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低線量被曝は高レベルより安全か       細胞膜破壊するぺトカウ効果の脅威 

(2013.01.08) 科学・技術と社会をテーマとするこのブログのタイトルは、

 左側のない男

というようになっている。なぜこんなタイトルをつけたのか、ときどき友人に聞かれることがある。結論を先に言えば、

 世の中の常識を一度疑ってみよう。そうすれば、新しい考え方が生まれる

という意味がこのタイトルには込められている。

 ● 常識を疑ってみる

 Image540 このブログを書き始めた最初にも、書いたのだが、実際に、この世の中には左側のない男、あるいは女が医学的に存在する。この事実を、ブログ子は今から10年以上前に取材で知ったからだ。信じられない出来事だった。

 左目も右目も、普通の人と同じようにきちんと見える。眼球には少しも異常はない。しかし、その〝患者〟はこの世界に左側があるなどというようなことは、夢にも思わず、まったく認知できない。右側しか認知できない。

 具体的に言えば、たとえば患者の右側に鏡をおいて、左側に置いたリンゴを患者にみえるように鏡に映す。普通なら、左側を向いて、そのリンゴを取ろうとするだろう。しかし、その大人の患者は、右側に置かれた鏡に手を突っ込み、しきりに鏡の中のリンゴをとろうとあせっているのだ。どうしても、それが取れないのを不思議に思うというのだ。

 この患者には、この世界には、右側同様、左側もあるということがどうしても理解できない。つまり、眼球は両方とも正常なのだが、何らかの理由で、左側を認知する脳の機能がない。

 こういう人を患者というべきか、特殊な能力を持ったすぐれた人物と見るかは人それぞれであろう。唯一つ、言えることは、

 人は左側も右側も見えるのは当たり前という常識の通用しない世界がある

という事実だ。ここから、科学・技術と社会の関係を考える場合、常識を一度疑ってみるという発想がうまれた。科学というのは、まず疑うことから始まる。ものの考え方についても、科学同様、疑うことから

 新たな知の水平線

が開けてくるだろう。このブログのタイトルは、そんな願いから付けられた。

 ● 常識をくつがえすペトカウ効果 

 原発事故直後、放出された放射性物質の線量の低いことなどを念頭に、政府がよく使った

 「健康に、ただちには影響がない」

という言い方があった( 注記 )。一見、常識のように思える。しかし、この常識は、無条件には通用しない。これが通用するのは、遺伝情報の入っている細胞核の破壊の場合に限られる。それ以外の、たとえば細胞を守る細胞膜の破壊については、むしろ、低レベルであればあるほど、高レベルよりも、より効率よく破壊を進行させることができる。つまり、線量が少ないほど影響が大きくなる、いわゆる

 逆線量効果

というのがある。この結果、長時間にわたる低線量被曝の健康への深刻な影響が、いわゆる閾値以下であるというもっともらしい理由で、あるいは、細胞核への影響だけに限定されるなどで、過小評価されやすい。実際には細胞膜の破壊は、がん以外にもさまざまな慢性疾患、たとえば血管などの循環器疾患を引き起こす可能性が高い( 補遺 )。

 この効果は、カナダのA・ペトカウ博士が1972年に発見したもので、その実験結果を著名な医学雑誌に論文として発表した。

 細胞膜の破壊に関するペトカウ効果

がそれである(注記に参考文献)。この効果については、その後、複数の研究者により、実証されている。

 一例を挙げれば、トータルで約7mSvのX線量を、10時間かけてゆっくりと少しずつ照射すると、人の細胞膜が破壊される。これに対し、16Sv/時という高い線量の照射では、約2時間、つまりトータルで32Sv=32000mSvも照射しないと膜の破壊は起こらない。いかに活性酸素などのフリー・ラジカルが低線量で効率的に発生するかがわかるだろう。

 今では、照射実験だけではなく、こうした膜内に発生する活性酸素が、どういうメカニズムで膜を破壊するのかという理論の詳細もわかっている。

 このことから、細胞核の破壊と、細胞膜の破壊の話とをごちゃ混ぜにした

 「健康に、ただちには影響がない」( 補遺2 )

という常識は通用しない、誤りであることがわかるだろう。

  ● 原爆被ばく者「手帳」でさえ、積算で2mSv

  そもそも、低線量では、

 「健康に、ただちには影響はない」

という思い込みは、どこからくるのか。それは、広島・長崎の原爆であろう。

広島・長崎の被爆者同様、原発事故被災者に、無料の健康診断、医療費の無料化などを保障する

 「健康管理手帳」の交付

を国に求める動きが、民間組織の原子力情報資料室などを中心に昨年秋以来あるのもうなづける。

 しかし、その広島・長崎被害でさえ、トータルで浴びる線量は

 2mSvが限界

としていることを忘れてはなるまい。それ以上は高レベルでも危険としているのだ。

 厚生労働省の説明によると、「原爆放射線症」として認定され、原爆手帳が交付されるのは、

 広島の場合、爆心地から、おおむね約半径12キロ以内の被爆者

である。ごく短期間に浴びるその線量は、

 トータルで約2mSv (自然界からの被ばく、医療被曝は除く)

である( 文献= 星正治ほか 『新しい原爆線量評価体系DS02』)

 これ以上では、原爆症と認定するのもやむを得ないと、国ですらそう言わざるを得ない数字なのだ。

 疑わしきは、被災者の利益に

という1970年代の公害責任の原則を今こそ、思い起こすべきであり、チェルノブイリ事故のウクライナ政府警告を今こそ真摯に受け止めなければならない。

 

