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21世紀メディア論  放送大学大学院

(2012.10.22)  土曜日の夜、おもしろいテレビ放送がないので、仕方なく、深夜、もっともおもしろくないと思って、これまで一度もまじめに見たことのない

 BSの放送大学チャンネル、それも大学院課程

をのぞいてみた。科目は「21世紀メディア論」。視聴率がどれくらいか、失念したが、これが案外、面白い。

  ラフな格好をした若い東大大学院教授の水越伸さんが登場していた。金沢市出身で、地方紙の例として、普及率の高い北國新聞(本社=金沢市)に言及していた。ブログ子も金沢で20年仕事をしていたので、懐かしく感じたのも、何かの縁だろう。

 このときは、21世紀メディア論の前段として、20世紀メディアについて、駆け足で紹介していた。

 20世紀の新聞の特徴として、水越さんは

 1県1紙体制 / 記者クラブ制 / 宅配制 / 画一的紙面構成

の4点を挙げていた。各論的には、いろいろ異論もあるのだが、これらはよく言われていることでもあり、概観としてはおおむね妥当な解説。

  Image1260 現在の地方紙は1県1紙体制なのだが、戦前はどうだったのか。全国では1930年代にはなんと1400紙以上発行されていたと解説していたのには、びっくり。現在の10倍以上も地方紙があったということになる。

 水越さんは、ブログ子が暮らす静岡県内について、具体的に次のようにフリップにしてその様子(日刊紙)を地図に示してくれた。こうだ。

 浜松市では、浜松新聞(1500部)、駿遠日報(1500部)、東海詳報、日本民声新聞、静岡日報、遠州日日新聞の6紙

 静岡市では、静岡新報(35000部)、静岡民友新聞(30000部)、駿河新聞の3紙

  焼津市では、駿遠タイムス(2000部)の1紙

 清水市(現静岡市清水区)では、東海中正新聞(3500部)、清水日日新聞、清水港木材新聞の3紙

 富士宮市では、静峡日日新聞(2000部)の1紙

   三島市では、伊豆日報(5000部)、夕刊毎日新聞(2000部)の2紙

   沼津市では、沼津日日新聞(2500部)、沼津毎日新聞(2500部)、東静日日新聞、夕刊駿遠タイムスの4紙

 熱海市では、東海毎夕新聞(1300部)の1紙

  以上、21紙が発行されていたのだ。紙面は、今のような画一性はおそらくなかったであろう。

 これ以上のことは、放送では、言及されなかったが、このなかの比較的に発行部数が多く、また経営が安定していた

 静岡民友新聞、静岡新報、浜松新聞

などが1942年12月に合併して、現在県紙としては最も発行部数の多い静岡新聞(現在発行部数約70万部)が誕生した。誕生が真珠湾攻撃のちょうど1年後というのが、いかにも1県1紙体制の目的が何であったかを暗示している。

 先の地図では、伊豆半島が空白になっている。別法人だが、静岡新聞グループとして、現在

 伊豆新聞(本社=伊東市)

という地域紙が発行されている。地域密着紙として、同社は、静岡新聞と互いに情報を交換しながら、伊豆日日新聞(伊豆の国市)、熱海新聞(熱海市)も発行している。

 こんなことも、放送大学の授業を見なかったら、到底知らなかったであろう。たまには、放送大学もみておくのもいい。

  ただ、この講義を聴講して、さびしいというか、不満に思ったのは、

 20世紀メディアの特徴の一つに、夕刊紙

があり、この研究に言及がなかったことだ。フリップには、日刊ゲンダイ、夕刊フジの文字はあったが、水越さんがこれに言及することはなかった。

 Image1113 ブログ子は、30代後半、3年ほど大阪のある夕刊紙で修業をしたが、夕刊紙の研究がきわめて少ないことを残念に思っている。社会学者、清水幾太郎さんを論ずるのももちろん、結構だが、大衆紙としての新聞の20世紀的な役割は、夕刊紙抜きにしては語れないことも事実であり、このことを指摘しておきたい。 

