« 進化に「動」と「静」  現代「ファーブル昆虫記」 | トップページ | 拝啓 日本地震学会様 改革決意に具体性を »

現代の進化学 分子レベルでは「中立説」

(2012.06.13)  集団遺伝学を取り込んだネオ・ダーウィニズムもふくめてダーウィン進化論は、最近の分子レベルの研究から、ずいぶん分が悪くなっている。

 「種は変化する」というダーウィンの卓見は依然ゆるぎないが、種の変化はコツコツと遺伝的な変異を親から子へ蓄積していった結果だという論の土台となる考え方の漸進主義や、そのほか、たとえば進化論の核心 = 種の分化の仕組み、個体の形態変化の分子レベルの機構などの点でこの進化論の総合説が、理論的な整合性により、1960年代のように進化論の分野に君臨していられた時代は、今や完全に終焉したと言えそうだ。DNA本体の解明が急速に進んだ威力だろう。

 このことの一例を、前回のDNA版「ファーブル昆虫記」で紹介した。それでは、ダーウィン進化論はどのようなものと置き換わろうとしているのだろうか。

 進化論だって進化する。そう考えれば、いまだ包括的な理論、ないしは指導原理はないのも不思議なことではない。しかし、その進化の方向はみえてきており、分子レベルの進化論のパラダイム転換がすでに始まっている。1970年代の世界的な論争を経て、1980年代にほぼ確立した

 分子進化の中立説(論)

である。突然変異は、自然淘汰で(最)適者として生き残れるという意味で個体の生存に有利なものが生き残り、進化に寄与する。しかし、そうではない突然変異はすべて生存に不利であり、何代にもわたって生き残れず、したがって、進化には寄与しないという、ダーウィン以来の暗黙の前提が正しいのか、どうか。日本の木村資生氏が打ち立てた中立説(1968年)の出発点は、ターウィン進化論のこの暗黙の前提を吟味することから始まった。

   この吟味をするために、木村氏は、1968年論文で、分子レベルの進化速度、つまりほ乳類などの生物で実際に起きている突然変異の世代あたりの推定値と、細胞分裂に伴うDNA複製時の複製エラーとしての理論的な突然変異の世代あたりの発生割合を比較した。その結果、理論値の割合が、圧倒的に(2、3桁も)大きいことがわかった。このことから、

 「塩基配列によってひきおこされた突然変異の大部分は、淘汰をほとんど受けない中立なもの」

との結論に達した。言い換えれば、先の暗黙の前提は崩れた。むしろ、生物体内で実際に進化に寄与する突然変異のほとんど大部分は、その個体の生存に有利でも、不利でもない、いわば沈黙の突然変異なのだ。

 言われてみれば、明解で単純な指摘だが、集団遺伝学に精通し、しかも、1960年代という勃興期の分子生物学の成果をいち早く貪欲に取り入れた40代半ばの木村氏だったからこそ到達できた成果だろう。

 注意すべきは、上記の木村氏の結論は、分子レベルの進化速度という測定可能な観察データを土台にして、それと整合性のとれる数学理論として中立説を導き出している点だ。したがって、これを否定することは容易ではないばかりか、観察に基づいた理論であるだけに、理論の適否の指標でもある未知の物理量を予測し、観察データと比較すらできる。予測値から観察値を調べてみると、予測通りだった例もある。集団遺伝学のように繁殖率など、パラメーター依存が不要になったのだ。

 木村氏は、その著『生物進化を考える』(岩波新書、1988年)で「中立説は決してダーウィンの自然淘汰説(そのそもの)を否定するものではない」と書いている。その淘汰の働きが大きく変わり、有利な突然変異を持つ(最)適者が生き残るのではなく、遺伝的な浮動とい偶然、つまり(最も)運のいいものが生き残るというわけだ。自然淘汰はダーウィンの「適者生存」から中立説の「幸運者生存」にパラダイムがシフトしたといえるだろう。

 Image629 ここに、進化論が、いまだ包括的な指導原理はないものの、総合説を乗りこえ、真の意味で科学の分野として歩み出したといえるだろう。この意味で、中立説というより、今では中立進化論、あるいは中立進化学というべきかもしれない。

 大きな成果として一例を挙げておく。

 この中立進化論(たとえば、木村氏の1990年論文「進化の緩急」)によると、種の個体群のなかに有利でも不利でもない突然変異が大量に蓄積される静かな時期と、環境の激変によって、その蓄積された突然変異が一気に自然淘汰にかかる時期とがある( 注記2 )。

   この予測は、12年後の2002年に、前回のこのブログで書いたように、大澤氏のオサムシ分子系統樹の研究で大筋でその通りであることがわかった( 注記 )。

  木村氏の偉大さは、卓抜な研究論文(1968年Nature論文)そのものもさることながら、自分の説を最終的にきちんと整理して、世界に向けて、あるいは後身に向けて残し、一般の読者、社会にも学問の進展と成果をわかりやすく還元したことであると指摘しておきたい。

  具体的には、まず、『分子進化の中立説』(英文版、1983年)で、その成果を体系化し、世界の研究者に引渡し、日本国内については、大学院生など若き後身に向けて、その翻訳(1986年)を出版し、便宜を図った。同時に、一般の人々にも中立説のポイント解説した「生物進化を考える』(岩波新書、1988年)を上梓し、提唱者としての責任を果たしている( 写真 )。

  後身を育てるという意味では、所属していた国立遺伝学研究所(静岡県三島市)を世界の三大研究所にまで育て上げ、若い人材を継続的に輩出させる仕組みを、遺伝研に入所した戦後間もないとろから一貫して心掛けていたことを挙げておきたい。いまや、

 遺伝研は世界のミシマ

と言っていい存在になっている。ここに、ダーウィンもできなかった人材育成に心血を注いだ木村氏の真骨頂があったと思う。国立遺伝学研究所の斎藤成也教授(遺伝学)の『自然淘汰論から中立進化論へ』(写真= 右。NTT出版、2009年)はそうした継承の好例だろう。

 1994年、70歳で不慮の事故で亡くなったが、もう少し長生きしていれば、あるいはノーベル賞にも手が届いていたことだろう。

   注記

  前回のブログの大澤省三氏のオサムシ分子系統樹の結果のところでも述べたが、種は変わるべきときがきたら個体は一斉に変わるという、正統派学界からはほとんど無視された今西進化論の根幹とも合致することに注目したい。

  注記2

    詳しくは、『自然淘汰論から中立進化論へ』(斎藤成也、NTT出版、2009年)の第8章21世紀における中立進化論参照。中立進化の本来の定義は、機能が変化しないのではなく、(機能が変化しても、それが)自然淘汰を受けないということであるとして、表現型を含む大規模な進化の起こる仕組みを、中立論をもとに木村氏が提唱した4段階仮説でやや詳しく説明、紹介している(具体的には、同書p163以下)。 

|

« 進化に「動」と「静」  現代「ファーブル昆虫記」 | トップページ | 拝啓 日本地震学会様 改革決意に具体性を »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/54951560

この記事へのトラックバック一覧です: 現代の進化学 分子レベルでは「中立説」:

« 進化に「動」と「静」  現代「ファーブル昆虫記」 | トップページ | 拝啓 日本地震学会様 改革決意に具体性を »