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過去に目つむる者は 予測された巨大津波

(2012.11.30)  先日、アクトシティ浜松(浜松市)で、

 「南海トラフ巨大地震に備える」

という静岡県宅地建物取引業協会浜松支部のシンポジウムが、一般の市民も参加して開かれた(  写真 )。

 Image1309 ブログ子も参加したのだが、地質学の専門家によるマクロで骨太な国家的な視点の提示と、今すぐ足元で行動できるミクロな街づくりの具体的な主催者側提案がうまく結びついた企画に、驚いた。しかも、その間に浜松市という行政が重要な要素として介在し、巨大災害にどうこれから対応していくのか、議論されていた。

 結論を先に言えば、第一点は、講演は、かの有名な

 「過去に目をつむる者は、現在にも盲目であり、未来でも同じ過ちを犯すであろう」

というドイツ敗戦40周年に際しワイツゼッカー独大統領の連邦議会演説(1985年)の

 巨大災害版

であり、警告だという点。話をした箕浦幸治東北大大学院教授は、今回の巨大津波地震を20年以上も前に具体的に予測し、警告していた。

 第二は、講演を受けて、主催者の宅建協会からなされた街づくり方策は、

 未来でも同じ過ちを犯さないための具体策

と言えるだろうという点。それは、津波避難マンションの高層化など4つの提案だった。公益社団法人として協会が新しい出発をするにあたって開いたシンポにふさわしい、そして見識のある内容だったように思う。 

 そこで、以下に、この結論の2点について、ブログ子の私見もまじえて、少し具体的に語ってみたい。

 ● 20年前、100年前に「予測された巨大津波」

 講師となった箕浦さんは、今回の大震災の恐怖を仙台市で実際に体験しているのだが、専門は古環境変動堆積学。その揺れは、ものが下に落ちる重力の加速度(約1000ガル)をかなりこえていたのであろう、本などが真横に飛んでいた。

 その体験から、この地震は普通の大地震ではない。かつて自分が警告した、1000年に一度襲ってくるあの巨大津波地震の襲来だと直感したという。

 シンポでは紹介されなかったが、あの地震というのは、それまでほとんど存在を無視されてきた貞観地震(発生は平安時代の869年)のこと。箕浦さんは、その痕跡を仙台平野の掘削調査(1986年)で見つけた。そのことを論文

 K.minoura & S.Nakayama :  J.Geology (1991年)

として今から20年以上も前に発表、これまで何度となく警告してきた。なのに、東日本大震災が起きるまで、ほとんど無視されてきた。

 しかも、発掘調査だけでなく、当時の古文書「三代実録」にもこの地震の生々しい惨状記述があるのに、また、この古文書を元にこの地震を歴史地理学的に詳細に検討した 

 100年前の明治の歴史地理学者、吉田東伍の研究(1906年)

もあるのに、それでもなお貞観地震の重要性は無視された。その結果、ついに、不意打ちであるかのように大震災が原発事故を伴う形で起きた。

 しかし、それは不意打ちではなかったのだ。警告され続けてきた巨大地震だった。起こるべくして起きた巨大津波地震だった。

 まさに、先の「過去に目をつむる者は-」のワイツゼッカー大統領の警告どおりのことが、東日本で起きた。過去の貞観地震を無視つづけた結果、私たちの現在をみる目に、不意打ちのようにみえただけのことだった。

 ただ、箕浦さんの警告はまったく無視されたわけではない。少しは受け入れ、防潮堤のかさ上げをほどこした東北電力の女川原発は今回重大な事故は まぬがれた。これに対し、警告を意図的に無視した福島第一原発は大惨事というくっきりとした明暗を分ける結果になったことは注目されていい。

 講演でも指摘されたが、防潮堤を津波はその水圧で容易に破壊する。ましてや土台が「堤」に比べてしっかりしていない防潮「壁」ぐらいでは、巨大津波の水圧には耐えられないだろう。

 ● 浜岡原発は大丈夫か

 ひるがえって、防潮「堤」がないなど、津波に対してまったく無防備な現在の浜岡原発(中部電力)は果たして、こうした歴史の教訓をどう受け止めているのか、暗澹たる思いがした。

 全国でもっとも危険な浜岡原発がもっとも津波に対しても、活断層に対しても無防備なツケは必ず回ってくるだろうとシンポの講演を聞きながら感じた。建設中の防潮「壁」はおそらく役には立つまい。そうなれば、少し大げさに言えば国家の滅亡をも連想させる事態ではないか。

 ● 1000年単位の国家観を

 そんな思いは箕浦さんも同じなのだろう。

 ポルトガルの首都リスボンが巨大津波地震(1755年)で一挙に衰亡するなど、世界の歴史が事実でもって示したように、あるいはまた、貞観地震後の平安時代が危うく国家存亡の危機に立たされたように、

 1000年という長期スパンに立った国づくり

という国家観の必要性を今、確かに痛感する。

 たとえば、ブログ子は学生時代から約15年、京都市で暮らしたことがあるが、夏の祇園祭は、貞観地震直後に流行った全国的な疫病退散を祈願する八坂神社の祭りとして始まったことはよく知られている。

 巨大災害は国家をも滅ぼすという基本的な認識を持たなければならないと教えてくれた講演だったように思う。

 ● 主催者側が避難マンションづくりで4つの提案

 こうしたマクロな見地の講演を受けて、主催者側は、浜松市の沿岸、具体的には南区の海岸沿いの土地下落や人口減少に対して、子どもたちを津波地震から守りながら、さびれない元気な街づくりについて、具体的な提案をしていた。

 一つは、この地域(沿岸2キロ)における学校周辺で規制緩和を図り、小中学、高校周辺を中心に津波避難マンションの高層化、第二は避難マンションのオーナー支援制度づくり、さらに賃借する入居者も補助する制度づくり、最後に、太陽光発電など避難マンション屋上の非常時活用促進-だ。

 民間資金と公的な資金の組み合わせで街づくりを考えたしたたかな視野の興味深い提案だとブログ子は受け取った。

 行政側もボランティアの結束を図るソフト的な強化策、ハード面では、始まろうとしている防潮堤づくりについて説明した。防潮堤づくりは、来年6月にまとまる予定の静岡県第4次地震被害想定とも整合性を図る必要があることも指摘された。

 ただ、これらについて、会場の参加者と、行政も加わったパネリストとの間の論議を掘り下げる時間がもう少しほしかった。

 ● 終わりに

 東北大震災では、いまだ復興の国づくりが始まったばかり。しっかりしたハード面の充実は、言うまでもないが、真の復興には、

 巨大災害に備える1000年先を見通した新しい国家観

という国民的な課題に取り組む必要がある。目先ではないこうした課題解決は一朝一夕にはならない。

 しかし、再び過ちを犯さない、その遠大な道のりは、足元からの地道でしたたかな取り組みこそが、結局のところ近道であり、王道であることを、今回の大震災はものの見事に教えてくれたように思う。

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