異動は2年程度であるということを考慮することも成功に導く大事なポイントだろう。

 ひとことで言えば、一定の目処が立ったら、困難な問題から戦略的に取り付く覚悟が要る

ということだろうか。

  以下の写真= 光を浴びて酸素を出す水中のアマモ= シンポジウム会場の展示

 Imgp1771_2

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「ラムサール」の自覚 浜名湖探訪会

(2013.11.12)  環境保全活動など80以上の団体が加盟する「はまなこ環境ネットワーク」(芥川知孝代表)が中心になって、先日、

  Imgp1714 浜名湖ラムサールシンポ

が浜松市内で開かれた。

 浜名湖を、水鳥などの生物の生息地として国際的に重要な湿地とみなし、いわゆるラムサール条約に登録、持続可能な水環境として積極的に育てていこうという呼びかけである。

 呼びかけに先立って、湖になんらかのかかわりを持つ人たちや一般市民も参加して、浜名湖の問題点などを知る現地見学会も行なわれた。

 浜名湖に近い佐鳴湖のシジミ復活にかかわるブログ子としては、富士山の世界文化遺産登録に続く環境戦略として歓迎したい。

 ● 結論的なメモ - 湿地の復権と経済的価値

 ただし、見学会やシンポに参加した結論として、

 まず、条約の狙いを住民が十分自覚することがなにより大事であることを悟った。

 条約の狙いとは、要約すれば、水鳥などの生物の生息する湿地を潜在的な経済的価値と位置づけ、そうした持続する水環境を、どううまく人間社会への恩恵に結び付けていくか、知恵を出し合おうというものである。

 言ってみれば、とかく利用価値のない役立たずと言われがちな湿地の汚名返上、名誉挽回とも言うべき湿地の復権活動ともいえよう。

 また、この自覚と並んで、呼びかけの実現に向けては

 湖の保護、保全、再生だけでなく、条約にいう湿地の「潜在的な経済的価値」を目に見える恩恵、たとえば経済活動に結びつけるには、長期的な視野に立つこと、あるいは文化的な視点を持つことなど、それ相当の覚悟を住民側が固めること

が、不可欠であるとも悟った。

 この意味で、条約の基本理念、つまり、持続的な利用(= ワイズユース、賢明なる利用)において、条約所管の環境省だけでなく、国土交通省や経済産業省とも、いい関係をいかに賢く、巧妙に構築するか、このことが住民側に問われるだろうし、成功のポイントでもあろう。

 はっきり言えば、知恵を出そうという意欲が、利害関係者からも一般住民からも自然と湧きあがるような戦略づくりである。もっとはっきり言えば、イメージアップ策として

 国交省が喜びそうなワイズユースの「ラムサール」湿地づくり

 経産省が飛びつくようなワイズユースの「ラムサール」湿地づくり

ということになろう。こうした思い切った、そして新しい発想が要る。

 Imgp1725 これら自覚と覚悟を前提にした産業都市浜松の新「やらまいか」思考は、ほかの多くのラムサール活動に対して、大いなる刺激と新たな誇りを提供するだろう。

 浜松から、そして浜名湖から、ぜひ先鞭をつけたい。

 そこで、まず、浜名湖の問題点などを知ることになった現地見学会および感想を含めた意見交換会について、以下、少しルポ風に書いてみたい(シンポジウム内容については別項)。

 ● 水鳥の生息が重要

  ラムサール条約は、特に水鳥の生息を強調していることから、見学会は浜名湖北部の細江湖から始まった。双眼鏡でのぞくと

 カルガモなどのカモ類などの水鳥がこの季節観察された。このほか、ホシハジロ、キンクロハジロなどの野鳥が多いという。希少種(絶滅危惧種)では

 コアジサシ、ハヤブサ、ハマシギ

などが生息しているらしい。

 ここでは、浜名湖産の大粒カキが養殖杭に吊るされていた。南岸から最近漁協によって移動させられてきたものである。湖の季節変化に合わせたワイズユースの一例であろう。また、カキを吊るす杭に野鳥が羽根を休めている様子はいかにも風情がある。

 ● 地産地消のメガソーラーを生かす

 そのあと、浜松市西区の浜名湖岸に近い浜名湖太陽光発電所(いわゆるメガソーラー)を見学した。日本トップクラスの日照時間を活用した再生エネルギーであり、特に冬場の晴天日数が大きいという浜松の特長を生かしている。

