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帰還基準の合意形成 長瀧重信氏の場合

(2013.04.05)  なにかと誤解、あるいは批判を受けやすい被ばく医療の長瀧重信氏(長崎大名誉教授、放射線影響協会理事長)だが、2013年4月4日付読売新聞「論点」に、論旨が明解で、かつ具体的な点で注目すべき論考を寄せている(写真)。

 Image88120120404 簡単に言ってしまえば、現在の国の除染目標、つまり自然界からのものを除いた追加的な線量、年間1.0ミリシーベルト以下にするというのは、あまりにも厳しく、現実的ではない。

 科学的にみても、また国際的にも、この目標は根拠がなく、合理性もない。国全体が年間1.0ミリシーベルトでなければならないという「呪縛」にとらわれている。この目標値のために避難生活を必要以上に強いられ、多くの人が避難所で亡くなっている現実を重く受け止めなければならない。

 だから、

 「すべての関係者がまず(年間)1ミリシーベルトの健康(への)影響を科学的、社会的に改めて討論することを提案したい」

と述べ、科学者の立場から縷々、国際的にどういうことになっているか、その現状を具体的な数値を示して紹介している。

 ● 非平常時、年間1ないし20ミリシーベルト

  長瀧氏の論考のポイントは、

 日本のこの1.0ミリシーベルトというのは、国際的には平常時の勧告値であり、事故後あまり間のない、つまり状況が変化しているような「非平常時」の勧告ではない

と指摘していることだ。

 大事な点だから、少し長いが論考からそのまま引用する。専門家の立場から勧告を行なう

 「「国際放射線防護委員会」(ICRP)は、100ミリシーベルト以下でも放射線の影響は、直線的に存在すると仮定し、公衆に対して平常時では年間1ミリシーベルトを線量限度と勧告しているが、現在の福島のような復興期(現存被曝状況)では、線量限度は使用せず、1ないし20ミリシーベルトの範囲で「参考レベル」の目安線量を定めている。そして、その地域の社会状況に応じて、可能な範囲で低くすることを勧告している。」

 長瀧氏は、長年被ばく医療やその調査にかかわってきた臨床医として、帰還目安の線量はどのくらいだったらいいか、明らかにはしていないが、ここに書かれた参考レベルを念頭においているのは、明らか。この点につては、「補遺2」も参考にしてほしい。

 ブログ子は、この見方は傾聴に値すると評価したい(注記)。

 ● 社会的な合意形成を求める

 なにがなんでも1.0ミリシーベルト以下にならなければ帰還させないというのは、根拠がないだけでなく、被災者が受ける不利益とメリットを比較考量するというリスク論の考え方からすると、著しくバランス感覚に欠ける。その背景には日本人特有の極端な「核アレルギー」があるように思う。

 ブログ子も、こうしたアレルギーに惑わされずに、帰還目安値について科学的であり、しかも社会的にも合理的性のある設定を、早く社会全体で合意するよう強く政府に求めたい。

 注目すべきことは、科学的に割り出された1ないし20ミリシーベルトの許容範囲のどこに設定するかという問題は、科学が決めるべき問題ではない点だ。社会的な合理性の問題なのだ。

 ● どう扱う「不確実な知識」

 冒頭にも書いたが、長瀧氏が、とかく誤解や批判を受けやすいのは、科学知識について

 確実な知識(被ばくで言えば、急性期の影響)と推定可能な知識(晩発期における低線量被ばくの影響)

   そして、不確実な知識

と峻別し、不確実な知識について、なにかと「中立性」を保とうすることに原因があるように思う。

 あえていえば、不確かな知識について、あくまで〝科学的〟であろうとして

 疑わしきは、患者の利益に

という意識に乏しいように思う。この踏み込み不足が誤解を生んでいる。

 たとえば、「チェルノブイリ20年、その影響は今」という特別講演(2006年10月、保健物理セミナー)。

 http://anshin-kagaku.news.coocan.jp/sub061019nagataki.html 

 この講演で、

 科学的に結論できない、未解決、不明、限界などと表現される「不確実な分野」をわかりやすく説明することが重要。だが、日本社会で十分理解されているとは思えない。それは社会がかかえる大きな問題である。

とスライドで強調している。

 意味の取りにくい文章だが、科学的に「不確実な分野」について、喫緊の課題の場合、社会的な合理性と納得をどう取り付けていくのか、それが重要なのに社会はそれに気づいていないといいたいのだろう。

