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源氏絵 時代の価値観を映し出す絵鏡

(2012.07.29)  理系出身のブログ子は、とかく西欧に目を向けたがり、また、ありがたがるくせがある。国学の祖とも言われる賀茂真淵記念館(浜松市)の近くの高台に暮らしているのだから、もっと国学に関心を持たなければなるまいと決心。で、一転、この夏、何も知らないで、同館アカデミーの

 源氏物語の絵画化 その歴史と研究の視点

というのを受講し始めた。先日の初回講座では、地元の大学、静岡文化芸術大学の教授がさまざまな源氏絵をスライドで紹介してくれた ( 写真 )。

Image772_2  「源氏物語絵巻」のように、源氏物語を絵画化したものを「源氏絵」というらしい。驚いたのは、描かれた媒体には、絵巻ものだけでなく、冊子あり、扇面あり、色紙あり、掛け軸あり、大きなものでは屏風あり、ふすまありとさまさままな形態が使われていたことだ。源氏絵は、なんとなく絵巻ものだけだと思っていたので、次々とスライドで紹介されるのを見て、びっくりした。

 学問や研究は、まず、分類することから始まる。これは理系でも文系でも同じだ。そこで、ふと、思った。この媒体(メディア)の多様性は、一体何を意味するのだろうかと。多様性は、貴族のみならず、広く日本人の精神文化の形成と無縁ではないだろうと。

 講座を聞きながら、研究の視点として

 第一に、源氏物語のどの場面を絵画化するかという「選択の視点」からの研究がある。場面選択は時代により変化しているという。

  第二に、選択された場面をどのように絵画化するかという「絵画化の視点」からの研究。言葉から絵に移しかえる時のパトロンの注文や絵師の手法にどんな時代の変化があるのかということだろう。

 第三に、そうした描かれ方(図様)がどのように時代とともに継承されたり、またはこれまでとは違った新しい描かれ方をしてきたかという「継承の視点」からの研究

-の3つの側面があるらしいことがわかった。

 源氏絵の媒体の多様性を念頭に置きながら、この三つの視点から、源氏絵とは何か、ということが、おぼろげながらわかった。それは、

 源氏絵とは、それぞれの時代の価値観や美意識を映し出す絵鏡

なのだ。だから、時代とともに場面選択は変化する。絵画化されること自体、一般化を象徴する。価値観の普及に役立つし、また共有の道具なのだ。継承の視点とは、時代精神の変化を調べる道具として源氏物語を利用していることになる。

 となると、源氏絵は、単なるそえものの「さし絵」ではない。「源氏物語」に仮託して、つまり、その時代の人々が源氏物語をどう読んでいるかということを通じて、日本人の精神文化の変遷の研究をするのが、源氏絵研究なのではないか。そこに美術史にはとどまらない研究の広さを感じた。源氏物語という価値観を基準尺度に設定した、「やまと心」の分析研究といってもいいだろう( 注記 )。

 浮世絵の中には、その一部に源氏絵が描かれたものがあるそうだが、それは価値観の共有が、江戸時代には、貴族・武士階級だけでなく、一般庶民にまで普及した証左でもあろう。そう考えると、「国宝 源氏物語」は、12世紀前半の貴族階級・武士階級の美意識や価値観を表現したものであり、浮世絵の中の源氏絵は、基準尺度を同じにした場合の江戸時代の価値観の表現なのだ。単に媒体がカラーの浮世絵になったのではない。

 Image787_4 その意味で、文明開化の明治期の源氏絵は、明治人の時代精神が急激に変化したことに伴い、「継承の視点」だけでなく、絵画化の視点からも場面選択の視点からも、きっと劇的に変化しているはずだ。

 そして今、科学や技術が劇的に発達した時代、源氏絵が描かれるとすれば、これまた劇的に変化するはずである。絵画化の視点から、単に絵が、3DやCGになるだけではなく、場面選択の視点からも大きな変化がみられるだろうと予測される。

 これからの講座が楽しみだが、講師先生推薦の

 『週刊 絵巻で楽しむ源氏物語 五十四帖』(朝日新聞出版、刊行中。写真 )

の初心者向けの解説(稲本万里子教授)

 源氏絵とは何か ?

