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原発事故に対する「過失」を認めた東電

(2013.04.01)  2013年3月30日付の中日新聞に注目すべき記事が出ている。

 すなわち、

  防ぐべき事故、防げず 東電、福島を総括

という見出しがそれである。

 「原因を天災と片付けてはならず、防ぐべき事故を防げなかった」と総括する報告書を、東電側(広瀬直己社長)が社内に設置した外部委員からなる原子力改革監視委員会に提出、公表したというのがポイント。事故は、従来主張していたように、人間にはどうにもならない天災などではなく、防ぐことのできた人災であると認めた(注記)。 

 Image877 防ぐべき事故を防げなかったことを認めたということは、事故の予見性も事故の回避性もあったのに、業務上、当然払うべき注意義務を怠ったことを認めたことに等しい。

 これはつまり、刑事責任を問うのに必要な業務上の「過失」を認めたことになる(注記)。

 そして電力会社として当然払うべき業務上の注意義務をなぜ怠ったかについても、報告書は

 「原発稼働率を重要な経営課題と認識した結果、過酷事故への備えが不十分になり、経営層のリスク管理にも甘さがあった」

からだと自ら〝告白〟している(注記2)。

 現在、検察は告訴、告発を受けて、業務上過失致傷罪など事故の立件が可能かどうか、そして公判維持ができるかどうか、関係者の事情聴取や法律論の見地から詰めの検討に入っている。

 しかし、これだけの状況がありながら、刑事責任を問うのは困難として、検察自ら公判審理をはや断念し、よもや不起訴にすることがあってはなるまい。決着は公判でつければいい。

 今こそ、秋霜烈日の検察の姿を国民に示すときであろう。

注記 

 東電(事故時の旧経営陣)の刑事責任が問えるためには、もうひとつ、事故による被ばくが、傷害、つまり、人を傷つけたことにあたるかどうかということだが、傷害にあたらないとするのは詭弁だろう。事故は過失により起こり、しかも、その事故と被ばくという傷害の間には因果関係があることは明白。その被ばくは傷害なのだ。

 被ばく関連死も考えると、刑法にいう業務上過失致死傷罪が成立するのではないか。

 今から言うべきことではないかもしれないが、不起訴となれば、検察審査会による強制起訴も視野に入れるべきだろう。

  ● 注記2 東電改革最終報告書の総括

 Image87620130329 この点は重要なので、記事だけでなく、もととなった提出の最終報告書の「総括」から該当部分をここに引用する。

  報告書は事故原因について、次のように総括している。

 「継続的なリスク低減の努力が足りず、過酷事故への備えが設備面でも人的な面でも不十分であった」

と総括した上で、

 「巨大な津波を予想することが困難であったという理由で、今回の事故の原因を天災として片づけてはならず、人智を尽くした事前の準備によって防ぐべき事故を防げなかったという結果を真摯に受け入れることが必要と考える」

と結論付けている。

 この部分はいずれも、報告書提出直後の広瀬社長の記者会見でも強調されていた(写真下= 東電HPより)。

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