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2013年5月

君は今、幸福なのか問いかけ 木下恵介論

(2013.05.26)  木下恵介生誕100年ということもあり、木下恵介記念館(浜松市)に同監督の

 「今日もまたかくてありなん」(松竹芸術祭参加作品、1959年)

という映画を見にでかけた。50人くらいの市民が集まった。

  60年安保の前年に公開された映画なのに、木下監督ともあろうものが、どうしてこんな小市民的な映画をあえてつくったのだろうと疑問を持ちながら見た。

 見て、気づいた。 

 Image160120130526_2 今日もまたかくてありなん、というのは、怠惰というのか、こんなんでいいのかという反語的なタイトルなのだと-。君は今、幸福なのかと問いかけていたのだ。

 大衆という賢くもまた愚かな存在を温かい目で見つめた、きわめて社会派的な映画なのだ。この映画の暗いイメージに暗示を受け、ささやかな希望を見つけてほしいという表面の意味とは正反対のメッセージを込め、ある家庭を、それもしみじみと描いてみせたのだ。小津安二郎監督にはできない芸当だろう。

 そして、こうも思った。この映画の脚本は監督自身が書いたのだが、

 おそらく、なんとつまらない台本だろう

と制作スタッフは思ったことだろうと。表面の意味とは逆のメッセージを込めているのだから、無理もない。

 ● 反語的な映画なのだ

  案の定、この上映会に出席した当時のプロデューサー(当時の言葉で製作補)、脇田茂さんのミニ講演、

 素顔の木下恵介

で、わかった(写真= 木下恵介記念館)。

 脇田さんによると、松竹大船撮影所スタッフたちの世論は

 「木下さんの台本はなんとつまらないのだろう。それに比べ、出来上がった映画はなんと、すばらしいのだろう」

というものだったらしい。この世評に木下監督自身

 「それは、みんなの台本の読み方が悪いからだ」

と皮肉ったらしい。反語的な映画だから、声高には、あからさまには叫ばない。沈思のひとなのだ。

 ● 天才監督と呼ばれた由来

 脇田さんが話してくれたエピソード、その1。

 木下恵介は天才監督だ

というようになったのは、どういう経緯からだったか。

  Image160320130526_2 それは、この映画の公開される10年も前、1949年に出されていた、いわゆる3号雑誌『泥沼』に、当時、松竹の助監督だった西川克己氏が

 木下恵介論

を書いた。その冒頭が

 木下恵介は天才である。これに異論のある者は前に出ろ、うんぬん

と書いたらしい。この場合の天才というのは、

 要するに、特異児

という意味だったらしい。テーマのバラエティが広く、また制作手法も変化に富んでいたらしい。天才というのはこのことを指していたという。

 以前に紹介した「笛吹川」の意表を突く、しかしメッセージ性のあるパートカラーもそうだが、とかくいろいろな手法を試していたようだ。

  ● 幻の映画「戦場の固き約束」 

 エピソード、その2

 日中合作映画「戦場の固き約束」(1988年、シナリオ完成後、土壇場でシナリオ修正問題でご破算に)は、もともと25年も前の1963年に、脚本家の山田太一氏が木下監督の口述を筆記したもので、

 『戦場の固き約束』(木下恵介、主婦の友社)

にまとめられていた。最後まで中国側の求める問題の箇所の書き変えを妥協はせず、承諾することはなかったらしい。企画段階で、幻の映画となった。そして、翌年、天安門事件が発生。

 ● 木下さんの書架から

 記念館には、一階に木下さんの書斎が再現されている。

 上映会の帰りに、ちょっと寄ってみた。問題の

 戦場の固き約束

の赤表紙の台本もあった。

 ブログ子の目に留まった蔵書の一部をここに紹介すれば、監督の思想や信念のおおよそはうかがえるように思う。

 『庶民列伝』(深澤七郎、新潮社)

  『黒い雨』(井伏鱒二、新潮社)

 『わだつみ』(井上靖、岩波書店)

 「監督」と呼ばれることを好まなかった人柄からもわかるが、大衆の愚かさも静かに見つめ続けた「下から目線」の社会派映画人だったように思う。

 補遺 はじまりのみち

 なぜ、そのような信条をいだくようになったか。その原点を探ろうと、

 近々、木下恵介の戦中自伝映画

 「はじまりのみち」(原惠一監督、2013年6月)

が公開されるらしい。

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飛ぶ夢をしばらく見ない

(2013.05.25)  このブログのテーマは「科学・技術と社会」なのだが、何か、純文学についても語れないか。そんな思いでいたら、先日、BSプレミアムで

 数奇な人生 ベンジャミン・バトン

という映画をやっていた(D.フィンチャー監督)。年をとるごとに若返っていくという破天荒な男の物語である。男を演じるのはブラッド・ピットというから、見てみた。原作は鬼才の作家、フィツジェラルドの同名短編(1922年)である。

 ● 若返り小説「ベンジャミン・バトン」

 Image1561 ブログ子もそうなのだが、女に限らず男だって年々若返っていくなんて、なんとすばらしい人生だろう、ましてやイケメン俳優のブラッド・ピットが演じるのだから、たまらない。と思うのが普通。  

 しかし、結論を先に言うと、

 家族の崩壊という見るも無残な悲劇的な結末

が待っていた。戦慄の最後なのだ。

 日本でも脚本家の山田太一の手になる

 『飛ぶ夢をしばらく見ない』(新潮社、1985年)

という作品があるが、こちらは女性が老女から次第に若返っていくという物語。国際映画祭出品作品として、石田えりと細川俊之主演で映画化されてもいる。こちらも、男と女の愛の結末は悲劇的。

 なぜ悲劇的になるのか。それは、つまり、若返るということは、実は、当然だが、自分がいつ死ぬかということが明確に分かった上で人生を送ることを意味するからだ。この恐怖との戦いなのだ。そのことが物語を次第に深刻化させる。

 悲劇的な結末という点では同じなのだが、両方の小説を比較しながら読んでみると、おもしろい。同じ若返るという設定であっても、その若返り方にも違いがあり、比較することで考えさせられることが多い。

 そこで、以下に両作品をつぶさに比較してみた。

 ● 日本にも山田太一作品   

 フィツジェラルド作品。小説では、主人公、ベンジャミンは身長170センチの外見70歳くらいの大男として生まれたと設定されている。白髪。しわしわの、そしてしわがれた声で老人特有のひねたひげ面の老人赤ん坊である。映画では、大男ではなく、老けてはいるものの、赤ちゃんらしい小さな男の子になっていた。

 物語は「ベンジャミン・バトンは」という3人称で進行する。若返る本人を中心に進行する。

  Image1565_3 一方、山田作品では、もうすぐ50歳になる男と、年齢不詳の女が、ある病院で同室になり、互い見知らぬ間柄で、しかも顔が見えないようにした衝立を隔てて出会うというところから物語が始まる。声からは30代かもしれないというのに、実は70歳に手が届くような白髪だらけの「老婆」だったという衝撃的な幕開けは秀抜。一気に読者は物語のなかに引き込まれる。

 こちらは男、田浦という1人称「私は」で語られるので、変身しないほうから、若返っていく女を観察するという趣向だ。

 次に、若返るスピード。

 フィツジェラルド作品では、普通の人と同じスピードで、つまり、1年間に1歳、70歳から1歳ずつ若返るという設定。ベンジャミンはゆっくり若返る。その分、話は複雑になる。言葉づかいや精神年齢も肉体年齢にあわせておおむね変化する設定。歳相応に精神年齢も若くなる。

 これに対し、山田作品では、67歳の老女が約1年で、40代前半、20代前半、10代前半の少女、最後は4、5歳の幼女と若返る。つまり1年間の愛の物語。したがって、相手の普通に歳を取る男は、48歳から49歳になるだけで、ほとんど歳を取らない。女だけが急速に若返る。若返っても、言葉づかいや精神は60代のままという設定。

 そして筋書きだが、フィツジェラルド作品では、ベンジャミンは見かけ年齢50歳(すなわち、生後20年)で、20歳の女性と結婚する。男は、30歳下の女性をめとるのだから、うらやましい。

 ベンジャミンは、人生のちょうど半分、すなわち35歳で、肉体年齢=見かけ年齢となり、妻とも同じ年齢になる。結婚と同時に子どもが生まれる。ここらあたりが、人生最高の充実の時期である。

 しかし、ここから暗転し始める。

 ベンジャミンの見かけ年齢25歳になると、妻は45歳。男20歳で妻は、なんと50歳。男が30歳年下という逆転逆転現象が起きる。これでは男は恥ずかしくて、夫婦一緒には街に出られないだろう。だから、離婚。

