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人は、知能機械よりも人間らしくなれるか ?

(2012.07.16)  この表題の質問に対する答えとして、少なくとも勝ち負けのルールがはっきりしている世界ではもはや、

 人は、知能機械よりも人間らしくなれない

といえるだろう。つまり、人間の知能には、知能機械には乗り越えられない何か、たとえば将棋でいえば大局観といった高度で高次な判断という人間だけが持つと信じたい何かというものはもはやない。将棋ソフトにもちゃんと大局観はある。

 そんなことを考えさせたのが、今年1月に開催された人間対コンピューターソフトとの公開対局(第1回将棋電王戦)。

 名人経験者の米長邦雄永世棋聖 対 将棋ソフト・ボンクラーズ(開発者=保木邦仁氏)

である。米長氏は現役を引退して長いとはいえ、名人位経験者であり、その人間味ある持ち味は多くの将棋ファンに親しまれている。その米長氏が、この対局で、中盤以降に逆転され、大敗する。一方、ソフト開発者、保木氏は将棋については、ルールを知っている程度で、将棋については、定石などもほとんど知らないのに等しいというから驚く。

 米長さんは、最近、その敗戦記

 『われ敗れたり コンピュータ棋戦のすべてを語る』(中央公論新社)

で、なぜ勝てなかったのか、その敗因の冷静な分析を披瀝している。たかが遊びと侮り、奇手で相手のコンピューターを混乱させようというのではもはや勝てない。あえていえば、大略、常に最善手を指すという勝負師の執念が欠けていたことが敗因と結論づけている。

 対局後の感想で、米長さんは受けの天才「大山康晴永世名人と対局しているような感じだった」と語って、ソフト開発者を大いに恐縮させていたように記憶する。

 5年前2007年には、現役の渡辺明竜王 対 ボナンザ( ボンクラーズの前身)

という対局があった。

  61uytyis3l__sl100__3 それまでの駒落ち対局から、本格的な平手戦の人間対コンピューター戦のはじまりだ。中盤の攻め合いから寄せの段階で、あわや竜王の負けかというきわどい局面もあった。しかし、攻めか守りかという最後の終盤では駒得よりも「歩のない将棋は負け将棋」という大局観に対する竜王の読みが功を奏し、竜王が勝ちを確実なものにした。

 この様子は、先日深夜、BS-アーカイブスで「運命の一手」と題して再放送されていた。

 それほどにこの10年で将棋ソフトは進化しており、人間の知能に近づいている

ということだろう。つまり、勝ち負けの規則があるゲームの世界では、人間らしい人間味も、人間くさいドロドロした人間ドラマも、人の体力の限界うんぬんも、いかにも人間らしい神経戦も、もはや勝ち負けには関係がなくなりつつある。

 これからの将棋電王戦(人間対コンピューターの対局)では、人は、知能機械よりも人間らしくなれない。それでは負ける。いかにその時、その時で最善手を指すか。冷酷で、非情の勝負師に徹することができるかどうか。それが勝負の分かれ目となる世界がそこにあるだけだ。

 1612年、徳川家康によって大橋宗桂というプロ棋士が誕生してちょうど400年、世襲の家元制度から実力名人制度を経て、今や将棋は、一流棋士の実力を超えようとしている。

 そして、今、将棋の世界に、世襲制、実力制に次ぐ、電脳制とも言うべき冷徹な第3の波

が押し寄せている。

  このことを超一流の米長さんは、私たちに体を張って、証明してくれたように思う。その意味で、価値のある、そして勇気のある『われ敗れたり』だったと思う。

 そんな思いで、つまり、それでは人間らしさの尺度とは何か、機械に思考は可能かについて突き詰めた体験ノンフィクションである最近の

 『機械より人間らしくなれるか』(ブライアン・クリスチャン、草思社)

を読んだ。哲学的な表現では、人間とは何か、ということになる。

 この本では、ルールのある勝ち負けではなく、人間らしさの判定材料が

 いわゆるチャット会話

である。「最も人間らしい機械」とは何かを競う、人工知能の世界的な競技大会を通じて、そのこたえを体験的に論じたものといえる。著者のクリスチャンさんは、「最も人間らしい機械」を狙う人工知能とは逆に、

 「最も人間らしい人間」賞

を狙ったという。それが、クリスチャンさんの著作のタイトルになっているというわけだ。この本を読むと、

 いつか、人間以上に人間らしい人工知能が現れるのではないか

という気持ちになる。あらためて、

 人間とは何か、人工知能にはない人間独自のものとは、具体的に何か、

を問わずにはいられなかった。そんなものはない。そういったら、言い過ぎであろうか。

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