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佐鳴湖のヤマトシジミは訴える         - 生き物が持続できる「豊かさ」とは

(2013.02.19) ブログ子は、浜松市の佐鳴湖のほとりの高台に暮らしているが、近くには国の史跡にもなっている縄文時代人の蜆(しじみ)塚がいくつもある。ごみ捨て場の跡である。膨大な数のシジミなどの二枚貝の殻が1000年単位の長きにわたって採取され続け、そして食べられ続けてきたことを示す。

 ブログ子同様、数千年前、この豊かな湖のほとりには、多くの縄文人が家庭を持ち、暮らしていた証拠である。それを支えたのは佐鳴湖だったであろう。

 Image704 だが、しかし、ふと、不思議に思うことがときどきある。

 今、近くのかなり大きな地元スーパー(佐鳴台店)に行っても、シジミの地物としては、お隣の県の「愛知県産」しかないという事実である( 写真 )。

 佐鳴湖のヤマトシジミは、どこへ行ってしまったのだろう。

 ● 結論  

 消えたヤマトシジミは、きっと次のようなことを訴えていることだろう。

 生き物が持続できる「豊かさ」とは、水質(COD値)も大事であり、必要だ。行政の「シビル・ミニマム」としては、それでいいかもしれない。だが、十分といえるためには、そこからさらに一歩踏み出してほしい。わたしたち生き物が持続して生息できる水環境づくりをしていかなければならないのではないのかと。

 それが縄文時代の佐鳴湖にはあった。何千年と続けられた当時の蜆塚はそのあかしであると。

 わたしたち、ヤマトシジミが持続的に自然繁殖できる環境は、人間にとっても持続的に豊かに暮らしていける水環境なのではないのか。過去の反省を踏まえて、そんな豊かさを今、人間は目指すべきではないのかと。

 なぜなら、それはかつての日本人の自然観でもあった。あの佐鳴八景がなつかしいと。

 ● 1960年代に消滅、2012年、ようやく自然繁殖を確認          

 そんなおり、ブログ子も参加しているこじんまりとした会合(浜松市中区佐鳴台)で、

 佐鳴湖のヤマトシジミは再生できるか

という学習講座を聞いた。講師は、静岡県立浜松北高校教諭(理科)で、浜松市の佐鳴湖シジミプロジェクト協議会委員の辻野兼範氏( 写真 )。

 佐鳴湖のヤマトシジミは、詳しいデータはないが1960年代、つまり昭和30年代後半に入るころには消滅したと言われている。

 しかし、1950年代まで、つまり、昭和30年代前半まで、水のきれいな佐鳴湖のほとりでは、(ヤマト)シジミ採りが夏場に盛んだった。そのころのような自然繁殖できる環境を取り戻したい。そう考え、辻野さんは、この5年間、ヤマトシジミの復活と再生の道筋づくりに情熱を注いできた。

 手始めとして湖畔のシジミハウス( 写真 =佐鳴湖シジミ育成試験ハウス)で人工受精を続け、育ったシジミを湖に放した。

 Dsc012002 そして、2012年、比較的に水のきれいな東岸の「せせらぎ水路」内で、シジミが、これまで到底無理ではないかといわれてきた予測に反して、自然繁殖していることを突き止めた。まだわずかだが、消滅したか、あるいはシジミハウスでしか繁殖できないという事態から、ようやく復活・再生の光が差してきた。

 これで、再生の道筋はできたかというと、そんな単純な状況ではないらしい。一安心という気のゆるみで、せっかくの再生が元の木阿弥になりかねない状況であり、むしろ危機感をつのらせている。辻野さんの話は、おおむね、そんなふうだった。

 ● 復活は、日本人の自然観をよみがえらせる文化戦略

 どういうことか-。

  一言で言えば、水質の指標、COD値(化学的酸素要求量、たとえば目標の5mg/リットル。佐鳴湖=8mg/リットル程度)さえ改善されれば、あるいは濁りの少ない、つまり高い透明度(たとえば、1m。佐鳴湖=1mの半分程度)さえ達成すれば

