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ノーベル経済学賞の経済学  放送大学

(2013.04.16)  以前、このブログで、経世済民の実学のはずなのに、

 経済学はほとんど実際の役に立たない

と、辛らつに酷評した。ところが、その後、ある経済学者から、言い過ぎではないかとの〝酷評〟をいただいた。

 ● 物理学化を目指した現代経済学

 反省するところも多々あった。そこで、現代の経済学を俯瞰的に、少し勉強し直したいと、放送大学がこの4月から新しく開講している2週間連続の集中講義

 現代経済学

という依田高典京大大学院教授の専門科目を、メモを取りながらテレビ聴講した。

 ノーベル経済学賞受賞者の人となりや学問業績について、歴代の受賞者の約4割にあたる40人くらいも登場させての講義は圧巻であった。毎回、講義の理解を深めるための参考図書と講義内容の復習にあたる「学習のヒント」があり、なかなか内容の濃い番組であった。

 先日、この講義が終了したのだが、1970年代にブログ子の学んだ経済学というのは、知的な巨人であるとはいえ、ポール・サムエルソンの経済学、つまり、おおむねケインズ経済学にすぎないことが判明した。

 経済学の物理学化を目指した巨人の世界的なベストセラー『サムエルソン経済学』という浩瀚な教科書は、確かにブログ子も読みかじった記憶がある。経済学の数学化は、現代経済学の流れを決定的にしたと依田教授。だが、そのことが、現代経済学の豊かな実りという点から、正しいことだったかどうかとも指摘していたのが、印象的だった。

 実物経済のケインズ流の大きな政府か、はたまた貨幣数量重視の、つまりマネタリズムのフリードマン流の新自由主義の小さな政府か

という解説も面白かった。

 ● 企業はなぜ存在するか

 Image955 マルクスの『資本論』を皮肉ったような

 G.ベッカーの『人的資本』

という考え方も今の時代にあっている。

 さらには、もっとも実用的な金融工学のM.ショールズの受賞は、リーマンショックの元凶として、著しく経済学賞の正当性や権威を疑わせるものだったと依田教授の批評は鋭い。

 その一方、

 企業はなぜ存在するのか。市場があるのに

というテーマは、ブログ子にとって、目からウロコが取れたような新鮮さだった。取引費用という考え方を導入したロナルド・コース理論である。そこには市場では取引できない価値があるからだとして、日本的経営の土台に迫っていた。逆に言えば、市場はなぜ存在するのかという、これまで一度も考えたことのない意表を突くテーマであった。

 そのほか、貧困にあえぐ国の多いアジアからのはじめての受賞者が

 経済倫理学のアマルティア・セン(インド人)

だったというのも興味深い。合理的精神旺盛な欧米人には思いつかない発想の持ち主だったのであろう。その著書で、参考図書としても挙げられた

 『合理的なおろか者(rational fool)』

などは、翻訳もあるらしいから、一度読んでみたい気になった。

 ● 再考 経済学は実際の役に立つか

 講義を聞いて、あらためて

 現代経済学は実際の役に立つか

という問題を考えてみた。

 高度に理論が数学化、モデル化されたが、その数学化の過程で、さまざまな仮定がおかれることは避けがたい。その仮定の下に経済定理が打ち立てられている。その仮定には、理論家の生い立ちなどから来る価値判断が本人は意図しなくても、潜んでいる。ここが、実験で理論結果を確かめることができないということも手伝って、物理学の数学化とは根本的に異なる。

 したがって、高度に数学化して客観性のよそおいをほどこしてはいるものの、しょせん、数学モデルは価値を排除し切れていない。

 このことが、精緻に見える理論からの予想がいっこうに当たらない原因であり、依然として、現代経済学には経済学者の数だけ学派(School)が存在する理由にもなっている。

