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〝天文将軍〟はなぜ生まれたか  - 科学の変革力

(2013.09.27)  星空を見上げるのが大好きな少年という意味の天文少年というのは、いつの世にも多いだろう。

Imgp0895_1  しかし、大人になっても、なお天文好きというのは、珍しい。社会適応性が問題になり、家庭が乱れるかもしれない。ましてや、国を治める重責を担わなければならない立場に立たされて、なお夜空にロマンの夢をみているようでは、社会が乱れてしまう。

 ところが、

〝天文将軍〟

というのがいたというのだから、驚く。 先日、NHKのBSプレミアム「コズミックフロント」という番組で

 天文将軍、徳川吉宗

というのを放送していたのをみた。8代将軍、吉宗が江戸城内に天文台を設け、自らも日夜観測までしたという。

  そればかりか、昂じて観測のための屈折式の大きな天体望遠鏡までつくってしまったというのだ( その実物を調査する中村士氏(左)と冨田良雄氏(右) = 写真上。番組画面より。ダブルクリックで写真の拡大が可能 注記 )。

 番組では天文台の城内位置を示す絵図や詳細な観測日誌も紹介されていた。こうなると、この話は、まぎれもない事実ということになる。推測なんかではない。

 さらに、この望遠鏡の復元作業から、吉宗は当時最先端の科学だった天文学の知識、とくに土星には輪があることを知ったであろうことも、紹介されていた。

 ● 見えないものを見る

 番組を見終わって、

 天文将軍はなぜ生まれたのか、この事実の現代的な意義は何か

について、考えてみたくなった。

 結論を先に言ってしまえば、

 科学の好奇心には変革力がある

ということだ。もうひとつ、紀州家出身の吉宗しかり、水戸家から迎えられた最後の将軍、慶喜しかり、

 変革力のある人材は主流(宗家)から外れたところから出てくる

ということだ。

 7代、家継までの将軍はすべて徳川宗家(将軍家)出身であり、それも、家康が定めた親から(長)子への長幼の序が基本。これでは、いつかは幕政が因習にがんじがらめになり行き詰るのも当然である。

 そこで財政再建を柱とする幕政の立て直し、つまり享保の改革の旗手の期待を担って登場したのが、宗家ではない紀州徳川家の藩主だった。過去の因習を断ち切る血も出る改革にはその当時の主流派ではそもそも無理なのだ。

 幕政改革の土台として改暦に目をつけ、天文台をつくり、自ら率先垂範したのは、吉宗の英明さであろう。トップの断固たる決意なくして改革なしというわけである。この意味で、吉宗は

 単なるロマンの天文将軍

なんかではなかったといえよう。天空を見上げた地上の改革者だったのだ。

 もちろん、時代が追い風になったことも否めないであろう。

 『プリンキピア(自然哲学の数学的原理)』(1687年、第二版1713年)

などで知られるI.ニュートンという大科学者と同時代であったという幸運である。

 ニュートンは、物理現象は多弁や思弁ではなく、簡潔な数学によって厳格に表現できることを具体的かつ厳密にこの大著で提示した。その同時代に吉宗は生まれた。

 この思想がどの程度、江戸時代に入り込んできたかは必ずしも明確ではないかもしれないが、この時代精神こそが吉宗の

 「数」による改革、理にかなった科学による改革

の土台になったことは否めないであろう。このことは、吉宗の天文観測の詳細な数字記録からも十分にうかがえる。

 改革には、見えるものだけを見るのではなく、見えないものを見る洞察力が要る。その洞察力を吉宗は、

 見えないものを見えるようにする望遠鏡

から学んだのであろう。科学の、望遠鏡の変革力である。

  吉宗にとって幸運だったのは、それをつくることのできるものづくりの技術力が国内にあったことだろう。

 17世紀の西欧科学革命は、この科学の変革力を持った望遠鏡をガリレオ・ガリレイが天空に向けたときから始まったことはよく知られている。

 それはさておき、吉宗改革もその後紀州家出身の将軍が続き、100年後の幕末には、これまた改革を迫られる。江戸幕府を終焉に導く最後の将軍、水戸家出身初の15代、慶喜である。

 ● 天文将軍の現代的意義

 この番組をみてつくづく思うのは、

 いつの世も、政治指導者は、財政再建など行き詰った政治を改革するには、技術力だけでなく、その土台となる好奇心という科学の変革力をおおいに活用すべきである

ということだった。ましてや、科学・技術立国をめざすというのならば、そうであろう

 天文将軍の生き方は、現代の政治家にも十分に通じる。

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( 写真下=  江戸城内に天文台があったことを示す新発見の絵図。番組画面より。 )

 ● 注記

 望遠鏡の口径は73ミリメートル。実物は

 長崎県立長崎歴史文化博物館(長崎市)内にあり、個人所蔵。

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