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農民の視点から描く戦国不条理「笛吹川」

631ecd6b (2013.05.20)  ブログ子の暮らす浜松市では、今、同市出身の映画監督、木下恵介さんの生誕100年を祝うさまざまな企画が開催されている。

 そのせいもあって、ある学習会で木下監督の異色の戦国時代映画

 「笛吹川」(1960年。写真はそのポスター)

を観た。主演は、高峰秀子と田村高広。松本幸四郎や市川染五郎も出演する豪華キャスト。テレビのまだない、映画黄金時代の芸術祭参加作品である。

 ● 静かなる反戦映画

 原作は、『楢山節考』で知られる深沢七郎の同名小説(1958年)。同氏は、山梨県笛吹市出身ということもあり、戦国時代を駆け抜けた武田信虎、信玄、勝頼三代の栄光と滅亡には関心が高かっただろう。 

 しかし、深沢美学(注記)ということもあったのか、その時代の不条理と滑稽さを

 貧農の三代記という視点

で描いている。

 映画では、この視点から、名もなき百姓を主人公にしているのだが、その主人公の愚かさも、言葉ではなく、映像を見せることで静かに描いている。

 木下監督は、単なる時代劇ではないことを観客に訴えたかったのであろう。現代映画のような総天然色でも、時代劇のようなモノトーンでもない、いわば当時実験的とも言えるパートカラー(部分単色映画)を実験的に使っている。

 木下監督の創作であろうと思われるラストに近いシーンは、この映画が再軍備反対の60年安保闘争の年につくられたことを強く印象づけていた。

 お屋形さまを天皇さまに置き換えればいいわけで、その意味では、この作品は、木下流の

 静かなる反戦映画

なのだ(補遺)。

 ● 新田「武田信玄」との違い

 愚かなのは、戦国時代の無知な百姓だけではない。現代にも、同様な国民は多いというわけだ。 このような映画の現代性というのは、ストーリーはほぼ同じなのだが、長野県諏訪市出身の直木賞作家、新田次郎の歴史小説

 『武田信玄』(全4巻、文藝春秋、1966年。雑誌初出=1964年)

からは、まったく伝わってこない。支配される百姓と、支配するお屋形さまという視座の違いが、この差を生んだ。時代に敏感な木下監督の感性が光った作品といえる。

 映画は、何を取り上げるかというテーマが大事。だが、そのテーマをどういう視点で描くかということは、テーマ選択と同じほど大事であることを思い知らされた映画だったように思う。

 歴史をテーマとする場合、監督の腕というのは、畢竟、映画の現代的な意味づけを左右する視座の選択にある。

 (ポスターの写真= ブログ「ぶらり道草 幻映画館」

 http://blog.livedoor.jp/michikusa05/archives/2010-11.html 

より)

  注記 

 そのいったんは、

 「死ぬってことは、自然淘汰ってことですね」(「怠惰の美学」1972年)

からもうかがえる。深沢美学を平たく言えば、時代に抗するというか、天邪鬼の思考。高度経済成長期において、あえて怠惰は悪くない、むしろ働き者こそ悪人だという風に吹聴していたらしい。一面の真理は突いている。

  補遺 

 真正面から反戦映画として描いたのが、朝鮮戦争当時の、たとえば、学徒兵の手記をもとにした

 「雲ながるる果てに」(家城巳代治監督、鶴田浩二主演。1953年)

である。「悠久の大義」に死ねるかという特攻隊員に対する問いかけがテーマ。そんな抽象的なものでは死ねないというのがラストシーン。

 これは、映画「笛吹川」において、百姓たちが、お屋形さまには先祖代々の恩義があるといって、戦に出かける姿と酷似している。恨みこそあるが、恩義などなにもないというのがラストシーンだった。

 この最後のびっこ老婆のシーンでは、老婆役の高峰秀子の熱演がひときわ光っていた。この一言を老婆に言わせたいがために、木下監督はこの映画を撮ったのだろう。

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