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2013年8月

何が『キャパの十字架』のオリジナリティか

Imgp0407_4   (2013.08.28)  ブログ子も敬愛するノンフィクション作家、沢木耕太郎さんの最新力作

 『キャパの十字架』(文藝春秋)

を読んだ。 

 R.キャパが撮ったとされるあの有名な

 崩れ落ちる兵士

の写真は、本当にキャパが撮ったのか、撮ったとしても本当に銃で撃たれた瞬間をとらえたものなのか。検証に必要なネガそのものがなぜか失われてしまったが、キャパが無名から一躍世界のスター戦場カメラマンになるきっかけとなった一枚だっただけに、この疑問は重大だ。スペイン内戦を象徴する一枚でもあっただけに、今でもこの謎を再検証することには意義がある。

 70年以上も前のスペインでの内戦の出来事の謎の解明に読者と一緒になって一から考えてみる。結論を急がない。考える楽しみを提供するという意味では成功したノンフィクションだとは、思う。

 このブログでも書いたが、沢木さんの推理ドキュメンターとしても、今春NHK総合テレビで放送された。なかなかよくできている、とブログ子も、放送時は感心した。

 三度もスペインの現地(コルドバ市エスペホ)を訪れるなど、手間と暇のかかった労作だとは思う。

 が、あらためて本になったものを読み終わって、さて、ひるがえって、一連の調査を通じて沢木さんのオリジナリティというのは、何かという点を考えて、少しがっかりした。

 ● 盗作説をおおっぴらに公表

 どういうことか。

 結論的に言うと、

 沢木さんのオリジナリティは

 キャパのクレジットが付けられて発表された「崩れ落ちる兵士」は、ライカカメラで撮られたものではない、つまり、キャパ自身が撮ったものではない可能性が非常に高いことを、カメラフレームという物的な根拠を示して提示してみせたこと

にある。つまり、この作品は現場にいた恋人、ゲルダ・タローがローライフレックスカメラで撮影したものであり、盗作だったということを示した。

 補足すると、問題の写真がライカカメラで撮られたものではないということは、スペインの大学教授がすでに詳細な調査で結論付けていた。ただ、撮ったのは、沢木さんの検証とは違って、キャパ本人だったとしている。盗作ではないというわけだ。

 沢木さんは、この違いを、教授のあいまいな検証を徹底分析した。自らも現地調査しながら、教授が主張するキャパではあり得ないことを、ほかの同時に取られた写真の分析から、多面的に結論付けている。この分析には説得力があった。

 そもそも兵士は撃たれてなんかいない、演習中に撮ったヤラセではないか。以前から、そして根強く写真関係者の間では、ささやかれていた。ただ、キャパへの思い入れが強く、この件について言いそびれていたらしい。

 沢木さんは、この著作でライカでは問題の写真は撮れないという物的な根拠を示して、盗作説を公然と世に問うた。また、演習中に件の兵士が下り坂で転んだところを偶然、ゲルダが撮った可能性が極めて高いと結論付けた。撃たれたように倒れてくれと頼んで、撮ったのもではない。つまりヤラセではないということがわかった。

 これについて、沢木さんは

 「それ(ヤラセではないこと)が分かったことが重要でした」

と語っている(2013年3月10日付東京新聞読書欄「書く人」)。

 滑って転んで「崩れ落ちる兵士」

というわけだ。別にキャパはウソの説明(キャプション)をつけていたわけではない。

 つまり、沢木さんのオリジナリティというのは、これまでいろいろ言われてきたことをカメラフレームという物的な証拠に基づいて、突き詰めてみせたところにある。決して新説を提示したわけではない。

 ただ、沢木さんの推理で腑に落ちないのは、ネガそのものについての追及がまったくない点だ。トリミングされたかもしれないプリントを中心に検証が行なわれている。そもそもこれは、プロフェッショナルな仕事としてはおかしい。

 ネガフィルムが残っていれば、こんな面倒な検証をしなくても、どちらのカメラで撮ったかは、ネガをみれば一目瞭然にわかるからだ。

 ● 肝心の「ネガ」の追跡が欠けている

 そう考えると、ネガがなくなったのは、どうしてかという問題意識がもっとあっていい。あるいは行方不明になったのは、偶然かという問題に行き着くはずだ。

 「ネガ」の謎を追って

という一章がほしかった。文献学でいう「テキスト・クリティーク」がない。

 こうした一章があれば、次のステップで、問題の写真のネガが発見されるかもしれないのだ。

 ところが、沢木さんは、この問題にはまったく言及していない。少なくとも、問題の一枚が写っているパトローネを預けた契約写真雑誌社やその暗室技術師の追跡に一章を設けるべきだったのではないか。

 これがないのは、画竜点睛を欠くというべきか、竜頭蛇尾といえないか。

 紙焼きだけで、結論を得ようというのは、ややこしいトリミングの問題などがあり、いかにもプロフェショナルな検証とはいいがたい。ノンフィクションライターらしい

 現物に迫るという姿勢

が欠けているようにも思う。全体として並々ではない努力は敬服に値するが、肝心のネガに対する執着がないのはどういうわけか。印画紙プリントという印刷媒体だけでは限界がある。

 ● 映画「メキシカン・スーツケース」

 折りしも、スペイン内戦をキャパたちが撮った膨大なネガの入った

 「メキシカン・スーツケース」

が、2007年、偶然から、内戦とかかわりの深かったメキシコで発見された。最近、このネガを分析した写真集「メキシカン・スーツケース」という浩瀚な書籍も出た。沢木さんもこのあたりから、本格的な検証をはじめたのだろう。

 確かに沢木さんも本書で、何箇所かで、このスーツケースに触れてはいるが、「崩れ落ちる兵士」につながる有力な手がかりがなかったせいか、突き詰めた分析はしていない。

 残念に思っていたら、なんと、

 写真家が戦場でどう動いたかがわかる秀作として

 映画「メキシカン・スーツケース」(トリーシャ・ジフ監督)

がドキュメンタリーとして今公開が始まっているという。キャパとスペイン内戦の真実というサブタイトルもついている。

 「週刊朝日」最新号(2013年9月6日号)にその映画批評がでている(内戦事情に詳しい伊高浩昭元共同通信記者)。

 フィクション性がなく、ドキュメンタリーとしてリアリズムがあるという批評を聞き手に語っている。撮った写真を次々にみせることで、カメラマンが戦場でどう動いたかが動的に見えてくる、これがすばらしいという。

 伊高さんは「ネガがスリルに富んだ歴史を経て最後にふさわしい人のところにたどり着いた幸運を思う」と映画を激賞している。

 こうなると、「崩れ落ちる兵士」のネガも今後見つかるかもしれないという期待が高まる。

 一度見てみたい映画である。

 浜松に暮らすブログ子の近くでは

 名古屋シネマテーク(名古屋市千種区)

