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諸行無常 盛者必衰 平家琵琶を聴く

  (2012.06.17)  Image649 少し大げさに言えば、もののあわれを感じることのできた「語りの会」だったと思う。

 この半年間で吉川英治さんの『新・平家物語』全8巻を読破したということもあり、平家琵琶が聴けるというので、浜松市楽器博物館に出かけた。

 前田流平家詞曲相伝の鈴木まどかさんと、同じく同相伝の古川久美子さんの弾き語りに、800年前のいにしえに遊ぶことができた( 写真= 鈴木まどかさん。浜松市楽器博物館)。平家詞曲とは、『平家物語』の詞(ことば)に曲節をつけて語ることをいう。曲節の前奏として平家琵琶を弾くのである。

 具体的には、浜松にもゆかりのある「鵺(ぬえ)」(源頼政)、一門都落ち(平時忠)、義仲追討の源義経軍の橋合戦「宇治川」、一の谷で捕らえられた平重衡の東海道下り「海道下り」(池田宿)だった。いずれも『新・平家物語』に詳しく出てくる場面であるだけに、ブログ子としては、わかりやすかった。

 同じ琵琶といっても、雅楽の楽琵琶のような雅さも、琵琶に似た三味線のような勢いというのもない。あくまでもゆるゆるとした単調すぎる追悼音楽のようだった。まるで能を音楽にしたようなコンサートだった。上質な哀調とはこういうものかと感心した。

 節回しの音域は高いと低い、スピードははやいとゆっくりのそれぞれ二段階の語りなのだ。まあ、平たく言えば、浄土真宗のお経をごくごくゆっくり抑揚を少しつけてあげているような感じだったといえばいいか。ともに追悼だからか、共通するところがある。

   ちょっと驚いたのは、この追悼音楽、江戸時代の将軍死去のときの式楽だと解説されたことだった。徳川将軍の正式な儀式のときに演奏される式楽。源氏の流れであるはずの代々の徳川将軍家の式楽が、平家物語の平家琵琶があるとは知らなかった。 

  会場には、予想に反して、200人くらいの大勢の観客がいた。欲をいえば、たとえば、この一割、20人くらいが、京都洛北の狭い庵の和室に集まり、静かに語りを聴けば、しみじみと心の奥底からはかなくも無常な感情が、もっと湧き出てきたであろうと思った。平家琵琶の語りの上質な哀調とはそんなところにあるような気がした。

 それはともかく、入梅前の風流な一日だった。たまには、のんびり、こんな一日もいいものだ。

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