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疑わしきは予防する 低線量被爆の脅威

(2012.10.16)  先日、浜松市内で定期的に開かれているこじんまりとした勉強会で、「サクラ調査ネットワーク」に参加している蔵下和男さんの話を聞いた( 写真 )。このネットワークはサクラの花びらの環境異変をこの10年継続して調べている全国的な民間組織。

 Image1096 蔵下さんは、現在は静岡県掛川市にお住まいだが、もともとは浜岡原発近くに長く暮らしていた。だから、浜岡原発の周辺のこと、環境の変化については、理屈よりも、まず肌身で、誰よりも実感で知っている。自負もある。

 そんな蔵下さんは、サクラの開花期、花びらをいろいろ調べてみると、普通、花びらが5枚なのにそうではない花びらがあったり、おしべが花びらになっていたりする〝異常〟が、どうも原発が立地していない遠いところより多いような実感を持った。遺伝的な特性が同じのクローンで増殖したはずのソメイヨシノの桜がなぜ、こんなに異常になるのか、という問題意識である。

 こうした異常は、何も原発からの放射能漏れや排気だけが原因ではないかもしれない。工場からの環境ホルモンの垂れ流しなどによる土壌汚染にも、公害で知られる大気汚染にも原因があるだろう。

 だから、まず、これらの原因候補をえり分けて、ひとつひとつ疫学的に確かに原発からの放射能の排出と、植物異常に強い相関があると科学的に、しかも有意に実証する必要があろう。しかし、この実証には、放射能に汚染されていない集団との比較が、科学的な証明にはどうしても必要であり、そのせいで、こうした複合汚染の原因の特定はなかなか一筋縄ではいかない困難さがつきまとう。

 また、たとえ、原発の排気と植物異常との間に疫学的に強い相関があったとしても、厳密には、それは原因が原発ではないかとの疑いを強めるだけであり、異常が原発によるものであるとまで因果関係を断定することはできない。つまり、見かけ上、相関関係があるように見えるだけで、その間に医学的な因果関係はなんら存在しないこともあるからだ。

 わかりやすく言えば、風が吹けば桶屋が儲かる、というたとえ。思わぬ結果であっても、そんなことは常には当てにならないというたとえであり、たまたまそうなっただけという意味。強い相関関係がたとえ統計的にあったとしても、風が吹くという気象現象と桶屋が儲かるという経済現象とが、原因と結果という因果関係にあるとは誰も思わないであろう。こうした見かけ上の相関は、このことわざがいみじくも指摘しているように、その間に、いくつかの媒介物がはさまっているときにあらわれる。このことは統計学の学徒なら常識であろう。

 しかし、だからと言って、サクラの花びらの異常が原発によるものではないとも、これまた科学的に言えない。電力会社がそう言いたいのはわかるが、科学的には証明はできないので、言えないのだ。

 蔵下さんにとっては、そんな小理屈よりも、サクラの花の異常は放射能の長期被爆に違いないという肌身で知った実感がある。この安全神話に寄りかからない実感こそ、福島原発事故後の今、大事にするべきことではないか。

 人への影響や異常を知る手がかりとして植物を選ぶ。植物は動かないという、いわば定点観測の利点を生かした話をうかがっていて、

 疑わしきは予防する 原因特定ができてからでは遅すぎる

 蔵下さんは、そう警告しているように感じた。 

 10年、20年という長い目で見れば、低線量ではあるが、長期にわたる放射能を体内に吸い込むなどして蓄積した(体内)被爆は、一度に大量に被爆する外部被爆と同様か、それ以上に危険かもしれないとブログ子は感じた。

 そのことを物語る報告書が出ている。チェルノブイリ事故から25周年を迎えたウクライナ政府が昨年4月に国際科学会議(首都キエフで開催)で公表した

 「Safty for the Future (未来への安全)」

という低線量被爆に関する医学的、疫学的な報告書である。原著(英文)は、

 http://www.kavlinge.se/download/18.2b99484f12f775c8dae80001245/25_Chornobyl_angl.pdf

である。

 これを読むと、先日、NHKのETV特集「ウクライナは訴える」でも放送していたが、直接の外部被爆をしていないはずの子どもに、甲状腺がん以外にも、さまざまな〝異常〟が通常考えられている割合をかなり超えて、見つかっていることがわかる。

 がん以外にも、

 心筋梗塞や狭心症などの心疾患、高血圧などの血液疾患、関節リュウマチなどの膠原(こうげん)病、目がにごる白内障。さらには骨格の異常

などの疾患が、なんと、30キロ圏内の立ち入り制限区域( 年間許容量線量5mSv以上 )から100キロ以上も遠く離れた町、コロステンの子どもにも起きているというのだ。

 つまり、事故直後の除染が十分でなく、事故から25年たった今でも、ところどころに年間5mSvをこえる放射能降下物がまだまだ残っているホットスポットがあり、その降下物による長期の低線量内部被爆が、子どもたちをむしばんでいるのではないかと疑われているのだ。

 ウクライナ政府は、この内部被爆の影響を報告書で訴えた。しかし、国際原子力機関(IAEA)などの国際機関は、子どもの甲状腺がんについては因果関係を認めたが、それ以外は、疫学的にみて、データの取り扱いがきちんとしていないなどの理由で認めていない。

