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千載一遇、5分間くっきりの浜松 静岡県839年ぶりの金環食

(2012.05.21)  この瞬間ほど、天気予報が外れてくれてよかったと思ったことはなかった。早朝の日食、浜松ではリング状の金環食が、くっきり5分間も見ることができた。全国でも屈指の長く楽しめた現象だろう。中区佐鳴台のわが家のベランダから見たのだが、ブログ子の暮らす静岡県内にとっては839年ぶりの金環日食らしい。とすれば、平安時代の末期に活躍した平清盛の晩年以来の珍しい現象ということになる。

 それも、もし金環食が30分早く始まれば、雲に妨げられてまったく見えなかったはずだ。そして、また30分遅く始まっても、これまた雲に邪魔されてダメだった。雲を通して、わずかにぼんやりとしか眺められなかっただろう。まさに

 幸運の1時間

だったと思う。

 太陽の右上(南東)から左下に欠け始め、ついにリングとなった。その後5分の間、いつもは、屋根などにとまってじっとしているカラスたちが盛んに鳴きながら、飛び回っていたのが強く印象に残った。それほどいつもより暗くなったとは思えなかったのに、リング食中、いかにも異変を体で感じているかのようだった。

   子どもたちに特に読んでほしいとして、この金環日食を取り上げた中日新聞社説(5月18日付)は、「千年に一度の朝だから」の主見出しの下、冒頭、

 「想像してごらん。今から九百三十二年も前の平安時代、天空に突如現れた金のリングを見た人たちの驚きを。」

と書いている。皆既日食から想像して、こう書いたのだろう。しかし、おそらく、驚くどころか、まだまだまぶしすぎて欠けていることすらまったく気づかなかったであろう。社説を書くえらい論説委員ですら間違うほど、地域を特定した場合、珍しい現象であることの証拠かもしれない。

  次回の金環日食は、今回同様3大都市を含む広い地域で楽しめるのは300年後の2312年だという。そんな広い地域ではなく東海地方で見ることができるという条件でも29年後の2041年後らしい。ブログ子の人生では、今回が最初で、そして東海地方を飛び出さない限り、最後の金環食となりそうだ。その意味で、今回の日食は

 単なる幸運というよりも、もっとありがたい「僥倖の1時間」

と思いたい。

 最後に、ただ、ひとつ気になったのは、この天体ショウ、学問的にどんな意味があるのかという点がほとんど紹介されなかったことだ( 注記 )。もはや現代では学問的な意味などがないということだろうか。単なるショウ、単なるビジネスチャンスでは科学と社会に興味を持つブログ子としては、いかにもさびしい。

 今起きているらしい太陽異変への関心を呼び起こす機会と結び付けられなかったか。異変が事実とすれば、先日のこのブログでも紹介したように、地球は温暖化ではなく、寒冷化に向かっている可能性だってあるのではないか。

 科学者の視野の広さを試す試金石、それが今回の金環日食であったと思う。

  注記

 わずかに言及している事例としては、たとえば、朝日新聞の2012年1月9日付「科学」欄では

 黄金の指輪 見逃すな

とカラーを多用して詳しく紹介している。この中で、わずかに、金環日食の観測で、活動の活発さにより膨らんだり縮んだりしているその時々の太陽の正確な大きさがわかるかもしれないと言及している。

 金環食帯と部分日食帯の境界線が実際にどこを通ったかを正確に調べることで、太陽の直径が逆算できる。3大都市圏では京都市北部が境界線に近い。限界線のほぼ真上にあたる明石市立天文科学館など、地元の科学館や小学校(たとえば、長野県上田市立小学校)が中心となって観測し、この境界が正確にわかれば、太陽の大きさが500キロメートル以下の精度で決まるという( 補遺 )。

   わかりやすい言い方をすれば、タッチの差で金環日食にならず、惜しくも部分日食に終わった瞬間を見た地域こそ、残念どころか、現代の天文学的にとっては貴重ということになる。その瞬間の日時を記録してあれば、なおいいだろう。

 逆にショウとしてはともかく、浜松のように5分間も金環食が続いた地域は学問的には(ほとんど)無意味となる。

 さらに言えば、そもそもガス球である太陽には、地球のように固い地面というはっきりした境があるわけではないはずだ。その場合、太陽の半径とは何を指すのだろう。そんな疑問を発するのも、科学する心を養うには大事なことではないか。

   世間の価値と学問的な価値とは、必ずしも一致しない。多様なものの見方、考え方がわかるなど「科学と社会」のあり方について、国民が深く考えるよい機会なのだ。とすれば、学問上の意義について、もっと天文学者は積極的に紹介してほしかった。今後に期待したい。

  補遺 5月21日夜のBSプレミアム番組「コズミックフロント」から

 たとえば、京都大学宇宙物理学教室の黒川宏企同大名誉教授の限界線決定プロジェクトが紹介されていた。目指す限界線は、限界線に垂直の京都・鴨川に人を配しての目視観測では判定には、どうしてもある一定の幅を持たさざるを得ないことがわかった。限界線の決定にも限界がある。当たり前だが、太陽の大きさを決めるには、元となる月の直径が正確に決定されていることが前提。でこぼこの月面の半径とは何か。これが、数キロの範囲で不確実。たとえば、1キロの誤差があると、月よりも400倍も遠い太陽では、400キロの誤差になる。こんなことも限界線が正確に決められない要因だろう。

 そんなこんなで、金環食には、画期的な事実の発見はともかくとして、学問的にはまだやるべき仕事はあるにはある。

  補遺2  太陽半径の正確な測定

 太陽の正確な半径が、限界線からではなく、ベイリービーズからわかった。測定した国立天文台(相馬研究室)によると、これまでの69万6000キロに対して、金環時は

 69万6010キロ± 20キロ

と精度を一桁上げた。金環食直後の5月24日のBS番組「コズミックフロント」の中で、相馬氏自身が明らかにしていた。

  ベイリービーズとは、リングになる金環食が始まった直後の太陽と月の接触面付近でのすだれ状の現象。これは月のでこぼこによってできる。

 

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