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次の大地震はいつか  「浜松の災害史」展

(2012.04.15)  花見も終わって、少し落ち着き、ふと、浜松では次の大地震はいつごろやってくるのだろうかと気になりだし、自宅近くの浜松市博物館の特別展、

 「浜松の災害史」展

に出かけてみた。今後を考えるには、まず足元の過去のことを知る必要があるいうわけだ。始まったばかりなのに、入場者はほとんどいなかったが、その分、じっくり考える時間ができたのは幸いだった。

 次の大地震の時期がいつごろになるのか、それをつかむ意外な手がかりを過去の歴史地震のデータから得たので、以下、順序を追って書いておきたい。

 まず、過去の地震について。

 これについては、

 安政東海地震(1854年12月23日=安政1年11月4日、約M8.4)

がよく知られている。津波が房総半島から土佐までの沿岸を襲う。とくに沼津から伊勢湾にかけた海岸の被害が大きかった。震源域が駿河湾の奥深くまで入り込んでいたらしい。

 この大地震から150年以上が経過していることが、いわゆる「明日起きても不思議ではない」想定東海地震の根拠となっている。

 この地震の32時間後には

 安政南海地震(1854年12月24日=安政1年11月5日、約M8.4)

が起きている。いわゆる「稲むらの火」(和歌山県広川町)で知られる大地震だ。

 浜松でも、この二つの地震についての記述が日々の出来事を記録した日記

 『変化抄』(歌人で国学者の竹村広蔭著)

にある。今の浜松市入野周辺の被害状況や地震の様子がかなり詳しく書かれている。

 嘉永七年寅十一月四日朝五ツ半時大地震ニ当村(入野のこと)三拾弐軒皆潰其余過半大破本家土蔵-

また、

 同五日晩七つ過ぎ之比甲酉の沖方くらくなり鳴声天地震動して山も崩る計の音にて津波来ると呼去一同にあはて山へ逃去ル騒動之其有様-

 浜松ハ寺院本堂或ハ庫裏六ヶ寺潰門弐ヶ寺-

などとそのすさまじい様子を書いている。

 展示では、この日記に基づいて、浜松周辺の場所ごとの被害状況がまとめられている。それによると、海岸沿いの中田島(砂丘)では、「泥水吹出」とあり、今でいう液状化現象を報告している。今切湊では南西方向からの高汐があった( 写真 )。

 Image488 また、

 「萬(よろず)日記」(江戸末期)

には、

 四日昼より高しを二テ堀川のり越上堀合半分程しを入申候新居今切半道程崩候ゆへ塩みち引早く沖通り一面二相成り

との記述がある。今切湊が大きく変化したとこをうかがわせる。

 安政大地震で発生した津波が舞坂宿を襲った様子を描いた

 大絵図「舞坂宿津波図」(浜松市博物館所蔵)

が今回展示されている。それによると、十一月四日朝五つ半時、津波が本坂通(姫街道)あたりまで飲み込んだ。浜名湖北部を走る今の天竜浜名湖線あたりも津波の被害にあい、津波が引いた後も、水がなかなか引かなかった様子も同時に描かれている。

 こうした被害状況のほか、

 日記「我楽多婦久呂(がらくたふくろ)」(大正四年、浜松市東区大瀬町のとちぎ家当主著)

には、17歳のときに遭遇した安政東海・南海地震の記憶を頼りに体験をつづった60年後の回想がある。

 十一月四日は、雲ひとつない快晴の天気で、

 地震が発生し、足がよろめいて歩けず、はうにも手足が地に着かず、天地が転覆するかと気も魂も失せた

と回想している。五日午後四時ごろ「南方から天地も覆えるほどの音響があった」とも書いている。なかなか実感がこもっている。

 以上、こうした史料をもっと広く住民に知ってもらう活動が大事だと、強く感じた。

 ところで、問題の「次の大地震はいつ浜松を襲うか」という点について。

 災害史展であるので、展示では、総括的に、浜松・遠江・遠州周辺で大きな被害のあった主な歴史地震・津波について年代順にまとめられた一覧表が掲げられていた。

 山崩れで天竜川がふさがれ、決壊した霊亀1年(715年)の大地震から始まり、

 昭和十九年(1944年)12月7日の昭和東南海地震

 昭和二十一年(1946年)12月21日の昭和南海地震

まで、29回の大地震がずらりと並んでいる。浜松はこれ以降の戦後では、これといった大地震がなく、いわば65年間は地震・津波とはほぼ無縁の平和な暮らしが続いたわけだ(『理科年表』によると、確かに、上記以降の戦後では、浜松市周辺を震源とする大地震は発生していない。静岡市など静岡県東部も同様の傾向が続いていたが、

 2009年8月11日の駿河湾地震(M6.5、震源=駿河湾、最大震度6弱)