で、来月9月29日土曜日に公開されるらしい(ふるさと金沢では、なつかしい名画館「シネモンド」)。

 沢木さんの推理ドキュメントには、労作であることは認めるが、オリジナリティはあまりない。いろいろと欠陥もある。

 しかし、この夏、一番の読み応えのある、そして読ませる著作であったと感謝している。

 なにしろ、写真は真実を写すとは限らない。また、そこから、フォトジャーナリストとは何かということも考えさせられた。ましてや、いかようにもでっち上げることのできるデジタル時代のフォトジャーナリズムへの警告も含まれていたのだから。

 ● 太く、短く、「華」のあるタフな40年

 それにしても、うらやましいキャパの人生だ。盗作者だと名指しされても、その指摘者からでさえ愛される。

 太く、短く、そして「華」のあるタフな40年

だったからだろう。人生、長く生きることだけがいいとは限らない好例だろう。キャパが長生きしていれば、その栄光は泥にまみれたであろうに。

 戦場カメラマンは、戦場にてその生涯を閉じる。 

  凡庸なブログ子にとって、そんな死に際といい、あこがれる人生ではある。

 ● 補遺 沢木氏、司馬遼太郎賞  - 2013月12月8日記

 沢木氏は、この著作で司馬遼太郎賞を受賞した。徹底した調査および分析、そして、その結果をもってキャパを単なる剽窃者あるいは盗作者に仕立てることなく、キャパの心の中にまで立ち入って共感できるヒューマンな作品に仕上げたのが評価されたのだろう。オリジナリティのほどはともかく、この点については正当な評価だと思う。

 Imgp2075 この賞選考委員に柳田邦男氏がいたことが幸いした。柳田氏が、このところ潤いのある2.5人称のジャーナリズムの必要性を訴えていることと、今回の受賞とは無縁ではないだろう。

 ブログ子もまた、切り捨てご免というような乾いた、そして冷たい他人事ではない、いわばわが事として共感を伝えるジャーナリズムにも心掛けたいと思う。

 この件、記事としては、たとえば11月29日付毎日新聞朝刊「ひと」欄 = 写真下。  

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東電は当事者能力を失った 

Imgp042420130829 (2013.08.30)  先日、このブログで、

 東電汚染水漏れ問題の本当の深刻度

というのを書いたら、読者から、共感するメールが届いた。

 そんな折、さらに深刻な事態が露見した。

 これは、静岡新聞8月29日付の朝刊に掲載されているのだが、

 根拠のない推論が多過ぎる

という汚染水対策の記事である(写真上)。とうとう行政の原子力規制庁もその上部組織の規制委員会も、東電の対応のあまりのずさんさと幼稚さに怒りを爆発させた。

 ● 死命制するずさん汚染水対策

 記事の一部を引用すると、記者会見の満座の中で、田中俊一規制委員長が東電の具体的な対策事例をいくつか挙げて

 Imgp042520130829 「科学的、技術的に全然論理的ではなく、内心あきれている」

と激しく東電に苦言、というか批判、はっきり言えば非難したというのだ(写真下)。直接、指導したいとも述べてもいる。

 これは、はっきり言えば、

 東電には、もはや事故収束に向けた当事者能力がないことを技術的な面から宣告

したようなものだ。

 福島県民は、この指摘を聞いて、どんな思いがしただろう。

 その意味では、100mSv/時という驚くべき高濃度の汚染水問題は

 レベル3(重大な異常事象)

の出来事どころの話などではない。もともとの原発事故に匹敵する

 第2の惨事

だと思う。敷地外へ影響という点では、10数年前の東海村臨界事故に匹敵する。

 たかが汚染水と思いがちだが、この問題は、東電の死命を決定的に制する事態に発展するろう。

 原発と人間とは両立しない

ことを、図らずも見事に実証している。

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「原爆と人間」展 イン 浜松市役所

Imgp0416 (2013.08.30)  今夏、来日したオリバー・ストーン監督の

 原爆は必要なかった 

というメッセージが大きな話題になった。先日、BS1でも、「オリバー・ストーン氏と語る」という番組が放送されていた。

 戦後の国際政治をにらんだアメリカ(とイギリス)の主導力確保と、対ソ連けん制が投下の目的である。確実視されていた日本の降伏のどさくさに付け込んで、大急ぎで必要もないのに投下したといういうわけだ(どのように大急ぎだったかは、先日のこのブログで原爆開発科学者たちの証言などを通じて詳しく取り上げたので、ここでは繰り返さない)。

 つまりは、許すことのできない非人道的な行為というわけだ。

 ● 原爆投下は必要なかった

 こうした事実は、アメリカではほとんど知られていない。もっぱら、アメリカ軍の被害を最小限に抑えるためには必要だったというのが、一般的な受け止め方。アメリカでは投下の正当性を疑うのはごく少数派。

 降伏の引き金になったソ連参戦についても、アメリカの若い人たちの多くは知らされていない。

 これに対し、日本人は、原爆投下は絶対悪というのが一般的であり、必要なかったという見方が普通だ。

 Imgp0423 たとえば、先日、浜松市役所の正面玄関で

 「原爆と人間」展が開かれていた(写真上)。

 静岡県原水爆被害者の会(西遠支部)の主催。静岡県では、アメリカの水爆実験で「死の灰(放射能)」を浴びた第五福竜丸ビギニ事件(焼津市)の被害者もおり、原子爆弾だけでなく、それより強力な水素(核融合)爆弾も含めて原水爆被害者という意識が強い。

   この展示では、

 なぜ原爆は投下されたか

というパネルで、敗戦翌年にまとめられた米戦略爆撃調査団報告(1946年)を挙げた上で、

 「日本への原爆投下は、大戦後のソ連との勢力争いに備えて、アメリカの〝威力〟を見せつけることが目的」

と結論付けている。その根拠として挙げた調査団報告が、

 「原爆が落とされなかったとしても、ソ連が参戦しなかったとしても、日本は確実に、1945年11月1日の米軍九州上陸作戦予定日までに降伏していただろう」

と分析しているからだ(写真中= 同展パネルから)。

 また、もう一つ実例を挙げれば、ストーン氏が訪れた広島平和記念資料館(広島市)にも、写真下に示すように「投下の要因」という、ややあいまいな表現で、

 投下の必要性に疑問

を投げかけている(上記のストーン氏出演番組画面(8月24日深夜)から。写真をダブルクリックすると拡大)。先の「原爆と人間」展の投下理由と、基本的には同じである。

 ●何がアメリカのゆがんだ歴史認識を許したか

 Dsc023096bs1 上記番組に出演したストーン氏は、激しい調子で

 唯我独尊的な自国、アメリカの偏った歴史認識

を批判していた(写真右=8月24日深夜の同番組画面から)。

  その小気味よさにつられて、日本の大マスコミが総合テレビではないとはいえ、嬉々としてストーン番組を放送するのは、いかにもレベルが低くないか。司会がアナウンサーだったことも、このことを裏付けており、印象的だった。