 子どもたちの異常は、子どもたちの栄養状態の悪化、ストレスの増加

などが原因であるかもしれないからだ。

 これは、勉強会の蔵下さんと同じ、疫学的な解明の困難さをウクライナ政府も抱えていることを意味する。

 この報告書の衝撃は、

 年間5mSvであっても、長期的な被爆、おそらく汚染された食べ物などによる体内被爆の恐ろしさがある

という点だ。

 もう一つ、線量、線量というが、その線量の計測にも問題がある。

 年間1mSv程度の自然放射能からの放射線を人は常に浴びている。これは、地球の長い、長い歴史のなかで、今もって半減期が十分すぎていない物質によるものである。

 この量に対しては、人間は長い進化の過程でなんとか生きられる体力、耐性を身につけてきた。問題は、それとは別の人工の残留放射能の降下物である。

 これについては、降下物の放射線には

 アルファ線(ヘリウム粒子)、ベータ線(電子または陽子)、中性子線といった粒子線と

 ガンマ線、エックス線といった電磁波( 光 )

の二種類がある。

 ところが、われわれが福島原発事故で計測している線量は、主としてガンマ線だけである。粒子線は考慮外という落とし穴がある。

 つまり、モニタリングポストなど測定された被爆線量では、さまざまなものがあるうち測定されている線量というのは主として、少なくともガンマ線だけなのだ。ということは、浴びている線量の最小量にすぎない。残りの放射線による健康被害については、日本ではほとんど想定外なのだ。

 このことを考えると、今、日本では、

 年間許容量の目安として、20mSv、あるいは累積被爆線量では5年間100mSv

という基準が、がん労災認定などで一人歩きしているのが心配である。トータル100mSvまでなら安心という神話だ。

 ウクライナ報告書を読むと、自然放射能の5倍もの年間許容量5mSvでも、抵抗力のない子どもたちの場合、危険とかんがえるほうが妥当なように読める。実際には、それ以下がなんとか健康を守れるギリギリではないか。

  正確には、人類が長い進化の過程で獲得した年間許容1mSv( 毎時換算で0.23μSv )とチェルノブイリ事故についての今回の警告値あるいは危険値の年間5mSvの中間、

 つまり、目安の許容値は、年間で3mSv、つまり、毎時にして7μSv

だろう。これでも、自然放射能の3倍という危険なものなのだ。こうした許容値をこえた地域は、福島事故の場合、飯館村など30キロ圏の外にも、この夏時点でも、存在し続けている。

 日本を含めた国際水準の医学認識では、積算したトータルの被爆量が100mSvをこえると、被爆線量とがん罹患率との間にはっきりした比例関係があり、危険度は増す。100mSv以下については、比例関係などの相関があるのかもしれないが、一般には確認されているとまではいえない。

 世界的に知られたアメリカのジャーナリスト、W.リップマンは、その有名な著書『世論』(1922年)の中で、ニュースと真実を区別することを強調して、こう述べている。

 「ニュースの働きは一つの事件の存在を合図することである。真実の働きはそこに隠されている諸事実に光をあて、相互に関連づけ、人々がそれをよりどころとして行動できるような現実の姿を描き出すことである」

と近代ジャーナリズムの存在理由を明解に喝破している。事実であるかどうか疑わしいかもしれないが、真実への第一歩、それがニュースである。それが、人々の行動指針となる真実となるためには、いろいろな事実を関連付ける必要がある。

 低線量被爆の人の健康に与える影響の「真実」はいまだわからない。しかし、サクラの花びらの異常、あるいはウクライナ報告書というひとつ一つの「ニュース」は、真実への第一歩、合図であるようにブログ子には思える。

 その真実とは、

 長期的な低線量被爆が、がんだけではなく、心疾患、血管疾患など人のあらゆる健康に重大な影響を与えるという、今は隠されている「見えない真実」、その中身は未来への安全とは何かという「真実」

のことである。

 蔵下さんは、この「見えない真実」と今、戦っている。この闘いは、とりもなおさずチェルノブイリ事故に苦しむウクライナ政府の闘いと本質的には同質であることを忘れてはなるまい。

 この闘いが手遅れにならないためには、かつての環境汚染、環境ホルモン騒ぎでもそうだったが、

 「疑わしきは、予防する」

という賢明なる回避の原則を、環境異変の問題で確立することであると思う。

 疑わしきは国民の利益に

という原則といってもいいだろう。

 注記

 最後に、蔵下さんに教えていただいたのだが、こうした低線量の内部被爆の脅威や医学的な因果関係については、

 『人間と環境への低レベル放射能の脅威』(あけび書房、2011年)

に詳しい。

 戦後間もない広島で治療にあたるなかで内部被爆の恐ろしさに気づき、戦後一貫してこの問題と闘いつづけてきた被爆医師の肥田舜太郎さんと、竹野内真理さんの翻訳である。著者は、ラルフ・グロイブ氏とアーネスト・スターングラス。

 「ぺトカウ効果」と題された原著はチェルノブイリ事故前にまとめられており、人の内部被爆の影響を細胞レベル、分子レベルで解明しているのが特徴。被爆と健康被害との因果関係について、核医学のキー概念、ペトカウ効果という視点で論じられていることが注目される。

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