  2011年3月15日の地震(M6.5、震源=静岡県東部で富士山直下、最大震度6強)

と最近、地震活動が活発化している)

 そこで、715年から1946年までに29回の大地震が起きていたわけだが、単純に平均すると

 浜松は、42年に一度大地震に見舞われている

ことになる。

 (注意-こうした単純平均をとることに物理学的な意味があるかどうかについては今は棚上げする。地震の原因が一つだけの場合は、その平均に物理学的な意味付けができる。之に対し、29の大地震は発生メカニズムはさまざまであり、厳密には同一母集団を持つとしては扱えないだろう。つまり、その場合の平均は、一応の目安にすぎない)

 にもかかわらず、浜松はこの65年間大地震に見舞われていない。統計学的には、そろそろ大地震が起きても不思議ではないということになるだろう。

 ではいつ来るか。

 手がかりは、『地震防災』(里村幹夫編著、学術図書出版、2008年)

にあった。この本には、東海地震、東南海地震、南海地震がどういう周期で太平洋岸に起きているかという図が掲載されている(写真)。静岡大学教育学部の小山真人氏(地震学)の

東海地震はどんな地震か

という章である。これを使うと、次に来る地震がある程度、その繰り返しパターンから割り出せる。で、計算してみた-。

 Image490 東海地震が単独で起きた歴史地震は一度もない。東海地震は必ず、東南海地震と連動するか、または南海地震とも連動した3連動するかたちで起きているというパターンから

 2012年から起算して35年後か、または71年後

となる。しかも、それは

 いずれも3連動型の超巨大地震・津波

であるというのが歴史地震からのパターン分析からの結論である。

 この結論をある程度の幅を持たせると

 次の大地震は3連動型で、今世紀半ば(2060年±15年)にやって来る

ということになろう。早ければ、30年後にもやってくるといえそうだ。

 こうした計算と符合する専門家のアンケートがある。

 地震学者19人「次」の予想、今後の大地震(『AERA」』2012年3月19日号)

 専門家にアンケートしたこの記事には

 注目度トップは「東海」

とある。

 歴史にたえられる予想になるかどうか、実名を挙げてその予想を再掲しておく

 石原和弘(京都大、M8-9。おおむね50年以内、3連動型。ほぼ確実か)

 山岡耕春(名古屋大、M8.5前後。20-40年後、南海トラフ沿い。30年間で発生確率70%)

 竹内昭洋(東海大地震予知研究センター、M8-8.5?。3連動型。時期や確率は不明)

 片尾宏(京都大防災研究所、M8。30年以内(ほぼ確実)。南海トラフ沿い。30年後に起きていなければ90%超)

 岩森光(東京工大、専門=地球内部ダイナミクス、M8後半-9。3連動型。50年以内)

 小泉尚嗣(産業技術総合研究所、M8級かそれ以上。3連動型。30年以内で60%以上)

 本蔵義守(東京工大、地球物理学。M8.5程度。南海トラフ沿い。20-40年後に発生、その確率は70%)

 堀川晴央(産総研活断層・地震研究センター、M9弱。南海トラフ沿い。時期・確率は不明)

 佃為成(日本女子大、M9-9.5。南海トラフ+琉球海溝まで。数年-10年以内。主観的だが確率80%)

 上田誠也(東大名誉教授=元東大地震研究所教授。3連動型。時期は不明(記事の一覧表では数年以内となっているが、これは3.11の余震予測であり、転記ミス。確率は不明。そもそも確率には意味はないと主張)

  固体地球物理学が専門の上田氏は、地震学だけで予測などできない、「地震学の敗北」と地震学会は認めたが、その通りだ、むしろ「やっとわかったか」という感じだとアンケートに回答している。

 世界的にも高名な地震学者としては島村英紀氏(武蔵野学院大、元北大理学部教授)もアンケートにこたえている。地震の予知などできるわけがないとの年来の持論を展開、次の大地震予測について「現在の地震学ではわかるはずはない」と切り捨てている。

 この二人を除けば、こうした専門家の回答と先のブログ子の歴史地震から割り出した予測とは、

 数値を含めて大筋で整合性がとれている

と思うが、どうだろうか。

 浜松の「次」は3連動型の超巨大地震であり、早ければ、30年後にもやってくるといえそうだ。

 追記 

 とすると、浜松には1946年以来

 100年近く、大きな地震がないことになる(過去のデータでは、平均発生間隔は42年なのに)。ひょっとすると、活断層型の被害地震(M7クラス)の地震がこの間にあっても歴史地震データからはおかしくはない。

 しかし、これについては、活断層の活動は1000年単位であること、浜松周辺のどの断層が動くかなどデータが少ないことなどで、統計数字を離れた物理学的な予測は極めて困難だろう。

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