 そして、男性15歳。妻は55歳。あと15年しか生きられないという男性の恐怖。結婚と同時に生んだ息子は、今では35歳にもなっている。父親は息子よりずっと若いことになる。

 そして、男性4、5歳。孫すら小学校に進学したのに、自分はどんどん、年々若返っていく。息子はもちろん、孫すら若返る男性を相手にはしなくなる。家族は完全に崩壊する。

 女性が若返る山田作品も、基本的には同じなのだが、男性がほとんど歳をとらないので、悲劇性はそれほどてもない。山田の場合、ひとひねりあって、普通に歳をとっていたのが、67歳からあることがきっかけで女性が急速に若返るというように設定している。なので、若返える前までの67年間の出来事が記憶にある。ここがフィツジェラルド作品とはここが違う。過去の思い出を引きずって、たとえば若返る女性はかつて自分は二人の子どもを生んだということを知っている。そのことが、若返るという過程で、さまざまな障害やトラブルを引き起こす。

 ● 男女すべてが若返ったら

 両作品を読み比べて、ふと思った。

 男も女もすべて、若返り始めたら、どんな物語になるのだろうと。

 フィツジェラルドの場合では、年齢差が次第に広がるという問題はなくなる。因果関係が逆転、つまり、結果がまずあって、その原因をさかのぼるという人生になるわけだ。世界は何事もなかったように進行する。ことになるのかな?

 Image578 一方、山田作品では、つまり、どの人間も死の1年前になると、記憶はそのままに、そして因果関係もそのままに急速に肉体が若返るのだから、たとえば、それまで選挙権があったのに若返った結果二十歳未満になってしまい、ふたたび選挙権がなくなる。これでは現行制度のままでは社会的には大混乱に陥る(フィツジェラルドの場合、生まれながらに持っていた選挙権が、若返って二十歳未満になると選挙権がなくなるというだけの話。かな?)

 ● タイムマシン最新作「ルーパー」

 こうした小説を読むと、

 若返りとタイムマシン

ということが気になる。しかし、ブログ子も、その関係を明確に話すことができない。

 ただ、最近のタイムマシン映画

 「ルーパー」

があることを紹介しておこう。30年後の未来の自分がタイムマシンでやってきて、現代の自分を殺そうとするという奇想天外なストーリー(らしい)。

  興味がわいたので、見てみた。

 タイムマシンを使えば、30年後の年取った自分と今の若い自分とが同じ場所で対決することができることは分かった。しかし、未来から来た自分が、今の自分を殺してしまったら、未来の自分はどうなるのだろう。因果関係がおかしくなる。

 とすると、タイムマシンで過去に行くことなどできるのか。よく理解できなかったことを正直にここに書いておきたい。

 上記の二つの小説は、過去への時間旅行という点で、タイムマシンを想起させる。が、実はタイムマシンとは無関係なのかもしれない。タイムマシンは時空の問題であり、それを操縦する人間そのもの、肉体や思考には何ら変化を起こさせないからだ。

 どうだろうか。

 たまには、こうした空想というか、思考実験をして楽しんでみるのも「科学・技術と社会」を考える上で、新しい発想を生み出しそうでいい、かな?

  補遺

 かつての人気タイムマシン映画「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」には、こうした思考実験をしてみたいという意欲が湧いてくるほど、考えさせる要素はない。逆に言えば、それほどエンターテインメント性が強いともいえる。

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科学はわけのわからないものから生まれる

(2013.05.22)  民放の科学番組のなかでは、BSフジの

 ガリレオX

という番組が、一番面白い。取材先のバランスがよく、またそれぞれをきちんとまとまめているという点でも好感がもたれる。先日は、科学との付き合い方を考えようという趣旨で、

 疑似科学

を取り上げていた。科学をその外側からみるという趣向だ。それだけに、どう料理するか、取材先の選択など、番組スタッフの力量が問われるむずかしいテーマだ。

 20130519_2 池内了(総合研究大学院大)、菊池誠(大阪大)、平川秀幸(大阪大)、矢田直之(神奈川工科大)、蛭川立(明治大)など

が登場していた。

 文系的研究者と理系的研究者。科学技術社会論の平川氏。そして全体のまとめ役として高名な宇宙論研究者の池内氏が番組回しをするなど、よく練られた番組構成であった。

 ● 再現性、法則性、因果性が科学の条件

 論じている内容が科学の対象として取り扱えるための第一条件は、何か。

 それは、誰がやっても、また何時やっても条件さえ同一にすれば、同じ結果がでるという再現性が保証されていることである。つまり、一過性の現象は科学の対象にはならない。この意味で歴史学は厳密には科学ではない。

 また、ダーウィン進化論も科学ではないことになる。19世紀までの宇宙論や宇宙進化論もたぶんに哲学的、神話的であり、科学というにはほど遠い。

 地震予知の地震雲の研究は再現性がない。だから科学の対象とは言えない。しかし、前兆現象としての生物の異常行動については、再現性と一過性の境界とあるといえそうだ。

 さらに言えば、東北大震災のような1000年単位のタイムスケールで起きるらしいM9.0以上の巨大地震。これはほぼ一過性といえるので、経験的な、つまり確率論的な予知学では、科学的な分析の対象にはならないだろう。

 第二の条件は、予測までできるかどうかは別にして、ともかく何らかの法則性があることだ。

 物理法則が存在しない分野は科学の対象にはならない。たとえば、物理法則すらもない「無」から物理法則の存在するこの今の宇宙「有」を生み出すという話は科学の対象にはならない。

 ただし、必ずしもニュートン力学的な、すなわち決定論的な法則性である必要はない。量子論的な確率で表わされる法則性でも、もちろん科学の仲間入りはできる。また、法則性は必ずしも定量的である必要はない。

 第三の条件は、因果関係は存在するという因果性である。この因果性がなければ、法則性はない。だから、この条件は現象に法則性がある必要条件ともいえるものだ。

 ある特定の原因が起これば、かならずある一定の結果が生じるというような因果関係が存在しない分野は、科学の対象にはなり得ない。たとえば、合理的な因果関係がない心霊術とか占星術とかは、科学の範疇とはなり得ない。

 しかし、因果性があるからといって、必ずしもその現象に法則性があるとは限らない。

 たとえば、因果性は存在するが、原因と結果がわかちがたく、すなわち強くカップリングしているような複雑系では、単純な古典力学の場合でも、結果を決定論的に予測できない。地球温暖化現象も、ちょっとした初期のゆらぎが原因でドラスティックな結果(気候大変動)を引き起こすという意味で、典型的な複雑系。

 Dsc01639 地球温暖化現象には因果性があり、したがって科学の対象にはなるが、複雑系であるため、定量的あるいは定性的な法則性を導くことが大変にむずかしい科学分野であるといえよう。

 つまり、ミクロには因果関係があるからといって、それらが寄せ集まったマクロにただちに法則性があるとまではいえない。

 突き詰めて言い換えれば、予測性は法則性の十分条件。なんらかの予測ができるならば、そこに法則性があるのは確かだが、その逆、法則性があるからといって予測まで必ずできるとまではいえない。

 ● アートな物理学も登場

 一方、これらの3条件がそろっていれば、それが芸術の分野と見なされていても、りっぱな科学の仲間入りができる。

 たとえば、オランダのアーティスト、テオ・ヤンセン氏の作品

 風で動く「ストランドビースト(砂浜の生命体)」

は、芸術として認められているが、科学の範疇でもあろう。

 先日、BSプレミアムでビートたけしの「アート&トーク」で、ヤンセン氏がたけしに作品について熱く語っていた。まさに3条件を満たす科学であるとの印象だった(写真下=ストランドビーストの未来。番組画面より)。

 言ってみれば、

 アートな物理学

といえるだろう。

  さらに言えば、ストランドビースト同様、

 「この絵はどのようにつくられたか」

については科学で解明できる。これはHowの問題。

 これに対し「この絵がなぜ美しいか」という価値判断がともなう問題には役に立たない。いくら3条件を駆使しても、そこから「美しい」という価値判断を伴う結論が導き出せないからだ。

 科学は、価値判断が伴うWhy(なぜ)には、無力であることがわかる(注記)

 ただし、同じWhyでも、

 神はなぜ存在するのか、または存在しないのか

 宇宙はなぜ存在するのか

 人間はなぜ宇宙に存在するのか

という問題は、価値判断がともなわない範囲の論議であれば、原理的には科学の範疇に入れても問題はない。哲学の専売特許ではない。

 「物理学と神」とか、「宇宙論と神」というテーマを宇宙物理学者の池内氏が論ずるのも故なしとしない。あえて言えば、物理学と隣接領域との境界にあるおもしろいテーマなのだ。