 この再生エネルギーと浜名湖とを結びつけたワイズユースは考えられないか、そんな感想を持った。すべての電力を中部電力に買い取ってもらう今のやりかたは、いかにももったいない。浜名湖への直接還元を考える発想がほしい。今後の課題だろう。

 浜松市は、メガソーラーなどの再生可能エネルギー活用で官民一体の将来ビジョン、

 スマートシティ・浜松

を事業本部を設置して、今推進している。エネルギーを無駄なく賢く利用する〝地産地消〟だが、地消の面で浜名湖の大きな可能性を視野に入れたい。

 湿地のワイズユースと再生エネルギーの地産地消とは決して相反するものではない。

 ● ワイズユースのシジミ採りとアマモ活用

 水草のアマモを遊休農地で循環活用実験をしている村櫛町の現場も訪れた。まだまだ小規模だが、そして実験段階だが、ダイコン、ニンジン、ジャガイモなどが植えられていた。

 窒素、リン、有機物の系外排出など、湖の過剰な富栄養化を防ぐという意味で、ワイズユースの典型例は、汽水域では、経済価値のある

 シジミ採り

である。だが、アマモもかつては、こうした重要農業肥料という経済価値のあるワイズユースだった。化学肥料がほとんどを占める現代のアマモ活用は、新「やらまいか」思考の先端事例として、腕の見せ所だろう。

 最後は、弁天島のいかり瀬。

 Imgp1712 干潮時に渡し舟で上陸したが、この無人島の干潟は、潮干狩りだけでなく、浮遊するアサリの幼生をつなぎとめ、自然育成するアマモの群生地として知られる。ところが、去年、今年とアマモが大量に枯死したことと、アサリ漁業がいずれの年にも大幅に不振だったこととは、関係があるのではないかとの浜名漁協の説明は不気味だった。

 そこで、県外の知見も取り入れて、アマモの代わりに、幼生が取り付きやすいように小石をネットにたくさん入れ、砂地にうずめる再生の試みもなされていた( 写真= 弁天島の砂地 )。

 こうした現場からの自発的な取り組みは、ワイズユースのきわめて重要な要素だろう。

 太陽光を浴びて酸素を湖に提供する光合成のアマモは、1年生と多年生があるが、それらが同時に見られるのは浜名湖だけだという。

 Imgp1734 アマモは、水底で浜名湖を支える貴重な植物である。このことを、無人島で認識した。自立型の湖づくり、そこに生息する生き物が持続できる水環境づくりが、呼びかけに具体的にこたえていくためには重要であろう。

 現地見学会のあと、参加者による感想や意見交換会も行なわれた( 写真右=  浜松駅近くのプレスタワー。立って話をしているのは、はまなこ環境ネットワーク事務局長の山内秀彦氏 )。

 (上記写真のうち、2番目の写真に写っているのは、左端= ネットワーク代表の芥川知孝氏、中= NPO法人地域生物資源研究所理事長の久保靖氏、右= 認定NPO法人自然再生センター専務理事=島根大汽水域研究センター教授の國井秀伸氏 )

 ● 浜名湖の夕景

 以下は、見学会でのスナップ写真( 上= 夜間を除けば一般家庭約1000世帯の電力を賄える出力の浜松メガソーラー(浜松市西区)、中= 渡し舟が走る浜名湖夕景(干潮時)、下= 身のしまった浜名湖産の大粒なカキ  )

Imgp1633_2 

 Imgp1675  Imgp1786 

      (写真は、いずれもダブルクリックで拡大できる) 

 ● 補遺

 このシンポジウムや現地見学会についての報告は、主催者のHP、

 はまなこ環境ネットワーク=

  http://kankyo.hamazo.tv/e4929537.html

に写真付で掲載されている。このブログとあわせて読むと、面白いだろう。

 

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1+2+3+4+5+ = - 1/12 !

