« 原発事故、大きすぎて起訴できない | トップページ | 人はなぜスポーツをするのか »

ヨシは本当に水浄化にいいか - 環境教育と行政の根底を問う

Imgp0353 (2013.08.19)  世に大学講義に関して

 白熱教室

というのが盛んだが、これほど社会的に衝撃度の強い講演会も珍しいだろう。先日、静岡大学工学部で開かれた東大大学院教授の山室真澄さん(自然環境学)の

 佐鳴湖講演会「かつての里海 新たな里海 汽水湖の可能性」

のことだが、講演後、会場から多数の質問が飛び交った(佐鳴湖シジミプロジェクト協議会主催)。

 ● 白熱の佐鳴湖講演会

 タイトルがさりげないなど訴求力が低いせいか、正直、最初、ブログ子もさほど注目はしていなかった。たくさんある環境講演会のよくある論旨が、実証性の乏しい論理で展開されるのだろうと思った。

 ところが、なんと、誰もが疑わない、そしてつとに有名な環境指標のCOD(化学的酸素要求量、mg/リットル)について、

 COD値うんぬんは、湖中の有機物の指標としては、意味がない。すくなくとも、都市に近く有機物のたまりやすい汽水湖沼(宍道湖や佐鳴湖など)においてはそういえる

と結論付けていた。しかも、この結論の正しさを、具体的に宍道湖/中海で自ら長年水中調査した結果を駆使して実証してみせたのだ。

 環境省が庁として創設されて約40年、COD値を環境基準の指標にするとした湖沼水質保全法が制定されてからでもまもなく30年。環境行政の根底が今、問われている。

 Imgp0356 あまつさえ、学校における、あるいは社会一般の環境認識を根本からくつがえす実証研究も紹介していた。

 湖の環境改善について、つまり、これまた誰も疑っていなかったヨシについて

 ヨシ(原)は本当に水浄化にいいか

という問題にメスを入れた。山室さんのこの問いかけに対するこたえは、なんと、

 ヨシ植栽運動は、湖のあの黒いヘドロといやなにおいの原材料をせっせと運んでいるようなもの

と根拠を示して明解にヨシはダメだと否定した。そのせいだろう、宍道湖では最近ようやく植栽運動は下火になったという。

 そもそも宍道湖でも、歴史的には水際にヨシなどなかったらしい。

 ヘドロの中身、つまり分解した有機物の由来を逆追跡するなどの分析が大事だが、こうなると文部科学省の環境教育の根底をも見直す必要がでてくる。

 ● 誰と何が「環境」をゆがめてきたか

 この数十年、

 環境のどんな考え方が教育や行政をゆがめてきたのか

 そして、何が教育や行政をゆがめてきたのか

 そして、最後に、誰が教育や行政をゆがめてきたのか

 という問題にたどりつく。

 一言で言えば、自然再生とは何か、環境再生とは何か

ということに尽きるだろう。

 また両者は同じことを指すのだろうか。言い換えれば、自然(景観)は再生したが、環境は(もとには戻らず)崩壊したということはないのだろうか。そして、そもそも、いつの時期に戻って再生するというのだろうか。

 こう考えてくると、これらの言葉に含まれるとても便利な「あいまいさ」こそ、研究者もふくめて教育や行政をゆがめてきたのではないか。

 返り血を恐れず、山室さんは、そのあいまいさに切り込んだ。

 別の言葉で言えば、これまでの環境の常識を、本当に正しいのかどうか再検討した。

 講演を聞き終わって、ブログ子はそう感じた。

 結論は以上なのだが、事は重大なので、以下、感じた理由を、講演内容とともに少し詳しくみてみたい。そして、新たな救いはどこにあるのか、私見も交えて述べてみたい。

 ● CODは水質基準の指標として有効か

 まず、COD値について。

 そもそもCOD値は、

 湖中の有機物量+ヘドロなど分解した水底の有機堆積物量

の合計できまる。都市に近い湖沼では有機物が押し出されたりして、たまりやすい。ましてや、潮の干満で水底と水面がしょっちゅうかき混ぜられる汽水湖では、水底からの有機物は当然無視できないはずだ。

 水質をよくするためにCOD値を下げる規制は、湖の汚れを取り除き、負荷を軽減する対策につながらない可能性が高い。水底の問題が考慮されていないからだ。したがって、今のやり方では、少なくとも汽水域では、水質指標としては意味がない。

 それどころか、先ほどの理由から、汽水湖沼では、そもそも無理なCOD環境基準をなかなかクリアできないのは当たり前。それが自然なのだ。

 はっきり言えば、そもそもできない目標値規制を無理やり実現させようとしている。

 Imgp0355 よく言われるように

 「湖の有機物による汚れが多いほど、COD値は高くなる。負荷がかからないよう、できるだけ下げよう」

というのは、「ワースト1の悪夢」というべきか、合理的な環境論理には合わない幻想なのだ。

 講演では、宍道湖を例に、この問題を実証的に紹介していた。

 ブログ子もかかわる佐鳴湖でも、浜松市などを中心に、この10年、汚名返上しようと、COD値8mg/リットル以下を目標に取り組んできた。この運動は一帯何だったのか、環境行政の誤りというには、あまりにもむなしい。こう感じるのはブログ子ひとりではあるまい。

