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ロンドン五輪、私たちは何を見ているのか

(2012.08.03)  このところ、連夜、ロンドン五輪を見ている。

  Image8880802_2  表題の問いかけに対して、皮肉屋はこういうだろう。「少なくとも、アマチュア精神にのっとってフェアプレイで正々堂々と戦う姿を見ているのではないことだけは確かだ」と。バドミントン種目では互いに「わざと負け」に必死になるという前代未聞の珍事が起きたことをいいたいのだろう。最終的にメダルを獲得するためには、目の前のゲームは負けたほうが有利とみて、互いになりふりかまわず勝つ努力をあえて怠ったとして、一度に4組、計8選手が失格になった( 写真= 8月2日付中日新聞朝刊 ) 。

 確かに、メダル獲得のためならば、五輪精神もなんのその、手段を選ばないということがまかり通るとしたならば、スポーツマン精神は、五輪ではもはや死んだといえよう ( 注記 )。

 これとは、逆に、身体的にも、精神的にも、人間の限界を見たいために観戦しているのだと主張する人は多いだろう。

 このことは、体操男子の個人総合で優勝した内村選手の

 「ようやく自分が自分であることを証明できた」

という喜びの発言でもわかるだろう。自分が、「金」をとることを期待されていた選手であることを証明できたという意味だろう。限界に挑む「金」への期待があるからこそ、そこに人間賛歌という感動が生まれるのだと素直に言い切る人たちだ。これも確かに、一理はある。

 これに対し、スポーツ関係者は、そんな情緒的なことではないと、覚めた目でこうこたえるだろう。「スポーツ基本法ができて1年。その成果をチェックしたり、今後の課題を探るため大会に役員として参加もし、テレビで観戦しているのだ」と。基本法では、プロスポーツを含めスポーツ立国を目指すとうたっている。これまでの「振興」から、競技スポーツに力点をおくなど国家戦略として「立国」を目指す。この方針の下、この3月にできたスポーツ基本計画では、人材養成として

 「五輪金メダル獲得ランキングで夏季で5位以内、冬季で10位以内を目指す」

と具体的な目標もかかげている。

 5位以内なら、「金」は少なくとも15個は必要であり、10年後の達成を目指すとしてもかなり高い目標である。しかし、夏季5位以内というのは、かつて大日本帝国が一等国5か国に入っていたことを踏まえたものだろう。だから、目標として、これを引き下げるわけにはいかないのだ。

 栄光の金メダル一番乗りの女子柔道の松本選手に、その闘争本能丸出しの気迫とともに、思わず、よくやったと感動したりするのも、この高い目標の一里塚といいたいのだろう。「金」だ、「金」だ、(ランキングづけとは関係のない)「銀」など要らないという発想に基づくスポーツ関係者の考え方にも一理はあるように思う。

 だからこそ、五輪は、人類最強の人間は誰か、それはどこの国かを決める試合であり、誤審は絶対にあってはならないのだというわけだ。ビデオ判定もそのためであり、当然だ。

 異例中の異例だった男子柔道(66キロ級)の準々決勝の海老沼選手と韓国選手の旗判定にも、勝ったには勝ったが、ハラハラどきどきだった。主審、副審の3審判員のほかにも、場外に、もっとえらい審判員を審判する審判委員、ジュリーというのがいることは、当を得ているというのも、スポーツ関係者としては無理からぬ論理ではあろう。

 しかし、間近にいる審判員、それも3人もいて、最終判定に事実上、当事者能力がないというのは、どう考えてもおかしい。「私がルールブックだ」と審判員の権威を守ったかつての審判員の心意気はどこへ行ったのか。畳の上よりも、その場外にいる、それも一人の人が試合判定を〝助言〟という形で最終的に決めるというなら、審判員の権威どころか、審判員そのものが要らないという論理にまでなりそうだ。日本はジュリーがいて助かったとはいえ、この制度は狂っているとしか言いようがない。審判員は進行係ではない。

  そんなこんなを見終って、ふと、思った。これらを要するに、今時の五輪とは一体何なのだろうかと。そして、私たちはロンドン五輪で何を観戦しているのだろうかと。

 どこの国の国民も、自分たちの国は、身体的にも、文化的にも、すばらしいと考えたがるし、考える。ただ、それを目に見える形で、しかも、客観的に、そして明確にランキングする方法がほしい。

 あけすけに、はっきりと言えば、

 五輪とは、金メダル獲得個数という客観的な尺度で、4年に一度改訂される上等国ランキングの順位決定大会

なのだ。

 つまり、五輪とはスポーツ版ノーベル賞授賞式

なのだ。だから、ノーベル賞の場合同様、ルールや選考は厳格を極める。私たちはロンドン五輪で、この授賞式を見ている。

 国際オリンピック委員会とは、ノーベル委員会同様、その権威ある認証機関なのだ。だから、個別種目の、それも個人の闘いである世界選手権大会には関心はなくとも五輪には関心が集まる。五輪ランキングの発想は、自然系ノーベル賞受賞者数による国別ランキングと同じであり、ともに国籍が特に問題になる。だから、隣国同士は近親憎悪もあって、金メダル争いが熾烈になる。

