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科学者の過失は問えるか            イタリアのラクイラ地震「安全宣言」裁判

(2012.08.19)  日本では地震に伴う福島原発事故で、東京電力の刑事責任(過失致傷罪)を問う福島市民の告訴が福島地検で受理された。今、イタリアでは、高名な複数の地震学者が過失致死罪にあたるとして訴えられている。予知が十分できたのに、あろうことか、起きないという「安全宣言」を出したからだというのだ( 補遺2 )。

 ローマ北東部のラクイラで起きたこの2009年3月の地震については、在野の地元地震学者が地震学的なデータ(地中のラドンガスの増減測定値)を示して具体的に予知し、しかも地元に警告していた。これが見事に的中したから、大騒ぎになったらしい。それでなくても群発地震に市民は不安をいだいていたのに、多くは「安全宣言」で一様にホッとして、家の中にいたら、予知どおり、大地震が起きた。しかも、このラクイラは歴史的にイタリアでも大地震がしばしば起きる地震地帯であったから、事は、科学者の不注意もはなはだしいと余計に問題化した。

 数か月前から数百回にものぼる群発地震が続いていた。しかも、民間とはいえ具体的なデータを示した予知警告もあった。なのに、よく検討もせず、当然払うべき注意義務を怠ったのは、予知はできないと思い込んでいた学者も、学者の見解をもとに安易に安全宣言を出した行政当局もけしからん、怠慢この上ないというわけだ。先日夜のBS1ドキュメンタリーWAVEでも取り上げられていた。

 前代未聞というよりも、国の安全宣言が外れたからといって、いくらなんでも過失で科学者を裁判に訴えるなんて無茶な話であり、ブログ子は何かの間違いではないかといろいろネット上を探してみた。ところが、なんと「ネイチャー」電子版(2011年9月14日号)も、

 http://www.nature.com/news/2011/110914/full/477264a.html

で、詳細に裁判での科学的な論争や問題点を取り上げていた。

 少し長かったが、読んでみた。読んでみて、事は最初に考えたほど単純なものではないことに気づいた。以下、ブログ子が気づいた3つの問題点を取り上げてみたい。

 一つは、いくら市民の動揺を抑えたいという善意からとはいえ、二者択一の安全宣言を出した国やそれに利用された、あるいは加担した科学者の対応は責められてしかるべきであるということ。現時点で科学的には、二者択一、つまり、できるともできないとも白黒はっきりしない地震予知について、どこをどう間違ったか、あえて二者択一した責任は重い。訴えた市民勝訴の可能性があるのではないか。少なくとも、門前払いのような全面敗訴はあり得ないだろう。

 二つ目は、民間の地震学者 (ジュリアーニ氏) の予知の根拠となるデータは、科学的に合理的な根拠があったこと。地震発生直前に、地中のラドンガスが増加するかどうかを検知するものであり、決していかがわしいものではない。

 地下の岩盤が破壊されるとき、ひずみからラドンが出ることはよく知られている。ラドンガスが巨大地震の発生前に、岩盤のひび割れから地表に出てくることは、今回の東日本大震災でも確認されている。地中から空に噴出した荷電ラドンガスが上空の電離層に変化を引き起こす。東日本大震災では、その様子を日本のGPS衛星ははっきりとらえていた。

 Image798 たとえば、この非地震学的な現象は、千葉大学の服部克巳教授が3次元上に再現している。大震災が起きる3日前ぐらいには東北三陸沖の上空には、岩盤のひずみから出てきたラドンガスが上空にたまり出し、電離層に影響を与えている。阪神大震災(1995年)でも同様だったという ( この件については、「週刊新潮」の「サイエンス宅配便」を担当する科学ライター、竹内薫氏の2012年8月9日号記事( 写真 )が参考になる )。

 地震の予知は、非地震学的な観測で、もしかすると可能かもしれない。予兆は、地下ではなく、上空にでる。そんな期待がふくらむ。

 イタリアの民間地震学者はこの方法を10年以上前から採用し、予知につなげていたらしい。しかし、この方法は、いまだ世界の地震学界では一部でしか有力視されていない。日本では、この方法を支持している大物地球物理学者に上田誠也学士院会員(東大名誉教授)がいる。

 そんな中で、裁判が起きた。いや、こういう状況だからこそ裁判が起きたのだろう。家族を失った市民はあきらめきれないのだ。予知などできない、今回たまたま的中しただけに過ぎないと、簡単には門前払いできない事情が裁判にはある。