(2013.11.08) たいていの人は、 

 1+2+3+4+5+ = -1/12

という驚異的な公式が成り立つと言ったら、

 Image1923_3 そんなバカなことがあるはずはない、と笑うだろう。自信をもって、そんな公式は間違いと断定する。自然数を全部足したら、マイナスになる、ましてや分数になるはずがないと思うのが常識。

 ところが、この公式は、発見者の大数学者の名前を冠して

 オイラーの公式

と呼ばれているというのだから、たいていの人は何がなんだかわからなくなる。現代数学で厳密に正しいことが証明されているのだ。

 そういわれても、まだ、そんなことはない、とがんばるひともいることだろう。だって、常識に反するじゃないかと。正の数ばかりを足し算しているのだから、少なくとも負の数になることなど、絶対にありえないと。恥ずかしながら、実は、ブログ子も高校で無限に続く級数の和を求める授業を受けておきながら、しかも、数学は得意と自信をもっていながら、そう思っていた。

 この公式の証明は、中学生レベルと大学一般教養レベルの二種類で導けることは、最後の「注記」を参照してほしい。ここでは、証明を省略する。

 ここで言いたいのは、有限個の足し算をすることと、無限個の足し算をすることとは全然違うということだ。無限個の足し算は、有限個の足し算の「常識的な」延長線上にはない。

 つまり、

 1+2+3+ +n = n(n+1) / 2

であるのだから、無限個の足し算では、nをどんどん大きくすればいいから、

 1+2+3+ +n + =  ⇒ 無限大

とはならないということだ。この「大きくすればいいから」という常識の論理が成り立たない。それが成り立つのは有限個の足し算という常識が通用する場合だけなのだ。

 そこまでは、ブログ子も高校数学当時、なんとなく理解していたように思う。

 曲者は、この「無限」とか、「無限大」というあいまいな言葉。そう言って悪ければ、これらの言葉に代わって、常識や直感に頼らない別の論理、すなわち集合概念が必要だということに最近気づいた。

 つまり、無限とか、無限大とはいうが、それは数ではない。実体はあったとしても、数とは違う。裏を返せば、常識の通用しないところまで数という常識を外挿したところに誤りの原因があった。

 そのことを分からせてくれたのが、

 先日、「週刊朝日」2013年11月1日号の

 心が躍る数学時間(東大数学科出身の森田真生)/ 数学はどこまでも自由

というコラム。

 このコラムによると、

 集合論で知られる大数学者、カントールは、なんと、

 「無限をそれ自体実体として扱う「神も恐れぬ」集合論の発想で、無限の大きさを比較する方法を編み出した。(中略) すなわち、無限には小さな無限もあれば、大きな無限もあり、その無限の大きさには際限がないことを証明してみせた」

のである。巨大な無限もあれば、極小の無限もあるというのだから、不思議である。さすがの当時の数学者も空理空論であると批判したらしい。

 しかし、カントールは、いかに結果が常識に反するような結論であっても、それが確固とした論理に支えられており、論理のつながりに矛盾がなければ、それは

 数学の自由性であり、数学的な真理

であると主張したらしい。

 つまり、数学のいのちは、論理の無矛盾性

なのである。しかも、それだけで、数学の真理としては十分なのだ。この言葉も含めて、カントールの集合論は数学の土台として不動の地位を今日では得ているとコラム氏は力説していた。

 冒頭の無限級数の和が負の数になるということが、いかに直感に反するように映ろうとも、論理の無矛盾性という観点から、れっきとした数学的な真理なのである。

 数学の自由性とは、森田さんは明示的、かつ明確には言及していないが、人間の日常経験から培われる常識とか直感からは、数学は独立しているという意味だ。

 この意味で、以下の注記を参考に、冒頭のオイラーの公式を、中学数学レベルでもいいから証明してみると、直感にとらわれない数学の偉大さが分かるだろう。

 このブログは、一度は常識を疑おうということをテーマにしている。オイラーの公式は、このことの重要性を見事に示している。

 それにしても、巨大な無限大、極小の無限大があるとは知らなかった。

 ● 注記

 オイラーの公式の詳しい証明については、

 近著『超弦理論入門』(ブルーバックス)の付録に丁寧な解説がある。  

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続 ヒトの直立2足歩行の失敗説 陸に上がるシャチ

Imgp1575_1 (2013.11.08)  先日11月4日付のこのブログで、文化の日にちなみ、

 ヒト500万年の進化において、アフリカの樹上生活からサバンナに降り立ったヒトの祖先がその後、重力に逆らって直立歩行をはじめたのは、手が自由になった点ではよかったのだが、そのほかでは結局、失敗だったと書いた。直立歩行に伴う体内の構造の設計変更につぐ変更によって

 後戻りのできない行き詰まった進化

となってしまい、今の現生人類はいずれ絶滅の運命にある

ということを、動物解剖学者の研究とともに紹介した。ヒトが体が出来上がる前に主体的に環境に働きかけ、生き残ろうとしたのだが、それに見合う肉体などの体制が結果的にうまく変更できなかったというわけだ。