  ● 注記 事故直後、静岡県内の駿河湾にも

     -放射性ヨウ素131「雲」の拡散シミュレーション

 この件については、ヨウ素131の半減期がわずか7日と短いことから、これまでその実態がよくわかっていなかったが、2013年1月12日の

 NHKスペシャル「空白の初期被ばく/消えた放射性ヨウ素131」

が、参考になる。この番組では、放射線測定学が専門の岡野真治博士、気象研究者ら専門家チームは、

 事故で大気中に出た放射性ヨウ素の雲が、事故直後、どのように事故現場から風にのって拡散していったか

というシュミレーションが紹介されている。その結果のテレビ画面が右側の写真。

 Image573_2 放射性物質は、運命の3月15日に断トツに大量放出された。それがどのように拡散したか。事故現場周辺では、10万超ベクレル/立方メートル。それが南風に乗って、静岡県の駿河湾にまで、その日のうちに到達しているのがわかる。解析から、事故で大気中に放出された放射性ヨウ素は、トータルでおよそ20京ベクレル(京は、兆の1万倍)と推定されているらしい。

 放射性ヨウ素の量の程度を具体的に言えば、東京都世田谷区の産業技術総合研究所がとらえた測定データ(241ベクレル/立方メートル)と同程度の濃度の雲が来ていたことがわかる。これらの解析には、大津波でも助かったモニタリングポストがとらえたデータと、当時の風などの気象データをもとに再現された。

 問題は、この放射性ヨウ素「雲」、あるいはそこから出るガンマ線が、私たちの暮らす地上にどの程度やってきたかということである。雨も降らず、雲が上空を通り過ぎてくれれば、ほとんど問題はない。半減期をはるかにすぎてしまった今となっては、被曝を正確に算出することはなかなか難しいだろう。

 全貌は無理でも、一端ではあるが、事故当時の甲状腺被曝の初期の実態が分かるようになってきた。弘前大学などの研究者の素早い初期対応が功を奏した。

 それによると、

 事故現場から30キロほど離れた福島県浪江町では、

 放射性ヨウ素が出すガンマ線に対する体細胞反応が鈍い大人でも、トータル(積算)で30mSv前後

 強く反応する子どもでは、その倍、つまりトータルで60mSv前後

被曝した可能性があると、番組のなかで専門家は推定していた。

 がんとの因果関係を認めた国際的な基準では、50mSv前後で甲状腺がんのリスクが、普通の人に比べて高まることから、住民、特に子どもたちの健康被害が心配になる。健康管理手帳を浪江町が独自に発行するようになったのも、うなづける。 

● 補遺1、2 チェルノブイリはいま 

 ウクライナ政府は、チェルノブイリ事故から25年を記念して、2011年春、がん疾患以外の血管の病気なども含めた広範囲で、詳細な臨床医師らによる疫学調査の結果をまとめ、

 『未来のための安全 ウクライナ政府報告』(英文)

としてチェルノブイリ検証国際会議に提出している。IAEA(国際原子力機関)などの国際社会は、甲状腺がん以外では、放射線と慢性疾患との疫学的な因果関係を認めていない。調査データの質や量が学問的に十分ではない、あるいは比較対象の取り方など統計処理方法上に問題がある、不確かさがあるなどという理由である。

 しかし、チェルノブイリの数十キロ圏の地域(今も年間平均5mSv/年以上。ほとんどは立ち入り禁止区域だが、一部には人が暮らしている)では、ここで述べたペトカウ効果などにより、低線量被爆による深刻な健康被害が進行、あるいは広がっていることをうかがわせるに十分な報告書内容であるように思う。

 このことは、福島原発事故とも直結する話であることを忘れてはならない。

 その第一。

 先の数字、つまり調査対象にした地域の年間の5mSv/年というのは、毎時にして約1.0μSv/時である。そのほとんどは「立ち入り禁止区域」ではあるものの、この程度なら、福島の原発被災地でも、そう珍しくない数値である。年間許容量(約1.0mSv/年)の3.5倍にあたる比較的に高い

 0.8μSv/時

というところも、ある。

 事実、原発の安全性を問い直すために、2012年12月、福島を訪れた米NRC前委員長、G.ヤッコ氏が視察した地域は、まさに、この数値を示していた。

 ● 福島事故作業員の驚くべき被爆の実態

 その第二。

 ところが、なんと、2012年12月1日付朝日新聞1面によると、

 福島原発事故作業員のなかには、甲状腺での被ばく線量が

トータルで100mSv超が178人

もいるというのだ。東京電力が、本人にも知らせずに、WHOの要請で、非公開で報告していた。

 このうち2人は、なんと、10000mSv超

だったというから、深刻だ。

 当然だが、甲状腺がんなどの発症リスクは、普通の人の数倍にも高まることが予想される。さらに、がんだけでなく、低線量被ばくによる、細胞膜破壊のペトカウ効果、つまり血管などの慢性疾患も心配である。

  ● 注記 参考文献

 ペトカウ効果の解説については、

 肥田舜太郎・竹野内真理訳の

 『人間と環境への低レベル放射能の脅威』(あけび書房、2011年6月。原著はチェルノブイリ事故前の1985年)

  および

 A.ペトカウ博士の原著論文は

 Health Physics 第22巻 p239-244 (1972年)

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