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日本のジャーナリズムの事なかれ主義

Image1888eyes20130826_3  (2013.09.09)  この一か月間、ずっと気になっていたスピーチがある。

 来日したオリバー・ストーン監督が8月6日、広島市で開かれた

 原水爆禁止世界大会

で日本人に向って訴えた演説である。出席した安倍晋三首相の平和と核廃絶という言葉を織り交ぜた決意スピーチに対し、ストーン監督は、そんな決意は

 信じていません

と首相の面前で、しかも満座の中で言い放ったのだ。偽善であるというわけだ。

● ストーン氏の痛烈日本批判スピーチ

 すばらしい文化の国としては日本は戦後立派だったと前置きした上で、おおむね次のように日本を断罪し、ドイツのように主権国家としてアメリカと正面から向き合い、今からでも遅くはないから立ち上がろうと訴えた。

 同じ敗戦国、ドイツは分断されながらも、戦後の1960-70年代、常に反核をかかげヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップを発揮した( 注記 )

 しかし、これに対し、日本はなぜアメリカの衛星国としていいように扱われてきたのか。日本には強い経済力があり、優秀な労働力もある。なのに、なぜ立ち上がらないのか。

 日本人は広島、長崎で(必要もない原爆を投下されるなど)ひどいめにあった。それでも今まで日本人は、何のためにも戦ってこなかった。今こそ立ち上がって、愚かなアメリカと戦ってほしい。( 萩原一彦氏の翻訳 http://twitter.com/reservologic を参考に要約 ) 

 ブログ子は、この演説を聞いて、そして後日、文字になったものを読んで、

 非常に率直で、見識ある意見

と好感した。これほどあからさまな言い方で、しかも正々堂々の日本批判の論陣なのも珍しい。オバマ現政権を痛烈に批判した「もう一つのアメリカ史」を制作した監督らしい正直さに感心した。しかも、主張していることは図星なのだ。

 確かに、ブラント首相率いる西ドイツは、1960年代から70年代にかけて、東西緊張緩和、デタントを外交の柱に、平和外交という新思考でヨーロッパの東方外交をリードした。ノーベル平和賞を受けたのもうなづける。さらに、その後も東西冷戦の終結では、アメリカと対峙しながらも、コール首相が東西ドイツ統一を実現させ、ヨーロッパの安定に大きく寄与した。

 同じ敗戦国なのに、道徳的に尊敬されるドイツ流リスペクトアプローチに対し、日本のアプローチは、何のためにも戦っていないというたいへんな違いがあると指摘したことになる。

 ● 日本は何のためにも戦っていない

 この演説に対し、日本の新聞などのマスメディアはほぼ完全に黙殺した。これに噛みついたのが、内田樹氏の「アエラ」8月26日号の巻頭コラム「eyes」( 写真 )。見出しは

 ストーン監督の痛烈(日本)批判/マスメディアが黙殺した理由

である。

 その理由について、内田氏はコラムで

 日本のマスメディアはそれ(ストーン氏の痛烈な日本評価)を日本の読者に伝えることを好まなかった

として、そのまた理由として、

 「まさしく彼(ストーン氏)が述べている通りである」

とあいまいに結んでいる。こういうもって回ったコラムはややこしくて、ダメ。訴求力が大幅に減殺される。理由は何かと見出しに書いた以上、その理由の中身をはっきり言い切るべきだ。

 マスコミ自身も政治家同様

 何のためにも戦っていない

のが理由だと明確に、誤解なく書くべきだった。マスコミ批判である。自身のコラムが掲載されているアエラ批判でもあるから、発行親元の朝日新聞のことを考えて、尻込みしたのであろう。

 内田氏は、言及していないが、なぜ何のためにもマスコミは戦っていないのかというその原因にまで掘り下げていないのも残念である。

 新聞というマスメディアで論説委員をしていたブログ子に言わせれば、

 日本のジャーナリズムには記者に事なかれ主義

が染み付いているからだということになる。

 なぜ、日本のジャーナリズムは事なかれ主義なのか

 それは、日本のジャーナリズムが、新聞社という会社に所属する正社員サラリーマンで成り立っているからである。しかも、欧米とは違ってキャリアアップのリクルートや転職はないに等しい。入社した新聞社に定年までいるのだから、面倒はごめんなのだ。

 ジャーナリズムの事なかれ主義

というのは、言語矛盾ではある。事を荒立たせるのがジャーナリズムなのにそれがない。権力に対して、穏便にすまそうとする。サラリーマンなのだ。

 実は、この日本のジャーナリズムの深刻な事態を突いたのが、ストーンスピーチだった。しかし、ストーン氏の思惑が外れ、そのスピーチが黙殺された。しかし、これまた日本のジャーナリズムの深刻な事態の当然の帰結だったのだ。

 このことがブログ子が一か月ももやもやしていた原因だった。自分に跳ね返ってくることの苦しさがそこにあった。

 ● アメリカに対し「NO ! 」と言える日本に

 昔、こんなことを言った政治家がいた

 「NO !」と言える日本

 一度NOと言えば、覚悟が決まる。「ノー」というのは、相手の要求を拒否するというよりも、自国の立場、自分の生き方を主張することである。

 妥協を排し、一度「ノー」と言えば、自国を貫く、あるいは自分を貫くために、自分からやる気にならざるを得なくなる。それはまた、国の積極外交になり、前向きな生き方につながる。

 日本にはそれが戦後、アメリカに対して一度もなかった。このことがドイツと日本の違いだった。

日本は憲法で戦争放棄をしておきながら、世界に向って堂々たる平和戦略を提示してこなかった。その原因は一度もアメリカに「ノー」を突きつけてこなかったことと無縁ではない。妥協こそ外交というような政治家はもはや要らない。 

 こう考えてくると、ストーン監督の勇気あるスピーチに感謝するべきであろう。

 シリア情勢が緊迫する中、はやく、アメリカに物申す平和戦略を打ち出せ、偽善ぶっている暇はないはずだといっている。

  ● 注記 ドイツ反核・反原発運動

 ドイツの反核運動やその歴史については、以下のゴアレーベン反対同盟委員長インタビューが参考になる。30年以上にわたるドイツの反原発運動が当事者の言葉で語られている。

 ドイツでは、連邦政府の再処理工場計画が1979年に、計画を受け入れた州政府により断念されている。以後、最終処分場探しや使用済み核燃料の中間貯蔵施設建設問題が反原発運動の主なテーマとなってきたことがわかる。

 運動のひろがりは、一般市民や農民など国民的なすそ野があり、日本のような特定の、一部の運動にとどまっていないのが特徴。

 2012年6月、ドイツ連邦政府(メルケル政権)は、17基のうち運転停止中の8基を廃炉に、残り9基も「2022年までに廃炉」にすることを決定している。

 新自由主義と対決する総合雑誌「序局」第3号(2012年11月発行)

 ドイツ反核・反原発運動 ゴアレーベン反対同盟

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