 そのとき、ヒトが、食料獲得の関係で止むに止まれず、重力に逆らって主体的に立ち上がる選択をするというのは、ほかの生物でも、いろいろとあるのではないか

とまで、ブログ子は予測しておいた。

 ● 南米パタゴニアの恐るべきシャチ

 ところが、先日、このブログを読んだある読者から、その実例として

 アルゼンチンのパタゴニアという厳しい環境に生きる

 シャチは、陸上に乗り上げて、海岸のアシカの子ども襲うらしい

という情報をいただいた。

 イルカと同様、知能が高いとはいえ、また、いくら捕食に窮しているとはいえ、哺乳動物として海に生息するシャチが海岸の砂浜にまで乗り上げて狩りをするというのは、無茶。シャチ自身にとっても失敗すれば海に戻れず死ぬわけだから、あるとしても世界でも極めて珍しいだろう。

 ちょっと信じられないので、詳しく話を聞いたところ、なんと、NHKBSプレミアムで、

 海のハンター、シャチ、陸に上がる

というのを放送していたというのだ。これを見て、びっくりした(11月6日「ワイルドライフ」放送、写真= 同番組画面より)。場所は南米アルゼンチンの南部、パタゴニアのバルデス半島の先端の海岸。詳しく言えば、そこのプンタノルテ海岸である。この狩りの光景が見られる季節は3月から5月くらいまでらしい。

 Imgp1614_1 砂浜に乗り上げた後、確実に海に戻れる条件として比較的に海岸が急斜面である場所を選んでいること、獲物にできるだけ近づくために満潮時の入り江を選んでいること、攻撃を素早く行なうために海岸に強く波が打ち寄せる季節を選んでいること-などなど、極めて高度な作戦計画を立てているらしいことがわかる。

 しかも、家族、あるいは10数頭の集団で行なうこと、それも脅かし役、囲い込み役、しとめ役など役割分担もしているらしいことまで分かってきたという。

 さらに、群れの中で、狩りの仕方やコツを実戦さながらに親から子へ現場で具体的に教えているらしい映像も最後に紹介されていた。つまり、狩りの文化がある。

 種は変わるべきときが来たら、一斉に変わる

という主体性の進化論である。

 こうなると、人間がやむを得ず自ら重力に逆らって、アフリカのサバンナで立ち上がったように、

 シャチも、海岸に乗り入れるという選択

としたということがもっともらしく思えてくる。

 やがて、この選択により、厳しい自然のパタゴニアのシャチは、その体内の内部構造の設計変更を繰り返し、ついには、気まぐれな突然変異が親から子に遺伝するなどという悠長なダーウィン的な進化を飛び越え、

 いわば定向的に、

内部構造を変化させるよう進化するのかもしれない。生きるために主体的に陸上でも生活できるほ乳類になる。

 ● 多重フィードバックの仕組み

 そのための定向的な進化のメカニズムは、生殖細胞内のDNAの中の、遺伝子とは別のジャンクと呼ばれる

 調整塩基配列

が担っているのではないか。この塩基配列は限られた遺伝子を、設計変更に向けて、さまざまに組み合わせる働きを担っているように、ブログ子は想像する。

 設計変更による定向進化は具体的にはどういうメカニズムか。

 たとえば、生殖細胞内での

 多重フィードバック

により、次第に収斂する(この遺伝子と調節配列がどのように多重的にフィードバックして、設計変更するのかについては、『逆システム学』(児玉龍彦ほか著。岩波新書、2004年)に詳しい。たとえば第2章第3節)。

 ● 主体性の進化論

 これが、今西錦司氏のいう

 方向性をもった突然変異の正体

ではないかと思う。つまり、調整配列の働きで、ランダムな突然変異がいくつか結合し、システム化され、その結果、方向性のある設計変更が起こると考えればいい。

 設計変更の向うべき方向というのは、進化論で普通いうような自然選択などというあいまいなものではなく、生物自身の判断、つまりは主体性できまる。

 これは、種は変化する。その方向は種の環境である自然が選択、決定するという考え方と真っ向から対立する。都合のいい突然変異が起こるのをのんびり待っていては、種は変化する前に絶滅する。

 ブログ子は思う。

 生物種は、自然環境に鼻面を引きずり回されっぱなしではない。変わるべきときが来たら、かつてヒトの先祖がそうであったように、そして、パタゴニアのシャチがそうであるように、一斉にその内部構造が変わる。

