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世界の年代測定学の〝ロゼッタ・ストーン〟 - 若狭・水月湖の年縞の本当のすごさ

Imgp0500  (2013.09.04)  福井県北部出身のブログ子だが、南部の若狭・三方五湖をめぐり、湖に隣接する博物館を訪れて、つくづく感心したことがある。

 神さまというのは、なんと公平なのだろう

と。

 過疎だとか、何だとかいって、地域を分けへだてしない。みんな平等にそれぞれに大切なものを、ちゃんと地域に分け与えてくれている。問題は、地域がそれに気づくかどうかなのだ。

  ● 学際的な水月湖学へ 

 たずねた博物館というのは、若狭三方縄文博物館(福井県若狭町)のことだが、ここには、五湖の一つ、水月湖の水底から掘り出された

 世界の年代測定学の〝ロゼッタ・ストーン〟

とも言うべき年縞(ねんこう)が館内展示入り口の冒頭に飾られていた(写真)。

 縞模様をみたときのブログ子の正直な感想を一言で言えば、世界的で、学際的な

 水月湖学

が成立するのではないか、というものだった。

 Imgp0562 ロゼッタストーンというのは、言うまでもないことだが、古代エジプトの神聖文字のヒエログリフが、ギリシャ語と当時の現地民衆語と並べられて、勅令を綴った石碑。この言語の三点セットこそが、神聖文字解読の重要な手がかりとなった。この石は、エジプト遠征をしたナポレオンがフランスに持ち帰ったものだが、なぜか、今はロンドンの大英博物館が所蔵し、その正面玄関に特別展示されている。古代エジプト学の金字塔であろう。

 また、年縞というのは、水底に四季折々の堆積物が1年単位のサイクルで積み重なった年輪のようなもの。春から夏にはプランクトンの死がいが湖底に白っぽくなって降り注ぐ。秋から冬には、湖の陸地からゆっくりと流れ込んできた鉱物が降下して堆積する。プランクトンや鉱物だけではなく、当然、植物の葉っぱなども湖底に静かに堆積する。

  ● 極めて安定した湖の条件とは   

 若狭三方縄文博物館を訪れたのは、日本陸水学会東海支部の会員である知人の誘いだった。内輪のサマースクールであり、気楽な一泊旅行というので、遊び気分で参加した。しかし、学芸員の小島秀彰さんのスライド講演を聞いて、びっくりした。

 Imgp0509 年縞といったって、そんなものはどの湖にもあることで、たいしたことではない。最初、ブログ子はそう思った。だが、講演が進むにつれ、世界的にも、極めてまれな条件が重なって学術的に貴重な資料となっていることに気づいた。

 地質学的な年代が1年単位で、しかも季節までわかるという驚くべき精度が、今から数万年までさかのぼって連続してわかる。そのための

 まれにみる極めて安定した湖の条件とは何か

という問題だ。

 一つは、湖面に波が立ちにくいように、つまり湖の上下のかき混ぜ効果がないように、湖全体が高くもなく、低くもないちょうどいい高さの風除け山に囲まれていることだ。

 そういえば、私たちが訪れたときの水月湖は、雨模様の荒れた天候にもかかわらず、波のほとんどない鏡のような水面だった(写真= 梅丈岳レインボーラインの北側からみた光景。左手奥が菅湖、右手奥が三方湖)

 もう一つは、生きものがあまり生息しておらず、湖底が引っ掻き回されないというのも必須条件らしい。だから、あまりにも浅い湖は、周辺の気象や環境を受けやすくダメらしい。

 それと、大事なことだが、川が流れ込んでいないことだ。

 これがあると、せっかくの縞模様も台無しになる。河口にはいろいろなものが流れ込んだり、水害、台風もあり、安定という条件を満たさない。水月湖は、四つの湖に囲まれていて、川には直接接していない。人々の暮らす最も南側の三方湖は生活河川(はす川)が流れ込んでいる。だが、三方湖が水月湖への影響を最小限に食い止める防波堤の役割を果たしている。

 ● 東側に活断層の奇跡

 これだけでも、安定条件はかなり厳しいが、しかし、世界にはそんな安定湖はいくらもありそうだ。

Imgp0563  ところが、これらに加えて、水月湖が世界でほとんど唯一といっていいくらい、湖底が7万年にわたって安定していたことを講演で知った。

 こうだ。

 この湖の東側には、ありがたいことに活断層があり、湖の底を毎年毎年少しずつ、押し下げている。その押し下げ沈降量が

 ちょうど、湖の中心の湖心に毎年降り積もる堆積物の高さにバランス

しているというのだ。この結果、7万年のあいだ

 湖心の水深は34メートルと一定

だったというから、神さまも味な計らいをしたものだ。

 34メートルという数字も掘り出すには深からず、静かな環境を維持するには浅からずで、もってこいというから、絶妙だ。

 だから、海とおだやかにつながった汽水の水月湖は枯れもせず、さりとて日向湖のおかげで若狭湾の荒海にも直接にはさらされず、静かな汽水を維持しつづけた。

 このようにして三方五湖の五つの湖は互いに、それぞれの役割を分担し、互いに助け合った。こうなると、確かに

Imgp0564  7万年の奇跡の堆積物

というのも、大げさではない。

 いわば、

 水月湖は、神さまからいただいた賜物、傑作

なのだ。こんなことは、そうそうあるものではないと納得した。

 博物館展示の入り口の最初のところに、ボーリング調査をしたイギリスのニューカッスル大学の中川毅教授が、世界の年代測定学の研究者を代表するかのように、よくぞ保全してくれていたという趣旨の感謝のメッセージを手書きでホワイトボードに記している(写真)。過疎のおかげとは言いたくないが、その気持ちがよくわかる。