 ● ダイナミックな食物連鎖の水環境こそ 

 救いはどこにあるのだろう。

 水質を静的なCOD値に置き換えるのではない。そうではなく、

 湖の水環境を、多様な生き物が持続できるよう、植物プランクトンを底辺とする安定した食物連鎖ピラミッドにすること

ではないか。シジミがとれるようになった宍道湖と、その隣のとれない中海の違いとは何か。宍道湖のように、このピラミッドが安定して存在しているか、中海のように崩壊しているかの違いらしい。

 湖の富栄養化が問題なのではない。せっかくの富栄養化した湖の栄養分(窒素やリンなど)が、シジミも含めてうまくほかの魚などの生き物たちに行き渡らない湖の水環境が問題なのだ。

 だから、

 湖沼の、とくに汽水域の水のダイナミズムにもっと注目しよう。そこに可能性がある

ということだった。汽水湖の水質管理対策として、また国の環境行政の転換を求めたものとして注目したい。

  この意味で、アマモなどの水草の再生、復活は必ずしも湖の環境を復活、再生させるのにはつながらない

というのは、うなづける。つまり、単に昔の状態に戻せば言いというものではない。

 自然景観は戻るかもしれない。しかし、たとえ戻ったとしても、実は、食物連鎖のピラミッドが再生されない限り、湖の水環境の崩壊の可能性のほうが高くなるからだ。

 ● 宍道湖ではヨシ植栽10年プロジェクトが頓挫

 ヨシについて。ヨシの植栽で、佐鳴湖の再生やシジミの復活はあるか。

 講演を聞いて、それは大変に難しいだろうと思った。むしろ逆に湖を危機に陥れていることをブログ子も感じていたから、なおさらだ。宍道湖で10年にわたるヨシ再生プロジェクトの末、つい最近、頓挫したのも、うなずける。

 Imgp0357_1_2 もともとヨシは陸地に植えられたイネ科の多年生草。波のあたらない陸にはヨシは昔からある。それを今は、水質浄化の美名のもとに水際に植えようとしている。

 ここに問題がある。不自然なのだ。

 ヨシにとっても迷惑な話だが、水際に植えると、10年ほどでそこは水辺ではなく、陸地になる。佐鳴湖でもそんな水辺が黒いヘドロ化した土壌とともに、多くみられる。水質浄化とは真反対の状況になっている。 

 生態学では、ヨシ原を周辺の人々が共同で利用する

 コモンズ

として有用視されている。

 たとえば、

 「コモンズ」としてのヨシ原生態系の活用

という論文がある(岩手大学人文社会科学紀要。2007年)。北上川河口域をフィールドとしたもので、水際にヨシが植えられてから、あきらかに異臭など水環境が悪化したとの調査結果がまとめられている。

 しかし、それでも自然地理学(陸水学)からの視点と生態学的な見方との間のへだたりは、いまだに大きい。

 環境教育の根底見直しにあたって、そしてまた環境行政の再構築においても、学問分野をこえた総括的な公開共同討議がまず必要であろう。総括を踏まえた喫緊の課題は、これからのあるべき姿を国民の前にきちんと提示することだ。

 ● シジミたちの「沈黙の夏」 

 山室さんとは、講演に先立ち、仲間たちとともに、佐鳴湖をめぐる2日間の旅をしたのだが、環境問題に限らず、

 常識を一度は疑ってみる

ことの重要性を知った。

 ひるがえって、このブログは、スタートにあたって、

 世の中の常識を一度は疑ってみようという趣旨で、ブログ名前を

 「左側のない男」

としたことを書いておいた。名前の由来は、両眼ともに正常なのに、脳での情報処理の違いから、左側がそもそも存在しない〝患者〟がこの世界にはいる。ブログ子もそんな一人の女性を取材先で拝見して、その行動に驚嘆した。

 左側と右側があるのは当たり前という常識が覆った瞬間だった。

 今回の旅でも、

 正しいと信じられていることでも一度は疑ってみましょう

という驚きのある出来事が多くあった。

 常識を疑ってみることから、今まで見えていなかったものがみえてくる。

 そんなことを、佐鳴湖で育てているシジミたちが無言で訴えかけているような

 「沈黙の夏」

だったように思う。

 Imgp0353_1_2

 ● 静岡新聞記事

 この講演会については、8月20日付静岡新聞朝刊に以下のように掲載されている。当たり障りのない記事であり、何がニュースなのか、ポイントを押さえていない。環境問題には、このようにマスメディアの不勉強も問う必要があろう。

 「820k2013082000000015800.pdf」をダウンロード  

(   写真の1枚目= 講演する山室さん(静大工学部、8月17日)、2枚目= ヨシが増加している佐鳴湖南岸の風景、3枚目=  第24回佐鳴湖水質調査「夏」(8月17日、南岸の漕艇場)、4枚目= ヨシが枯れて悪臭の黒いヘドロがたまっている様子(佐鳴湖西岸なかほどの船着場・休息所付近  )

 

|

« 原発事故、大きすぎて起訴できない | トップページ | 人はなぜスポーツをするのか »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/58029107

この記事へのトラックバック一覧です: ヨシは本当に水浄化にいいか - 環境教育と行政の根底を問う:

« 原発事故、大きすぎて起訴できない | トップページ | 人はなぜスポーツをするのか »