 ● 科学的な思考とは 

 このように科学は、3条件を満たし、かつ価値判断がともなわない現象や分野に限定される。

 この分野の考え方の特徴は、数学を駆使するなどの論理性と、仮説を実験で確かめるなどの実証性という点にある。論理性の根拠は、現象に法則性と因果性があるからだ。実証性は、現象に再現性があることと、予測ができるという科学の性質から要求される。

 現象を帰納的に整理して、仮説を立てる。その仮説から演繹的に予測を立て、それを実験で確かめる。これが科学的なものの考え方、付き合い方というわけだ。

 問題は、どういう経緯で、科学が再現性、法則性、因果性の3条件をもったものとして生まれてくるかということだ。正直に言えば、

 科学はわけのわからないものから生まれてくる

ということだろう。

 どういうことかというと、科学分野ではないものを

 ニセ科学

と呼ぶことにすると、ニセ科学は大別すると2種類に分類される。すなわち、

 科学によって、3条件について全面否定された「ウソ科学」と、

 上記3条件のいずれかが欠けてはいるものの、全面否定するまでにはいたっていない「混沌(こんとん)科学」

である。

 ● 湯川秀樹博士の「混沌会」

 ブログ子は、1970年代、京都で学んでいた時期、晩年の湯川秀樹博士が自宅近くの糺の森(京都市)を奥様とともに和服姿で朝散歩している姿を何度も見かけている。

 ある折、話をする機会があり、当時博士が主催していた研究会の名称をなぜ「混沌会」としたのか、思い切ってたずねてみた。

 確立する前の科学には、致命的ではないが、それまでの論理では説明できないもやもやとしたものがある。科学のタネだが、それが混沌である。混沌の中から新しい理論が生まれる

といった趣旨の話を聞いた。後にノーベル物理学賞となる博士の中間子論はこの混沌(科学)から生まれたのだ。

 逆に言えば、論理一貫性があり、どこにも矛盾がないというのでは、それは既存科学の枠内の話であり、そこからは新しい科学は生まれない。

  さまざまな矛盾を含んだ混沌科学は、知の水平線を押し広げる、実は新しい科学の生まれる豊かな土壌なのだ。これはウソ科学とは違う。

 論理性と実証性のたえざるサイクルにかけることで、混沌科学が科学として生まれ変わるのだ。このサイクルこそが、実は創造的な科学思考なのだろう(注記2)。

 具体的な話をひとつ。

 たとえば、現代宇宙論は、この10数年、論理性と実証性を兼ね備えた見事な科学にまで急速に発展してきた。しかし、今、

 ダークマターとか、ダークエネルギー

という、「わけのわからないもの」(番組での池内氏の発言)を仮説として仮定しないと、観測結果と既存理論との辻褄が合わないという壁にぶち当たっている。

 この「わけのわからない」仮説が、たとえば、既存の物理学で、この宇宙に、この宇宙とはことなる異次元宇宙が存在するという〝発見〟につながるのかどうか、注目されることになる。

 はたまた、既存の物理学ではどうしても説明できないとなれば、新しい物理学の誕生を示唆しているのかもしれない。

 Image1562 宇宙論に限らず、たとえば、いわゆるUFO目撃談においても、一概にあやしげなもの、あるいはわけのわからないものと、はなから排除せず、その背後には科学的な原因があるのではないかと疑ってみる。この姿勢も、新発見につながるという意味で大事なことではないか。

 要するに、混沌科学を非科学的だとして一様に片付けない。科学の母体として積極的に位置づける。これこそが発見的な科学思考だと思う。

 (写真上は、擬似科学について語る池内了氏。番組ホームページより)

  注記

 科学的なものの考え方における論理性や実証性には価値判断が伴わないのだが、それらの前提として価値判断が設定されるケースがある。社会のなかの科学という範疇である。

 具体的には

 論争する科学=規制科学(レギュラトリー・サイエンス)

といわれているものである。これについては、

 『科学論の現在』(金森修+中島秀人。2002年)第7章が参考になる。 

  注記2

  ニュートンに万有引力の逆2乗法則を導くカギを渡したのは、いまから400年も前の天文学者、ヨハネス・ケプラーであったことはよく知られている。しかし、そのケプラーも写真下に示すように、

 五つの正立体による宇宙形状誌『宇宙の神秘』

 惑星が奏でる美しい音楽『宇宙の調和』

などの大著(写真下)で、占星術を思わせるような混沌科学にのめり込んでいる。

 しかし、これらの大著を読んでみると、神が創造した宇宙にはかならずや

 整然とした法則性

があるはずたという信念がうかがえる。このあくなき信念から近代科学が勃興したことを思うと、

 混沌科学

の重要性を思わずにはいられない。

 補遺

 参考文献

 Image1563 A.ポアンカレ

 『科学と仮説』、『科学と方法』

 100年以上間も前の著作だが、明解な主張はいまも輝いている。いかにも数学者らしい緻密な論理であり、思弁的でないのがいい。いずれも、岩波文庫。

  村上陽一郎

 『新しい科学論』(ブルーバックス。1979年)

 科学的な事実は、寄って立つ理論を倒せるか。むしろ、科学的な理論が事実を生み出しているのではないか。とすれば、事実は理論は倒せない。こうした問題に一般にもわかりやすく、しかも認識論にまで踏み込んで論じた科学論。

 1970年代に受け入れられた標準理論といわれる科学的な理論から予想されていたヒッグス粒子。その存在を確認したという最近のニュース(2012年7月)との関連で読むと面白い。

 標準理論がなければ、ヒッグス粒子確認という事実は出てこなかったはずだ。理論が事実を生み出している、というか、明るみに出している。とすれば、粒子確認の事実は、予想通りで矛盾がないとして標準理論の正しさを示唆することはあっても、たおせないことになる。

 倒せるのは、粒子が存在しないと実験が示したときである。しかし、存在しないという矛盾の反証を示すのは、起こりうるすべてを実験で試すことはできないので不可能に近い。

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佐鳴湖で育つか、ドウマンガニ

Image15551 (2013.05.22)  ブログ子は、福井県出身とあって、厳冬期に味わうゆで上がったカニには目がない。日本海のどんよりとした風雨がガラス戸越しに眺められる部屋でのカニ料理はすばらしい。

 日本海側に生まれて、そして育ってよかったと思う瞬間である。

 そんなこともあり、太平洋側でも、浜名湖名産の高級食材「ドウマン」の幼ガニを、ブログ子の近くの佐鳴湖に放流するというので、先日、いそいそと見学に出かけた。

 ● 浜名湖は北限

 ドウマンというのはワタリガ二のことであり、正しくはトゲノコギリガザミというらしい(写真最下段)。熱帯東南アジアのマングローブの泥の中に生息しており、浜名湖はその北限。

 放流をした地域生物資源研究所(NPO法人、浜松市)の久保靖理事長(静岡大名誉教授)よると、塩分が濃いところ、すなわち赤道近くのものは味が泥臭く、まずいらしい。だから、浜名湖産は一番おいしいという。

 もし、仮に浜名湖よりはるかに塩分濃度が低い佐鳴湖で次々と自然繁殖するようになれば、確実においしい食材が地元で手に入ることになる。久保理事長の狙いもそこにあるようだ。

 Image15492_3 カニ好きのブログ子だが、カニの生態についてはほとんど知らなかった。今回、初めて気づいたのだが、

 カニは脱皮する

という事実を知って驚いた。甲殻類は一般にすべて脱皮で大きくなるらしい。この点が、脊椎動物とは画然たる違いがある。おそらく、これは進化とも深い関係があるのだろう。 放流する幼ガニも脱皮した後に放たれた(写真中= 脱皮後の抜け殻)。

 また、ドウマンは共食いの習性があるという。これも、進化と関係があるように思った。そんな生き物がよくここまで生きながらえてきたものだと不思議である。

 ● 1匹4、5000円では

  さて、放流だが、小さな子どもたちも参加して、南岸の新川放水路にかかる臨江橋のたもとで行なわれた(写真上)。数十匹の幼ガニが親元の浜名湖と新天地、佐鳴湖をつなぐ川に勢いよく、消えていった。

 できることなら、佐鳴湖のほうに生息してほしいと祈らずにはいられなかった。生態系を乱さない程度に、ほかの生物と折り合いをつけながら育ってほしいものだ。

 Nokogirib 大きくなったドウマンのメスを蒸したり、あるいはゆでたりする。オレンジ色の内子(卵巣)の濃厚な味を、甲羅に注いだ辛口の日本酒で堪能できたら、悦楽のきわみであろう。

