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「第三の男」を忘れるな ノーベル医学賞

(2012.10.10)  今回のノーベル医学生理学賞の報道を新聞などで見て、ブログ子は、

 今年は、山中さん一人だけの単独受賞 ?

と、早合点してしまった( 写真 )。そう思った人も多いのではないか。それほどに山中さん大報道だった。

   読売新聞に至っては、昭和天皇崩御を思い出させるような「山中教授ノーベル賞」の大見出し号外まで都内で出した。おろかも、そして度をこすのも極まったといえる。

  不思議に思った理由は、最近の自然科学系のノーベル3賞はたいてい枠いっぱいの3人だったからだ。それほど先端的な研究は競争が激しく、しのぎを削る熾烈さがあり、賞を贈る側もどの人を優先的に評価するか、その選定に一苦労も二苦労もするのが常態化している。

 そこで、よくよく読んでみると、実際は、もう一人、ジョン・ガードン(英ケンブリッジ大教授)さんも共同受賞していた。これで、ブログ子も一安心。しかし、ガードンさんの記事は、各紙ともに見落としそうなほど〝ベタ〟記事扱いだったのが、残念だった( 注記 )。

 たとえば、科学ニュースに強いはずの朝日新聞(10月9日付)では、1面をほとんど使って報道しているのに、この共同受賞者については本文ではわずか10行足らず。それも、なんと山中さんの業績を引き立てるための〝脇役〟に追いやられている。これには、山中さん自身、怒りたい気持ちだっただろう。

 待ってましたとばかり、そして山中さんへの期待の大きさのあまり、こういう度を越したアンバランスな大報道は、山中さん自身にとっても迷惑であろうし、受賞の意義を正しく読者に伝える報道の役目を忘れている。はっきり言えば、放棄しているとしか思えない。これは裏を返せば、この分野についてきちんと評価できていない、あるいはそもそも分野の土台を理解していない証拠でもある。

 ガードンさんといえば、1950年代からのクローニング(細胞核の初期化とその後の複製技術)分野で常に先駆者、パイオニアの役割を果たし、今も現役で研究に携わっている偉大な老研究者である( 詳しくは、補遺2を参照 )。

 具体的に言えば、カエルの子ども、オタマジャクシの体細胞(具体的には腸)の細胞核を核移植し、見事、初期化とその複製に成功。1960年代(正確に言えば、1962年)の画期的な仕事だが、その細胞を、オタマジャクシにまで育ててもいる。

  ただ、大人のカエルではこのことは成功しなかったものの、これにより、分化してしまった細胞の細胞核はもとの万能性にはもう戻れないという当時の常識を打ち破った。同時に、ガードンさんのこの成果により、倫理問題が少ない体細胞(たとえば皮膚組織)の、それも人間というほ乳類の、そのまた大人の細胞核から、これまたなんと人工的に、胚と同様の万能細胞をつくるという目指すべき理想の研究成果への長い、長い道のりが始まった。

 この間には、クローン羊「ドリー・ショック」(1997年2月)もあった。このへんの生々しいいきさつについては、ドリーを生み出した英研究者たち自身がつづった

 『第二の創造』 ( 原著=2000年、翻訳=2002年、岩波書店。写真下 )

に詳しい。

  山中さんの歩んだ輝かしい業績については、もはやブログ子などがあれこれ、いう段階ではないので、ここでは省略するが、忘れてはならないのが、この長い道のりの初期には、

 第三の男

とも言うべき、 ガードンさんの良きライバル、ロバート・ブリッグスさんという米研究者がいたことだ。

 Image1075_3 カエルの受精卵から育った卵(胚)の細胞核を取り出し、それを別の卵子に核移植し、初期化に成功。それを複製しオタマジャクシにまでに育てた。1952年、というから、まだDNAの構造がどのようなものであるかがわからなかった1950年代の研究成果が、ガードンさんの1960年代の研究に火を付けた。

 今回の授賞選考では、さすがは選考委員会である、ガードンさんも共同受賞者に選んでいる。正当な、そして公平な選考といえるだろう。ただ、マスコミが正当に、そして公平には伝えていないだけなのだと気づいた。

 ガードンさんが共同で受賞するなら、同様の先駆者であるブリッグスさんも第三の男として、枠があるのだから選ばれてもなんらおかしくはない。ブログ子はそう思った。上記の『第二の創造』にも、ブリッグスさんの業績についてはしばしば、ガードンさんと並んで出てくる。