には、こうした分析はない (創刊号)。ばかりか、解説表題の源氏絵とは何かにすらきちんと定義し、はっきりとはこたえていないのは残念だった。曰く

 「したがって、源氏絵とは、日本美術の新たな側面を照らす、大きな流れを形づくる絵画なのである」

と、冒頭、意味不明な言葉でごまかしてしまっている ( 失礼 )。本文中には、なぜ側面を照らすのか、なぜ大きな流れを形づくるのか、具体的な説明はない。絵師の流派など、いかにも専門家らしいこまごまとした話に終始している。

 解説の最後は

 「それぞれの画風の違いを味わうとともに、日本の一流の絵師たちが連綿と描き続けてきた源氏絵のすばらしさを堪能していただきたい」

と結んでいる。あえて言えば、美術史的な視点ばかりが目立ち、やまと心の変遷とも言うべき文化史的な視点が解説に欠落している。源氏絵が連綿と描かれてきた社会的な意味は何か、またなぜ、さまざまな媒体で描かれてきたのか、媒体は違ってもその時代の共通点は何か、ズバリ解説してほしかった。

 初心者が源氏絵を見る場合のそうした視点を提示できれば、それこそ「日本美術の新たな側面を照らす」であろうし、源氏絵の見方も俄然奥深くなるだろう。

  源氏絵には、言詞も含めて、「国宝 源氏物語」とは別の独自の世界がある。単なる挿絵ではない。初回の講座からそんなことを学んだ。

 (以下に、注記2として、まとめ的な後日談)。

  注記 源氏絵とは何か

 古典「源氏物語」を手軽に楽しむための源氏絵ならば、必ずしも「源氏物語」を読む必要はないだろう。源氏絵に描かれた世界がそのまま源氏物語だと思えばいいからだ。

 しかし、源氏絵とは何か、ブログ子のこの仮説が正しいかどうかということになると、源氏絵が「源氏物語」とは別世界であるとはいえ、価値基準の尺度、つまり「源氏物語」を、せめて現代語訳ででも読んでおくことが不可欠だろう。源氏物語という最初の〝文字鏡〟が、その後、絵鏡としてどう映し出されてきたか、そのズレを計る必要があるからだ。当然だが、できれば原文で読んでおくことが一番いい。

 そんな思いで、ブログ子は、今、『円地文子訳 源氏物語』(全10巻、新潮社版)を読み始めている。

 ● 注記2  まとめ的な後日談 2013年1月28日

 このアカデミーの最終回の6回目は、

 源氏絵はなぜ描かれたのか

というものだった。あるいは、描かれ続けたのかということでもある。

 講義では、直接、明確な答えはなかったようだが、講義を聞いた感想から言えば、

 それは、源氏絵とは何か

ということにこたえることであり、次のようなことではないかと思う。

 つまり、第一は、

 当然だが、注文主が、長大なブランド作品『源氏物語』を手軽に楽しむために

描かれたのであろう。

 描かれ続けた理由としては、

 源氏絵というのは、その第一の目的を離れて、

 所有者や発注者の教養の程度を示すため、見せ付けるために

描かれたのであろう。男の教養の場合は、襖絵などに、女の場合は婚礼調度品などに。それらは、教養をそれとなく見せ付けるためにはうってつけのしつらえだからである。雅びの場面でもあるから、教養を示すにはもってこいなのである。

 以上が、美術史的にみた場合だが、価値観の伴う文化史としてみれば、これは結果として、

 源氏絵とは、「源氏物語」というブランド作品を統一基準にしたその時代、その時代の価値観、美意識を表現した絵鏡

ということになる。この場合、美意識、価値観というのは「場面選択」で表現されているというわけだ。ここから、当時、何に価値を置いていたかがわかるという按配だ。

 そうすると、価値観を表現したのが絵鏡なのだから、それがどのような図様であるかということ(しつらえ)は、およそ関係がない。だから、扇絵あり、襖絵あり、画帳ありとバラエティに富んでいるのはむしろ当然なのだ。

 もし、この解釈(あるいは仮説)が正しいとすると、源氏絵はそもそも、それとなく見せ付けるためのものだから、

  人に見せつけることを目的にしない源氏絵は存在しないか、ごく限られている

ということが予測される。この予測は正しいか。

 この点について、講師の先生(片桐弥生先生)も、大筋では予測はいいのではないかとの解答であった。

 また、もし、この仮説が正しいとするならば、「宇治十帖」のような心の内面を見つめるような場面選択を、ことさらに源氏絵にしたものは、存在しないか、または、ごく限られているはずだ

ということが予測される。というのは、内省的な宗教と教養を見せ付けるという行為とは相容れないからだ。この点でも、おおむね、正しいらしい。

 さらに、もう一つ、源氏絵が時代の価値観を映し出す絵鏡だとすると、

 たとえば、明治、あるいは昭和戦前から大きく価値観の変わった戦後の源氏絵は、おどろくほど「場面選択」が従来とは、図様はもちろん、内容も大きく異なっているはずだ

とも予想される。講義の最後の質問時間でも話が出たが、

 1980年代に連載された源氏物語の漫画化の代表、

 大和和紀『あさきゆめみし』(単行本は全13巻)

は、ブログ子はこの漫画をまったく知らないのだが、まさにこの予想がおおよそ正しいという。

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