 しかし、今のような一匹、4、5000円もするようでは、ちと手が出ない。

 補遺

 2013年5月19日付中日新聞朝刊。

 記事本文と見出しの「稚ガニ」とあるのは「幼ガニ」が正しい(久保理事長)。甲羅長数ミリ程度の生まれて間もない稚ガニでは環境の変化による浸透圧の違いに耐える体力がない。甲羅の大きさ5、6センチの幼ガニにまでならないと、放流しても死んでしまうという。

  20130519_2

 

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佐鳴湖の〝定期健康診断〟  水質調査

(2013.05.21)  以前、このブログで、小さな汽水湖、佐鳴湖は、浜松市という都市環境にのみこまれてしまうのか、それとも独自の自然環境を維持する湖になるのか、今、その分水嶺にあると書いた。

 Image1534 その後、読者から、大変に見事な現状分析だが、分析だけでなく、だから具体的にどうしなければならないのか、何か自ら積極的にかかわることが必要ではないか、とお叱りを受けた。

 その通りだと反省した。湖から恩恵を受けとるだけでなく、その恩恵に報いるお返しが必要だと気づいた。

 ● 湖の健康診断に参加

 そんなこともあり、先日の土曜日、静岡県浜松土木事務所が開いた恒例の

 佐鳴湖水質調査

に参加した。湖の将来を担う子どもたちが多く参加していたのは心強い。

 都市化で汚れが目立つ湖の南岸を中心に、5か所で、水温(23.1度)、塩分濃度(約0.6%と海水の5分の1)をはじめとして

 湖水のにおい確認

 アオコ発生の確認

 酸性度(pH)測定

 白い円盤を沈めて湖面からどこまでなら見えるかの透明度の測定

 くみ上げた湖水がどの程度にごっているかの透視度の測定

 水の中の有機物を化学的に分解するのに必要な酸素の量COD(mg/L) の簡易測定

 水の中にとけている酸素の割合DO(mg/L)の簡易測定

 植物プランクトンが含まれている割合のクロロフィル簡易確認

 アンモニア毒性濃度の簡易測定

 湖底の汚泥のにおいなどの確認

 水生の生きもの調査(湖底の仕掛けと、水面近くのタモ網。写真上= 漕艇場前、写真中=入野漁協船着場)

 水辺の植生(水生植物調査)

を調査した。写真下2枚(船着場)が生きもの観察の様子。グループに分かれて、1か所わずか1時間足らずで調べるのだから、専門知識を持つリーダーや調査に付き添う調査員がサポートしてくれるとはいえ、かなりくたびれる(写真)。

 Image1539 調査に参加した感想を一言で言えば、

 独自の自然環境を取り戻すには、まだまだ

というもので、とても、昭和30年代のような

 泳げる水質環境

には、現状はほど遠いというものだった。

 平たく言うと、遠くからみていると湖水は一見、きれいに見えるが、調査でよくよくまじかで見ると、きたない。

 そんななかでも、生きもの、たとえば、テナガエビ、ハゼなどがたくましく生息していた。貴重品になってしまった佐鳴湖産ニホンウナギも天然状態で生息していることも知った。 

 季節変化も体験するには、四季を変えて調査に参加することが大事だろう。たとえば、夏場はCOD値が高くなり、透視度は悪くなる、すなわち低下することが予想される。

 ● COD値中心主義をこえて

 Photo ただ、参加して気づいたのだが、何をもって「汚い」「濁っている」というべきか、あいまいだということだった。

 というのは、あまりにきれいで蒸留水のような水では、COD値はゼロだが、生きものは生息できない。餓死する。COD値は低ければ低いほどいいとは言えないのだ(佐鳴湖のCOD目標値=5mg/L)。

 適度に「汚い」。これが難しい。

 もう一つ気づいたのは、水質だけでなく、湖面から聞こえてくる水や風の音、生きものの鳴き声なども、環境を美しいと感じる大事な要素であるということ。

 人工の音が自然の音より多いと、どうしても美しい環境とは感じない。調査した都市化の南岸より、北岸が自然が豊か、美しいと感じるのは、このせいかもしれない。

 Image1540 そんな、こんなで、わが街の湖の、いわば健康診断をしたわけだが、

 全快とまではいえない

ということだろう。全快といえるためには、かつて縄文人がたくさん食べていた

 シジミなどが自然繁殖し、よみがえったとき

との印象を強くもった。

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農民の視点から描く戦国不条理「笛吹川」

631ecd6b (2013.05.20)  ブログ子の暮らす浜松市では、今、同市出身の映画監督、木下恵介さんの生誕100年を祝うさまざまな企画が開催されている。

 そのせいもあって、ある学習会で木下監督の異色の戦国時代映画

 「笛吹川」(1960年。写真はそのポスター)

を観た。主演は、高峰秀子と田村高広。松本幸四郎や市川染五郎も出演する豪華キャスト。テレビのまだない、映画黄金時代の芸術祭参加作品である。

 ● 静かなる反戦映画

 原作は、『楢山節考』で知られる深沢七郎の同名小説(1958年)。同氏は、山梨県笛吹市出身ということもあり、戦国時代を駆け抜けた武田信虎、信玄、勝頼三代の栄光と滅亡には関心が高かっただろう。 

 しかし、深沢美学(注記)ということもあったのか、その時代の不条理と滑稽さを

 貧農の三代記という視点

で描いている。

 映画では、この視点から、名もなき百姓を主人公にしているのだが、その主人公の愚かさも、言葉ではなく、映像を見せることで静かに描いている。

 木下監督は、単なる時代劇ではないことを観客に訴えたかったのであろう。現代映画のような総天然色でも、時代劇のようなモノトーンでもない、いわば当時実験的とも言えるパートカラー(部分単色映画)を実験的に使っている。

 木下監督の創作であろうと思われるラストに近いシーンは、この映画が再軍備反対の60年安保闘争の年につくられたことを強く印象づけていた。

 お屋形さまを天皇さまに置き換えればいいわけで、その意味では、この作品は、木下流の

 静かなる反戦映画

なのだ(補遺)。

 ● 新田「武田信玄」との違い

 愚かなのは、戦国時代の無知な百姓だけではない。現代にも、同様な国民は多いというわけだ。 このような映画の現代性というのは、ストーリーはほぼ同じなのだが、長野県諏訪市出身の直木賞作家、新田次郎の歴史小説

 『武田信玄』(全4巻、文藝春秋、1966年。雑誌初出=1964年)

からは、まったく伝わってこない。支配される百姓と、支配するお屋形さまという視座の違いが、この差を生んだ。時代に敏感な木下監督の感性が光った作品といえる。

 映画は、何を取り上げるかというテーマが大事。だが、そのテーマをどういう視点で描くかということは、テーマ選択と同じほど大事であることを思い知らされた映画だったように思う。

 歴史をテーマとする場合、監督の腕というのは、畢竟、映画の現代的な意味づけを左右する視座の選択にある。

 (ポスターの写真= ブログ「ぶらり道草 幻映画館」

 http://blog.livedoor.jp/michikusa05/archives/2010-11.html 

より)

  注記 

 そのいったんは、

 「死ぬってことは、自然淘汰ってことですね」(「怠惰の美学」1972年)

からもうかがえる。深沢美学を平たく言えば、時代に抗するというか、天邪鬼の思考。高度経済成長期において、あえて怠惰は悪くない、むしろ働き者こそ悪人だという風に吹聴していたらしい。一面の真理は突いている。

  補遺 

 真正面から反戦映画として描いたのが、朝鮮戦争当時の、たとえば、学徒兵の手記をもとにした

 「雲ながるる果てに」(家城巳代治監督、鶴田浩二主演。1953年)

である。「悠久の大義」に死ねるかという特攻隊員に対する問いかけがテーマ。そんな抽象的なものでは死ねないというのがラストシーン。

 これは、映画「笛吹川」において、百姓たちが、お屋形さまには先祖代々の恩義があるといって、戦に出かける姿と酷似している。恨みこそあるが、恩義などなにもないというのがラストシーンだった。

 この最後のびっこ老婆のシーンでは、老婆役の高峰秀子の熱演がひときわ光っていた。この一言を老婆に言わせたいがために、木下監督はこの映画を撮ったのだろう。

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安全神話の正体暴いた「放射能の正体」

(2013.05.14)  浜松市の湖のほとりの高台に暮らすブログ子だが、ちょっとした機縁で、

 「世界は恐怖する 放射能の正体」(亀井文夫監督、1957年制作)

