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「木」へんの四季  柊物語

(2013.02.07)  節分がすぎて、ようやく春の気配が感じられるようになってきた。四季が感じられる日本の良さだろう。

 「木」へんに春と書いて椿。俳句では、椿は春の季語だから、うまくできている。「木」へんに夏と書いて榎。落葉高木だが、確かに春から夏にかけて小さな花をつける。

 Image655 驚いたことに、「木」へんに秋と書く漢字があるかと、思ったが、なんとある。読み方は「シュウ」であり、訓読みでは「きささげ」。きささげというのはこれまた落葉高木で、秋にさや状の実が垂れ下がるという(『新潮日本語漢字辞典』)。かつては版木や碁盤、下駄に使われたらしい。

 「木」へんに冬と書いて、これは柊。冬の季語で、ひいらぎと読む。確かに初冬に白い小花をつける。

 節分前の先日、JR浜松駅の、いわゆるデパ地下を通り過ぎたら、赤鬼の紙の面付きで

 ひいらぎ

が販売されていた(写真)。豆がらの音、ひいらぎの葉のとげ、イワシのにおいは、厄除けになる。玄関、戸口に飾りましょうとあった。

 金沢に20年暮らしたブログ子にとって、そんな風習は知らなかったので、思わず見入ってしまった。金沢市東山の宇多須神社の節分豆まきなら知っているが、ひいらぎというのは、だいたい太平洋側に自生する。金沢や石川県全体ではほとんど自生していないからだ。

 民俗学に詳しい静岡産業大学の中村羊一郎さんよると、

 全国的な習慣で、イワシの頭とか、ニラ、髪の毛などを加えることも多い。この習慣を

 ヤイカガシ(焼き・嗅がし)

という。本来は焼畑などでにおいに敏感なイノシシなどの被害を防ぐために耕地の周囲においたものが原型らしい。ひいらぎは、この連想で、あとから加えられたものという。

 田んぼのカカシ(案山子)

も、この「嗅がせる」からきているという。

 もともとは、ひいらぎのトゲの厄除け、魔除けというのは、イノシシ除けであり、とても合理的な発想から生まれた伝統行事だったのだ。

 調べてみたら、紀貫之「土佐日記」の元日(旧暦)の項に

 ひひらぎ

が登場する。これが後に元日から、旧暦の元日に近い節分の行事に移ったのであろう。

 伝統行事も、もとをたどれば、科学的な根拠、経験則があるものが多いということに気づいた節分だった。

 今、こごみ、タラの芽、フキノトウ、むかご。和食党が冬の恵みを楽しむ季節である。

 注記

 静岡県内の伝統年中行事については

 『静岡県の年中行事』(富山昭、静岡新聞社)

に詳しい。

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