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柳田邦男さんの嘆きと怒り

(2012.05.30)  久しぶりに、示唆に富む論考に出合った。5月28日付毎日新聞に、ノンフィクション作家の柳田邦男さんが連載「深呼吸」で

 「人間の災厄」捉えない貧困

と題して、どうして東日本大震災の全体像を政府として総合調査をしないのか、と嘆き、その組織づくりを強い調子で訴えている。まさに正鵠を射るとはこのことだ。

 論旨はざっとこんな風である。

 かつては災害の全体像を国として記録し、教訓を後世に伝えようとする文化があったと指摘。その上で

 「だが、日本という国に戦後最大の危機をもたらした3・11東日本大震災と原発事故について、国家として災害の全体像を把握し、被害者の苦悩をとらえる総合調査の取り組みの体制が計画されないのは、なぜなのか」

と怒りをあらわにする。今こそ、その組織と文化づくりをはじめるべきだと主張している。

 柳田さんは、戦後間もない頃でも、台風被害など大きな災厄について調査されてきたことを具体的に指摘している。

 柳田さんは触れていないが、ブログ子の手元にも、戦前の未曾有の災厄、関東大震災については、

 内務省社会局編 『大正震災志』 全4巻 ( 写真 )

という公式記録がある。

 この震災では、今回の大震災の約5倍、10万人以上の犠牲者を出したが、Image576 社会的、経済的な被害の調査報告(内編)であるばかりでなく、政府機関と地方自治体とが救護などをどのように連携、対応したのか、府県別に記録している(外編)。被害状況を記録した写真帳はもちろん、地図上に被害状況を県ごとにわかりやすく色刷りで図示している付図編もある。警察、消防の出動配置図、軍隊の、たとえば軍艦ごとの出動状況も一覧にしてあるなど、危機管理の公式記録でもあることがわかる。

 このような詳細がきちんとまとめられているのに、驚くべきことに、震災(大正12年9月 = 1923年)からわずか2年半後の大正15年2月には公刊されている。一応の復興までに7年ほどかかった大震災なのに、そのすばやさは見事である(昭和5年= 1930年、復興祭の開催)。柳田さんのいう教訓を後世に残すのが政府の責務であるとの文化が根付いていたからであろう。

 今からでも遅くはない。原発事故はもちろん、津波など被災状況の正確な記録が散逸しないよう、被災者の記憶が薄れないよう、政府はきちんとした態勢を早急に整えるべきである。

   補遺   近刊『大正大震災 忘却された断層』

  1923年の大地震は、関東大震災という言い方が一般的である。たとえば、吉村昭のノンフィクション『関東大震災』(文春文庫、1977年)などである。震源地を地震の名称にするというわけだ。

 ところが、最近、そうではなく、明治と区別して、あえて「大正大震災」と呼ぶことで、社会的、文化的に、その地震の意義がみえてくるものがありはしないか。そんな問題意識で書かれた本が最近出版された。

 『大正大震災 忘却された断層』(尾原宏之、白水社)

である。たとえば、大阪遷都の絶好の機会だった可能性。しかし、それがなぜ実現しなかったのか。その時代の背景が見えてこないか。

 大正大震災と呼ぶことで、どんな別の可能性が見えてくるのか。着眼点の見事さに感心した。

  今回の大震災を3.11大震災、あるいは東日本大震災と何気なく言ってはいるが、阪神淡路大震災に次ぐで起きた大震災であり、被害規模では戦後最悪の震災として、さらに、あわや首都圏3000万人が避難しなければならないという「破滅寸前の瀬戸際までいった」(当時の首相、菅直人氏の証言)という意味で、

 平成原発大震災

と呼んでみてはどうか。気象庁の命名はいざ知らず、今回の震災の核心は、大津波の東日本ではなく、原発事故だ。福島第一原発事故をきっかけにして、次々と付近の原発が人間による制御が不能におちいり、その結果、首都圏が破滅の危機に瀕した。こう考えれば、この命名で、文化的、社会的な時代背景が見えてくる。

 つまり、戦争の昭和時代が終わり、日本は平和な時代を謳歌するようになった。これに対し、たとえ日本が戦争を放棄したとしても、科学・技術の過信は、日本の破滅をも引き起こすという神様からの警告の災厄だったといえまいか。(2012.06.17)

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