という白黒映画を見た。上映会の会場になったのは、伊豆半島の南端に近い静岡県河津町の浜区公民館(写真上= すべての原発をとめよう伊豆半島住民連合会主催)。

 伊豆半島西海岸は、浜岡原発から60キロ圏であるから、南海トラフ巨大地震に対する浜岡原発の影響については、ほとんどの住民が重大な関心を持っている。

  Image1496 56年も前の映画だから、当時テレビはもちろんない。また原発が日本に建設され始める10年以上も前だから、原発という言葉も当然ない。

 そんな時期につくられたドキュメンタリーだが、結論を先に言うと、

 とても新鮮で、ハッとさせられたり教えられたりすることの多い映画

だった。

 ● 今、「裸眼の視点」こそ

 浜岡原発など、原発が建設されていく1970年代は、根拠のない「原発の安全神話」にいろどられていく時期とも重なっている。しかし、論より証拠、科学的な事実を執拗に具体的に突きつけることで、この神話の色メガネをいったん外させ、現実を自分の裸の眼でつぶさにみたらどう見えるのか。

 裸の、それも自分の目で見た世界について映画は描いてくれた。

 以下では、この映画の3つの特徴について具体的に述べる。それらをまとめれば、福島原発事故後の今こそ、この映画の

 裸の眼の視点

ともいうべき真価を発揮させる時であろうという印象を強く持った。

 ● 反骨の映画監督と河津町ゆかりのカメラマン

 この白黒映画には、湯川秀樹博士とも共同研究していた戦後の高名な核物理学者で科学史家、武谷三男博士もかかわった映画である。

 ブログ子にとっても大先輩にあたり、一度見てみたいという思いは以前からあった。一時在住するなど河津町にゆかりの菊地周氏が反骨の映画人、亀井監督の片腕として撮影にかかわった。このことから、今回、関係者の尽力で、ゆかりの上映となったらしい。

 さて、映画の中身だが、映画の第一の特徴は、放射能の正体を、あくまでも科学的に、そしてその結果についてもつつむことなく暴き出している点だ。

 このことで、その後、はびこった根拠のない「原発の安全神話」の正体がいかにいかがわしいものか、見事に浮き彫りにしている。

 だから、撮影手法も、現場にカメラをすえ付けるなど具体的である。また、実験の様子や測定データを直接生のままカメラの前に映し出すなど実証的でもある。実験データを都合よく〝きれいに〟整理したり、観客が受け入れやすいように小細工をしていない。あくまで「生」を見せるというドキュメンタリー映画の原点とも言うべき姿勢を貫いているのがいい。

 これには、この映画づくりの3年前に起きた第五福竜丸事件(焼津市、1954)など水爆実験被害の緊迫感、切実感があろう。別の言い方をすれば、「世界は恐怖する」という言い回しも決して当時としては大げさではない。この現実感が、この映画を科学的なものにさせている。

 ● 安全神話を支える「言葉の漂白」

 第二の特徴は、今日盛んに、そしてたくみに行なわれているような

 言葉の漂白

をしていないという点だ。言葉の放射能隠しである。

 たとえば、放射能を持つ放射性物質の雲状の塊を、ズバリ

 「死の灰」

として、映画のタイトルに付けている。映画の中でも何回も繰り返し強調されていた。このことは、

 言葉を飾ることで、つまり、きれいに真っ白に漂白することで、そもそもの素性や正体を隠さないという姿勢を示している。1970年代以降、言葉の漂白が「原発の安全神話」を支えてきたのとは、画然の差がある。

 福島原発事故では、一切、死の灰という言葉は出てこない。代わって、雲状の塊を

 プルーム(plume)あるいは、せいぜい汚染プルーム

と言い換えている。フランス語のふわふわケーキを指すこともある人気のケーキというように言葉を飾っている。放射能という言葉は避けて、わざわざ、上品なフランス語を持ち出しているのがミソ。別な実例で言うと、

 環境放射線、環境放射能

という言い方も、今では頻出している。環境にやさしい放射能、あるいは環境にやさしい放射線があるかのような言い方で、放射能の恐ろしさをできるだけ薄めるようイメージチェンジを図る。

 言い出したら切りがないが、大気中に大量の放射能を出すことを「ベント」というカタカナ文字で、国民にわからないようにする。「除染」という言葉も、放射能隠しの典型。

 放射能の恐怖隠しであるのに、一般の人々に予断を与えてはいけないという〝やさしい〟配慮や美名のもとに横行してきた。

 だが、しかし、このことは、国民の目を「死の灰」の正体から遠ざける大きな役割を担うことに他ならず、悪質な言葉狩りであることを忘れてはなるまい。

   ● 浜岡原発でも「低速度層」

 死の灰だけでなく、言葉の漂白はいたるところにある。

 たとえば、浜岡原発敷地の地下には

 砂岩・泥岩からなる相良層

という大変にもろい地下構造(いわゆるH断層系)がある。手で引っかいただけでボロボロ崩れる。その中でも砂岩の混じり具合が多い層(5号機地下)を飾るために、電力会社は、軟弱地盤という言い方は避けて、

 低速度層

というように言い換えている。この層では地震波がゆっくり伝わることを理由に付けたらしい。つまり、低スピードで安全運転をしているかのような印象を一般に与えるよう表現を巧みに言い換えている。

 Image1500 ところが、これが2009年夏のちょっとした駿河湾地震で想定以上の揺れに襲われた。ぐらぐら地層なのだから無理もない。

  原発の安全神話は、そもそもの正体をはぐらかす、こうしたさまざまな言葉の漂白によって支えられている。映画は言葉を飾ることの危険性をあばき出した。

 言葉を飾って安心していたら、不意打ちを食らったのだ。言葉を飾ると、つまり、漂白すると用心という防護が抜け落ちる。このことを、いみじくも4年前の駿河湾地震は警告した。

 ● 科学者の使命感と責任の自覚

 この映画が上映されてから、10年後、作家の井伏鱒二は、広島の「死の灰」が黒い雨となって地表に降ってくることで起きたある悲劇を描いた

 『黒い雨』(1966、新潮社。写真中)

を発表している。だが、1970年代の原発建設時代に入ると、安全神話の蔭でこの言葉は、建設ラッシュと歩調を合わせるように消えていった。

 上映会の映画は、言葉を飾ることで現実を覆い隠そうとすることの危険性を、実験という科学的な事実を目の前に突きつけて告発しているといえる。

 逆に言えば、言葉を飾るのではなく、具体的な事実で語ることの重要性を示したともいえる。

 このことは、映画に登場する科学者、たとえば気象庁気象研究所などの科学者たちの使命感を持った活躍とは無縁ではあるまい(「死の灰」の正体が有害な放射性物質の固まりであることを初めて日本で実証してみせたのは、この研究所の猿橋勝子研究員)。具体的に言えば、資金難から自らの月給の一部を研究費に回してでも、死の灰の正体に迫りたいという

 科学者の責任の自覚

が映画から強く伝わってきた。原発安全神話の時代にはない使命感である。

  いつの日かきっと問題になるであろう生々しい事実は、いくら年月がたっても、腐らない。古くて新しい映画づくりとは、こういう映画の制作を指すのだろう。

 ● 安全性の考え方

 映画の三つ目の特徴は、

 問題点の網羅性、包括性

である。すなわち、放射線被害の主なものはほとんど紹介している。原爆などの高線量の外部被ばくだけでなく、今福島事故で問題になっている低線量の内部被ばくについても実験の様子を紹介している。先ほどの「黒い雨」を予見しているようなシーンもあった。

 この俯瞰的な視野の広さには、冒頭に述べた科学者、武谷三男博士の果たした役割が大きいだろう。というのも、この映画から10年後、放射線の許容量について

 『安全性の考え方』(岩波新書)

という名著をまとめているからだ。

 要約すると、放射線はどんなに低線量であっても人体には何らかの悪影響がある。だから、医療などの利点や利便性と、健康被害などの不利益とのバランスを正確に見極めよ、と書いている。その上で許容量を決めなければならないとかっ破し、警告もしている。

 その後の原発の安全神話づくりは、これに反し安全性だけを叫んでおり、武谷博士の警告を無視したものといえよう。低線量被ばく、内部被ばくを軽視する風潮にも、映画は注意を促していた。

 これには今の科学者も大いに反省すべきであろう。

   ● 原発におびえない社会に「かえる」         

 上映会では、上記のような映画の感想を少し述べたが、上映会後、地元の人たちから、河津町に古くから伝わる

 雛のつるし飾り「かえる」(写真下)