 これは環境が変われば元に戻るような順応機能ではなく、後戻りのできない遺伝子レベルの変化である点に注意すべきである。

 そのメカニズムは、たとえば、生殖細胞内で起こる一定方向に向けた

 多重フィードバック

であろう。

 仮説として、提案したい。

 (写真下は、親子3匹のシャチが連携して、海岸砂浜のアシカの子どもを襲う様子。11月6日放送のBSプレミアム「ワイルドライフ」テレビ面より)

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日本人のアイデンティティ 『神々への道』

Imgp1499_2 (2013.11.05)  科学と社会を考えるこのブログでは、

 日本人のアイデンティティ

というものを論ずる機会はあまり、ない。しかし、浜松市の高台に暮らすようになって、近くに賀茂真淵記念館があるせいか、

 日本人とは何か

ということを考えるようになった。

 ● 古事記と万葉集の心

 賀茂真淵が指導した江戸中期の国学者に本居宣長がいる。『古事記伝』で知られる人だが、もともとの日本人が古来持っている大和心について、

 しき嶋のやまとごころを人とはば

   朝日ににほふ山ざくら花

と歌って、そんな山桜の光景を美しいと感じる心、それが大和心と単刀直入に語っている。日本人なら、だれしもこの言い方にうなづくだろう。

 では、外国人、とくに文明開化の明治期に来日した外国人は、日本人とは何かについて、どう思っていたのだろう。

 外からみた大和心とは何か。

 言い換えれば、欧米近代文明からみると、日本独自の文化について、どんな印象ないし、考察をしていたのだろう。

 ● 神道は日本古来の独自文化

 そのことを知る手がかりとなるのが、つい最近刊行された翻訳書

 『神々への道』(P.ローエル著、平岡厚/上村和也訳、国書刊行会、2013年10月)

である。サブタイトルは

 米国人天文学者の見た神秘の国・日本

である。

 内容を一言で言えば、明治中期のアメリカ人による

 神道の実際見聞とその科学的考察

ということになろうか。

 具体的には、神道の憑依(ひょうい)、つまり神憑り、いわゆる神の乗り移りを、日本人や日本文化に関連付けて、一定の法則性を見出そうと試みている。いかにも近代合理主義者らしい着眼点であり、態度である。

 その結果、神道の憑依は、中国やインドからの輸入文化の仏教の瞑想とは異なるものであると説いている。

 江戸時代の国学者たちは、日本人のアイデンティティである大和心として、

 万葉集や古事記

に求めた。これに対し、明治期に来日した著者のP.ローエルは、それを合理的な分析を通して、

 神道

に見出したといえよう。このことが、つまり、神秘の国・日本という考え方、イメージが、その後の外国人による日本人論に、良いにつけ、悪いにつけ、大きな影響を与えた。

 戦前、神道は国家の祭祀を司る国家神道と位置づけられていたこともあり、

 神道は日本古来の独自文化

という観点を見落としがちだ。ローエルは、この点を日本人に気づかせてくれた。

 というのも、この本の原著の出版は、明治憲法発布(明治22年)のわずか5年後(御嶽山での実地見聞は発布の翌年)。国家神道の考え方が定着する前の神道の原風景の観察と考察が行なわれていることは、日本人のそもそものアイデンティティを考える上で貴重である。

 ● 式年遷宮の年に 

 奇しくも、今年は伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮の年に当たる。先月10月に執り行われた遷宮は古事記や万葉集が出来上がる前から行なわれている日本の固有の文化である。

 日本の固有文化と仏教とは切り離して考えることはできる。しかし、神道を切り離して考えることはできそうにもない。

 日本文化の基底に何があるのか、そのことにあらためて気づかせてくれたように思う。

 一読をすすめたい本である。

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ディナー&ダンスパーティーの夜

Imgp1570_1 (2013.11.04)  老いても恋心を、という作家の渡辺淳一さんのすすめにしたがって、文化の日、今年も浜松市内の大きなホテルで開かれた

 ディナー&ダンスパーティー

に、いそいそと出かけた。あるダンス教室の20周年記念とあって、「ショータイム」を飾るプロダンサーなどの来賓だけでなく、日ごろのレッスン成果を披露する生徒も多く、盛況だった( 写真 )。