 Dsc02301 なぜなら、ストーン氏は、日本のマスコミに対しても、極端なアメリカ追随報道について、講演などで痛烈に批判しているからだ。このことはどの新聞マスコミもほとんど取り上げていなかった。このことがアメリカのゆがんだ歴史認識を許してきたといいたいのだろう。

 アメリカのゆがんだ一面的な歴史認識を批判するのは簡単だ。だが、それを許してきたのは誰なのかを問うとき、わが身に跳ね返ってくる。

 アメリカに対しても、言うべきことは、言うべきときに言う。マスコミ人として、このことを肝に銘じたい。

  ( 写真下 = 浜松市役所の展示会場。今話題の『はだしのゲン』(中沢啓治、汐文社、1970年代なかばに刊行された単行本)が、教育上問題があるのかどうか、自由に内容が読めるよう展示されていた。とくに教育上このましくないとおもわれるような記述はないように思えた。2013年9月5日撮影 )

 Image188720130905_2

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汚染水問題、本当の深刻度とは  - 当事者能力失った東電

(2013.08.28)  破たん寸前の経営に追い込まれている東電で、新たに技術的にも破たんの深刻度が増している。東電の福島原発汚染水問題で、ついに政府が、予備費を活用する方針を打ち出し、前面に出る。

 阿武隈山系からの地下水が事故原子炉の地下など敷地内に毎日1000トンレベルで大量に流れ込んでいる。それが事故で破壊された建屋内のすきまから入り込み、汚染水になり、深刻な海洋汚染につながっている。そんな恐れが出てきている。

 Image1884 それに加えて、せっかくくみ上げた汚染水の貯蔵タンクからずさんな構造が原因で大量の汚染水が約300トンも、雨水とともにタンクから敷地内に流れ出していたこともわかった。場所によってはおおよそで100mSv/時の驚くべき高濃度汚染水である。

 福島の海洋汚染がどの程度になるのか、計り知れない事態である。

 それだけでなく、この放射能の汚染水問題が片付かない限り、人の立入りが大幅に制限される。つまりは廃炉計画が着手できず、当初の廃炉計画が根底から頓挫する恐れが出てきた。

 ● 東電はコントロール能力失い「白旗」か

 そんななか、「アエラ」(2013年8月26日号)は

 「汚染水」の本当の深刻度

という解説記事が掲載された(写真)。

 記事では、こまごまとした汚染水問題の現状を書き込んではいるものの、見出しの

 本当の深刻度

については、明示的には言及していない。

 これを一言で言えば、

 東電は、敷地内の高濃度汚染水をコントロールできず、当事者能力を失った

ということだろう。

 中日新聞も8月22日付朝刊「特報」欄で、当事者能力を失っている事態を伝えている。

 金子勝慶応大教授(財政学)が、

 損害賠償などの出費だけでも10兆円以上、一企業で対応もう無理

と指摘している。

 税金を投入する以上、破たん処理が先ではないか

と述べている。株式は紙切れになるが、資産の整理とともにきちんと株主責任、貸し手の金融機関の責任を問い、再出発するのが一番いいというものだ。

 ● 原発とは共存できない

 この件では、東電はすでに賠償総額試算の出た2012年11月に

 すでに白旗

を上げているとも書いている。大幅な債務超過である。

 東電は、経営的にも、汚染水問題でも、そしてこれから取り組む廃炉技術でも、当事者能力を完全に失っている。

 これが、本当の深刻度

であろう。このことからも、

 原発と人間とは、そして企業とも共存はできない

ということがわかるだろう。

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どのようにしてできる生きものの縞模様

Imgp0150 (2013.08.28)  ブログ子は、歳のせいか、魚が大好きで、よくスーパーなどでサバなどを眺めては、買おうか、どうしようか、楽しんでいる。

 そんな折、おいしそうな塩サバを見つけた(写真上= JR浜松駅地下の鮮魚店)。そして、ふと、サバの皮膚についている縞模様はどのようにしてできるのだろうか、と考え込んでしまった。

 ● 位置情報はどこから得ているか 縞は模様か

 いままでは、単純に縞模様の皮膚かその下に縞模様をつくる何かしらの組織があるものだと思っていた。しかし、そんなものはどうもない。

 とすれば、

 縞模様をつくる皮膚細胞は、自分が皮膚になるのだということは知っていても、魚全身に対し、縞のどの部分になるのかという位置情報をどこから得ているのであろうか

という謎が浮かび上がる。あらかじめ受精卵はそんな情報を先天的にしっかり持って成長をはじめるのだろうか。それとも、最初はどの細胞も一様なのだが、成長とともに縞模様をつくる細胞とそうではない細胞とに次第に別れていくのだろうか。

 細胞を風船にたとえると、しぼんだ風船を膨らます場合なら、最初から位置情報を持っているとしてもそれでいい。だが、細胞分裂してどんどん大きくなる場合、風船が倍々ゲームで増え、最終的に美しい縞模様が出来上がるなどということはとうてい不可能だろう。

 だから、多分、成長の途中で位置情報を獲得するという後者だろう。そんなことまでは、そのしくみはわからなくとも、想像できる。

 その後が、わからなかった。

 形のないところから、発生段階を通じて、どのようにして、自律的に形ができてくるのかという問題である。

 ● 縞模様の実験装置- 浜松科学館

 ところが、偶然にも、サイエンスボランティアをしている浜松科学館(浜松市)で、この謎を解く手がかりとなる驚くべき展示を発見した。シマウマの皮膚の縞模様はどのようにしてできるか、ということを簡単な実験で示したものである。

 Imgp0139_1 大きな蛍光灯のような管の中に、粒の大きさの異なる白砂と青砂が混じって入っている。最初はよくかき混ぜておく(写真中の上)

 次に、その蛍光灯のような管をハンドルでグルグルと100回以上回転させる。

 すると、なんと、蛍光灯管の砂は、写真中の下のように、縞模様に分離する。

 Imgp0140_1 最初砂にはそんな位置情報は持っていなかったのだが、回転することで白砂と青砂との間で、一定の条件を満たすような相互作用が働く。その結果個々の砂の行き場が知らされて砂が分離し、濃度分布が一様にならず縞模様が浮かび上がる。

 ● チューリングの卵

 あまりに不思議な実験装置なので、説明を読むと、

 こうした生物の皮膚模様の現れかたの秘密のことを

 チューリングの卵

というのだそうだ。あの天才数学者、アラン・チューリングの研究(1952年)があるらしい。それを少しやさしくした解説論文が

 JT生命誌研究館機関誌「生命誌」第11号(1995年冬号)