をいただいた。

 Image1503 生きもののカエルの姿なのだが、美しいリサイクル布をいくつか縫い合わせて、中に小さなビーズのようなものをたくさん詰めた手づくりの品らしい。

 若返る、無事かえる、というシャレの意味が込められているという。河津趣味の会あたりが開発したらしい。河津町のカワズ(蛙)というシャレの意味もある。

 帰宅後、原発におびえることのない社会に無事に「かえる」との願い

を込め、浜岡原発の地図の前の漆トレーに寝転ろがった「かえる」君を飾った。

 これには、映画では時にユーモアをまじえながらナレーションをつとめた徳川無声さんも、喜んでくれるだろう。

 言葉飾りはダメだが、こんな雛飾りなら、こりゃ、おもしろいと-。

 ● 廃炉への法的な道筋づくりが要る

 浜岡原発停止から、ちょうど2年。

 静岡県内では、去年、いったんは否決された再稼働をめぐる住民投票条例制定の再「直接請求」運動が今、後を引き継いだ市民団体「ネットワーク県民投票」によって動き出している。原発に向き合う県民の総意をきちんと今こそ示しておこうという運動だろう。

 目前では再稼働の是非が争点となりそうな静岡県知事選挙も控えている。日本一危険な原発立地県の総意を問う大事な選挙である。

 司法でも、浜岡原発の運転差し止め控訴審(東京高裁)の審理が結審に向けてようやく動き出している。地裁レベルでは静岡地裁で5号機の運転差し止め訴訟の審理が本格化している。静岡地裁浜松支部でも差し止め訴訟が始まっている。

 立法府においても、浜岡原発も含めて原発の廃炉の法的な枠組みづくりの国会審議を急がせる必要があろう。電力会社の経営判断の受け皿の一つとして廃炉の道筋を設けておくことは喫緊の課題だ。

 静岡県民として、こうした動きに自ら積極的にかかわっていくことが、日本の、そして静岡県の希望の持てる未来をつくる近道ではないか。

 言葉飾りでは何も変わらない。他人頼みではこれまた何も変わらない。

 自らの目で確かめ、自らの頭で考え、信じた方向に、ともかくできるところから、まず第一歩を踏み出す。その勇気が今一人ひとりに問われいる。民主主義の歴史をみてもわかるが、小さな勇気が、遅いようで、実は現実を確実に変えていく最良の方法である。

 これに対し、有力者の一声に頼る政治は、いつまた、何時、そのツルの一声でひっくり返るかわからない危うさがある。

 愉快なカエル君を眺めながら、そんな、こんなをあらためて悟ったり、誓ったりした一日だったように思う。

 (最下段の写真は、「映画と講演の集い」第2部(講演)の様子。2013年5月12日)Img_017920130512

 ● 講演タイトルの字幕=

                 「2.doc」をダウンロード

  File0051     

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オオカバマダラよ、お前はそんなにも

Dsc0159520130509 (2013.05.11)  100年以上前の昆虫好き、A.ファーブルが、この映像を見たら、どんな感想を持つだろうか、と思った。

 観察された昆虫の本能の驚くべき精妙さは、進化論などでは到底説明できないような不思議さをもっている。このことを、彼はその畢生の大著『昆虫記』で、繰り返し強調した。

 この映像というのは、先日、BSプレミアムで放送された

 オオカバマダラ 神秘の蝶、驚異の大冒険

という番組(初回は2007年放送)。この蝶が、大集団でカナダから、生まれてから一度も行ったことのない越冬地、メキシコまで一斉に数千キロを旅するドキュメンタリーである。

 全編、これ感動の物語だった。昆虫の本能の驚くべき精妙さにあふれた北米大陸縦断の記録といっていい(写真は渡り中のオオカバマダラ。番組画面より)。

 ● 大冒険の秘密は遠い過去の記憶か

 別の実例で言えば、最近解明された日本から南太平洋のある狭い特定海域への数千キロにもわたるニホンウナギの大回遊にも匹敵する習性である。

 ブログ子の結論を先に言えば、番組では言及されていなかったが、習性の秘密は、

 ニホンウナギの例と同様、蝶の生殖と深くかかわっている。この集団移動は、遠い過去の記憶が、たとえば北米大陸の大陸移動とも関係する過去の記憶がかかわっている。もう少し言えば、進化論的に蝶の脳などの体内に、それらが遺されている証拠なのかもしれない

というものだった。その意味では、この行動は進化論を否定するものではなく、むしろ進化論と整合性がある。

 こうした生き物の行動には、日々生きるための捕食と、世代をつなぐ生殖との二つが必ずかかわっているとブログ子は考えている。

 それにしても、この番組を見ると、ファーブルならずとも、果たして進化論によってこの蝶の行動を説明できるのだろうかという気持ちになることは、なる。

 なにしろ、この蝶は、カナダで、卵のふ化と蛹の羽化によって3から4世代の発生を繰り返した後、秋口になると、その新しい世代は、なぜか周りの蝶とは交尾をしないまま、いっせいに南に向けて集団移動、つまり越冬のための渡りを始めるというのだから、不思議だ。

 ● 自然エネの飛翔と体内コンパスも

 思うに、その合図には体内の特殊なホルモンがスイッチとして関係しているような気がする。

 数千キロのルートを地理的にみると、出発地がロッキー山脈の東側を出発した蝶は最終的にはメキシコのある山間地へ。ロッキー山脈の西側を出発した蝶は米カリフォルニア州のある特定の越冬地に集結する。

 想像するに、これらの二つの地域は、かつてつながっていたに違いない(番組ではこの点には触れていない)

  大集団それぞれは、レーダーでも捉えられるくらいの巨大な塊である。大部分の蝶は途中で死亡するのだろうが、それでも数か月かけて目的地に到着するのは数百万匹とか数千万匹とかいうものすごい数であろう。

 渡りでは、エネルギーの消耗をできるだけ抑えるため、上昇気流を読んで、巧みにそれに乗り飛翔する。まるで、ハングライダーのように。自然エネルギー利用の手本のような冒険である。

 行く手に巨大な湖がある場合には、追い風になる時間帯まで待機する。気象学者顔負けのテクニックを駆使する。

 南へ、南への方向も間違わない。一度も訪れたことのない越冬地まで、正確にたどり着く。おそらく地球の地磁気を巧みに利用しているのであろう。体内コンパスであり、まるで伝書鳩のように。

 あるいは、ある特定の松の木まで、いわばピンポイントで、祖先と同じ木にたどり着くらしい。となれば、地磁気だけでなく、人間にはとらえられない、太古のにおいにひかれて、その記憶を旅しているのかもしれないと想像したりもした。進化論的なにおいである。

 ● 春先では一転、ばらばらで交尾の北上

 不思議なことに、越冬後の春先には、一転、交尾をしながら、テキサス州など、今度はばらばらに北に向う。まるで、新しい血をまきちらすかのように。

 そして、再び、元のカナダの地に舞い戻るという。そして、3ないし4世代後には、秋口に入ると、再び、交尾をする前に、南への大冒険に新しい世代の蝶たちは、大挑戦の旅に出る。

 まるで、近親交雑では子孫繁栄はかなえられないということを知っているかのようだ。番組では、何も言わなかったが、

 大いなる渡りは、近親交雑を回避するため

と想像した。そのために、生殖回数が一定に達すると、新しい血を種に取り込むために、ホルモンにスイッチが入り、遠い遠い、蝶の大祖先の地に向って大集結し、交雑する。

 なんと合理的な行動なのだろう。そんな想像を、ついついしてしまった。

 深夜の番組だったので、晩酌気分もあって、渡りの不思議さを随分と素人勝手に想像してしまった。

 専門家らしい解説については、以下を参照してほしい。

 オオカバマダラの壮大な渡りについては、

 http://www.pteron-world.com/topics/world/monarch.html 

が参考になる。BSプレミアムでは、わかりにくかった部分が丁寧に、しかもきちんと解説されていた。

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にっぽん夕焼け紀行 

Nghumbng201305082013050802world_2 (2013.05.11)  放送作家でタレントの永六輔さんが、手足などのふるえるパーキンソン病を患っていたとは知らなかった。それともう一つ、永六輔さんが日本で名だたる

 夕焼け評論家

を自称していることも知らなかった。

 先日、BSプレミアムを見ていたら

 永六輔のにっぽん夕焼け紀行

というのをやっていた。初回が2001年放送で、今回はそのアーカイブ版というか、再放送である。

 永六輔さんは、なんと夕焼けの絵葉書を2万枚も収集していたらしい。

 番組では、いかにも永さんらしく、

 夕焼けよ一言いって沈んでゆけ

とユーモアたっぷりに夕日に向かって叫んでいたのは傑作だった。

 そんな夕日なのだが、国際的に人気の高いビジュアル学術雑誌「ナショナル・ジオグラフィック」電子版が

 太陽が大量の物質を放出している最近の様子

を紹介していた。写真(SDO/NASA提供)がそれで、迫力満点の立体映像というのがポイント。これほど大規模な物質の放出はなんとも珍しい。

 なにしろ左側のループの中に地球が丸ごと10個ぐらいは入ってしまう。何ともはや、スケールの大きい現象だ。

 この映像を見たとしたら、夕焼け評論家の永さん、どんな一句を披露してくれるだろう。

 夕焼けが一発屁をひり沈んでゆく  ブログ子吟

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人生万歳、わが愛しのカツオたち

(2013.05.10)  ブログ子の暮らす遠州灘にも、そろそろカツオが親潮に乗ってやってくる。あの山口素堂の

 目に青葉山時鳥初鰹

の季節なのだ。鰹というのは、季語では夏なのだが、最近では冷凍技術の発達で、年中、新鮮なものが食べられる。クロマグロはもちろん、ビンナガに比べても安いというのが、ブログ子にとってはありがたい。

