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現代「昆虫記」 驚異の微小脳へ、ようこそ

(2012.11.06)  毎年、文化の日に出かけている

 「新しい文化論」

と題する科学講演会がある。浜松ホトニクスという会社が支援し、公益財団が開いている光に関する科学と芸術のための

 「浜松コンファレンス」

である。もう30年近く続いているらしいが、今年のテーマは

 昆虫パワーの科学 昆虫からみた脳科学の未来

というものだった。

 Image1187 人間への応用を目指した「サイボーグ昆虫」づくりの最前線を、東大教授の神埼亮平さんが、とてもわかりやすく、紹介してくれていた。東京大学新聞のランキングでは、人気教授の上位に入っているらしいのだが、なるほどと納得できる。

 もし、この名講演を100年前の、かの『ファーブル昆虫記』の著者が聞いていたら、どんな感想を持っただろうか。

 そう想像してみた。きっと、あのとき観察した昆虫の驚嘆すべき本能行動とはこういう仕組みでなされていたのか、とその微小脳の働きに感心しただろう。そして、ファーブルは、こうも思ったはずだ。

 100年前に書いたときには、神業とも思えるその本能の精妙さから、私は進化論に対しずいぶんと懐疑的だった。しかし、もしかすると、種は変化するという点で、ダーウィンの進化論は基本的に正しいかもしれない

と。

 昆虫は生き残りの手立てとしては十分な能力をすでに持っている。だからこそ、今繁栄している。しかし、互いを愛するとか、未来を予想するとか、分析的に思考するとかいう点では、人間にはとうていかなわない。 

 しかし、だからと言って、巨大脳の人間のほうが進化上、有利であるとも上等であるとも一概には言えない。それぞれにいいところも、欠点もある。

 この講演の意義はこのことをサイボーグ昆虫を使って明らかにし、強調した点であろう。

 さらに、「新しい文化論」の見地から敷衍すれば、

 人間とは何か

という哲学的な問いに対し、科学の側から具体的にアプローチしたことにあったように思う。

 さて、どういう理由で、そんなことが言えるのか。

 講演を聞いて、ブログ子が最も驚いたのは、

 昆虫という無脊椎動物(節足生物)と人間のような脊椎動物の脳とが、微小と巨大、あるいは神経細胞の連鎖構造と管状構造に違いはあるものの、情報の受け渡しなど、その果たしている機能については基本的に同じ

という点だった。サイボーグ昆虫研究が人間への応用に資するためには、この事実は大変に重要だ。逆に言えば、この事実があるからこそ、サイボーグ昆虫の研究が成り立つのだろう。

 陸上生物が無脊椎と脊椎に分かれたのは、カンブリア紀というから5億年以上前。なのに、それ以来、脳が果たしている基本的な機能には変化はなかった。ただ、脳の基本的な構造だけが進化により変化してきた。

 無脊椎の昆虫は、生存に日々必要な酸素取り込みの効率がいい、からだの小さいサイズを選択した。これに対し、脊椎動物は、とりわけ恒温動物は保温性の効率がいい、体制の大きなサイズを選択し、巨大脳の人間にまで進化。巨大脳の進化では酸素の拡散取り込みのままでは非効率であり、代わって気管など別のシステムが新たに必要になってくる。

 だから、どちらが繁栄の〝賢明な〟選択なるかは、選択時にはわからなかったはずだ。が、結果的には、現在の地球の生物種の約7割が昆虫である。この昆虫惑星地球の現状からすると、小サイズ志向の昆虫、つまり微小脳のほうが人間の歩んできた巨大脳の進化の道よりも、ある意味賢明だったとも言えよう。

 しょっちゅう餌を探し回らなければならないとか、また短命とかがあっても、小さいことは、小型、軽量、低コストなのでいい、ということになろうか。

 とすれば、巨大脳の人間は、よく

 「小さくて、取るに足りない虫けら」

と言うが、昆虫たちの繁栄の秘密、つまり驚異の微小脳について知らなさすぎるということになる。小さいことはいいことなのだ。大きいことは、進化上、都合がいいとは限らない。