に出ている。近藤滋さんの

 チューリングの卵 生物の模様の秘密

である(写真下)。

 Imgp0152 発生段階での反応拡散波理論という微分方程式に帰着されて、いろいろな縞模様ができるという。

 ようするに、分子などの物質の拡散する速度の違いが、模様を生み出すのだ。コロンブスの卵ならぬ、チューリングの卵というわけだ。

 このチューリング論文(The Chemical Basis of Morphogenesis)は、コンピューターの発達し始めた1970年代に方程式のシュミレーションから、その重要性が再発見された。生物の皮膚の模様がチューリングの予言どおり、いろいろと再現できることがわかったのだ。

 ただ、再現はできても、生物としてのシマウマの縞がこの反応拡散波かどうかという点については、確実な証拠か得られなかったらしい。

 ● 再発見から反応拡散波理論の確証へ

 その確証につながるようになったのが、近藤さんの解説論文によると、1990年代。1970年代から1980年代には再び、忘れ去られたのだが、1990年代になると再度、研究が始まった。

 反応に関与する分子の同定など、この反応拡散波理論の分子レベルの解明が最近ようやく始まっているという。

 そして、いまやチューリング理論から60年、

 Image1902_1 生物学の世界に

 チューリングの卵

が常識となりつつある。

 ● 天才チューリングの予言力

 やはり、深い洞察力を発揮した天才の予言というのは、凡才にはなかなか理解ができない。その本当の意味を、そして本当の秘密を理解するには50年、60年かかるということだろう。

 チューリングの数学的な反応拡散波理論が、これまたチューリングの発明したチューリングマシン(仮想コンピューター)によって、再発見されたというのも、おもしろい。

 そして、いまや、分子生物学を、

 縞は、単なる模様ではない、化学反応が伝わる速度の違いで起きる、つまり拡散波

として、刺激し続けている。生物の成長とともに、縞も新たにできる。

 天才は不滅

 天才、アラン・チューリングは、そんなことを私たちに教えてくれた。

    ( 写真下は、塩サバの模様。スーパー鮮魚店で)

  ● 補遺 2013年10月13日記

Imgp1335_1ok

 以上は、日本でとれる魚ばかりを紹介したが、縞模様というのでは、あたたかい南海の魚が興味深い。たとえば、

 パラオの海に生息するサラサハタ( 写真= 2013年10月12日「BSジャパン」で放送された「世界絶景紀行」画面より )。

  これなど、二種類の縞模様が重なっている。これも、反応拡散波理論で説明できるのかどうか。縦縞、横縞ともに関係がない。どのようにしてできるのか、ちょっと考えてしまうほど不思議な縞模様である。

 ● 補遺 2015年4月8日記

Image2112

 科学技術振興機構広報誌「JST news」2015年4月号に、近藤滋(しげる)教授の

 生命の謎を数学・数理科学で解く

という記事が出ている(写真)。反応拡散波というチューリング波の話である。近藤さんは、縞模様は体の表面の細胞で起こる化学反応の「波」で生じているという仮説を世界で初めて、飼育しているゼブラフィッシュの実験とチューリング波の数値シュミレーションで実証してみせた。

 この考え方を魚の骨格のつくりについても適用したいというのが次の計画だという。

 

 

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人はなぜスポーツをするのか

  (2013.08.26)  先日、BS1の世界のドキュメンタリーをみていたら、意表をつくような

 人はなぜスポーツをするのか

というテーマで放送していた。いかにも哲学の国、フランスらしいテーマ設定だ(2012年制作)。このテーマ、わかっているようで、きちんとしたこたえは容易ではない。

 そこには単にビジネスと、片づけられないもっと根源的な何かがある。

 番組のタイトルは

 「PLAY」

となっていた。PLAYという言葉には、

 ルールを持たない遊び、気晴らし、娯楽という意味のほかに

 一定のルールのもとに勝敗を決める

 いわゆるスポーツ

という意味がある。ルールのある体を動かす遊び、すなわち、GAME(ゲーム)である。ここでは、囲碁や将棋、チェスなど身体をほとんど動かさないゲームは除いて考える。

 ドキュメンタリーは、後者のルールのあるスポーツについて、いろいろな競技者に取材して考察していた。

Imgp0377_1  曰く。

  スリル満点を味わいたい

  気力の限界に浸りたい

という単純なものから、

 自分の能力を誇りたい

  有名になりたい

 国のヒーローになりたい

という本音までいろいろ紹介していた。

 ブログ子が、これだなあ、というのが、

 この瞬間のために自分は生きてきたという達成感

というのがあった。自己満足ではない客観的な実感である。

 そうでなければ、たった0.01秒短縮するのにすぎない100メートル競走に、選手があれほどの修練を積むのを理解するのは難しいのではないか。

 冒険家の三浦雄一郎さんがすでに有名人であるにもかかわらず、3度目のエベレストに80歳にして挑戦したのもこの達成感のためであろう。

 オレはまだやれる、誰にも負けない

という自己満足ではない実感を得たいがために登った。それが人生を生きる生きがいになっている。結果として、それがビジネスになっている。

 こうなってくると、

 なぜ人は山に登るのか

というこたえは、マロリーのような、そこに山があるからだ、ではなく、

 そこに達成感があるからだ

ということになる。

 人にこの自己満足ではない達成感を与えるために、実はルールという社会的な取り決めがあるともいえまいか。取り決めをクリアするか、しないかで勝負が決る。

   裏を返せば、これは、

 スポーツにルールがあるのはなぜか

という答えになっているのだ。

 一方、観客にとっては、ストレス解消だろう。

 ただ、男の場合、そんな難しい話ではなく

 単に闘争本能

ということかもしれない。

 これは、スポーツ人には比較的に男性が多いという理由にはなるだろう。

  そんなことを思いながら、番組を見終わろうとしていたとき、ふと感じた。

 人はなぜスポーツをするのか

 それは、人間だからだ

というものだった。ネコもイヌもじゃれることはあっても、スポーツをするようにはみえない。サルですら、遊びや気晴らし、娯楽はするかもしれないが、きっとルールのあるスポーツをしないであろう。少なくともブログ子は聞いたことがない。人間だけなのだ。

 そういう目で国々を眺めると、

 スポーツのない国はない

ような気がする。日本では体育やスポーツは明治時代になってからだといわれたりする。しかし、平安時代には、やはり

 けまり

というスポーツが貴族の間で楽しまれていた。

 ルールのあるスポーツは人類に普遍。そんな気がする。

 人間は

 ルールを守って体を動かす楽しみを知っている

 ホモ・ルーデンス

なのだ。人間は、体を動かすだけの動物ではない。

 そこに達成感が必要なのだ。

 なかなか、考えさせる深みのある番組だった。

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ヨシは本当に水浄化にいいか - 環境教育と行政の根底を問う

