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ターシャ・チューダー的こころ

Dsc0214920130729 (2013.07.30)   なくなった小沢昭一さんの超長寿ラジオ番組に

 小沢昭一の小沢昭一的こころ

というのがあった。夕方、ブログ子もときどき拝見していた。その心とは要するに、何も経済大国を目指さなくてもいい、丁寧な暮らしの「貧」主主義で行こう、というものだった。だから、小沢さんは貧しい時代のことを忘れずに最後までハーモニカをこよなく愛し、吹いていた。

 ● 花もいつかは散るように

 アメリカの童話作家だったあのターシャ・チューダーさんも、丁寧な暮らしの「貧」主主義で行こうというものだったことを、先日のBSプレミアムで、ターシャさんの人となりというか、生き方をまとめた

 花もいつかは散るように

という番組(写真)を見て、気づいた。愛したのはハーモニカではなく、自ら育てていた庭に咲く花々だった。

 番組は息子夫婦や、孫夫婦が語るターシャの生き方を生前の映像とともに描いていた。知らなかったが、2008年に92歳でなくなったらしい。

 生前の暮らし方では小沢さんとターシャさんは似た考え方だったが、死に方ではずいぶん違うような気がした。

 小沢さんは、あくまで人間を愛した。

 これに対し、ターシャさんは自然を愛した。

 焦って結果ばかり求めるなという助言も心に残ったが、

 最後の言葉は

 「私たちはみんな死に向っている。恐れることはない。今を精いっぱい生きること」

だったらしい。

 ● 遺灰は育てた庭に

 アメリカでは土葬が一般的だが、火葬にしたあとの遺灰はターシャさんが育てた庭にまかれたという。だから、彼女のお墓はない。

 お墓はなくとも、大自然の中で永遠に生きる

という選択をした。

 庭に咲く花が、ターシャなのだ。

 見事な人生哲学である。

 私のお墓の前で泣かないでくださいという新井満さんの

 「千の風になって」

ではないが、それならとお墓そのものをなくしてしまった。私は死んではいないと言いたいのだろう。

 そんな境地にターシャさんを立たせたものは何だったのだろう。

 番組をみながら考えた。そして、気づいた。

 自然の不思議さに驚嘆し、感謝する感性

 センスオブワンダー

ではなかったか(注記)。この心があったからこそ、自然に帰ることを少しも恐れなかった。また、晩年、年を取ることは楽しいことだと語っていた理由も理解できる。

 そして、また遺灰を自ら耕し育てた庭にまいてもらうようにした理由もよく理解できる。自然と自分とが一体になるという喜びからなのだろう。

 花もいつかは散るように、ターシャさんもまた大自然に帰っていったのだ。

 花も人間も結局は同じである。

 つまり、この世だけがすべてではないという境地。彼女は、このことを理系出身のブログ子に教えてくれたように思う。

  ● 注記 センスオブワンダー

 これについては、今から60年近くも前に書かれた米生物学者で作家のR.カーソン女史の

 『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳、新潮社、1996年。写真下)

がある。

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