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「日本奥地紀行」  ローエル再発見の旅2

(2012.10.10)  10日ほど前、このブログで「ローエル再発見の旅」について書いたが、もうひとつ、最近、再発見した。P.ローエルは、明治22年5月に東京から能登への旅を決行したが、この11年前、すなわち明治11(1878)年6月に東京から東北地方、北海道を3か月間、たった一人で旅行した女性探検家がいたことを、BSテレビ放送で知った。

 見た番組は、NHKのBS放送「にっぽん微笑みの国の物語」で、今年2012年1月放送の再放送だ。案内役は中村梅雀さんだった。番組では、ゲストの出演者として、オックスフォード大学で卒業論文にこの女性探検家というか、旅行家をテーマに選んだという若いアイルランド人、デュンラ・バードさんが、登場していた。イギリスで英文学の教師をしているらしい。

 バードさんという女性探検家が明治期に日本に来たことは知っていたが、その詳細な

 旅行記「日本奥地紀行」

というきわめて民俗学的な学術調査報告書が出版されているとは、不覚にも知らなかった。明治初期の日本の地方の暮らしをつぶさに観察している。

 その著作の女性とは、大英帝国の婦人、イザベラ・バードさんで、著書の原題は

 『Unbeaten Tracks in Japan』

である( 初版は1880年=明治13年、全2巻。1885年には関西旅行部分をカットした版も刊行された )。書名を直訳すれば、日本の未踏の土地。著者自身の富士山などのイラストや現地の貴重な写真まで多数掲載されているのは、

 ローエルの『NOTO  人に知られぬ日本の辺境』

と同じだ。日本人通訳を伴い、馬や人力車に乗って北海道まで女性一人で出かけたのだから、すごい。

 内容は、当時の東北地方は、具体的には秋田県の米沢平野(置賜盆地)の散居村は、まるで

 「アジアのアルカディア(桃源郷)」

だと書いている。シャングリラ、東洋のエデンの園だというのだ。日本人は

 「勤勉で、素朴で礼儀をわきまえた民族」

とも記述している。また、ローエルの分析同様、「均一的で、没個性的」という観察もある。

 51813yfdy6l__bo2204203200_pisitbs_2 以前述べた仮説を検証するためにも、この旅行記はぜひ、せめて邦訳ででも読んでおきたいと思ったものだ。

 原著の初版邦訳として、

 『完訳 日本奥地紀行』(平凡社・東洋文庫。全4巻)

が、詳しい注釈を付けて、まもなく完成、発売されるらしい。楽しみだ。写真は、平凡社ライブラリーの『日本奥地紀行』(2000年)。 

 偶然見た番組だったが、ブログ子にとっては大変に意味のある番組であった。

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