 ブログ子の夕刊紙記者の経験については、講談社のPR雑誌「本」( 写真。1987年8月号)にその一端を寄稿した。いつしか、本格的な夕刊紙研究の著作を出したいと思っている。放送大学に限らず、大学のマスコミュニケーション論の授業に夕刊紙が果たしている役割が出てこないのは、言葉は悪いが、片手落ちだろう。

 テレビをみているうちに、そんなことを思い出したわけだが、放送を見たときのもうひとつの感想としては、地域に密着した放送内容にしてほしいということだった。見られる放送大学の条件だろう。

  補遺 2012.12.01

  この放送「21世紀メディア論」15回分のほぼ全部を見た感想は、以下の通りである。

 第一。基本認識として、マクルーハンや清水幾太郎がその代表であるような20世紀メディア論は、社会と一線を隔絶したアカデミズムの実証研究であったのに対し、21世紀メディア論は、アカデミズムも積極的に対象にかかわる実践的な研究であるという違いがある。

  このことは、研究者自身が対象に直接かかわる21世紀メディア論は、従来のメディア論の延長線上のものではなく、別次元であることを意味する。わかりやすく言えば、メディア研究者が体を動かし、対象にかかわることで、これまで見えなかった質的に違うものがみえてくるということ。

 つまり、批判的な分析的な知から、係わることで能動的な創造知へというわけだ。

 とはいえ、マクルーハンがいうところの「人間の拡張の諸相」の解明という点では、21世紀メディア論も同じではないかという気がする。この点では、従来のメディア論の延長ではないか、というのがブログ子の言い分である。

 第二。それでは、21世紀メディア論のポイントは何か。

 技術中心主義から一定の距離を置くこと

 グローバル主義からも一定の距離を置くこと

と水越さんは、講義の最終回で指摘していた。

 第三。それでは、グローバル主義から一定の距離を置くには、どういう視点があるのか。この点について、講義では

 メディア・ビオトープ論

を展開していた。生物多様性の考え方に小さな生態系として

 ビオトープ

という概念がある。ある特定な方法論ではなく、複合的なアプローチが大事であるというわけだ。

 この観点から、第13回講義では「メディア生態系をデザインする」と題して、

 空間的なメディアの多様性

を図示していた。横軸に、左から順にローカル、ナショナル、グローバルと3分類。縦軸に上から下に、「共」互酬性/コミュニティ、「公」再分配/政府、「私」交換/市場。

 上から、斜め下に、

 地域メディア、1県1紙体制/NHK+民放5局体制、巨大メディア

 これがメディア・ビオトープ論の骨格。

 しかし、生物界とは違い、これらの間はそのままでは、隙間を埋めてくれることはない。これがメディア・ビオトープ論の課題だという。

 何を、どう埋めて、回復するのか。そこで登場するのが、

 メディア=ビオトープ論の三層構造

 つまり、メディア遊び、メディアリテラシー、メディア実践という考え方。

 小さなメディアビオトープ同士が次々と社会的につながり、社会連携が広がっていくというのが、メディア=ビオトープ論のイメージである。

 テレビには中核となる新しい役割

があると話していた。はっきり言えば、今のような一方通行ではない役割だ。

 その意味では、午前零時からの

 NHK「WEB24」

は、マスメディアとツイッターとの連動として、評価できるのかもしれない。

 第三。アラブの春など、社会変革の強力なツールとしての21世紀メディア論がなかったのはさびしい。メディア=ビオトープ論が何を目指すのか、古くて新しい「人間の拡張の諸相」の新たな可能性を指摘してほしかった。

 以上、全体として、ブログ子も大学でメディア論を講じた経験があるが、それらを見直す、考え直す契機になった21世紀メディア論ではあった。

 

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