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懐かしのシネマ、それは語らいの場

(2013.10.24) 今年が森繁久弥さんが生まれて100年というわけでもないのだが、ブログ子の仲間が主催する

 シネマカフェ

で森繁久弥さんと、淡島千景さんの主演映画

 「夫婦善哉」(豊田四郎監督。東宝、1955)

を、何人かの映画ファンとともに観た。

 ● 森繁「夫婦善哉」を観る

 久しぶりに観る懐かしの映画であり、懐かしい大阪弁に接する機会でもあった。

 森繁さん演ずるダメ男、柳吉と、芸妓、蝶子の淡島さんの夫婦ぶりが映画の見所。戦前の法善寺の様子が映画の舞台で、水掛け不動明王も出てくる。商売繁盛と恋愛成就の神様である。

 映画の最後は、雪のちらつく法善寺横丁で、

 帰らぬこととは知りながら

と柳吉が歌う。お不動さんの横を二人が小走りに通っていくところを上から撮影するシーンで終わっていて、なんとも余韻があっていい。

 森繁さんはこの映画で、俳優としての地位を確立するのだが、この映画が公開された翌年から15年間も

 あのダメ「社長シリーズ」

を演ずることになる。高度経済成長期にピタリと重なる。植木等のサラリーマン「無責任シリーズ」(東宝)と相乗効果を上げた映画であった。

 2か月に一回開かれるカフェでは、法善寺横町などが話題になるなど、映画を見ることよりも映画を観た後の互いの語らいがいい雰囲気だった。

 ● 週刊現代にも「森繁を語ろう」

Imgp1465_1  最近の「週刊現代」11月2日号にも

 森繁久弥を語ろう

という記事が出ていた( 写真 )。この記事によると、森繁さんは大阪府枚方市出身で、戦前、戦中はNHKアナウンサーだったらしい。

 その森繁さんが亡くなって、はや4年にもなる

  映画を観たせいか、なんだか昭和の終わりに大阪で3年間、夕刊紙記者として修業していた時代が懐かしくなった。25年ぶりぐらいに

 月の法善寺横町

の小料理屋あたりで、記者時代の友人と静かに酒を飲み交わしたくなったことを正直にここに書いておきたい。

 映画の効用、あるいはその後の語らいのおかげだろう。

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コメント

 昭和の終わりの大阪と今の大阪とでは、風情が違って来ました。 
 法善寺の辺りも変わらないようで変わって来ました。 私のような安月給取りでも気兼ねなく飲めた小さい居酒屋が少なくなり、大阪らしい個人営業の老舗も少なくなり、チェーン店が幅を利かしています。 残っているのは、老舗の中でも格上で富裕な顧客がついている御店です。
 私等は、今も昔も、老舗には縁が無く、アメリカ村にあったパブやショット・バーで友人と飲むのが常でしたが、その辺りも変わりました。 何やら得体の知れない若者が集まり、街の様子が悪くなったようです。 
 元々、大阪は、猥雑な街でしたが、バブル後の経済停滞から衰退で品の無さが極まりました。 地下街を歩けば分かります。 安売り専門の品の無い店が増殖して、安価な飲み食いを提供するチェーン店が要所にあり、まるで闇市のような雰囲気です。 反対に高級食材を扱う黒門市場には、余り客が集まらず、此処もまた、安価で飲食を提供する御店に衣替えをする店が多くなっています。
 悪貨は良貨を駆逐する、大阪はその例ですね。 でも、最近、大阪へ行き、当時のパブやショット・バーで、今も健在な御店を数店、梯子しました。 バー・ケント、吉田バー、の両店です。 両店とも御子弟が引き継がれていました。 御店は、昔と全く変わらず、時間が止まったようでした。

投稿: とら猫イーチ | 2013年10月26日 (土) 13時44分

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