 ● ダイナミックな謎解きの発火点に     

  ところで、この年縞の本当のすごさとは何か。

  それは、

 ある特定の一枚の年縞につまっている地質学的な出来事が、湖底から何番目の縞であるか1年単位でがわかるのと同時に、その年縞に含まれる葉っぱのような有機物由来の絶対年代が炭素年代法でもわかる

という点だ。あれこれと較正のために換算する必要がない。一つの縞のなかで起きた出来事が二つの独立したものさしで、しかも絶対年代でわかる。年縞のほうは年単位の精度。こうなると、炭素法の誤差までわかるのだから、驚きだ。

 たとえば、気候変動などの因果関係がどうなっているのか、これまであいまいだったものが正確に確定する可能性が出てくる。二酸化炭素が増えたから、温暖化が進んだのか、それとも、逆で何らかの原因で温度が上がったから、海水などから二酸化炭素があふれ出てきたのか。数万年のタイムスケールで判明するだろう。

 それに限らず、この縞模様は国際的に利用可能なものであり、今後、考古資料や化石の年代測定が革命的に精度が上がる。その結果、精度が上がったというだけでなく、原因と結果という因果関係の見直しにまで発展する可能性がある。

 これが、水月湖年縞の本当のすごさ

であろう。

 さらに言えば、一筋の縞模様の二つの独立した絶対年代という情報が含まれている2点セットが、決定的にすごい点だ。

 ロゼッタ・ストーンは異なる独立した言語の3点セットが、神聖文字の解読に大いに役立った。そして、そこからエジプト学は画期的な進展を遂げた。

 水月湖の年縞は年代測定法の2点セットであり、ブログ子が、

 世界の年代測定学の〝ロゼッタ・ストーン〟

と言いたい所以である。

 ● 成果を競う国際学術会議も

 すごさを、別の一言で言えば、定説に対するさまざまな研究分野の

 謎解きの世界的な始まり

ともいえる。

 地質学的、考古学的な年代測定の世界標準ものさし

となるようだが、当然のような気がする。しかし、

 単なるものさしの世界標準

と矮小化してはなるまい。もっとダイナミックな研究の始まり、発火点となるだろう(補遺参照)。

 そんな成果を思うにつけ、数年後には、水月湖のあたりで、年縞調査20年を集約する

 年縞に関する国際学術会議

を開催する企画があってもいい。きっと分野横断的な水月湖学が出来上がるだろう。そこから、これまでの定説を根底からくつがえす、アッと世界を驚かす成果もでてくる。

 旅はしてみるものだ。とりわけ、ふるさとへの旅は。

  ● 注記 

 この旅行のあと、ふとしたことから、

 『氷に刻まれた地球11万年の記憶 温暖化は氷河期を招く』(R.アレイ。ソニーマガジンズ、2004年)

という米科学賞(ファイ・ベータ・カッパ)を獲得した本を読んでみた。グリーンランドでの長さ2マイルに及ぶ氷柱を掘り出し、そこに刻まれた氷の〝年輪〟を分析した解説書である。

 結論は、地球の未来は温暖化ではなく、異常気象ということだった。

 この本を読んで、

 三方五湖は

 日本のグリーンランドである

ということだった。

  ● 補遺

 Imgp0487_1 博物館ではないが、博物館を訪れた日の地元紙、福井新聞朝刊(9月1日付)に

 マヤ文明の解析に水月湖年縞活用

という講演記事が出ていた。マヤ文明の特徴である公共祭祀建築の年代がこれまでの定説より大幅にずれていたことがわかったという。文明の位置づけが変わる大きな発見らしい。今後、これと似たようなさまざまな研究成果が続々と発表されるだろう。

 ● 補遺2  2014年8月27日記

 「日経サイエンス」2014年10月号の「国内ウォッチ」コーナーに、日経新聞福井支局長による

 年縞掘削の最前線を訪ねる

という記事が掲載されている。中川毅教授が日本に帰国し、立命館大学古気候学研究センター長にこの4月に就任、研究を加速させているというニュース。

 2006年に続いて、このほど水月湖で87メートルの年縞の掘削に成功した。年にして、18万年分の情報である。

 これには福井県が学術観光として成功した福井県立恐竜博物館(勝山市)の第二弾、有体にいえば

 二匹目のドジョウ

としてこの年縞に目をつけ、今年度から予算措置を講じた成果らしい。

 「考古学の世界標準時」づくりとしての水月湖学が本格的に動き出したといえそうだ。具体的には、マヤ文明の解明に大きく役立ってもいるらしい。

 注目したいのは、この掘削には西部試錐工業(せいぶしすい。長崎県時津町)という ベンチャー企業がかかわっていることだ。

 いずれ、水月湖学では年縞をテーマにした国際会議が開かれるだろう。たとえば、世界湖沼会議が若狭湾あたりで開催される日も、そう遠くないのではないか(国際放射性炭素学会がすでに2012年、この水月湖年縞を考古学における世界標準時とすると決議しているが、このものさしを活用した、幅広い考古学的な成果そのものの、つまり水月湖学の成果を論議する国際会議が待たれる)。

 なお、中川センター長の最近の年縞講演としては、2014年8月に地元で開かれた講演会がある。

 概要は、ここです。 

  ( 写真下は博物館の正面エントランスの様子<縄文後期の大杉株(埋没林>と、ユニークな外観。近くには縄文草創期と前期を代表する有名な鳥浜貝塚もある )

Imgp0561  Imgp0505_1

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