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暗たんたる「除染」  欺瞞の根本原因

(2013.03.01)   原発事故で、いまや「除染」という言葉は、一般になじみになった。その対策のもととなる

 放射性物質汚染対策特別措置法

が国会で成立して、1年半がたつ。本格的な除汚はまだまだだが、やはり起きたかという思いの手抜き除染がはやくも明るみになっている。

 だが、そんな些細なことよりも、同じ除染で見逃すことのできない深刻な問題が福島県内では起きている。そんな現地ルポが『文藝春秋』2013年3月号の

 「福島除染作業の虚と実」

という記事である( 写真上 )。著者はジャーナリストの青沼陽一郎氏。

 ● 福島除染作業の虚と実

Image708  国直轄(環境省)で行なっている原発周辺自治体、福島県田村市では、除染の作業手順や場所の選定が限定的で、ほとんど除染の効果は上がっていないという実態を紹介している。だから、やっても、今のままではまた元の木阿弥になるというリポート。このことは当の作業員自身、肌でよくわかっているという。

 もう一つ、除染には欺瞞があると青沼氏は言う。特措法の目標である。

 国直轄地域も、自治体実施区域も、ともに当面の目的は、2年で

 自然界の線量を含めて、特措法が成立した2011年8月の線量を半減する

というもの。だが、これは欺瞞であると指摘する。なぜなら、なんら除染作業をしなくても、2年がたてば、環境放射能の主な成分である放射性セシウム134の半減期2年がすぎるからだ。何もしなくても自然界の物理法則で、線量は半減する計算なのだ。

 道理であり、うなずける。

 まだ、ある。特措法の長期的な目標は、高い当面の線量を半減するだけでなく、

 もともとあった自然界の線量を除いた、いわば事故による追加的な線量を年間1mSv以下

にするというもの。だが、これまたちぐはぐなことが県内で起きていると青沼氏は指摘する。

 というのは、盛んに除染作業が行なわれている、たとえば、20キロ圏内の田村市では、今でも現地測定で年1mSv以下と目標値に近い。一方、まだ本格的な除染が行なわれていない福島市では

 今も常時、年間換算で3mSvぐらい

と高い。ブログ子も調べてみたが、確かに文科省が常時公表している県別放射線モニタリングポストの値は

 福島県=福島市紅葉公園   毎時0.82μSv ( 年間算で約3.6mSv )

となっている(写真下=2013年2月20日付毎日新聞朝刊「大気中の環境放射線量(単位は毎時μSv)」の表)。

 Image7092 他県に比べて一桁高いのは当然としても、県内でも、福島市は、事故周辺地域に比べてかなり高い。しかし、福島市の除染は進んでいない。進んでいるのは、主として線量が低い、しかも最終的な目標がすでに達成されてしまっている周辺地域なのである。

 このドタバタの根本的な原因は何なのか。これを次に論じてみたい。

 ● 考えたくないものは考えないツケ 内部被ばくに向き合う時

  この特措法は、現行の

 廃棄物処理法

が放射性物質に汚染された廃棄物は対象外となっていたことから、いわば泥縄式に急遽、つくられた法律なのである。これまでどの省庁もこの問題を所管してこなかったのだから、環境省にかぎらず戸惑いやドタバタがあっても、ある意味、当然なのだ。 

 日本は、「黒い雨」の原爆被ばく国なのに、そして、「死の灰」のビギニ水爆被ばく国なのに、そして、自らも東海村臨界事故(1999年)でウラン核むき出しの広島原爆と同様の連鎖反応(中性子線という粒子放射線被ばく)を引き起こした国なのに、これまで放射性汚染物質には目をふさいできた。そのツケが、福島原発事故でいっきょに払わされたというのが実態なのだ。

 今また、環境放射能の過小評価をやらかしている。つまり、

 「今、ただちには健康に影響はない」

という形で、放射能アレルギーを抑えようとしている。内部被ばく、つまり、粒子放射線被ばくを過小評価し、つまり、目をつぶっている。被爆国であるからこそ、そのアレルギーを取り除くために、正しい科学的な知識と政策に真正面から取り組む必要がある。

 なのに、いままであまりにも、このことを避け続けてきた。それが泥縄式の今回の特措法になった。

 青沼氏の現地ルポから浮かび上がる暗たんたる除染状況。そのつたなさの根本的な原因が、そして泥縄式の特措法の原因が、原発推進のなかで、

 (内部被ばくの恐ろしさという)考えたくないものは考えない

という風潮にあったことを忘れてはなるまい。

 ● 住民は除染の欺瞞性を知っている

 青沼氏の現地ルポを読んで、悲しいのは、住民が、今のような除染方法ではその効果がないだろうということを知っていることだ。そして、たとえ、除染が完了したと言われても、住民のほとんどは

 ふるさとには帰還しない

と決めている。1年前に帰還OKとなり、除染もほぼ完了した福島県広野町はただちに町役場を、いわき市から元の広野に戻した。

 が、1年たった今も避難住民の9割はふるさとに戻ろうとはしていない(2013年2月28日付毎日新聞)。3月1日付朝日新聞の被災地首長アンケート調査では、帰還住民の目標は6割から7割。おそらく希望的な数値であり、現実ははるかに厳しいだろう。

 これには生活インフラが戻っていないこともあるのだろうが、それだけではないと思う。

 仮設住宅という避難生活の不便さ以上に、政治に対する根強い不安や不信、あるいはあきらめがあることを見逃すまい。

  なおざりな除染からみえてくるのは、またしても危機に対して、見て見ぬふりをし、真正面から取り組むことを避けている姿である。それは私たち自身の過去から引き継いできた悲しい姿であり、あきらめでもあろう。

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