 しかし、問題が科学的に不確かであるからといって、あとは知らないとばかり、責任を社会に転嫁してはならない。

 不確実な分野、つまり白か、黒かはっきりしない場合、シロでもクロでもない「グレー」なのだから、臨床家として、患者の安全側に立って、さらに調査する姿勢が要る。

 これに対し、臨床家として、科学的であり、中立の立場だと主張するのであれば、それは医療倫理にもとり、誤りだろう。このことは、1960年代、因果関係を立証する確実な証拠がないという理由の一部医師側の「不作為」から、水俣病患者をみすみす多数生み出す悲劇的な結果になったことからも、わかる。

 一言で言えば、科学的に誠実であることと、被災者や患者の立場に立つということとは、なんら矛盾しないということだ(補遺2)。

 公平・中立は、実は、公正ではなく、不利益をこうむっている側を一層窮地に追い立てる手段と化する。

 この点を強調した上で、今回の長瀧氏の論考は、何が医学的、科学的に「不確実な分野」なのか論点整理し、ひとり科学者だけに任せておくのではなく、社会的な利害得失などの合理性に基づいて合意形成をうながしている。この点は、一定の評価をしていいと考える(補遺)。

 帰還基準の設定見直しは福島県にとって、切実かつ喫緊の課題であるからだ。

  注記

 ただし、長瀧氏が持論のベースにしているICRPや、ICRPのデータの基礎になっている国連科学委員会(UNSCEAR)の考え方や勧告が、本当に実態を的確にとらえた上でのものなのかどうか、研究者の間でも議論があることには注意をするべきだ。

 たとえば、被ばくによる健康へのリスクを低く見積もりすぎているのではないか、リスク要因が限定的ではないのか、そもそもシーベルトでリスクを評価することの科学的な是非などである。

 これらの国際機関に対する批判については、

『人間と環境への低レベル放射能の脅威』(たとえば、ペトカウ効果の章。グロイブ/スターングラス。肥田舜太郎/竹野内真理邦訳。あけび書房。2011年6月)

が参考になる。批判の根拠は、これらの国際機関も歴史的にはたびたびまちがいを犯し、そのたび勧告や報告書を訂正あるいは改訂してきたという事実があろう。

  ● 補遺  科学論から - 規制科学

 この問題は、科学論では論争する科学、つまり、健康や環境など政策と密接にかかわる科学、レギュラトリーサイエンス(規制科学あるいは行政科学)といわれるテーマに相当する。

 詳しくは、

 『科学論の現在』(金森修+中島秀人、2002年)の第7章を参照してほしい。

 あるいは、より現実的にどう対応するかという「戦略提言」として

 『政策形成における科学と政府の役割及び責任に係わる原則の確立に向けて』

という科学技術振興機構(研究開発戦略センター)の報告書がある。 

 今焦点となっている原発の規制基準(安全基準)の妥当性判断も、利益に対して社会がリスクをどの程度受け入れるのかという社会的な合意形成の中で、行なわれるべきものである。

 提言は、従来の官僚任せに代わって、この合意形成の原則やその下でのルール試案を、海外の事例を参考に具体的に提示している。

  ● 補遺2

  長瀧氏の特別講演では、低線量被ばくについて、

 「1ないし100ミリシーベルトでの健康への影響は科学的には不確実あるいは科学の限界」

と結論付けている。その上で、

 「科学の限界領域で、政策や規制の合意形成を行なう際には、経済的、環境的、倫理的、心理的な諸問題をすべて勘案しなければならない」

と、社会的な要因の重要性を指摘している。つまり、科学だけの問題ではないと喝破している。

 その上で、特別講演では、最後に

 科学的に未解決な分野の説明

という問題に触れている。科学者の責任として、科学の限界領域を社会にどうわかりやすく説明するのか、あるいは、その場合

 科学者集団である学会の中立とはなにか

と問題提起している。この学会の中立問題については、このスライドでは明解に結論付けてはいないが、スライドの内容から推測すると、

 患者や被災者の立場、あるいは安全の側に立つ

という発想はない。むしろそのことを警戒している。

 これは、科学者や学会が意識するとしないとにかかわらず、結果として「中立」は体制側に立つということを意味することにならないか。水俣病の悲劇の拡大の元凶がこの「中立」にあったことを忘れてはなるまい。 

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