 逆に言えば、むしろ高度の数学化が、実学であるべき経済学の実りを乏しくしているような気が依然として拭えなかった。

 だから、経済価値の歴史、つまり経済思想史の研究が大事であり、ここに切り込んだ経済学賞受賞者がいまだいないのが、

 経済学賞の重大な欠陥、あるいは限界

だと感じた。

 付言すれば、制度の歴史的な変化の研究で経済学賞を受賞した経済学者はいるが、たとえば、D.ノース、しかし、価値が伴う経済思想の変化や、その革新的な分析で受賞した経済学者はいない。

 もっと辛らつに、そして逆に言えば、経済理論の基礎という意味の経済思想史研究に新境地を開いた経済学者の研究がないのかどうか、ここに目を向けることを経済学賞の選考委員たちは忘れている。

 要するに、今の経済理論には、数学的には精緻ではあるかもしれないが、その土台となる公理がない。風の吹きまわして、いつひっくり返るかわからない。これではいわゆる科学とはいえまい。

 ● 経済学賞の忘れもの 

 集中講義の最終回は

 ノーベル経済学賞の忘れもの

というタイトルだった。

 日本人はまだ、一人も経済学賞を受賞していないが、受賞してもおかしくなかった人として

 一般均衡理論の森嶋通夫ロンドン大学教授

を挙げていた(故人)。大の阪神ファンだったらしいのだが、ノーベル財団関係者の面前で、

 「まあ、ノーベル経済学賞なんか、ないほうがいいネ」

と言い放ったことも、もらえなかった一因らしい。

 ● 日本人初は、宇野弘文氏か

 もう一人、依田教授の予想では、

 社会的共通資本の宇野弘文(東大名誉教授)

らしい。こちらは今年85歳だが、社会共通資本の考え方から、TPPに猛反対する反骨精神旺盛な人物。

 ブログ子などは、写真のような

 地球温暖化の経済学

のほうで、知っている程度。

 一人当たりの国民所得などが多い国の税率を高くする所得比例の炭素税の導入

の提唱者だ(1999年6月9日付日本経済新聞「経済教室」)。

  興味深いのは、ノーベル賞の国、スウェーデンは世界で初めてこの税制を本格的に導入したことで知られている。

 また、1990年代以来、毎年夏、宇野氏は、スウェーデンで過ごしながら、こうした経済研究をしている。すでに、スウェーデンでの成果はまとめて、

 『地球温暖化と経済理論』あるいは『社会的共通資本の理論』

として、国際共同出版している。

 地球環境分野の経済学賞の授与は今後、有力視されてもいることも考えると、

 日本人初の経済学賞受賞者は宇野氏

と見られてもおかしくない。

 国際的に活躍した宇野氏は、新自由主義の旗手、フリードマンと鋭く対立、論争した経済学者だが、ブログ子も受賞を予想したい。もっとも長生きできればの話。

 もし仮に、宇野氏が温暖化対策の経済理論などで受賞することになれば、あるいはブログ子も、

 経済学は実際の役に立たない

との主張を一部取り下げるかもしれない。

 もう一つ、講義では取り上げられなかったが、ノーベル経済学賞の候補として、マクロとミクロ経済学に隣接する

 経済物理学の分野

があることを付け加えておこう。この10年で革命的に進展した。

 それはともかく、不明(補遺)を恥じ、いろいろ教えられることの多い刺激的な講義だったと思う。

  ● 蛇足的補遺 ノーベル経済学賞はニセモノ ?

  講義で初めて知ったのだが、1969年に創設されたノーベル経済学賞は、実は、A.ノーベルとは無関係であり、単なる

 スウェーデン国立銀行賞

にすぎないらしい。 だから、その権威や正当性が疑われているらしい。

 しかしながら、名称詐称だといって皮肉るよりも、あるいは言い募るよりも、むしろ、ちゃっかり便乗したスウェーデン人のしたたかさを日本人は学ぶべきであり、賞賛するべきかもしれない。

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コメント

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投稿: ray ban on sale | 2013年5月11日 (土) 20時43分

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