 このことを少し、工学的な面から考えてみる。

 巨大脳の神経細胞数は人間では約1000億個。これに対し、昆虫などの微小脳は、わずか2ミリ程度の空間に約10万個。人間の100万分の一しか神経細胞がない。

 しかし、この昆虫の微小脳の特徴は、巨大脳に比べて、情報量が少ない分、受け渡しが高速処理できるという点にある。ここが大事。多ければいいというものではない。

  Image1189_2 講演によると、たとえば、昆虫の目の機能の場合、複眼という構造の解像度は低い。巨大脳のように精密な解像度はない。視力はがんばっても0.01くらいという。

 それでも、昆虫に高速で何かがぶつかってくるような場合、素早くその情報を処理し、回避行動に移ることができる。これは車に乗る人間への応用にヒントを与えている。

 昆虫は、たとえばゴキブリは、人間の10倍以上の俊敏さで、風速の変化に反応できるのも、高速処理のおかげなのだ。人間がいくら新聞紙でゴキブリたたきをしても、ゴキブリはいち早く逃げ去ってしまうのは、この微小脳の高速処理にあるという。巨大脳が微小脳にかなわない日常的な事例だ。

 時間間隔でも、人間はせいぜい数十分の一秒程度のチカチカしか目には感じない。しかし、高速処理の昆虫は、たとえばミツバチは、数百分の一秒程度のチカチカでもそれを識別して感じることができる。時間分解能が人間より10倍も高い。

 このことを逆に言えば、講演では触れられなかったが、人間に比べ10倍ゆっくりしたスローモーションの世界を生きることを意味する。つまり昆虫自身の感覚ではずいぶん長生きしたように感じるだろう。

 人間は言語を持つことで高等動物になったと信じている。空気中に空気の振動、つまり粗密波を生み出すように息を出し入れし、相手はそれを音声として耳が聞き分ける。

 これに対し、昆虫も匂いという言語を持っている。匂いやその種類まで感じる仕組みも、微小脳は専門部位として持っている。メスがパルス状の匂い化学物質を空気中に放出すると、あたかも鬼ごっこのように、手の鳴る方向ならぬ、連続的に出るパルス状のにおいのする方向に向けてオスは巧みに探索をはじめるというのだ。

 その検知方法は複雑だが、いくつかの決まったパターンもあるという。メスという匂い源を探索・検知する仕組みを再現するために、講演ではカイコガを使ったサイボーグ昆虫の研究の一端が紹介されていた。

 詳細はよく理解できなかったが、神崎さんの研究仲間、水波誠さんの

 『昆虫 驚異の微小脳』(中公新書、2006)

に丁寧に解説されているので、参照してほしい。

 いずれにしても、何か化学物質で昆虫は言葉を交わしているにちがいないと観察から喝破したファーブルも、この本能行動の神秘を具体的に解き明かすサイボーグ昆虫をみたら、驚嘆することであろう。

 なにしろ、世界一高速の日本が誇るスパコン「京」を持ってしても、昆虫の微小脳のこれらの処理能力のすごさには、まだまだかなわないというものだったからだ。

 このように生き残り戦略としては、昆虫も人間も、等しく優れている。優劣はない。この講演のメッセージとは、まさにこれであろう。私たち人間の偏見を取り除いてくれたと同時に、だからこそ、昆虫から学ぶことも多いのだろう。

 それはともかく、聞き終わって、詳細はわからなくても、ファーブルがそうであったように、昆虫に対する畏敬の念すら持ったことを正直に告白しておきたい。

 そして、ふと、思った。

 逆に昆虫は、わたしたち人間に対して、それほどに畏敬の念を持ってくれているだろうかと。また、それに値する行動を人間自身が今しているだろうかと。

 そう考えると、「新しい文化論」にふさわしい哲学的な科学講演でもあったように思う。

  補遺

 このブログを見た神崎さん自身からの追加的なアドバイスとして、

 『ロボットで探る昆虫の脳と匂いの世界 - ファーブル昆虫記のなぞに挑む』( 神崎亮平、2009年。フレグランスジャーナル社)

や、昆虫も含めたより一般的な考察として

 『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄、1992年。中公新書)

が寄せられた。「歌う生物学者」として知られる後の著作は確かに面白く、また名著だろう。薦めたい。

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