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なぜCERNはノーベル賞から外されたか

(2013.10.15)  今年のノーベル物理学賞を、イギリスのP.ヒッグス博士とF.アングレール博士の二人に授与すると、スウェーデン王立科学アカデミーの選考委員会が先日、発表した。このことに異議を申し立てる人は少ないだろう。

 Imgp1420_12_1_2 なにしろ、ものにはなぜ質量があるのかという素粒子物理学の大問題に対し、新粒子を予測し、質量を持つメカニズムを解明したからだ。二人は1964年、独立して別々に、しかも、ほぼ同時に、アメリカ物理学会の有名な専門雑誌、Phys.Rev.Lett.(略してPRL誌)に発表した( 注記 )。

 その予測が正しいことは、昨年夏、ヨーロッパの原子核に関する合同研究機関、CERNにより、数千人の研究者の努力の末、ついに実証された。これにより、現在の素粒子物理学の標準理論はほぼ完成した。

 だから、二人の受賞は当然であり、文句のつけようがない。

 ところが、時事通信社の配信記事(10月9日夜)によると、スウェーデン王立科学アカデミーの会員から、実証したCERNにも授与すべきであると異議を申し立てている。表彰は3人の枠があるのだから、その最後の枠にCERNを入れてはどうか、というのだ。

 選考委員ではないこの会員の言い分は、一見もっとものような気がする。しかし、ブログ子に言わせれば、そんな授与はまったくばかげていると断言できる。ノーベル物理学賞の名誉のためには、そんな授与はあってはならないといいたい。

 なぜか。

 ● 当初、ヒッグス理論を否定したCERN

 確かにヒッグス粒子の実証ではCERNは大きな貢献をした。しかし、ヒッグス博士のそもそもの論文を否定したのもCERNなのだ。この研究所の専門学術誌に投稿されたものなのだが、投稿は、あろうことか、ばかげた論文として「Reject」(掲載お断り)となり、ヒッグス博士は門前払いを受けた。

 これにはCERNのほうにもいくらかの言い分があろう。が、ヒッグス博士のショックは計り知れないほど大きかったことは間違いない。

 それでも気を取り直し、ヒッグス博士は、投稿先を変更し、先の米物理学会誌、PRL誌に再投稿した。それが論文審査の査読者だった南部陽一郎博士の目に留まる。審査した南部博士の決定的ともいうべき重要なアドバイス、つまり、投稿論文の結論は何を意味するかコメントしてほしいというヒッグス博士へのアドバイスで、新粒子の存在を明確に示唆する一文を投稿論文に追加した。このことが、今回、注記にも挙げておいたヒッグス博士の受賞論文の評価につながった。

 ヒッグス粒子論文を切り捨てた〝前科〟のあるCERNが、ヒッグス粒子予測の業績の二人と並んで、ノーベル物理学賞を受ける。そんなことをすれば天下の笑いものになる。だけでなく、輝かしい業績に対して贈られる賞そのもの汚すことにもなる。

 せっかくの論文をかつて切り捨てたという汚名を返上し、実証でなんとか名誉を挽回したというのが、CERNに対する評価だろう。功罪が相半ばした。

 今回、有力な授与対象としてCERNというものがありながら、あえて、選考委員会が「空席」にした。これは有体にいえば、CERNの過去の重大な失態に対する

 無言の、しかも公正な見せしめ

なのだ。CERNの中で誰を選んでいいか、迷った末、見送ったというのはあまりに皮相な見方にすぎる。

 ● 数式で考える人、南部博士の予言

 投稿されたヒッグス論文を査読の段階で高く評価していた南部博士。この南部博士こそが三番目の受賞者として今回名を連ねてもおかしくない人物だと思う。大阪府豊中市在住の南部博士は、