 ブログ子は、というと、まだ、習い始めて2年ちょっとということもあり、プログラムの合間、合間の

 ダンスタイム

でなんとか踊れる程度にはなった。が、まだまだ自信をもって、女性をリードするまでにはなっていない。基本がまだまだ十分ではなく、自分のことで精一杯なのだ。

 それでも、パーティでは日ごろのことを忘れて、楽しいひと時をすごすことができたのは成果だった。

 丸テーブルを囲んでの仲間や知らない人たちとの語らいは、気持ちが晴れる。

 そんな中、テーブルを囲んだ10人ほどが、期せずして

 忘年会をしようではないか

という話になって、大いに盛り上がった。これも、大きな成果。

 とにかく、人に会って話をする。それだけで、繰り返すが、日常の鬱積が吹き飛ぶというのはいい。みんなも同じらしいことが、分かった。

 人生、何かひとつ、仕事以外に打ち込めるものを持っていたいものだ。そこから、意外にも道は開ける。

 つくづくそう思う。 

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岡村昭彦は写真も撮れるジャーナリスト

Imgp1422_1 (2013.11.04)  富士ゼロックスの隔月雑誌

 「GRAPHICATION(グラフィケーション」(2013年3月号)

を見ていたら、特集

 岡村昭彦が残したもの

というのを掲載していた。30年近く前に亡くなった岡村氏は、ベトナム戦争の報道写真で知られる。特集は

 「写真家であり、思索者であり、社会運動家でもあった岡村が問いかけたものの意味を、その写真と言葉を通して考えてみたい」

とその狙いを明かしている。

 特集にはいろいろ対談者が岡本について語っているのだが、ブログ子に言わせれば、それも一言で言えば

 岡本昭彦は、写真も撮れるジャーナリスト

だったということだろう。そう考えると、死後、多数発見された同氏の写真の意味がわかる。これを今まであまりに戦場カメラマンというカテゴリーに押し込めすぎていたように感じた。

 基本は、ジャーナリスト

なのである。そのことに気づいたのは、

 浜松市舞阪に拠点を持って活動していた岡村氏だが、その拠点の蔵書の中に

 浜岡原発や中部電力の資料が何冊もあることだった。

 特集によると、たとえば、

 「浜岡原子力発電所前面海域調査報告書」(昭和48年度分-51年度分)

という報告書がある。1号機と2号機の建設や運転が始まっていたころのものだ。単なる戦場カメラマンなら、このような難しい報告書に関心を持って集めたりはしないだろう。社会的な問題意識があった証拠である。社史なども大量に収集していることからも、このことがわかる。

 こうした蔵書(約2万冊)は、静岡県立大学附属図書館が岡村昭彦文庫として所蔵しているというのは知らなかった。

 ● 主語と状況が分かる写真

 2010年には、「岡村昭彦の会」を通じて、遺族から岡村氏が撮影した大量の未発表カラー写真が、東京都写真美術館に寄贈されたという。

 来年2014年7月には同美術館で、その展覧会が開催される。

 大変に興味のある展示となるだろう。この展示で、

 写真も撮れるジャーナリスト

という評価が定まるような気がする。

 つまり、カメラマンがよく狙う異常な写真ではなく、社会的な問題意識のある写真。写真家ではなく、ジャーナリストの目がとらえた主語や周りの状況もわかる写真が多くあるような気がする。

 ぜひ、来夏、訪れたい「岡村昭彦の写真」展である。

  よく、「核」前のR.キャパ、「核」後の岡村と比較されたりもする。

 しかし、それは多分、誤解だろう。キャパは戦場カメラマンであり、岡村はジャーナリストである。キャパからカメラを取り上げたら、何も残らない。しかし、岡村からカメラを取り上げても、ほとんど何も変わらず、活動を続けるだろう。

 このことを確かめる展覧会となる予感がする。

 それにしても、岡村昭彦氏が、ブログ子の暮らす浜松市に拠点をおいて活動していたとは、ついぞ今まで知らなかった。不明を恥じたい。

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失敗作の2足歩行進化 新しいヒト文明観

Imgp1503 (2013.11.04) 人類が歩んだ500万年の進化の歴史は、生物のなかで最も高度なものであるとほとんどの人は信じ、それを疑うのはまれであろう。

 垂直に立ち上がり2足歩行するようになったからこそ、大きな脳を持つようになったホモサピエンス。生物進化のメインストリートとは、2足歩行の人類の登場と、その後の脳の巨大化の道のりのことであるさえ人は思っている。

