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現地で地元紙を読む 「3.11」福島ルポ

(2013.03.17)  20年以上、新聞界に身をおいたブログ子の持論は、地方は世論の本(もと)なり、というものである。ここでの世論とは大言壮語の類などではなく、ごく身近で、しかも切実な声という意味だ。

 ● 深刻な風評被害と風化問題

 そんな声を聞きたいということもあり、先日、原発事故から丸2年がたった福島市を取材で訪れた。

 地元紙の福島民友は、3月11日付で

 明日へ向かい着実に一歩を

という社説をかかげている(写真上=3月11日付福島民友)。見出しだけを見ると、どうということのない論説なのだが、中身が深刻な問題を取り上げていた。

 Image800311 被災者の生活再建と除染が今、最大かつ最優先の課題だとした上で、

 風評被害が根強く残る一方で、震災と原発事故の風化との闘いが始まっている

と指摘。だから正確で詳しい情報発信に努めなければならないと県民に訴えている。同時に政府に対して

 住民帰還の目安となる放射線量について

 信頼できる(安全)基準を一日も早く設定すべきだ

と注文を突きつけている。この設定は、福島県も強く国に要請している。ブログ子は、県庁の県災害対策本部への取材で、事故から2年もたつのに、この基準づくりはどうなっているのかという怒りに近い反応が返ってきはばかりだったので、もっともな意見だと痛感した。

 Image802311 社説のない福島民報も、3月10日付特集で、農林漁業再生を取り上げ、海の復興を信じると大きくうたい、

 風評払拭へ全力

と訴えている。

 3月11日付「論説」(鈴木久)では、風化問題を取り上げ、被災地の責務と題して

 あの日の記憶を記録に

と県民一人ひとりに呼びかけている(写真中=3月11日付福島民報)。

  地元2紙がともに、放射能問題はもとよりだが、そこから発生する風評被害への不安、時の経過とともに忘れられてゆく風化への懸念を論じている。このこと自体、いかにこれらの問題が切実で、身近であるかを如実に示している。

 両紙ともに放射能の詳しい県内マップも紙面で詳細に提供していたのは、論を待たない(写真下=3月12日付福島民報)。この2年で、放射能はどの程度減ったのかという県民の知りたいところを上下の地図で一目で比較できるようになっている。自分のところはどうか、という県民の関心事をすくい上げている。

 これらのところに思いを致すことが政治の仕事ではないのか。現地に立ってつくづく痛感した。

 ● 全国紙の「社説」のひどさに腹が立つ

 これに対し、全国紙はどうであろうか。こうだ。

 Image79920130312_2 3月11日付毎日新聞社説は、「原発と社会」と題して

 事故が再出発の起点だ

と書いている。あまつさえ、翌日の3月12日付社説は「危機と国家」と題して

 民主主義力が試される

という仰々しい大型社説を掲げている。大言壮語もきわまったというべきだろう。被災者そっちのけであり、読む気もしない論説である。

 では、朝日新聞はどうかというと、似たり寄ったりで、3月11日付社説は「原発、福島、日本」と題して、

 もう一度、共有しよう

 翌日の12日付社説は

 スモールビジネスを力に

と訴えている。補助金などに頼らず、長続きのする事業を起こし、地域の中でお金を回そうと被災地に呼びかけている。無責任とまでは言わないが、こんな社説を読まされる県民はどんな思いを抱くであろうか。風評に一喜一憂している被災地の気持ちがわかっているのかと言いたくなる。

 静岡県から来て福島市内のホテルでこれらの全国紙社説を読んだが、書くこともあろうにと、さすがにブログ子も腹が立った。

 現地に立ち、取材する。そして、肌で感じて地元紙を読む。その上であれこれ論ずる。このことの意味や重要さをあらためて知った「3.11」だった。

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