Imgp0353 (2013.08.19)  世に大学講義に関して

 白熱教室

というのが盛んだが、これほど社会的に衝撃度の強い講演会も珍しいだろう。先日、静岡大学工学部で開かれた東大大学院教授の山室真澄さん(自然環境学)の

 佐鳴湖講演会「かつての里海 新たな里海 汽水湖の可能性」

のことだが、講演後、会場から多数の質問が飛び交った(佐鳴湖シジミプロジェクト協議会主催)。

 ● 白熱の佐鳴湖講演会

 タイトルがさりげないなど訴求力が低いせいか、正直、最初、ブログ子もさほど注目はしていなかった。たくさんある環境講演会のよくある論旨が、実証性の乏しい論理で展開されるのだろうと思った。

 ところが、なんと、誰もが疑わない、そしてつとに有名な環境指標のCOD(化学的酸素要求量、mg/リットル)について、

 COD値うんぬんは、湖中の有機物の指標としては、意味がない。すくなくとも、都市に近く有機物のたまりやすい汽水湖沼(宍道湖や佐鳴湖など)においてはそういえる

と結論付けていた。しかも、この結論の正しさを、具体的に宍道湖/中海で自ら長年水中調査した結果を駆使して実証してみせたのだ。

 環境省が庁として創設されて約40年、COD値を環境基準の指標にするとした湖沼水質保全法が制定されてからでもまもなく30年。環境行政の根底が今、問われている。

 Imgp0356 あまつさえ、学校における、あるいは社会一般の環境認識を根本からくつがえす実証研究も紹介していた。

 湖の環境改善について、つまり、これまた誰も疑っていなかったヨシについて

 ヨシ(原)は本当に水浄化にいいか

という問題にメスを入れた。山室さんのこの問いかけに対するこたえは、なんと、

 ヨシ植栽運動は、湖のあの黒いヘドロといやなにおいの原材料をせっせと運んでいるようなもの

と根拠を示して明解にヨシはダメだと否定した。そのせいだろう、宍道湖では最近ようやく植栽運動は下火になったという。

 そもそも宍道湖でも、歴史的には水際にヨシなどなかったらしい。

 ヘドロの中身、つまり分解した有機物の由来を逆追跡するなどの分析が大事だが、こうなると文部科学省の環境教育の根底をも見直す必要がでてくる。

 ● 誰と何が「環境」をゆがめてきたか

 この数十年、

 環境のどんな考え方が教育や行政をゆがめてきたのか

 そして、何が教育や行政をゆがめてきたのか

 そして、最後に、誰が教育や行政をゆがめてきたのか

 という問題にたどりつく。

 一言で言えば、自然再生とは何か、環境再生とは何か

ということに尽きるだろう。

 また両者は同じことを指すのだろうか。言い換えれば、自然(景観)は再生したが、環境は(もとには戻らず)崩壊したということはないのだろうか。そして、そもそも、いつの時期に戻って再生するというのだろうか。

 こう考えてくると、これらの言葉に含まれるとても便利な「あいまいさ」こそ、研究者もふくめて教育や行政をゆがめてきたのではないか。

 返り血を恐れず、山室さんは、そのあいまいさに切り込んだ。

 別の言葉で言えば、これまでの環境の常識を、本当に正しいのかどうか再検討した。

 講演を聞き終わって、ブログ子はそう感じた。

 結論は以上なのだが、事は重大なので、以下、感じた理由を、講演内容とともに少し詳しくみてみたい。そして、新たな救いはどこにあるのか、私見も交えて述べてみたい。

 ● CODは水質基準の指標として有効か

 まず、COD値について。

 そもそもCOD値は、

 湖中の有機物量+ヘドロなど分解した水底の有機堆積物量

の合計できまる。都市に近い湖沼では有機物が押し出されたりして、たまりやすい。ましてや、潮の干満で水底と水面がしょっちゅうかき混ぜられる汽水湖では、水底からの有機物は当然無視できないはずだ。

 水質をよくするためにCOD値を下げる規制は、湖の汚れを取り除き、負荷を軽減する対策につながらない可能性が高い。水底の問題が考慮されていないからだ。したがって、今のやり方では、少なくとも汽水域では、水質指標としては意味がない。

 それどころか、先ほどの理由から、汽水湖沼では、そもそも無理なCOD環境基準をなかなかクリアできないのは当たり前。それが自然なのだ。

 はっきり言えば、そもそもできない目標値規制を無理やり実現させようとしている。

 Imgp0355 よく言われるように

 「湖の有機物による汚れが多いほど、COD値は高くなる。負荷がかからないよう、できるだけ下げよう」

というのは、「ワースト1の悪夢」というべきか、合理的な環境論理には合わない幻想なのだ。

 講演では、宍道湖を例に、この問題を実証的に紹介していた。

 ブログ子もかかわる佐鳴湖でも、浜松市などを中心に、この10年、汚名返上しようと、COD値8mg/リットル以下を目標に取り組んできた。この運動は一帯何だったのか、環境行政の誤りというには、あまりにもむなしい。こう感じるのはブログ子ひとりではあるまい。

 ● ダイナミックな食物連鎖の水環境こそ 

 救いはどこにあるのだろう。

 水質を静的なCOD値に置き換えるのではない。そうではなく、

 湖の水環境を、多様な生き物が持続できるよう、植物プランクトンを底辺とする安定した食物連鎖ピラミッドにすること

ではないか。シジミがとれるようになった宍道湖と、その隣のとれない中海の違いとは何か。宍道湖のように、このピラミッドが安定して存在しているか、中海のように崩壊しているかの違いらしい。

 湖の富栄養化が問題なのではない。せっかくの富栄養化した湖の栄養分(窒素やリンなど)が、シジミも含めてうまくほかの魚などの生き物たちに行き渡らない湖の水環境が問題なのだ。

 だから、

 湖沼の、とくに汽水域の水のダイナミズムにもっと注目しよう。そこに可能性がある

ということだった。汽水湖の水質管理対策として、また国の環境行政の転換を求めたものとして注目したい。

  この意味で、アマモなどの水草の再生、復活は必ずしも湖の環境を復活、再生させるのにはつながらない

というのは、うなづける。つまり、単に昔の状態に戻せば言いというものではない。

 自然景観は戻るかもしれない。しかし、たとえ戻ったとしても、実は、食物連鎖のピラミッドが再生されない限り、湖の水環境の崩壊の可能性のほうが高くなるからだ。

 ● 宍道湖ではヨシ植栽10年プロジェクトが頓挫

 ヨシについて。ヨシの植栽で、佐鳴湖の再生やシジミの復活はあるか。

 講演を聞いて、それは大変に難しいだろうと思った。むしろ逆に湖を危機に陥れていることをブログ子も感じていたから、なおさらだ。宍道湖で10年にわたるヨシ再生プロジェクトの末、つい最近、頓挫したのも、うなずける。

