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弥縫策の愚  日本の「10万年後の安全」

(2012.04.20)  再稼働をめぐって大飯原発などでゴタゴタが始まっている。福島原発事故を受けて、政府の要請で稼働を「念のため」停止した浜岡原発(静岡県御前崎市)をはじめ、北海道の泊原発をのぞけばすべての原発が定期点検に入るなど運転を停止しているからだ。

 しかし、今夏の電力不足をどうするのか、という目先のことだけで再稼働の是非が論じられているだけのようにみえる。電力会社としてはそうならざるを得ないのはわかる。しかし、原子力行政に責任を持たなければならない政府までがそれでいいのだろうか。

 結論を先に言えば、そうした弥縫(びぼう)は愚策であり、国の将来を危うくする。この時期だからこそ、日本のエネルギー確保政策はどうあるべきか、根本的な問題は何か、それに向かって現状をどう転換するべきかについて、この際、廃炉も含めた

 日本の「10万年後の安全」を幅広く国民的な論議

を展開するべきである。そうすることで、原子力行政の信頼をまず回復する。

 10万年後の安全とは、原発から出てくる高レベル放射性廃棄物の処理の問題のことだ。その最終処分については、日本ではまだ何も決まっていない。そんなことも国民の多くはほとんど知らされていないといっていい。

  弥縫策とは、「新潮日本語漢字辞典」によると、失敗や欠点を一時的に繕って補うための対策のことである。その弥縫に無恥な安住を敢えてする点が偽善者の本質だともその用例にある。

 今の政府の対応は、夏場を乗り越えるための小手先の対策にすらなっていない。根本的な解決にはならないばかりか、まさに国の将来を誤る偽善者の弥縫策だ。民主党に猛省をうながしたい。

 同時に、大飯原発の、そのまた再稼働だけに目を奪われることなく、有権者は政府の弥縫策に声を挙げることも必要だ。

 日本海側と違って、太平洋側では、これまで想定されてこなかったようなプレート型の超巨大地震が発生する可能性が、東北大震災後、盛んに指摘されだしている。

 つまり、たとえ再稼働するとしても、その前提条件となる防潮堤の補強工事などの難問が横たわっている。

 たとえば、浜岡原発。

 4月17日付静岡新聞朝刊に、

 浜岡原発「再稼働」についての30キロ圏内首長アンケート

の結果が掲載されている。1面トップである。この原発が立地する御前崎市の市長選挙で3選を果たした石原茂男氏のインタビューも中面に出ている。再稼働について

 「今は議論する時ではない。まず、安全な原発づくりを(政府や中部電力に)しっかりやってもらうことが最優先課題」

と今すぐの再稼働には賛成しかねる考えを述べている。つまり、再稼働の是非について判断を先送りした。先送りはしたが、補強工事中の防潮堤が完成する今年末以降の再稼働については、含みを残し保留しているのがミソだ。

 お隣の牧之原市の西原茂樹市長のようにはっきり

 「防潮堤の完成後も再稼働すべきではない」

と明言できないところに、御前崎市長の苦しい立場、憂うつがうかがえる。焼津市長、藤枝市長、吉田町長も牧之原市と同様だ。

 こうした議論を聞いたり、見たりしていて痛感するのは、ここでもまた有権者の関心が再稼働の是非の範囲をほとんど出ないことだ。これには原子力政策の現状の問題点、廃炉の是非などをマスメディアのほとんどが本気で、かつ真剣に取り上げないことが影響しているだろう。 

 はっきり言えば、この50年にわたる日本の原子力政策の基本は一貫して

 核燃料サイクルの確立

だったが、すでにそれは破綻している。

 なぜなら、確立のスタートとなるはずのウラン濃縮工場(青森県六ヶ所村)がもう10年以上稼働していないし、効率のよいウラン濃縮のための新遠心分離機の開発も遅々として進んでいない。サイクルの中核施設、再処理工場(青森県六ヶ所村)も深刻な事故続きでいまだ一度も稼働していない、エネルギー確保の切り札、エースとされていたが、15年前に事故を起こした高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)は、もはやスクラップであり、稼働することはないというのは公然の秘密だ。ましてや、10万年後の安全問題といわれる高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定にいたっては、候補地のうわさが出ただけで門前払いを食らうなど、具体的な論議は始まってすらいないと言ってもいいくらだ。

 日本の原子力政策の土台は完全に崩壊している。にもかかわらず、政府は国民にこうした深刻な事態を正直に提示することを避け、「無恥な安住」を敢えてしている。自民党政権時代からの政策だったとはいえ、民主党政権は

 偽善者の本質

を受け継ぎ、今、さらけ出している。最近の一連の政府の対応をみていると、そう断じずにはおれない。

 この意味で、大飯原発再稼働の問題は、日本の将来を占う試金石だ。

 そんな思いで、先日、BSフジの「プライムニュース」を見た。どうなる原発再稼働をテーマにした2時間徹底討論番組だった。大飯原発が当面焦点となっていることから、原発が集中する若狭地方を地盤とする福井県3区の高木毅衆議院議員と、菅内閣の元内閣官房参与、田坂広志氏(原子力工学で工学博士。原子力行政が専門で多摩大学大学院教授)がゲストとして登場していた。

 田坂氏は、

 「モグラたたきのような、その場、その場だけの原子力行政を見直し、30年、50年先を見すえた課題を(俯瞰的に)全部洗い出し、国民に(正直に)提示することが必要」

とまとめていたのが印象的だった。その通りだと思う。

 その観点から、田坂氏は再稼働についても、国民の常識に従って、

 まずは福島事故の原因を究明しそれに基づいてハードの対策がたてられていること、

 第二は経済産業省の保安院、内閣府の安全委員会など福島原発事故の教訓に立ってソフトとしての行政改革がなされていること、

 三番目はそうしたハード的、ソフト的な対策について透明性が確保されていること

が少なくとも必要ではないかと提言している。簡単に言えば、(原子力に対する)「信頼」が肝心であり、国民から、有権者から今、求められていることだと話していた。まったくその通りと思う。

 それを避けて、なるべく手っ取り早く再稼働にこぎつけるための新基準で「ゴーサイン」を出そうとしているところに、今の政府の問題点がある、と同氏は言いたいのだろう。菅政権の元内閣府官房参与であるだけに、この言葉は重い。

 この討論の中で、地元自治体の雇用確保、地域振興については、今のような電源三法交付金のようなやり方ではなく、

 特別立法で救済する

という方法もあると田坂氏が指摘していたのが注目される。地域振興や地元雇用と国の将来に直結する原発のあり方とを電源開発三法交付金といういかにも姑息な手法結びつけ、それを同一のテーブルで、あるいは同日に論じ、解決しようというところに、もはや無理があるというわけだ。

 原子力行政が専門であるだけでなく、多数の著書で広い視野から原発問題をとらえているだけに同氏の主張は軽視すべきではない。高レベル放射性廃棄物処理方法の専門家からの具体的な提案でもあり、現実的な選択肢として一考するに価する。

 一理も二理もある考え方だ。

 とすれば、国全体のエネルギーの確保のあり方を左右する今後の原発の是非については、先進諸外国の事例にもあるように、国民投票にかける決断が必要になってくると番組を見終わって感じた。

 しかし、先の首長アンケートでもわかるように、原発地元の利益が密接にからむことから意見集約は難しいだろう。原発の是非については代議員による国会で決めるのは極めて困難。主権者の国民に直接問うのが至当ではないか。そんな気がする。

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