 なのに、選ばれなかった。とても不思議な気がした。

 そして、気づいた。ブリッグスさんは、今から30年近く前の1983年2月に惜しくもなくなっていたのだ。ノーベル賞は、どんなに優れた業績を上げたとしても、授賞決定時には受賞者は生きていなければならないという、ある意味非情ともいえる決まりがある。国籍は問わないが、亡くなった人には授与されない。

 それなら、最後の枠を別の研究者に〝回せば〟いいと、俗人は考えるだろう。それを選考委員会はあえてしなかったのはなぜだろう。それは、推測だが、選考委員会が、ブリッグスさんの業績を受賞に値するものと暗黙に認め、敬意を払う意味で「空席」にした。

 つまり、こういえば京都大学の職場で山中さんと苦楽をともにした若い共同研究者、T講師には少し気の毒ではあるが、ブリッグスさんの業績を高く評価したがゆえの、いわば〝永久欠番〟だったと受け止めたい。

 この意味で、今回の医学賞では、空席の「第三の男」を忘れてはならないだろう。

 山中さんの先ほど述べた成果については、スピード受賞と騒ぐ向きもある。しかし、以上のように考えると、むしろ1952年から60年にわたる長い歳月に一つ一つ積み上げた成果に対する授与なのだと考えるのが、おそらく正しい評価であろう。

 第三の男の存在もそうだか、こうした冷静な指摘がこれまでのところ、どの報道にもみられない。このことを、ブログ子は同人として恥ずかしく思う。

  この意味で、今回の手放し大報道は、はからずも日本の科学ジャーナリズムが依然として批判精神において未成熟なままであることを露呈したと言わざるを得ない。

  補遺

 10月10日夜のNHK「クローズアップ現代」では、山中さんはNHK京都支局に出向いて、女性キャスターの質問を受けていた。当初は「研究資金もごく少なく、暗闇の中でバットを振るような(手ごたえのない)状態だった」、その一方で「空振りでもいい。しかし、ボール(真理のこと)は確かに飛んできているとの感触はあった」とのコメントを引き出していた。

 山中さんは、ガードンさんに導かれて、研究を進めてきたとの趣旨を謙虚に語っている。その偉大な業績に敬意を表していた。これに対し、キャスターからは、まったく反応はなく、同氏に触れることはなかった。平生は知的で視野の広いキャスターであると思っていたのに、やや偏狭なインタビューであったと思う。ジャーナリストの限界を目の当たりにしたような印象を持った。

 補遺2

  マスコミの山中さん大報道については、ブログ子と似たような印象を持ち、踏み込んで書かれているブログがある。

 大隈典子さんの通信ブログ

 http://nosumi.exblog.jp/

である。ガードン卿と山中博士の受賞対象論文から考察するノーベル賞と題されている。

  少し専門的ではあるが、その分、また原著論文を読まずに記事を書いている新聞解説が多い中、そして、このブログを専門的な立場から補うのに非常に参考になる。

 山中さんの受賞理由に挙げられた原著論文(英文)とは

 http://www.cell.com/retrieve/pii/S0092867406009767?cc=y

である。今、山中さんの論文と言ったが、山中さんは、この論文の二番目。第一著者は、同じ大学の共同研究者、T京大医学部講師。実質的に誰が、研究を指揮していたかを選考委員会が見極めた上で、受賞者を決定していることをうかがわせる好例であろう。

 補遺3

  次のような山中論文の解説本も出ている。

 『山中iPS細胞・ノーベル賞受賞論文を読もう 山中iPS 2つの論文(マウスとヒト)の英和対訳と解説及び将来の実用化展望』(西川伸、一灯舎、1890円) 

 注記

 ノーベル賞の公式な発表については、ノーベル財団の

 http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2012/

を参照してほしい。これでもわかるが、受賞者の最初はガードンさんで、その次が山中さんである。なかの業績紹介文もこの順序であることに注意したい。

  

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コメント

興味深く読ませて頂きました。
拙ブログでも「山中先生ばかり取り上げすぎ」「iPS研究が受賞対象ではない」ことを伝えています。
一方で、誰を第三の受賞者にするのかについては、例えば山中さんの研究に直接、関係したのは京大の多田さんの、体細胞とES細胞を融合すると体細胞が多能性を獲得する、という研究です。
なので、誰を第三の受賞者にするのかは、とても難しい判断だと思われます。

投稿: 仙台通信 | 2012年10月12日 (金) 10時15分

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