 だから、スポーツには、五輪憲章がいうように、国境はないのだが、その金メダルには国籍が必ずついて回る。無国籍金メダルなんてナンセンスなのだ。こう考えれば、金、銀、銅のメダルを贈る表彰台では、金メダルをとった国の国歌だけが流れるのも当然だろう。

 だから、「銀」メダルは要らないという発想にもつながる。だから、スポーツにも、日本は今後50年で自然系受賞者30人輩出という数値目標を10年前からかかげた科学技術基本計画とまったく同じ発想で、「金」による数値目標が今年から導入されたのだ。

 だから、ノーベル賞の場合同様、金メダリストとそうではなかった五輪出場者とはある意味、今まで以上の差別ともいえるような扱いを受ける。基本計画策定で、このことが今後ますます浮き彫りになるだろう。

 五輪は、もはや景気浮揚策でも、ビジネスでも、ましてや「肉体と意志と知性を全体として結合させる人生哲学」(憲章・根本原則)なんかではない( 注記3 )。

  注記

 このことは、バドミントンだけではない。

 サッカー女子、なでしこジャパンが決勝トーナメント進出をかけた予選リーグ最終戦、対南ア戦でもみられた。0対0で引き分けた試合である。引き分ければ、決勝トーナメントに出場できるだけではなく、日本にとって強敵であるアメリカには決勝戦まで対戦しないという状況になる。勝てば、遠い試合会場に移動しなければならない。

 そんな中、

 佐々木監督は

 「この対南ア戦については、負けではならないが、勝つ必要はない。引き分けで十分。グループ2位でいい。だから、

 試合後半、選手にシュートを打つな

と指示した」

と、その時の苦渋の決断について五輪直後のNHK総合特別番組で語っている(2012年8月14日夜「涙と笑いのなでしこジャパン」)。

 ブログ子もこの試合を中継で見ていたが、無気力試合のようにも感じた。しかし、批判があることを覚悟した上での佐々木監督のぎりぎりの駆け引きであったと思う。

  注記2  ロンドン五輪「金」獲得数

 アメリカが「金」46個で第一位。第二位は38個の中国、第三位は29個のイギリス、第四位は24個のロシア、13個の韓国が第五位。

 第六位は「金」11個のドイツ。7個の金メダルを獲得した日本は、「金」7個のオーストラリアに次いで第十一位。

  注記3  最新イギリス事情

 こうした指摘に対して、きっと新聞社の論説委員のなかには、

 メダルなんか気にするな、のびのびと

という論説を書く御仁も出てくるだろうと思っていた。

 案の定、8月15日付朝日新聞朝刊の「記者有論」という欄で、西村欣也編集委員が

 日本と五輪 「メダル数にこだわりすぎだ」

と「金」、「金」と連日大騒ぎしている日本人の熱狂ぶりや、金メダル獲得数で世界第5位内を目指すとしている政府のやり口をたしなめていた。

 西村編集委員は、ロンドン五輪を現地で取材している。この欄では「金」、「金」と騒ぐようなことのなかったロンドン市民の成熟した応援態度に感心し、共感している。もっと日本はロンドン市民を見習うべきだといいたそうだ。

 そして、金メダル獲得に目の色を変えることをやめ、五輪招致に大金を注ぐぐらいなら、もっとその費用をお寒い状況の生涯スポーツの振興に回したらどうだと嘆いてみせていた。

 ところが、どっこい、イギリスだって、アテネ五輪後、ロンドン開催が決まった途端、大慌てで競技スポーツの強化にどんどん予算をつぎ込んでいるのだ。:深刻な経済不況の中、総額では日本の強化費用より1桁も多く毎年つぎ込んだという。

 その結果、イギリスはアテネ五輪では「金」9個で第10位だったのが、北京五輪を経て、今回「金」29個の第3位に大躍進。ロシアを上回った。この間、日本はアテネ五輪「金」16個の第5位から、今回「金」7個の第11位にまで転落。

 これが、今回の日本と同じ「金」7個ぐらいで終わっていたら、開催国としての責任問題で今ごろ、イギリス国内は大騒動だろう。

 ロンドン市民の成熟した応援態度は、あるいは学ぶべきではあろう。しかし、それもこれも、「金」29個の第3位という余裕のなせる業なのだということを忘れてはなるまい。上っ面を見てくるだけではなく、そのへんを踏み込んで現地でしっかりと見極めてきてほしかった。

 以上、少し大人気ない指摘で恐縮だが、現地に行ってきた編集委員というえらい人の「有論」にしては、あまりにお粗末なので、ついつい、たしなめたくなった。

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