 Imgp0357_1_2 もともとヨシは陸地に植えられたイネ科の多年生草。波のあたらない陸にはヨシは昔からある。それを今は、水質浄化の美名のもとに水際に植えようとしている。

 ここに問題がある。不自然なのだ。

 ヨシにとっても迷惑な話だが、水際に植えると、10年ほどでそこは水辺ではなく、陸地になる。佐鳴湖でもそんな水辺が黒いヘドロ化した土壌とともに、多くみられる。水質浄化とは真反対の状況になっている。 

 生態学では、ヨシ原を周辺の人々が共同で利用する

 コモンズ

として有用視されている。

 たとえば、

 「コモンズ」としてのヨシ原生態系の活用

という論文がある(岩手大学人文社会科学紀要。2007年)。北上川河口域をフィールドとしたもので、水際にヨシが植えられてから、あきらかに異臭など水環境が悪化したとの調査結果がまとめられている。

 しかし、それでも自然地理学(陸水学)からの視点と生態学的な見方との間のへだたりは、いまだに大きい。

 環境教育の根底見直しにあたって、そしてまた環境行政の再構築においても、学問分野をこえた総括的な公開共同討議がまず必要であろう。総括を踏まえた喫緊の課題は、これからのあるべき姿を国民の前にきちんと提示することだ。

 ● シジミたちの「沈黙の夏」 

 山室さんとは、講演に先立ち、仲間たちとともに、佐鳴湖をめぐる2日間の旅をしたのだが、環境問題に限らず、

 常識を一度は疑ってみる

ことの重要性を知った。

 ひるがえって、このブログは、スタートにあたって、

 世の中の常識を一度は疑ってみようという趣旨で、ブログ名前を

 「左側のない男」

としたことを書いておいた。名前の由来は、両眼ともに正常なのに、脳での情報処理の違いから、左側がそもそも存在しない〝患者〟がこの世界にはいる。ブログ子もそんな一人の女性を取材先で拝見して、その行動に驚嘆した。

 左側と右側があるのは当たり前という常識が覆った瞬間だった。

 今回の旅でも、

 正しいと信じられていることでも一度は疑ってみましょう

という驚きのある出来事が多くあった。

 常識を疑ってみることから、今まで見えていなかったものがみえてくる。

 そんなことを、佐鳴湖で育てているシジミたちが無言で訴えかけているような

 「沈黙の夏」

だったように思う。

 Imgp0353_1_2

 ● 静岡新聞記事

 この講演会については、8月20日付静岡新聞朝刊に以下のように掲載されている。当たり障りのない記事であり、何がニュースなのか、ポイントを押さえていない。環境問題には、このようにマスメディアの不勉強も問う必要があろう。

 「820k2013082000000015800.pdf」をダウンロード  

(   写真の1枚目= 講演する山室さん(静大工学部、8月17日)、2枚目= ヨシが増加している佐鳴湖南岸の風景、3枚目=  第24回佐鳴湖水質調査「夏」(8月17日、南岸の漕艇場)、4枚目= ヨシが枯れて悪臭の黒いヘドロがたまっている様子(佐鳴湖西岸なかほどの船着場・休息所付近  )

 

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原発事故、大きすぎて起訴できない

(2013.08.12)  原発事故、全員不起訴へ、という朝日新聞の1面トップ記事(8月9日付)を読んで、ブログ子は、つくづく

 大きすぎて起訴できないのではないか

という感想を持った。Image185720130809

 刑法の業務上過失致傷罪を問うためには、事故の予見性と回避性があったかどうかが焦点であるとは、以前にもこのブログで、いちいち詳しく論じた。

 しかし、記事によると、そのいずれもなかったと検察は判断しているようだ。かろうじて、原発事故と傷害の因果関係はないとは言えないとしているに過ぎない。それでも、そもそも放射線の傷害があるのかどうかも、今の時点では裏付けられないとしている。

 これだけ大きな事故を引き起こしていながら、東電があまりに大きな組織であるために、そこで働く社長や会長など幹部、あるいは当時の首相などの個人の責任は問えないというのならば、検察の威信は地に落ちるであろう。

 最初から立件の意志がなかったと思われても仕方あるまい。このままでは、安全神話を振りまいておけば、業務上当然払うべき注意義務は問われないことになってしまう。ここに問題があるのに。

  今こそ、市民感覚のある検察審査会の出番であろう。不起訴不当、起訴相当の判断をするときではないか。

 ● 静岡新聞社説 捜査は尽くされたのか

 この不起訴処分について、地元紙の静岡新聞の9月14日付に

 捜査は尽くされたのか

という社説を掲げている。事故当時の菅直人首相に対しては、本人が拒んだため直接、事情聴取をしていない。責任を否定する文書を受け取っただけというのでは、捜査が尽くされたとは言えない。

 少なくとも、事故の現場検証ができるまで処分を保留する選択肢もあったのではないかと社説は述べているが、うなづける。

 さらに社説は「予見可能性は厳格に問うべきだが、検察の判断は甘すぎないか」と捜査のあり方に疑問を投げかけている。

 こうした社会的に大きな影響のある事件では、公判のなかで、新たな事実や証言を発掘していこうという姿勢が検察には求められる。はじめから立件は困難と判断し、見極めが甘く、逃げ腰の姿勢では、予断を生み国民からの支持は得られまい。

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急かされた原爆投下の真実 外交の非情

(2013.08.09)  アンブローズ・ビアスの高名な著『悪魔の辞典』によると、

 Image186620130805 外交とは、祖国のためにうそをつく愛国的な芸

とある。しかし、ブログ子は、愛国的な芸というところを

 愛国的で非情な芸

と言い換えたい。8月5日付「中日」総合面の

 広島原爆 英、投下1カ月前に同意

という記事を読んで、そう確信した。

 ● 二年前のケベック密約で決定

 1カ月前どころか、2年も前の1943年8月に製造担当の米国と、原爆情報を多数持っていた当時の英国とは、(降伏する前の)日本に原爆を投下するこという秘密協定(ケベック協定)を結んでいたという。つまり、同意は、密約の最後の一手続きにすぎない。

 密約が結ばれたのは、日本のミッドウェー海戦大敗北からほぼ1年後であり、日本の敗北がほぼ見通せた時期。この時期を選んで密約が交わされた。

 折りしも、原爆開発の中心となったロスアラモス(秘密)研究所がニューメキシコ州にできたのが1942年。研究所はミッドウェー敗北と軌を一にしてつくられた。所長はかの有名な