 豊かな佐鳴湖はよみがえる

とはいえないからだ。

 確かに、見かけ上よみがえったようにみえる。だが、海の水と、川の水、湖面に降る雨水が、気候により、季節により、ときには日によって動的に入り混じる汽水域が佐鳴湖。その汽水湖に生きる生物が持続して生息できる水環境にしてはじめて、豊かな湖と言えるからだ。湖中の生き物も含めて季節の変化や潮の干満などを動的に映し出してきた佐鳴湖は、静的な湖とはずいぶんと違う。

 その動的な風景は、日本人の伝統的な暮らしが求めてきた生き物と一体的な自然観であり、風景なのだ。和歌にまで詠まれた「佐鳴八景」は、その代表であろう( 注記 )。

 今でもシジミの入った味噌汁、お吸い物のシジミ汁は、日本人の伝統的な食事として欠かせない。そこで使われているヤマトシジミは、汽水湖を代表する生き物であり、伝統の食材なのである。

 このように、ヤマトシジミを復活、再生させることは、実は、日本人の自然観を復活させ、大切に守っていこうという文化戦略であることを忘れてはなるまい。佐鳴湖うんぬんという地域の問題にとどまらない広い意味の、つまり日本の伝統文化的な意義がある。

 このことは、佐鳴湖のヤマトシジミの消滅時期が、欧米文化が席巻しはじめる1960年代の高度経済成長時代とぴったり重なっていることからも理解できよう。

 Image692 別の言い方をすれば、ヤマトシジミには、湖の水の汚れを浄化し、それを湖底に固化して排出する優れた浄化能力があるが、それだけが、シジミ再生の目的ではないということだ。

 湖底に出された排出物は、湖底の泥の中にいるゴカイ、ユスリカなどのえさになる。残りはバクテリアによって分解される。その食物連鎖により、そして、汽水域という動的な環境が加わり、湖底が死んだ分解層になることを防いでいる。シジミは、いわばそのエンジンの役目を担っているというわけだ。

 ● 清流ルネッサンスⅡ地域協議会

 そんななか、辻野さんたちが危機感を募らせているというのは、活動のもととなっている

 清流ルネッサンスⅡ(国土交通省)の行動計画

の事業が2012年度(平成24年度)で、つまり、この3月で予算を伴う事業としては終了するからだ。

  国の事業から離れて、次の行動計画、つまり清流ルネッサンスⅢとも言うべき行動計画づくりが、ルネッサンスⅡの終了を受ける形で設立された

 佐鳴湖のみらいを育む会

などによって今、始まっている。

 辻野さんたちの佐鳴湖シジミプロジェクト協議会(事務局=浜松市環境部環境保全課)もこの会に参加している。だが、上部組織の佐鳴湖地域協議会の正式な承認を受けて、新しい次期行動計画がスタートするのは、2年後の2015年度(平成27年度)。

 しかも、その場合でも、これまで行政(浜松市、静岡県)と市民とが協力してプロジェクトを進めてきたのに対し、これからは、辻野さんによると、

 行政は、シジミプロジェクト協議会には関与しない

らしい。理由は明確ではない。どうやら行政としては、シビル・ミニマムは果たしたということであろう。というのは、これまでの行動計画の主な課題であった佐鳴湖の浄化対策が一定の成果を上げたからだ。つまり環境省の全国湖沼水質ランキング(指標はCOD値)において、少しずつ、COD値が改善し、ついに公表対象の

 ワースト5から外れた

のだ(2009年度)。まだ飲用、遊泳には適さないものの、高度経済成長時代直後の値の半分以下になった。行政はホッとした。これ以上のことは、市民のみなさんがなんとか独力で取り組んでほしいということなのかもしれない。

 それと、もう一つ、水質改善を目指す環境保全課としては、シジミ再生を目指し育苗に力点を置き始めたことは、環境保全課としてはシジミプロジェクトが所管事項に合わなくなってきたとの思いもあるのだろう。観点が違うというわけだ。それなら育苗関連のセクションと連携したらいいと思うのだが、行政の縦割りが、連携を阻んでいる。

