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楽譜が読めるジャーナリスト 吉田秀和氏のこと

(2012.07.24)  NHK総合の「クローズアップ現代」を見ていたら

 「自分の考えはあるか」

と題して、今春亡くなった音楽評論家、吉田秀和氏を取り上げていた。この問いかけは、世相に流されない、回りにこびないで、自分できちんと分析した自分の考えがあるかという意味で、吉田さんの音楽評論の根本姿勢だった。

 Image7663 しかし、あまりにも番組に登場する識者が誰も彼も吉田氏をほめちぎる饒舌さにうんざりした。内容はほとんどない。ひとりぐらい、くそみそにこき下ろす識者があれば、吉田氏もさぞ喜んだにちがいない。それがない。女性キャスターもそんな話はもういいから、もう少しきちんとした話をしてほしいとばかり、話題を変えようとするのだが、饒舌さがとまらないのに閉口していた。

 ブログ子も、ヒマだねだし、ブログ子にクラシックがわかるはずもないし、チャンネルを切り替えようとした。

 そして、ふと、思った。吉田氏をほめちぎる識者たちには、自分の考えなどないのだと。受け売りなのだ。だから、饒舌でごまかしているのだと。

 晩年の吉田氏の講演を一度、金沢市文化ホールで聞いたことがある。文章で言えば、原稿は原稿用紙に万年筆で書く。楽譜を見ながら書く。五線譜に音符を書き込みながら書く。それも、ゆっくり、じっくり考えて、手直しする。そんなような、言ってみれば、

 言葉で奏でる音楽

のような講演だった。

 あの有名なピアニスト、ホロビッツの晩年の来日公演を「ひびの入った骨董品」、それもいく筋ものとこき下ろしたことで有名な吉田さんは、世論や世相にこびない、また権威や権力にもこびない独行道の人だったように思う。

 そして、また、ふと思った。吉田さんは、果たして音楽評論家だったのだろうかと。

 違うと思う。音楽で世の中を批評し、批判し続けた

 楽譜が読めるジャーナリスト

だったのではないか。だから、吉田さんの自宅には、クラシックファンなら当然備えているはずの高価なステレオなどない。ステレオではなく、楽譜なのだ。世の中なのだ。このほうが、ずっと吉田さんの人生を的確に言い当てていると思う。

 文化勲章なんかもらわなかったら、もっと、その人生の真骨頂は輝いたであろう。これが惜しまれる。

 こんなことをいったら、地獄か天国にいる吉田さんはどう言うだろうか。きっと、こういうだろう。

 「君には、自分の考えがある」

とはにかみながら、微笑んでくれるだろう。

 そんなことを考えながら、好きな新井満が詩をもとに作詞・作曲した

 CD「千の風になって」

を深夜聞き続けた。そして、やがて、ブログ子も、千の風になってあの星空にひとり帰っていくのだと、気づかせてくれた、ある意味、すぐれた番組だったように思う。

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