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番組は21世紀の危機を警告できたか

Imgp1484_1_2 (2013.10.26)  深夜、NHKプレミアム「アーカイブス」時間のこの警告番組を拝見して、つくづく、

 本物の危機の予兆をつかむことのなんとむずかしいことか

とため息をついてしまった。

 深刻なドキュメンタリーなのに、そしてチーフディレクターの吉田直哉さんが世界を飛び回わり取材し、自らも案内役として出演している大型番組なのに、失礼な話だが、正直に言わせてもらえば、ついつい笑ってしまった。

 この警告番組、というのは、

 NHK特集 21世紀は警告する

という1985年に初回放送されたものの「アーカイブス」(10月25日深夜)である。

 21世紀まであと15年という位置に立って、20世紀の人類と地球が直面している地球規模の危機、あるいは破局の予兆や前兆をつかみとり、それらを21世紀に向けてどう回避するか、文明の転換には何が求められるのか、高名な世界の知性にインタビューし、警告するという趣旨。

 結論を先に言えば、見事な趣旨ではあるが、見事な失敗作である。このことは、21世紀に入って13年後に再放送されたこの「アーカイブス」自身が、これまた見事に証明してくれたといえよう。

 ● なかった地球温暖化の警告

 なぜそういえるのか、具体的に指摘すれば、つぎの通りだ-。

 第一。地球規模の文明の危機といえば、現象が事実かどうかはともかくとして、地球温暖化問題だが、このことについては1985年段階でも、その予兆の報告はあちこちで具体的に報告されていたにもかかわらず、一言の言及もなかった。「温暖化」、あるいは「二酸化炭素」という言葉が2時間の放送時間にまったく出てこない。環境破壊、生態系の破壊という意味の伐採によるアマゾン流域の森林の破壊しか出てこない。

 1980年から1986年にかけて、NASAゴダード宇宙研究所など4つの科学チームが「地球は温暖化している」と報告。1987年の国連総会ですら温暖化に関する勧告の提出を決議をしている。この年、地球年間平均気温が観測史上最高を記録したことを受けたものである。1988年には、今日まで続いている地球温暖化に関する政府間パネル(IPCC)が発足している。

 Imgp1492_1 さらに言えば、1980年代には、温暖化の逆、つまり

 『冷えていく地球』(根本順吉、角川文庫。1991年) 

という近づく氷河期問題も盛んだった。根本氏は気象庁のベテラン予報官だ。

 こういう問題にいちはやく切り込み、警告してこそ、「21世紀は警告する」というタイトルにふさわしい。それがまったくなかった。

 ● リーマンショックの予兆

 第二。グローバルな経済問題に関する警告も的外れだった。1985年というのは、日本はバブル経済突入の直前なのに、その予兆や前兆について、警告どころか言及すらなかった。いわんや、強欲資本主義とまで言われた

 アメリカ発のリーマンショック(2008年9月)

に対する20世紀からの警告はなかった。しかも、『隷従への道』など自由放任の経済を支持するF.ハイエク(1974年ノーベル経済学賞)にインタビューしているのに、同氏からは放任には地球規模の深刻な経済破たんを招くという負の面もあるというような学者としての謙虚な危惧や警告もなかった。

 Imgp1481_1 あまつさえ、目前に迫っていたベルリンの壁崩壊(1989年)やソ連邦崩壊(1991年)というそれこそ、地球規模の経済、政治の大変動などの予兆すら番組で指摘されなかったのも無理はない。ハイエク氏は社会主義経済は成り立たないという持論を持っていたのだから、もっと突っ込んだ警鐘を引き出せたはずだ。残念ながら、それが番組ではなかった。

 ● 人類は100年後に大きな壁

 第三。もはや、あまり責めたくはないが、文明の衝突という側面からの

 湾岸戦争、あるいは、同時多発テロ、イラク戦争

というものの予兆などはとうてい無理という印象だった。当然だが、まったく言及はなかった。

 第四。東北大震災は無理としても、20世紀原子力文明としての原発に関する言及はなかった。当然だが、

 3.11原発震災

を予感させる指摘が、どの世界の知性からも聞かれなかった。吉田チーフ・ディレクターの頭にもなかったと思う。

 世界の知性へのインタビューとして、ハイエクのほか、C.ミロシュ(詩人)、福井謙一(1981年ノーベル化学賞)、司馬遼太郎(作家)、田中美知太郎(ギリシャ哲学)、中村元(インド哲学)などが登場していた。

 しかし、文明の転換には何が求められるかという肝心な点では、示唆に富むものはほとんどなかった。老人の単なる雑談程度だった。これだけは言っておかないと、死ぬに死ねないという熱情のような迫力は皆無だったのは残念。

 かろうじて言えば、司馬さんが

 「100年以内に人類は大きな壁にぶつかり、文明が持たなく時がくるのではないか。その時、人類は明るい絶望感をいだくかもしれない。何もないことは明るいことでもある」

というような不気味なことを語っていたのが印象的だったにすぎない。

 こう考えると、いかに

 21世紀の本物の危機を、20世紀から嗅ぎ取るのが難しいか

がわかった。

 その意味で、優れた夜の番組だったと感謝している。

 (写真下は、番組キャスターをつとめた吉田直哉チーフ・ディレクター。番組画面より) 

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