 「原爆の父」と言われた天才核物理学者、R.オッペンハイマー

Image1859 である。

 この密約の狙いは、戦後世界の新秩序において米英の主導力の確保であろう。覇権といってもいいかもしれない。

 そのためには、日本が降伏する前に原爆開発を成功させ、その威力を実際に世界に知らしめる必要があった。これが原爆投下の真実だろう。

 ところが、原爆が完成する前、具体的に言えば、実際の降伏の2か月前、すなわち1945年6月ごろには日本は降伏しそうな状況であった。この情報をアメリカはつかんでいたのだ。この時期は開発の最終段階ではあったものの、原爆開発は完成していなかったから、アメリカはあわてた。

 だから、原爆開発の軍の最高責任者、グローブス少将は原爆開発を急かした。

 ● 謎めいた最終開発期限の八月十日

 当時の迫真の様子については、二人の歴史学者の

 『オッペンハイマー』(邦訳=PHP、原著=2005年、ピュリツァー賞受賞)

にリアルに、しかも具体的に書かれている。Image1868

一例を挙げると

 「グローブスの予定表は、トルーマン大統領が七月中旬に、ポツダムで予定しているスターリンおよびチャーチルとの会談に合わせて動いていた。オッペンハイマーは後の保安聴聞会で(次のように)証言した。「ポツダム会談前に爆弾を完成するよう、われわれは想像を絶するプレッシャーを受けて仕事をしていたと思っている。(以下略)」(上巻495ページ)

 歴史的なポツダム会談は、終戦の年の7月17日から8月2日。

  さらに、もう一例。

 「このような長時間労働にだれもが疲れきっていた。グローブスは完全さよりもスピードを要求した。「八月十日近辺という日付が、謎めいた最終期限であった。爆弾を準備する技術的な仕事に携わっていたわれわれにとって、リスクや金や、立派な開発方針を犠牲にしても、絶対に守らなければならない期限であった」」(上巻495ページ= 写真)

  この八月十日というのは、日本が無条件降伏を連合国側に申し入れした日。しかも、当時、スターリンが遅くとも対日参戦すると約束した八月十五日直前の期日。ソ連が地上軍を投入、対日参戦すれば日本は「一巻の終わり」だと当時ほとんどの関係者が考えていた(だから、アメリカはソ連が参戦する前に原爆を投下する必要があった。ソ連参戦は8月9日であり、滑り込みセーフのギリギリの原爆投下だった)。

 ● 降伏前に一刻も早く開発

 この緊迫した情勢から、アメリカが、

 日本が降伏する前に、一刻も早く爆弾を完成させ、ただちに日本に投下しなければならないと焦っていた様子が十分にうかがえる。

 アメリカは、これ以上犠牲を出さないよう、日本との戦争を早く終わらせたいがために原爆を投下したというのが定説化している。

 しかし、実際は、今にも降伏しそうな日本を米英はハラハラしながら、みていた。そして、降伏はもう少し待ってくれ、原爆投下後にしてほしいと祈るような気持ちで、原爆開発を急いでいたのだ。米英の戦後世界の主導権を確保するために。

 ● 投下の狙いは、戦後の米英主導権の確保

 原爆投下は、米英の戦後世界の指導権確保のために利用された。広島、長崎はその犠牲者なのだ。この意味では、

 戦争終結に原爆投下は必要なかった

というオリバー・ストーン氏の主張は正しい。同氏は『もう一つのアメリカ史』の共同著作者の一人。同著でこの主張を述べ、米政府の原爆投下の正当性を最近批判している。最近の広島講演でも同氏は同様の主張を述べている(8月6日付「中日」社会面)。

 ブログ子も、原爆投下の狙いが日本に降伏をうながすものなどではなかったという意味で、この主張に賛成したい。

 そもそも、戦争で降伏するかどうかは、空爆などの航空戦ではなく、地上戦が決定的であるという歴史的な事実がある。原爆投下も例外ではない。湾岸戦争にしろ何にしろ、決着は地上軍の投入なのだ。この軍事常識を見落としてはならない。その意味では、アメリカが終戦の年の秋、大規模な九州南部上陸作戦や関東の房総半島上陸作戦を計画していたのは、うなづける。

 同氏はそれ以上明確に述べていないが、

 原爆投下は、米英の戦後の世界戦略を主導するために必要だった

のだ。

 あからさまに言えば、アメリカにとっての関心事は、原爆開発が完成するまでは、日本が白旗を上げて早々と降伏してもらっては困るということだけだった。その意味でアメリカの本音は、6月時点では時間稼ぎとして、対日戦争はもう少し長引かせたかったであろう。

 連合国側と陸続きのドイツと違って、日本が島国であり、世界から隔絶していた。また人種的な偏見も手伝って、投下に対する人道的な抵抗感はほとんどなかったであろう。

 外交とは、かくも愛国的で、またかくも残酷、非情なのだ。では、なぜ、このように外交は非情なのだろう。簡単である。外交とは、外交官にとって、所詮、他人事だからだ。痛みなど感じない。 

 被爆国、日本は、この厳然たる現実を忘れてはなるまい。核兵器は絶対悪であるとのんきに言っているだけでは、核のない世界はいつまでたっても実現はしない。

 補遺

 Image1858_2 原爆開発に関する優れた本に、もう一冊、科学ジャーナリストの手になる浩瀚な

 『原子爆弾の誕生』(R.ローズ、原著=1986年。邦訳=紀伊国屋書店、1995年)

がある。著者は執筆に当たって長崎や広島にも取材、これまたピュリツァー賞をこの著作で受賞している。中身としては、国際政治の観点よりも、主として科学的な観点に主眼が置かれている。

 ● 補遺 

 Imgp0147_2 原爆無縁死没者がいまだに広島、長崎合わせて900人以上いる。右の写真は、遺族を探す掲示(浜松市のアクトシティ。2013年8月)。それらの人々も今、遺族がわからなくても原爆供養塔(広島・平和記念公園内)などに静かに眠っている。 

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立花隆さん、そんな話って大丈夫 ?

(2013.08.06)  視野の広さ、反権力、常識にとらわれない行動力。でも、ちょっと傲慢。しかし、同じジャーナリストとして、ブログ子は、やはり

 立花隆さんを尊敬に値する

と、いつも、敬愛していた。人を見下したような傲慢さは確かにあるが、それは自信の表れなのだ。実力のある証拠。むしろ、それは肩で風切るジャーナリストの勲章。多くのジャーナリストなら、たいていはそう思ってきたと思う。

 ● 月刊誌「麻酔とボーイング787」批判

 だが、しかし、月刊誌「文藝春秋」の最新8月号の冒頭論説

 Image185282013_3 麻酔とボーイング787

というのには、正直、びっくりした(写真)

 歯の治療に出かけた立花さんなのだが、

 「麻酔は効くかどうかが大事で、なぜ効くか、理由はとりあえずわからなくてよいことだ」

と断定調。事実、わからないことも多いらしい。自らの体験なので自信たっぷりである。そのプラグマティズム(理屈より実践行動)を賞賛し、

 現代社会はすべてプラグマティズムで動いている

と一般化して語る。

 理系出身のブログ子は、そんなばかなことはないとは思うが、それはそれで、まあ、いいだろう(補足。自然科学系のノーベル賞は、理屈より実践行動というだけでは受賞できない。受賞にはとことん突き詰めた合理的な理屈が必ず要る)

 問題なのは、その後の、例のボーイング787のバッテリートラブルも、麻酔の場合と同じなのだという強引な論理展開。これには、おもわず、

 立花さん、そんな与太話って、大丈夫?