 日本海で育ったブログ子としては、太平洋側の、たとえば焼津市などのカツオ港は願ってもない。

 Image1471 ところが、不覚にも、なぜ安いのかということを考えたことがなかった。たまたま、国の水産総合研究センター(横浜市)の

 広報誌「FRANEWS」(2013年3月号、写真)

がカツオを特集していたのを読んで、ようやく納得した。

 カツオはサバ(鯖)の仲間なのだが、よく似たマグロ類に対して

  海面温度が24度以上なら、どこでも場所を選ばず、産卵できるという広域性や周年性があり、多くの漁獲が見込めることがまずある。赤道地帯では、年中漁獲が可能なのだ。カツオの漁獲量はクロマグロのざっと100倍以上だ。

 第二は、知らなかったが、どんなえさでも食べるという雑食性がある。いわば生活力がある。さらに、産卵できる成魚までの期間が1年と、早熟なことがあるらしい。

 赤道海域の遠洋漁業は周年可能であり、一本釣りあり、一網打尽のまき網漁もあるらしい。こうしたことも、新鮮さを保つ冷凍技術の発達が可能にしたものであろう。

 遠洋で獲れたカツオも、瞬間零下45度で瞬間冷凍。これが有名な

 カツオが口を開けたまま凍った「ビックリカツオ」

を生み出した。

 夏場は近海での一本釣りも盛んらしい。これは瞬間冷凍ではなく、

 零度前後の冷たい海水で生鮮出荷

されるらしい。

 とかく、懐の寂しいシニア世代には

 愛しのカツオ

なのである。

 なにしろ、ブログ子など、酒とカツオがあれば、人生万歳のくちなのだ。

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後を絶たない科学者のニセ論文

Image1468nature20132_2 (2013.05.10)  宗教裁判で、地動説の撤回を迫られたガリレオ・ガリレイは

 「それでも地球は動く」

とつぶやいたという。事実かどうかはともかく、身の危険を犯してまでも科学者が真実を追い求める固い信念が、うかがわれる。

  ところが、現代の科学者は、

 「それでも、ニセ論文を書く」

と、どうもうそぶいているらしい。

 ● 撤回論文のトップは改ざんやねつ造で4割強

 医学や生化学などの生命科学分野で、国際的にかなり有名な科学論文雑誌にいったんは掲載されたものの、著者自ら取り下げた、あるいは取り下げさせられた論文について、どういう理由で撤回となったのかという分析記事が有力科学雑誌「Nature」の最近号に掲載されている。

 そのダイジェストが「日経サイエンス」(2013年2月号)に紹介されている(写真)。

  それによると、撤回論文の67%、つまり3分の2は、なんとデータなどの改ざん、してもいない実験をあたかもしたかのようなでっち上げ(ねつ造)、二重投稿、他人の論文からの盗用・剽窃などだという。その中でも多いのは、悪質極まる改ざん・ねつ造やその疑いで、撤回論文のうち43%にものぼる。これに対し、比較的に罪の軽い意図しない単純ミスというのは21%にすぎない。

 こうした撤回論文では、研究資金に公金が使われている場合を除けば、刑事責任が問われるケースはまれであり、研究者の倫理違反の範囲で処理されている。刑事罰がないことが研究者にニセ論文を書かせる誘引となっている。

 では、なぜ、ねつ造やでっち上げ論文などのニセ論文が後を絶たないのか。刑事罰など不利益が少ない割りに、得る利益が大きいからだ。

 ● 見破られにくい事情も

 具体的には、一つは、有力学術雑誌に論文が掲載されれば、研究資金が得やすい、二つ目は研究者の評価やキャリアの向上にもつながりやすいというメリットがあるからだ。

 これらを支えているのが、研究業績評価の論文数至上主義という研究社会のシステム。論文をたくさん書かないと遅れをとるという焦りがニセ論文に手を染めさせる。

 焦りがあり、その上、あまつさえ、生命科学分野では、物理学と違って、再現実験がなかなか難しく、データの改ざんやねつ造を行なっても厳格なチェックができにくいという事情が重なる。これでは、ニセ論文という詐欺的な誘惑を思いとどまらせるのは難しいだろう。

 ● 患者を危険に陥れる犯罪

 こう考えてくると、意図しない「単純ミス」が、果たして本当に意図しないものだったかどうかは、微妙。単純ミスに分類された2割強の多くは、研究者としての体裁、あるいは審査するレフリーの体面、さらには掲載学術誌の面目をつくろっただけというのが、実態だろう。

 さらには、ニセ論文と見破る有効な方法や防止策がなかなかないことをあわせると、今回見破られたニセ論文数は、ほんの氷山の一角と考えるのが妥当だろう。

 となると、ことは深刻だ。なぜなら、生命科学分野の場合、ニセ論文は、特に臨床的なニセ論文は、病気などに苦しむ患者の命に直接影響する場合が多くあるからだ。

 ニセ論文問題は、倫理問題というよりは、実は危険な犯罪行為なのだ。

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なぜイボニシ貝は福島の海岸から消えたか

(2013.05.08)  珍しいことだが、「日経サイエンス」2013年6月号の

 当世かがく考「砂漠の駱駝」

の欄で、日経新聞の滝順一論説委員が

 福島の生物相の異変は本物か

という論説を掲げていた(写真上)。

 Image146520136_3 珍しいことというのは、環境異変を取り上げていたからだ。しかし、記事自体は、むしろ本当かいな、という後ろ向きのニュアンス(注記)

 事故から丸2年がたち、放射能の影響に関心が集まり出している昨今を考えると、タイミングのいい、そしていいところに目をつけていた。注意喚起の論説として評価したい。

 さて、その内容だが、3月の日本水産学会で、

 福島原発事故の現場付近の海岸で巻貝のイボニシが姿を消している

との発表があったことを取り上げている。発表したのは国立環境研究所の堀口俊宏研究員。岩手県から千葉県までの43地点の波打ち際の生物の生息状況を調査したところ、

 「その結果、(原発事故現場に近い)双葉町から広野町にかけての8地点、約30キロでイボニシがまったく採取できなかった」

という。

 この貝は日本のたいていの海岸に生息する(写真下= 『新世紀ビジュアル大辞典』(学研)より)。事故が起きる以前がどうだったかは、これまでのところ不明であるから、消えた原因が、原発事故の影響なのかどうかを直接知ることはできないが、それでも異常な、あるいはおかしいのは確かだ。

 イボニシだけではなく、ヤドカリなどの馴染みの貝類も先の8地点では消えていた。

 放射能による海洋汚染の影響というよりも、これには津波の影響という原因も考えられる。しかし、大きな津波が来たほかの地点では、イボニシが見つかっているところもあるというから、確実ではないが、消えたのは大津波のせいではないらしいともいえる。その見つかったイボニシもまだ小さく、震災後に生まれたらしいことがわかっているからだ。

 Image1467 となると、まだまだサンプル数が少ないなど問題点もあるが、放射能の影響ではないかと疑いたくなる。

 これに符合するように、大気中においても、蝶の仲間、ヤマトシジミにおいて、福島県内のものは、全国の他県に比べて、どうやら子の世代で死亡率が有意に高い。そういう事実を琉球大学理学部の大瀧丈二准教授が海外論文誌に発表し、この滝論説委員の記事によると大きな反響を呼んだらしい。

 空気中を飛んでいた蝶が放射線を浴びたため、その子どもの発生段階での放射線の影響が疑われるからだ。

 蝶というのは、卵からさなぎ、幼虫と大きく変態するので、遺伝子がちょっと傷ついただけでも、成虫に育つまでに大きな影響を受けやすい。低線量の被ばくの影響に敏感に反応する昆虫なのだ。そこが気になる。

 より踏み込んで言えば、海洋や大気の放射能汚染が、たとえそれが微量であっても特定の生き物に生殖異常を引き起こさせ、正常な繁殖を妨げている可能性は排除できない。

 ただ、サンプルの一様性、つまり、各県や地域ごとに少しずつヤマトシジミの個性があることを無視しているなど、サンプルの統計処理上の問題点、比較の仕方に問題があるとも指摘されているらしい。今後の慎重な再検証を期待したいところである(補遺)。