  三番目は、逆に、巨大地震は予知できると言っていたはずなのに、今回の東日本大震災ではまったく不意打ちとなり、予測できなかった東北大などの地震予知研究者を、注意義務を怠った過失致死罪で裁判に訴えることはできるか、ということ。予知できると思っていたのは、私たち地震学者の根拠のない「思い込み」でした、意図的ではないにしろ結果的にウソをついたことになりすみませんでした、という風に倫理違反ですまされるか。

 日本の裁判では、刑法の過失致死傷罪が成立するためには、原因と結果に因果関係があることを具体的に証明することはもとより不可欠。その上で、原因の予見性があり、かつ、致死傷という結果を招かない回避策があったことを検察は具体的に証明する必要がある。十分予見できたのに、注意義務を怠ったがために回避できたはずの対応が取れず、多くの犠牲者が出た。それは科学者の重大な過失のせいである、と裁判所に納得させることができるかどうかである。

 こう言い換えてもいいだろう。イタリアの場合は、「安全宣言」という積極的な作為が問題になっている。これに対し、日本の場合は、できると言ったのに、何の注意情報も出さなかったという「不作為」が、倫理違反であるばかりか、刑法違反でもあるのかどうかという問題だ。

 医療過誤をめぐる薬害エイズ裁判では、この不作為が医師にも製薬企業にも問われた。一審の東京地裁判決では、予見性も回避性もあったとして医師でもあるエイズ研究者が有罪判決を受けている( 企業に対しても有罪判決が確定している )。

 こうなると、イタリアの裁判の行方次第では、つまり、訴えた市民のなんらかの主張が認められるなど勝訴すれば、日本でもウソをついたという倫理違反ではすまされないことになろう。日本の地震学者がこの裁判に少なからず注目しているのは、この恐れがあるからだ。

 Image1032 ラクイラ裁判の判決は、早ければ、この秋にも下されるという。久しぶりに科学裁判のあり方がクローズアップされており、また、東海地震の警戒宣言の出し方、あり方など社会に与える影響の大きいところから、注目したい ( 補遺 )。予想では、裁判所から、科学者たちへ何らかの警告メッセージが発せられるように思う。

  補遺

 地震発生時の速報「この地震による津波の心配はありません」という津波安全宣言の出し方にも、判決の結果次第では影響するだろう。

  補遺2

  2012年9月27日付朝日新聞には、続報として、科学者らに

 地震予測に失敗 禁固4年を求刑

という外電記事が出ている( 写真下 )。判決は今年中にも出されるというが、裁判官は、どういう判断をするか、注目したい。

 補遺2 2012.10.23

  驚くべきことだが、国(市民保護局)の防災委員会の科学者ら7人に対し、裁判所はこの検察の求刑を上回る

 執行猶予なしの禁固6年の実刑判決

を、10月23日に言い渡したと外電は伝えている。イタリアの有力紙も

 「驚くべき判決」

と、大見出しで伝えているらしい。もちろん、過失致死傷罪に問われた科学者たちは控訴。

 300人以上の犠牲者が出たのだから、という理由にしても、執行猶予がつかないのは、お国柄なのか。それとも、行政に対する市民の怒りがあまりに強すぎたのか。

 これでは、日本でも、東海地震などで警戒宣言は出せまい。出すこと自身はそれほど問題ではないが、いつかは解除しなければならないからだ。しかし、これが安全宣言となり、もし直後に地震が発生した場合、判定会の地震学者や、判定会の具申に基づいて警戒宣言解除を首相に進言した気象庁長官が、当然払うべき業務上の注意義務を怠ったとして、刑法の過失致死傷罪に問われかねない状況になる。

 この意味で、この控訴審に注目したい。

 補遺3  2012.10.30

  補遺2で、

 「これでは、日本でも、東海地震などで警戒宣言は出せまい」

と書いたが、だからなんだということは、書かなかった。

 この点について、10月29日付朝日新聞は、社説「地震と科学」で、このイタリアの事件を取り上げている。2012年10月の函館での日本地震学会の

 「地震予知は困難」

との学会としての統一見解もからめて、次のようにこの社説は締めくくっている。

 「政府と国会は、東海地震の予知を前提とした(現行の)大規模地震対策特別措置法の改廃を急がねばならない」

 正解であろう。問題は、イタリアの事件にとどまらないことを指摘した点で、大変に鋭い。

 また、「予知は困難」という見解は、15年前、すなわち、阪神大震災後の国の

 測地学審議会地震火山部会 

 「地震予知計画の実施状況等のレビュー(報告)」(1997年6月)

でも、すでに示されている。この見解は、それまでの30年間の総括をした上でまとめられたものであることを考えると、断層地震でも、またプレート型地震でも予知はきわめて困難というのが、現在の学問水準での結論であろう。

 この上に立つならば、特別措置法の前提が崩れたことを意味するものであり、見直しを急がなければ、かえって危険ということになろう。

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