 ● 冷たい〝押し水〟として、「湧水」の復活を

 Image701 辻野さんたちは、2年後に始まる次期行動計画に参加すべく、今、これまでの成果と実績を背景に独力で、そして新しい形で、

 佐鳴湖シジミプロジェクト協議会

を引き継ごうとしている。

  全国的に見ても、環境省「レッドリスト」によると、ヤマトシジミは、今すぐではないが、将来的には絶滅する危険性のある

 準絶滅危惧種

に分類されている。今から定期的に生態調査をしながら、地道な再評価が必要なのだ。増やす努力は当然だ。この意味でも、辻野さんたちの取り組みは重要であろう( 注記2 )。

 再生の切り札も見え始めている。

 湖水の水循環を早くし、しかも湖に流れ込む水量を増やすアイデアとして、冷たい湧水(地下水)を、シジミ生育に好適な〝押し水〟にするというものだ。今でも佐鳴湖の北部に多数掘られている湧水井戸。河川の底に井戸を掘り、地下水を河川底に引き込むというわけだ。夏場の湖面の高温化はこれで避けられる。

 かつて1950年代まで、シジミが多く取れた北岸や東岸には、南岸に比べて、この冷たい湧水が湖底から多く湧き出ていた。

 シジミのことはシジミに聞け

というわけだ。辻野さんは、押し水のないところにはシジミは生育しにくいという経験もしている。

 汽水湖の水辺(湖棚、こほう)は、生き物たちの宝庫。

 繰り返すようだが、

 ヤマトシジミにとって、持続的に生息しやすい水環境は、人間にとっても豊かな暮らし空間なのだ。

 ブログ子も、良好な水環境づくりとは、つまるところCOD値の改善だと、知らず知らずに思い込んでいた。しかし、それは、日本人の自然観からみれば本当は見当違い、少なくとも長期的な対策ではない。そんなことを教えてくれたヤマトシジミの学習講座だったと思う。

  そのせいか、また自分がつくったせいか、学習講座を聞いた夜にいただいた酔い覚ましの

 愛知県産のヤマトシジミの味噌汁

は、なんだかとてもおいしい気がした。地元産だったら、もっとうまかったであろう。縄文人をうらやましく思った一日だった。

 (写真下は、シジミハウスから見た佐鳴湖の北岸風景)

  ● 注記  佐鳴八景

 そこに生息する生き物と自然風景を一体として詠んだ歌には、北岸あたりの

 かき連(つら)ね落ちくる雁のたまずさの

    数も太田の霧のあけぼの 

      - 湖畔、入野の文学者、竹村広蔭(江戸時代) 

 時代が下った戦前の昭和になっても、歌人、高峰博も、佐鳴八景を詠んでいる。

 渡りきて今宵(こよい)はここに雁がねの

    枕辺芦(まくらべあし)の花の散るらん

 この生きた風景をささえているのが、野鳥たち、あるいは水底のヤマトシジミなのであろう。

 そう考えると、佐鳴湖の豊かで、美しい景観とは、理想的には、和歌にも詠まれた

 佐鳴八景

の姿であろう。鳥も含めて多様な生き物が持続的に生息している日本の伝統的な風景である。

 問題は、1970年代にはその鳥類(たとえば、水辺のカワセミなど)もめっきりと減り、2000年に入るころには、1970年代に比べても、さらにはっきりと野鳥の姿が減ったことである(鈴木譲東大弁天島水産実験所教授談)。

  ● 注記2 浜名湖でもとれる浜松市自慢の天然のニホンウナギは、先日、環境省がついに

 絶滅危惧種

に指定した。

 静岡県の調査によると、ニホンウナギは、佐鳴湖にも生息する。佐鳴湖のウナギの生態について継続した生息調査をすることや、ひところの勢いを取り戻す、あるいは復活させる活動も、佐鳴湖の豊かさを取り戻す観点からは重要であろう。

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