 だから、神の姿に似せた自分たちの存在は生物界の最高傑作と、ほとんどの人は考えるまでもなく当然のこととして了解している。

 果たして、この人間中心主義的な人類進化観は正しいのであろうか。文化の日にあたって、新しい文化論として、この問題に立ち入って考えてみたい。

 結論を先に言えば、さまざまな動物の解剖学的な人体内部構造論からみると、垂直に立ち上がり、2足歩行への道のりを可能にする人体の設計図の変更に次ぐ変更は、結局

 行き詰った、つまり後戻りのできない失敗作

ではなかったかというものだ。

 少し詳しくこの結論を解説すると、内部構造論からみると、サルからヒトへ、重力に逆らって垂直に立ち上がり、脳を巨大化させた進化には、それらの代償として、人体の設計変更だけではどうにも対応できない無理、つまり腰痛、股関節痛、ヘルニア、心筋梗塞、脳卒中、貧血などさまざまな現代文明病が人体を苦しめている。

 物理的な面だけでなく、精神的にも、脳の急速な巨大化の代償として、心臓病だけでなく巨大脳の防御反応に起因する「うつ」が人間を痛めつけている。

 2足歩行のメリットは手が自由になったことのほか、気道が開き、さまざまな発声が可能となり、言語コミュニケーションができるようになったことが挙げられる。このことが脳の巨大化を加速させたとも考えられる(500万年で、脳容量は約400ccから約1200ccと3倍にもなった) 

 ● 設計変更に行き詰まり、現生人類も絶滅する

 Imgp1497_2 こうした結論に達したのは、ひとつには、NHKのシリーズ特集「病の起源」をみたことがある。先週も、心筋梗塞などの心臓病の起源として、重力に逆らって立ち上がったことが挙げられていた( 注記 )。

 もうひとつは、大きな影響を受けたのだが、

 『人体 失敗の進化史』(遠藤秀紀、光文社新書。2006年)

に出会ったことである。遠藤氏は、国立科学博物館で活躍してきた動物遺体解剖学者(現在京大教授)。C.ダーウィンのような動物の外側からの外観観察からではなく、解剖学的な考察がこの本には書かれていて、面白い。

 遠藤氏は、ヒトの未来はどうなるかについて

 「遺体解剖で得られた知をもって答えるなら、やはり自分自身を行き詰った失敗作ととらえなくてはならない」

と不気味な予測をしている。つまり、巨大脳を持ったことが結局は取り返しのつかない失敗を生み出すことになり、人類は終焉を迎えるという。

 この遠藤説をはっきり言えば、設計変更の失敗により、500万年前にアフリカから始まったホモ・サピエンスの進化のうち、たった一つ生きながらえてきた現生人類も、やがて絶滅するに違いないということにほかならない。

 となると、無限の可能性が秘めているせっかく脳の巨大化をいかに上手に活用するか、ここに人類の未来がかかっている。

  裏を返すと、遠藤説は、巨大脳の生み出す現代文明が、設計変更の行き詰まりを一層加速しているという困った今の状況に対する警告でもあろう。

 ● 主体性の進化論  ヒトはなぜ2足歩行を始めたか 

 最後に、人体の内部構造的には無理なのに、あるいは必然性はないのに、ヒトは、なぜ2足歩行を始め、それを維持し続けたのであろうか。

 あえて言えば、生物学者だった今西錦司さんではないが、環境に逆らっても、生きながらえるために、環境に唯々諾々と振り回されることなく

 自らの主体性

を貫いたからであろう。突然変異を通じた親から子へ、そしてそれが種内に広がっていくという設計変更の環境が整うのを待つことなく

 起こるべくして一斉に種内に2足歩行が起こった

のではないか。突然変異など待ってはいられない。それでは種は生き残れない。いわば主体性の進化論である。

 このことはなにも巨大脳のヒトだけでなく、すべての生物の進化で、大なり小なり主体性はおこったにちがいないとブログ子は思う。

 生物には、人間同様、主体性がある。

 人体は最高傑作などではなく、むしろ早晩、絶滅の運命にある失敗作。設計変更の失敗作の代償として手に入れた大きな脳。環境に振り回されることなく、この脳で主体性を発揮する。そこから、謙虚で、新しいヒト文明観が生まれるように思う。

 

 (トップの写真は、「週刊文春」2007年10月18日号「CATCH UP」 スクープ撮 !!  2足歩行進化論より。東山動植物園(名古屋市)の綱渡りするゴリラの様子。ヒトに比べて、異様にヒップが小さいのが気になる。このことは、ゴリラがそもそも2足歩行に適した動物ではないことを示している。2足歩行にはヒップにある大臀筋の発達が不可欠)