と、そのあまりに乱暴な論理にあきれてしまった。

 ● 同日に論じられるか

 この結論を導くにあたって、わざわざ大会社の航空技術部長のところに出かけて、たっぷり話を聞いた。いかにも、ジャーナリストらしい。ながながと、安全対策に万全を期しているというインタビュー内容が書かれている。

 そして、次のように結論付けている。

 「聞けば聞くほど、そこまでやるのかと思うほどの手が打たれており、これはプラグマティズムの極致のような対策だと思った」

と、手放しのべたぼめ。

 「あとは実績で安心感を取り戻すほかあるまい」

と語っている(補遺)。

 この論法の誤りは、麻酔トラブルがせいぜい一人の老人(失礼)の死につながる程度なのに対し、航空機の場合、前途有為な数百人の命に直結しているという点だ。根本原因を解明するのが運行再開の先決なのだ。

 麻酔トラブルと航空機事故とは同日に論じられない

のだ。歯の麻酔トラブルと巨大技術の組織事故とは技術的な面に限っても根本的に違う。

 それなのに同列に論じている。しかも、何の断り、注釈もない。これでは、読者に誤解を与える。失礼な話だが、駆け出し記者のずさんな不完全原稿とかわらないといわれても仕方あるまい。

 さらに言えば、根本原因の追究という理屈よりも実践行動というこのプラグマティズム論法でいけば、福島原発事故など起きないことになってしまう。それでいいのか。

 むしろ、このような乱暴なプラグマティズム論法が巨大技術事故を起こしてきたといえまいか。

 それと、第二の誤りは、第三者の取材がない点。航空機トラブルを起こしている当の会社の技術部長にいくら取材しても、会社の不利益につながる事実は出てこない。万全です、という解説しか出てこないのは当たり前。

 なのに、立花さんは、トラブルは危険と批判する第三者には、記事を見る限り、取材していないようだ。これまた、おかしい。何が課題なのか、せめて視野の広い視点ぐらい示せなかったか、残念だ。

 同じ文系で、ノンフィクション作家でジャーナリストの柳田邦男さんも航空機事故には詳しい。柳田さんは今も事故に対する真摯な態度や謙虚さを失っていない。二人の間には、科学・技術に対する基本姿勢に大きな違いがあることを、この評論であらためて知ったように思う。

 ● 往年の鋭さはどこへ

 いずれも、往年の立花さんなら、きちんと詰めていたはずだ。田中角栄金権体質を白日の下に暴き出すなど、あの立花さんのジャーナリストとしての真価はそこにあった。それが、今はどうもない。いくら片手間に書いたとしても、あんまりではないか。

 というよりも、行動と知の巨人のこんな論説を読まされて、さびしい気持ちにさせられた。科学的な考え方、素養に欠けるところがあるというよりは、年のせいで知らず知らずのうちに、あるいはおごりが高じているような気もする。ブログ子の思い過ごしなら、うれしい。

 最後に一言。往年の立花よ、もう一度。

 それにしても、やっぱり、年は取り-、いや、愚痴はよそう。

  ● 補遺 複雑な巨大技術ではプラグマティズムは危険

 これほどにバッテリーの発火を抑え込んだりしたら、かえって危険という発想がないのは不思議だ。これまでは、バッテリーが発火することで、大惨事を事前に食い止めていたのかもしれない。いわば、バッテリーは配電盤のブレイカーの役目を果たしていた。絶対発火禁止措置は、ブレイカーを取り外したようなものなのだ。何が起きるのか。根本的な原因がわからないのだから、巨大技術では、プラグマティズムの発想はむしろ危険なのだ。

 はっきり言えば、プラグマティズムというのは、対処療法であり、根治療法ではない。めくら運転なのだ。一医師の医療と、組織がかかわる巨大技術のトラブルとを混同してはなるまい。

 ● フォトギャラリー

   ( 写真下= 最近の佐鳴湖の風景 8月4日午後 )

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花火幻想

(2013.08.03)  夏まつりや花火の季節。その花火には、平和の象徴とか、華やかさのイメージがある。

 しかし、ブログ子には、幻想かもしれないが、どうも暗いイメージが先にたつ。

 ● 灰とダイヤモンド

 かつてのポーランド映画

 「灰とダイヤモンド」(アンジェイ・ワイダ監督、1958年)

のラストシーンが忘れられないからだろう。ドイツ敗北寸前のポーランドの地方都市。平和回復を祝う花火が鮮やかに夜空をいろどる。

 なのに、レジスタンスの青年が、ドイツ敗退で勢いづく地区共産党の幹部を暗殺する。そして、花火が打ち上げられている最中に、ごみ捨て場で追い詰められ殺される。ポーランド人の根強い反ソビエト感情を鮮やかに浮かび上がらせていた。

 ● 原爆模擬弾をつくった米軍

 先日、BS放送を見ていて、戦後、冷戦に突入したアメリカでは、核戦争に備えるために、大量の火薬の入った

 原爆模擬弾

をつくり、繰り返し兵士や将校の核戦争訓練をしていたことを知った。このとき、製造で活躍したのは、花火のメッカ、イタリア(フィレンツェ)からの移民花火師だったらしい。戦後とあって、それまでの花火商売は上がったりだった。しかし軍からの大量模擬爆弾発注を受け、息を吹き返したらしい生まれてきたのかもしれない。

 原爆の威力を示すものとして、TNT火薬に換算して1メガトン、というようなわかりやすい言い方のも、おそらくこうした背景があってのものだろう。

 ● 兵器発達史が支えて

 花火の起源は、今から1000年ほど前の中国やモンゴルだと言われている。黒色火薬を使った火矢であろう。

 日本人は花火は日本独自のものと思いがちだが、生まれは中国。育ちはイタリアなどヨーロッパ。15世紀から18世紀には大変にさかんだったらしい。

 日本に紹介されたのは鉄砲伝来の16世紀中ごろからで、織田信長や家康のころには、武器としてその重要性は十分に認識されていた。

 だから、今でも家康の本籍地、三河では年中花火が盛んである。たとえば、東海地方きっての花火と言えば、浜松弁天島花火大会であろう。

 このように花火はすっかり平和のイメージが定着している。しかし、黒色火薬をめぐるその長い歴史を支え、打ち上げ技術を発達させてきたその裏には兵器開発があった。あの華やかな夜空の花火には、こんな「負」の歴史がある。

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