 福島県内の子どもたちの甲状腺異常が問題になっている折、こうしたさまざまな生き物の〝異常〟について、注意を怠ってはなるまい。

  注記 

 後ろ向きの根拠は、言葉の言い回しにある。

 たとえば、冒頭

 「関連が疑われるが、現時点で断定はできない。予断にとらわれず、詳細な調査を進める必要がある。」
としている。関連を積極的に評価する場合、こういう言い方はせず、

 「現時点では断定はできないが、関連が疑われる。予断にとらわれず-」

とするだろう。

 もう一か所、締めくくりの部分。

 「まったくの仮説であるが、確かめる必要がある。」

というのも、積極的に関連性の仮説を取り上げる場合には、

 「仮説であり、確かめる必要がある。」

となる。わざわざ、「まったくの」仮説と強調しているのは、仮説に疑問を持っていることを示唆している。

   補遺

 地震や津波で東北の海や、そこに生息していた生き物はどうなっているのかという、環境調査については、水産総合研究センター(独立行政法人、横浜市)も調査している。たとえば、

 「FRA NEWS」(水産総合研究センター、2012年12月号)

にその結果の一部がまとめられている。

 それによると、アマモ場では、宮城県鳥の海や福島県松川浦の全調査地点すべてでアマモが確認できない。

 あるいは、福島県松川浦では、2010年生まれのアサリのグループが多く減っていた。一方で2011年生まれのグループが確認されている。

 こうした調査は、2012年度も続けられており、海洋の放射能汚染との関連にも注意を払って、今後もさらに注意深く調査する必要があろう。

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原発事故責任、検察は争う姿勢明確に 

(2013.05.08)  図書館で偶然だが、2013年5月6日付産経新聞1面をみて、驚いた。原発事故の刑事責任について、

 検察は、どうも起訴見送りの様相

と伝えていたからだ(写真)。

 Image146420130506_2 とんでもないことだ、これまでもこのブログで書いてきたが、十分に起訴は可能である。

 試算から予見すべきであったのに、経営の効率化を重視するあまり、事故の可能性を察知するのを怠ったと東電社長など幹部は、社内タスクフォース会議などで公式に内外で認めている。

 一言で言えば、警告は出ていた。なのに、それをあえて無視した。これを過失と言わずして、なんと言おう。

 記事によると、業務上過失致傷という刑事責任を問うには、事故のもととなった大津波の予見性が東電にあったかどうか、同時に、事故の回避性があったかどうか、の2点が必要不可欠。東電幹部のいずれも予見性はなかったとの見解を事情聴取でのべているらしい。

 社内では、さまざまな条件を想定したシミュレーションなどで大津波の試算はあったが、実際にそのような試算による大津波が来るとは予想していなかったというのだ。試算はあくまで試算であり、警告ではない。それが現実化するとの予見性にはつながらなかったという論理だ。

 この論法がまかり通るならば、それでは、何のために試算したのか。そして、報告書にまでその試算がまとめられたのは何のためなのか。警告するためであったことは、社会通念上、明白だ。

 大津波に原発が襲われるかもしれないという予見性はあった。ただ、経営陣は無視したのだ。経営効率化の妨げになるとして。警告につながらない試算のための試算などあるはずもない。ましてや、その試算結果を報告書にまでまとめるはずがない。

 また、唯一の証拠ともいうべきテレビ会議の記録を調べても、検察は予見性をうかがわせる証拠はなかったとしている。

 今夏にも刑事責任を問うべきかどうかの判断が下されるらしいが、裁判で争う姿勢を明確に打ち出すべきであろう。これだけの事故を起こしたのに、あまりに大きすぎて罰することがためらわれるというのでは、検察は要らない。

 初めから逃げ腰というのでは、検察の面目は地に落ちる。

 近頃の検察は、なんともおかしい。巨悪に擦り寄るというのでは、情けない。検察がたとえ不起訴にしたとしても、市民による検察審査会が強制起訴に踏み切ることも視野に入れたい。

 東電らの刑事責任追及だけでなく、裁判を通じて事故原因を特定することや、事故をうやむやに風化させないという役割も裁判は担っていることを忘れではなるまい。

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優雅さより、活気の浜松まつり

(2013.05.04)  大型連休中で、恒例の浜松まつりが始まった。浜松に暮らしていて、この祭りになんらかのかかわりを持たない人は少ないだろう。遠州灘の砂丘での凧揚げ合戦とのセットがまつりの特徴。

 Image145520130504 ブログ子も、夕方、浜松市の中心街に出かけた。その様子が写真。

 中心街の行きつけの「赤ちょうちん」で馴染みと一杯ひっかけて、御殿屋台の引き回しを見に出かけた。夏の京都の祇園まつりとは違って、神社などとは無縁なのがいい。都市のまつりなのだ。それでも、なんと、400年以上の伝統があるらしい。4、5年前にこの街に引越ししてきて、このまつりの魅力に引き込まれた一人である。引越し前に暮らしていた金沢には、こうした賑わいの祭りがなかったから、余計にうれしい。

 写真の左端の御殿屋台に「か組」とあるのは、中心街の中心、鍛治町の印。祇園祭でいえば、長刀鉾のような存在なのであろう。

 そぞろ歩きの女性をみていると、活気がなんとなく伝わってきた。

 さて、もう一軒、馴染みの店をめぐろうか、という気分になる。

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1月遅れの「5月ばか」 ? 鋭い「朝日」記事

Image996 (2013.05.02)  5月1日付の朝日新聞朝刊(13版)を見て、びっくりしてしまった。

 わかりやすく読み解くという「きそからわかる黒田緩和」という解説記事(3面)に

 金融緩和すると金利が下がるの?

という質問。これに対して、

 国債を大量に買うからだよ

とズバリ回答している(写真)。ところが、驚いたことに同じ日付の1面準トップ記事の見出しは

 住宅ローン金利上昇

 大手銀・今月 緩和の狙いと逆

というニュースが出ている。国債の買い控えが起きたというのだ。これでは、読者は

 どうなってんじゃ

となるだろう。

 準トップ記事によると、黒田新総裁の大緩和で大手銀行は大量に国債を買うだろうと思っていたら、さにあらず。大手銀行は今後の金利の低下を見越して、逆に今、国債を買うことを手控えたという。当然、これでは国債の価値は下がる。したがって国債の金利は上がる。

 だから長期金利の目安となる国債金利に連動する住宅ローン金利も上昇した

というわけだ。

 もっとも、黒田緩和が日銀から打ち出された直後は、国債金利は思惑通り、下がった。しかし、下がったが、金融機関などの市場は、今後も続く低金利という利幅の小さい財産を長く持っていてもしようがない、売買手数料なども考えると儲けどころか「足」がでかねない。国債を買うのを手控えたほうが賢い。そんなことから、市場では、じわじわ金利が上がりだし、一週間後には打ち出す前より、金利はかえって高くなった。わかりやすく言えば、そうなったらしい。

 市場とは、かほどに複雑な思惑が交錯する場。日銀だけの単純な思惑だけでは動かない。

 こうなると、果たして、この〝講釈〟すらも、市場の思惑を正確に反映したものかどうか、つまり本当かどうか、あやしいものだ。まさに市場は生き物だが、結論的に言えば、

 畢竟、経済学の言うこと、解説は当てにはならない

ということだろう。

 当てにはならない原因は何か。経済学には、たぶんに裏読み、先読み、藪にらみが交錯する総合的、心理的なものだという社会心理学的な面があるからだ。経済学にはそれを組み込むほどの力量はない。つまりは明快なきちんとしたサイエンスではない。このことを思い知った1カ月遅れの「5月ばか」の記事だった。

 このことを、1面と3面の紙面をタイミングよく連動させて、物価問題は社会心理学の分野だと喝破し、実証してみせた朝日新聞は、皮肉ではなく、なんとも鋭い。

 最近では、朝日新聞も、安倍政権寄りになるなど右傾化したとの見方があるが、経済紙面ではまだまだ、他紙よりはましなような気がする。経団連の広報誌的な性格の日経新聞を読んでいただけでは、経済の動きはわからない。

 しかし、よく、よく考えてみると、ものの値段が、たかが役人からなる日銀の思惑通りに動くと思うほうが、おかしい。

 物価安定の番人のはずの日銀なのに、政治の仕事を背負わされて、物価を上げるのに政策を総動員したりして躍起になるなんて、今の日銀(の頭)は、どうかしている。日銀は、いつかこのツケを払わされるだろう。これがブログ子の結論だ。

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