 ● 注記

 Imgp1498_2 病気というものを、その動物の進化から、特にダーウィン進化学から考察したものに

 『進化から見た病気 ダーウィン医学のすすめ』(栃内新、ブルーバックス。2009年)

がある。生活習慣病、感染症、遺伝的な疾患について、2足歩行と関連付けて紹介されている。

   

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狭い国土の「リニア」、数学的な発想とは

Image1917_2 (2013.11.01)  先日、9月23日付のこのブログで

 リニア新幹線は儲けなくてもいい、南海トラフ地震対策である

と書いた。ぜひ早く建設するべきだと書いた。これを読んだ、ある大学の数学関係者から

 科学ジャーナリズムの視点からは、そうかもしれないが、

 数学的な視点からは

 狭い国土をできるだけ広く利用するには、建設しないほうが合理的だ

との指摘を受け、びっくりした。

 リニア中央新幹線が数学的な視点と何の関係があるのか、最初は分からなかった。

 でも、よくよく説明を聞いたら、なるほどと感心した。

 普通は、

 狭い国土をできるだけ広く利用するには、速い電車や車をつくればいい

と考える。狭い国土とはいえ、日数がかかり、これまで行きたくてもなかなか行けないところえも、速い乗り物なら、たとえばリニア新幹線なら日帰りでいけるようになるからだ。

 件の数学者の指摘は、この常識に一見、反する。

 ● 時間的な「距離」

 「2点間を電車で移動するあらゆる経路の中で最小の時間」をその経路の「距離」とみなすとする。つまり、このときの距離というのは、地理的な距離ではなく、その2点間を移動するのにかかる時間的な隔たりの意味。

 これだと、リニア新幹線の速度を半分に落とすと、距離、つまり時間的な距離は、当然、2倍になる。すると、国土の〝時間的な〟面積は4倍と、グンと広くなるというのだ。

 理屈である。

 こんな考え方は屁理屈ではないかと最初は思った。

 しかし、この発想は、数学者出身の世界的な経済学者、宇野弘文氏の発想らしい。数学的にも合理的らしい。数学的に合理的であるだけでなく、速度が遅くなれば途中下車が必要になり、途中の街は栄えたりもする。つまり、速い乗り物では途中の国土が有効に活用できなくなり、国土が狭くなるというわけだ。

 今の東海道新幹線よりも倍近い速さのリニア新幹線ができると、東京-名古屋間の時間的な距離は今の半分になる。これでは、確かに心理的な国土の広さはますます狭くなる。

 この数学的な逆転の発想、言葉の遊びではないという。

 教えてもらったのだが、この件の数学的にみた少し詳しいことは

 2009年4月14日付朝日新聞朝刊「科学」欄の

 小島寛之の「数学カフェ」 「距離」を変えれば国土広く

に解説されている( 写真 )。この見出しは、

 「距離」を、時間的な距離という意味に、変えれば国土は広くなる

という意味だろう。

 こんなことまで教えてくれた読者というのは、ありがたい存在である。

 ● 蛇足

 宇宙の大きさは、光の速さで移動しても、端から端まで移動するのに137億光年かかる。もし、仮に光の速さが秒速30万キロの半分になったとすると、その世界では宇宙の広さは、今の倍の274億光年と大きくなる。

 光の速さで移動する光速リニアがあれば、端から端まで行くのに現行では137億年かかるのに対し、光速半分の世界では、274億年もかかる。光速半分の宇宙では、地球人も含めてすべての宇宙人は、今の感覚より、宇宙はなんて広いのだろうと感ずるだろう。本当はどちらも同じ大きさなのに。

 同様に、光速が今より、1000倍も速い世界では(光速=秒速3億キロ)、宇宙の大きさは、1370万光年になり、なんとも狭いと感じるだろう。こんな狭い宇宙になんといろいろな天文現象があるのだろうと感ずる。本当は、つまり、地理的な距離で言えば、今の広い宇宙と同じ大きさなのに。

 そしてまた、宇宙が誕生した1370万年前といえば、人類がサルから進化し始めたころにあたる。心理的な進化時間の流れが、今の一瞬にすぎない人類進化に要する時間に比べて、ものすごくゆっくりしていると感じる。時間の〝解像度〟が悪いからだろう。

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