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視聴率など気にするな 大河「清盛」の総括

(2012.12.23)  1年間の放送の最終回を見終わって、よくぞ、むずかしいテーマを、骨太に、そして、上質なドラマに仕上げたものだと、感心した。大河ドラマ「清盛」のことである。

 最終回に清盛(松山ケンイチ)が

 「時忠があらずんば、平家にならず」

 「時子、そなたこそが紫の上じゃ」

と言ったときには、ブログ子も、なるほど、そうだと思ったものだ。一年間、ドラマに付き合った視聴者なら、だれしもこれに異存はあるまい。藤本有紀の「作」らしいのだが、見事な原作であり、脚本家の腕を見せてもらった。

 平清盛といえば、おごれるものは久しからずの「悪」のイメージがつきまとう。それに対して、ドラマは、「武士の世」づくりに立ち向かった

 中世の革命児

として、清盛を描いている。「菊」のタブーにも果敢に挑んでいる。こうした明確なテーマ設定に、一貫してぶれていなかったのがいい。

 しかも、面白くみてもらいたいということで、

 遊びをせんとや生まれけむ

 たわむれせんとや生まれけむ

というテーマの歌設定も、ドラマの進行によくマッチしていたと思う。遊びとは「双六」遊びのことである。その上に、自省的な、あるいは内省的な面も出ていた。ここらあたりが、俗受けをあえて避けたつくりになっていた。

 騒がしい歌舞伎仕立てではなく、能楽のような上質な仕上がりだった。

 だから、案の定、視聴率はかんばしくなかったようだ。

 年間平均で、12%前後

というから、昨年の「江」の18%前後、その前の「龍馬伝」の19%前後に比べてずいぶん低い。この10年で一番低いのではないか。

 このことは、視聴率が低いということは、上質なドラマであることの証明でもあることを示している。

 Image547 確かに、平家物語を取り上げるのは難しい。武士だけではなく、朝廷内のごたごたが、その背後にあるからだ。

 ブログ子なども、事前に、

 吉川英治『新・平家物語』(新潮社、全8巻。 写真 )

を読破していた。だから、朝廷のうごきも大筋わかった。それがなかったら、映像だけ見ていては、何のことか、わからず、途中から、投げ出していたと思う。

 そんな、こんなを考え合わせると、

 ドラマの「質」と、視聴率は反比例する

ということである。これは、ブログ子の持論でもある。「清盛」の視聴率が、断然低かったことは、大河ドラマ「清盛」の成功を物語っており、大衆に迎合しないNHKの一面をみた思いであり、あるいはNHKの誇りでもあろう。

 これからの大河ドラマは、視聴「質」

を競うものにしてほしい。 

  最後に、この大河ドラマは、歌人で、もとは北面の武士だった西行の次のような和歌で終わっている。

 願わくは 花の下にて春死なむ 

      そのきさらぎの 望月のころ

 和歌の意味そのものは、明解である。では、この和歌のドラマ上の意味はお分かりであろうか。ドラマ作者は、この和歌で何を言いたかったのだろうか、という意味である。

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