 数式で考える人

だといわれている。日本語でも英語でもない。数学で考える。「紙も鉛筆すらもいらない」という理論物理学者ということになる。

 それでいて、弦理論、色の量子力学、ノーベル物理学賞となった自発的対称性の破れの理論など現代物理学の最先端にいくつも大胆なアイデアを提供し、物理学に刺激を与え続けてきた。計算力においても、大胆な着想においても、その才能は並外れて秀でている。

 多分、湯川秀樹博士や恩師の朝永振一郎博士よりも、すごい業績であると思う。

 今回のノーベル賞の授与で、素粒子の標準理論は新しい段階に入った。重力を無視した極微の素粒子の世界と、宇宙論などの重力の理論とを統一的に論ずることのできる統一理論への道が、本格的にスタートしたといえよう。

 標準理論に限れば、最後の予測粒子、ヒッグス粒子が発見されたことで、その先、つまり、ボゾンとフェルミオンに関する超対称性粒子というさらに新しい粒子が存在するかどうかが焦点となる。

 この点について、20世紀後半を代表する現代物理学の改革者であり続けた知の巨人、南部博士は今夏の講演で、慎重な氏には珍しく、

 「ないと思う」

とかなり確信に満ちたコメントを披瀝している。

 この預言者の予想が言うように、もし本当に超対称性粒子が存在せず、標準理論が行き詰るとすると、なぜ素粒子の質量はこんなにもバラバラなのか、素粒子の世代はなぜ3世代なのか。それらは謎のままだ。

 今、92歳。老兵はいまだ去らずだが、そして存在しないことを証明することは存在証明よりはるかに難しいが、氏にとって最後の大予測となるかもしれない。

 ところで、南部博士は、統一理論の元祖、弦理論の創始者のひとりでもある。標準理論が素粒子は「点」であるということを仮定するのに対し、弦理論では、素粒子は部分をもつ「弦」という一種類の素粒子から出発する。そうすると、弦理論は数学的に自然な形で重力を含む理論と同一になる。とすると、重力というのは一体何なのか、という疑問が出てくる。

 さらに、想像を膨らますと、重力と深くかかわる時間とか空間とは一体何なのか、それは物理的な実態なのであろうかという疑問すらでてくる。

 このように、ヒッグス粒子の存在確認は、この先、どんな物理学の世界が待っているのかという好奇心をさそう。

 いずれ発見されるだろう統一理論により、宇宙はどのようにして生まれたのか、という謎も、神に頼らず合理的に説明されるだろう。

 元物理学徒の凡才ブログ子ではあるが、生きているうちに、そんな新しい宇宙像に接してみたい気がする。 

  (写真は2013年10月9日付中日新聞。記事によると、ヒッグス理論の突破口は、南部博士の研究だったと受賞記者会見でヒッグス博士は語った)

 ● 受賞論文

 F.Englert and R.Brout 「Broken Symmetry and the Mass of the Gauge Vector Mesons」

 PRL 13,321(1964)

  P.Higgs 「Broken Symmetries and the Mass of the Gauge Bosons」 PRL 13,508(1964)

  いずれの論文も、PRL誌の当時レフリーだった南部博士が査読している。なお、第一論文の著者、Brout博士は、すでに死亡しているので、惜しくも今回の受賞にはいたらなかった。生存していたら、有力な候補者にはなっていたであろう。

 ● 補遺 2013年10月18日記

 朝日新聞社の週刊誌「アエラ」の最新号10月21日号に、科学ジャーナリストの尾関章氏が

 三つあったヒッグスの理論

というコラムを寄稿している。選考委員会で三人目をめぐる議論があったか、なかったかという問題について自身の考えを述べているのだが、一言もCERNについては言及していない。

 Imgp1424 鋭い洞察力であり、卓見であると思う。

 ただし、発表当日の最終選考ではこの問題についてあれこれ議論したとは思えないが、その前の半年以上にわたる選考過程では、二人のほか、もう一人追加すべきかどうかについて、さまざまな議論があったであろうとは述べている。ブログ子もそう想像する。

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投稿: 楽天 アディダス スニーカー | 2013年11月14日 (木) 21時41分

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